乙麻呂
2024-09-15 18:27:38
37637文字
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かいこさんの現代AUネタまとめ

かいこさんの現代AU風情の芸能ネタに夢を見過ぎで、色々と書き散らかしてしまった物をまとめました。《三次創作》です。
仙京坂35の活動やその他色んな部分は捏造と妄想です。



《慕情の誕生日2023》


ふと時計を見上げると、【23:56】の表情が目に付いた。
精を放ち、ぐたりとシーツに伏せた慕情を背後から抱きしめ、耳の後ろに唇を付けて、囁く。

「誕生日おめでとう」

抱きしめた体がぴくりと跳ね、白い耳朶が赤く染まった。
数秒沈黙し、慕情は「もう聞いた」と吐き捨てた。
ドームを埋め尽くす水色のペンライトの海の中、何万人から祝いの言葉を投げかけられても澄ました顔で「ありがとう」と返していた奴が、たった一人の言葉に照れているのだと思うと妙な気分になった。
それが愉悦なのか、優越なのか、それとも別の感情なのか。
答えは、風信自身にもよく分からない。
ただ、良い日だな、と思った。
あれから、一年が経つ。


◆◇◆◇


風信が楽屋で台本を読みながら待機していると、ドアがノックされた。
そしてほぼ同時にドアが開く。

…………自分は入室を了承しただろうか?いや、台本を読みながら、上の空で返事をしたのかも知れない。

風信が台本から顔を上げて怪訝な顔を向けた先には、緑のワンピースを纏った“女”がいた。
「風信!!いたいた、良かったぁ」
“女”はにこにこと笑いながら、風信の楽屋に入って来た。
と言っても、“女”なのはその装いだけだが。
首元が広く開いたワンピースに、緑のカーディガン。
足元はスリットの入ったロングスカート。
長い髪は後ろで一つに纏め、大きな緑のリボンで結ばれている。
顔はほんのり化粧がなされ、大きく見えるよう縁取られた目に、赤く紅が塗られた唇が違和感無く馴染んでいた。
声は意識的に少し高めに喋っているのだろう、見た目との違和感は無い。
あらゆるドラマやバラエティに引っ張りだこで、来週からはドームツアーであらゆる都市を駆け回る予定のアイドルグループ『仙京坂35』のセンター、風師こと師青玄だ。
……………
俺の楽屋に何の用だろう?
首を傾げる風信の前に、師青玄が何かを突き付けた。
「特別にお裾分けしてあげる。この師青玄が特別にデコったんだから、ちゃんと見てよ?」
………うん?」
差し出されたのはクリーム色の無地の紙袋で、特にリボンや可愛いテープが付いているわけでも無い。
風信用だと言うなら可愛らしい見た目では無い方が良いのだが、デコったと豪語するわりには、あまりに…………
「ちがーう!中身!中身をデコったんだよ!」
風信の怪訝な顔に、師青玄が口を尖らせる。
「ああ、成る程」
風信は紙袋を受け取ると、開けてみた。
ふわりと、甘い匂いが漂う。
「これは……………
星や丸、四角にネコ型まで、色んな形のクッキーだった。
それぞれが色とりどりにコーティングされ模様が描かれている。
「何だこれは?」
呟きに、師青玄が得意げに言った。「アイシングクッキーだよ!」
四角のクッキー…………黄色地に赤いリボンの模様が描かれている。プレゼントボックスを模しているらしい…………を口に入れてみると、デコレーション部分は砂糖の塊のような甘さだった。
しかし、クッキー部分は甘さが控えめで、バランスが取れている。
店で売ってるようなやたらと甘ったるいクッキーより、余程風信の好みだ。
これは慕情の手作りだと、ピンと来た。
「ほんとは慕情に届けに行けばって言ったんだけどさ。局で会うのは嫌だって」
扇子を開いて口を尖らせたかと思えば、師青玄は、意味ありげに笑みを深めた。
「ねぇ、美味しい?」
デコったと言うわりに、見た目の感想を全く求めて来ないあたり、師青玄の目的はどこにあるのか。
あえて察しも言及もしたく無い風信は、しかし無言で食べるのも悪いと思い、無難な話題を投げた。
「なんかの企画か?」
「ああ、それは………
クッキーを振って問うと、師青玄は軽い調子で答えかけ…………何故かにまぁと笑った。
「んー、それは実際に見てね」
「オンエアをか?」
「配信だよ。仙京坂35の公式チャンネル、知ってるでしょ?今夜には上がると思うから」
風信は答える代わりに眉を寄せた。師青玄が心底不満げに声を上げる。
「はぁ!?知らないの?と言うか、友人が二人も所属してるのに見てないの??慕情はアンタの番組から雑誌までチェックしてるのに!?」
最後の一言にドキリとしたが、すぐに思い直す。慕情が風信の雑誌やらラジオやらを気にしているのは知っている。だが、それは出来を品評したり、わざと風信本人の目の前で聞いたりして風信の渋い顔を見たいからだ。
「いや、公式チャンネルがあるのは知ってるが」
知ってはいるが、勿論見てはいない。見る理由も無い。
しかし、師青玄は『自分と慕情は謝憐の友人』=『謝憐の友人である風信も私的な友人』と認識しており、その友人の活躍を見ないなどあり得ないとでも思ってるのだろう。
「あーもう、貸して。分かってる、分かってますとも!風信がわざわざ検索とかしないだろう事は!」
憤慨し、テーブルに置かれていた風信のスマホを手にすると、師青玄は素早く何かを操作し始めた。
…………何をしてるんだ?」
過去、勝手にLINEを交換されたりスマホの待ち受けを代えられたり(しかもアイドル衣装を着た慕情の写真にだ。貴重なオフショットらしいがそう言う問題では無い)してきた風信は警戒して問うが、その時には師青玄は操作を終えていた。
「ほら、これで大丈夫!」
師青玄から反射的に受け取ったスマホには、プロからアマチュアまで登録している有名動画サイトが表示されていた。
しかも、仙楽坂35の公式チャンネルが。
来週からのドームツアーの告知動画が最新動画としていくつかあがっていた。
……………………
風信は動画のサムネでは無く、公式チャンネルの登録ボタンを見つめた。
押した覚えも無いのに、《登録済み》になっている。
「これはどうやったら解除出来るんだ?」
「この中だとねー、ほら、おススメはこれかな」
腰にさしてあった扇子を開き口元を隠すと、師青玄はわざとらしく笑いながら並んだ動画の一つを指差した。
風信もつられて目を落とすと、サムネにアイドル装備でエプロンを着た慕情とデカいきゅうりが並んで写っていた。
その傍らにはでかでかと【丸ごとレンチンで出来る採れたてズッキーニ料理】と書かれていた。
……………………
師青玄なりの善意なのか、それとも揶揄っているのか。
考え込む風信の顔を真面目くさった顔で師青玄が覗き込んで来た。
「今日が何の日かは流石に分かってるよね?」
「あ、ああ
思い当たる事はあったので風信が頷くと、師青玄は満足げに笑みを浮かべた。
「ならいいよ。あ、そろそろ戻らないと!じゃあね、たまには見て再生回数と《いいね》評価に貢献してね!」
ぽかんとする風信を前に、師青玄は捲し立てると、任務達成とばかりの晴れ晴れとした笑顔で楽屋から去って行った。


◆◇◆◇



『皆さん、こんにちは!仙京坂35です!久しぶりの公式動画は、なんと!仙京坂35フルメンバーだよ!』
無駄に片目を瞑り、師青玄が満面の笑みでそう宣言する。
両脇に立つ他のメンバー二人はと言うと、一人は氷菓子のような清涼な顔で、もう一人は流れる清流のごとく無色透明無表情で立っている。
師青玄との温度差に、思わず大丈夫なのかと心配になってしまう。

三人ともそれぞれのメンバーカラーのエプロンをしており、動きやすそうな………そして汚れても良さそうなシンプルな黒いワンピースを着ていた。
それぞれ長い髪を後ろで一つに束ねており、やはりメンバーカラーの大きなリボンを結んでいる。
となれば、場所は当然台所だ。
スタジオでは無く、ごく一般的な家庭の台所……………と言うにはやたらと広くて綺麗で、生活感が薄い。
マンションのモデルルームでも貸し切ったのか、それとも事務所が所有している専用の部屋があるのだろうか。

『ほら』
師青玄に肘で突かれ、慕情が仕方なさそうに口を開いた。
『どうも、“調理担当”の慕情です』
『“デコレーション担当”の風師です!』
『“食べる担当”の地師です』
風信にとって、慕情以上に喋るイメージが無い明儀も、師青玄に続いてにこりともせずそんな事を言う。
真顔で当然のように言うので、風信はどう反応して良いか分からない。
だがファンには大層ウケているようで、明儀への応援コメントで溢れ返っていた。『作り終えるまで頑張れ!』とか『慕情の言う事ちゃんと聞いてね』とか『つまみ食いしたら駄目だよ』とか。世間からどう思われているのだろうか。
自己紹介も終わり、師青玄は声高々に宣言した。
『今日は、なんと!仙京坂の三人でケーキを作りまぁす!慕情、リードよろしく』
『分かってる』
慕情はキッチンに向かうと、用意されていた調理器具からボゥルを三つ取り上げた。
『風師は小麦粉ふるって。地師は卵をお願い』
『まかせて!』
『ああ』
かと思えば、意外な程の連携の良さでそれぞれ作業に取り掛かる。
慕情はボゥルにバターと砂糖を入れてヘラで丁寧に潰しながら混ぜ始めた。ケーキ作りなど微塵も分からない風信だが、何と無く、アレが一番難しい作業なんだろうなと察する。
しかし、慕情の手付きは手慣れた物で、薄黄色のバターと砂糖はあっという間に混ざり合い、滑らかになっていく。
普段から菓子作りも料理も手早くこなしてしまう奴なので、慕情にとってあの程度は正しく“朝飯前”だろう。
その傍らで、師青玄が銀色のじょうろのような物を持ちながら明儀に話しかけていた。
『ほら、見てみて、雪みたい!』
師青玄がじょうろ(?)の持ち手を握る度に、カショッと金属の音がして底から白い粉が舞い落ちる。
アレが何だかは知らないが、慕情が使っていた時はもっと軽やかな音だった気がするなと、風信はぼんやりと思う。
明儀はそれを一瞥すると、いかにも適当に相槌を打った。
……………そうだな』
明儀の手元からコンと硬い音がして、カシュッと言う軽い音が続く。
『それだけ!?』
カショッ、カシュ
『他に言う事は無い』
カショッ、カシュ
『もう、カメラの前なんだから、もう少し可愛い事を言ったらどうなんだよ!?明兄』
カショッ、カシュ
風師がぶぅとわざとらしく頬を膨らませると、地師はまた彼を横目で見た。
『こぼれる』
『え?』
『ちゃんと前を見てやれ』
目線も意識も地師に向けながら惰性でふるっていたせいで、風師のじょうろ(?)はボゥルから少し逸れ、作業台に薄らと粉が積もっていた。
『あ、あはははは、だ、大丈夫、だいじょーぶ!粉の少しくらい、こぼれたって全く問題無いから!』
『グラム単位で測った慕情に謝れ』
カショッ、カシュ
何だかんだこの二人も独特のテンポがあるなと思っていたら、名を呼ばれた事に反応したのか、慕情が目を上げた。淡白な表情が一気に崩れ、ギョッと目を見開く。
『ってお前、何をしてるんだ!?』
『?卵を割ってる』
明儀は不可解げに首を傾げた。
しかし、その手元を見た瞬間、風信も思わず唖然とした。

ボゥルに並々と卵が入っていた。
画面の隅に、目視出来るだけでも10コ入りの卵パックが3パックはあった。
………………多過ぎると思わなかったのか?』
慕情の、引き攣った表情とアイドルとしてギリギリなクソデカ溜息を前にしても、明儀は平然としていた。
『いや、これくらい普通だろ』
『普通なわけあるか!巨大なウェディングケーキでも作るつもりか!?』
バターが付いたヘラを突き付け慕情が怒鳴ると、師青玄が目を輝かせた。
『いいね!作ろう!!どうせならこうバーン!と五段重ねくらいの!』
『作るか!誰と誰のウェディングケーキだ!?』
『えー、そりゃあモチロン。むー……
……………
ギロリ、と一瞬放送禁止レベルの眼光が飛んだ気がした。
慕情の掴むヘラが一瞬ナイフに見える。
師青玄は笑顔のままぶるりと体を震わせ、明儀の腕に抱き付いた。
『私と、明兄で仲良く切ろうね?私達、生涯の親友だもんね??』
『抱き付かないで。粉が付く』
明儀は淡白に師青玄を押しやった。その目がすっと慕情へと向けられる。
『でも、大きなケーキを作るのは賛成』
『だ、だ、だよね?ほら、明儀兄だってこう言って………
師青玄が両手を胸の前で組んで、再び慕情へと期待に満ちた目を向けた。
慕情はフッと微笑む。
『風師、お前の腕が千切れるくらいに粉をふるわせてやろうか?』
慕情の冷ややかな目が怖かったのか、口調に本気を感じ取ったのか、師青玄は反射的に首を振った。
『つつしんでえんりょしまぁす』
『まったく……どうするんだよコレ』
ハァと慕情がまたクソデカ溜息を吐いた。明儀が真顔で答える。
『大丈夫。責任持って私が食べるから』
『食べるな!限度を考えろ!』
『私なら大丈夫』
明儀は澄んだ目で断言した。
『大丈夫じゃないのは仙京坂のイメージと事務所へのお叱りだ!』
慕情の言い方からして、過去に何かあったのだろうか。
慕情がアイドルイメージをそんなに大事にしていたとは知らなかったが、まぁ、タレントが卵ン十個を一人で平らげるのは、普通に注意喚起をされそうだ。ファンや、それを見た医療関係者及び栄養管理士から。

画面では、慕情が難しい顔で何かを考えていたが。やおら口を開いた。
『分かった。風師、粉の追加だ』
『えー、千切れるまでは嫌だってば!もうすぐライブもあるのに!』
『そこまではしなくていい!……………最高に“盛れる”ケーキを作ってやる』
にまりと、慕情が笑みを浮かべた。
ぱちくりと、師青玄と明儀が目を瞬く。


それからは、普通にケーキのスポンジを作る三人の姿があった。
と言っても、混ぜるのもオーブンの温度を調整するのも、殆どの作業は慕情が行っていたが。
必要最低限の、工程に関する事しか口にしない慕情に、横から風師が『わぁすごい』とか『へぇ』とか声を上げて場を盛り上げる。
時折、ライブの話や仕事の後に食べたレストランのケーキと言った雑談が飛び出す。それを聞いてやっているのは明儀だ。
明儀は、早く食べたいとばかりにじっと慕情の手元を見ていた。


そう言えば、やたらと慕情の作業が多い気がした。ケーキ作りは、そんなに複雑な作業だっただろうか?
しかも、慕情の作業をカメラがあえて避けている気がする。
と言うか、避けてるのだろう。
せっかくの撮れ高を潰す意味が分からないが、慕情だけを映し続けては他の二人とのバランスが悪くなるとか、そんな大人の都合があるのも業界の常なので、深くは考えない事にした。

そうこうしている内に、家庭用にしては大きなオーブンが焼き上がりを告げた。
地師がオーブンを開き、慕情が鉄板ごと中身を取り出す。
わぁ、と風師が感嘆を漏らした。
見るからに完璧な焼け色と脹れ具合の美味しそうなスポンジケーキがあった。
しかも、大きいのと2回り程小さいのふたつ。
二段ケーキなのかと感心していると、そこで画面が切り替わった。



『と言うわけで、完成しました!』
大写しになった師青玄が拍手しながら言うと、その背後に辛うじて写っていた明儀と慕情もぱちぱちと拍手する。
場所は台所から、リビングのような場所に移っていた。
師青玄がカメラの前から身を引くと、テーブルに置かれた大きなケーキが目に付いた。
その瞬間、風信は師青玄の持っていたクッキーの意味を理解した。


二段重ねになった大きなケーキは、水色のホイップクリームと色とりどりのクッキーで飾られていた。
風師がお裾分けと称してくれた、あのアイシングクッキーだ。
そしてケーキのてっぺんには、一際大きな大きなクッキーのプレートがあり、チョコペンで文字が書かれている。


《Happy Birthday MUQING》



画面の中には、いつもなら風師が座る真ん中に座り、メンバーに祝われ少し気恥ずかしげな慕情がいた。
成る程、だからケーキだったのかと納得すると同時に、疑問も浮かんだ。




「自分の誕生日に、自分でケーキを作るのか?」
「アイドルの誕生日なんて、ただのイベントだからな」
当の慕情は画面を見ても顔色一つ変えず、むしろあの時の苦労を思い出したかのような渋い顔をした。
いつもの嫌がらせの意趣返しに慕情の目の前で動画を再生したのだが、慕情に動揺は見られ無くて何ともつまらない。
「他に言う事はないのか?」
慕情にジト目で感想を求められ、風信は口を開く。
「とりあえず、急に呼ばれた理由は分かった」


師青玄からクッキーを貰ったその後、つまり二時間ほど前。
珍しく、慕情からメッセージが届いたのだ。
【今夜はうちに来い】
慕情はもうすぐライブで長期遠征するので、会えるのは今夜が最後のタイミングになる。
それに、他にも会う理由はあった。
二つ返事でマンションを訪れると、既にテーブルには慕情の手料理が並んでいた。
チーズと野菜の入ったでかいオムレツに、チキンの照り焼き。
デザートに焼きプリンまであった。
慕情も暫く会えなくなるのを惜しみ、張り切ってくれたのだと思ったのだが、つまりそう言う事だったのだ。
慕情は眉を寄せた。
「仕方ないだろう。捨てるわけにはいかないし、俺たちの腹に入れるにも限度がある。しかも無駄にクッキーまで作ったせいで、時間が押して他に調理する時間も無かったんだ」
……………
過ぎた事はまぁいいか。普通に美味しかったし。
そう言えば、何かやましいことでもあったのか、今日の慕情はやけに素直な気がする。
その時点で風信は十分に“美味しい”わけで、手違いで割り過ぎた卵の処理先とされた程度、些細な事だ。
「別に良い」
風信が肩を竦めると、作ってもらっておいて文句など許さないと睨みをきかせていた慕情が、ふと愉快げに笑った。
「お前こそ、まさか仙楽坂の動画なんて見てるとは思わなかったな」
「いや、今初めて見た」
「おい」
また慕情がムッとした顔に戻る。
「師青玄が見ろと煩いんだ」

そう、夕食を食べ終わったタイミングを見計らったように、師青玄からメッセージが届いたのだ。
【動画、投稿されたから見てね♡仙京坂35 センター風師より♡】
風信相手にアイドル活動をしても、どうしようも無いと思うのだが。
だが、見てと言われて無視出来ない程度にはお人よしな風信は、仕方無く動画投稿アプリを立ち上げたのだった。
新着動画にはエプロン姿の三人のサムネがあった。
投稿されて30分足らずだが、既に再生回数は四桁を越えている。
風信の手元を覗き込んだ慕情が驚いた顔をしたので、思わず「一緒に見るか?」と言ってしまい、慕情のマンションのソファで並んでそれを見る事となった。


「まぁ、知ってるなら早いがな」
動画を見終わると、慕情はソファから立ち上がって台所へと向かった。
その間に、風信は師青玄に返信を打つ。
【見た】
すぐに既読が付き、やったぁと喜ぶうさぎのスタンプが返ってきた。
そして、何故か画像も。
【特別に、オフショだよ。感謝してね】
その画像を見て風信は思わず数秒固まった。
………………………………
オフショと称された画像には、慕情が単体で写っていた。
動画と同じワンピースに青いエプロン姿。
そして、何故か顔じゅうにべっとり水色の生クリームを付けて頬を赤らめている。
完全に放送事故だろこれは。じゃなくて、こんなシーン、さっきの動画のどこにも無かったぞ!?
何だこれは、と言う風信の内心の叫びに答えるように、更に師青玄からメッセージが届く。
【動画の後編、デコレーション編は来週公開だよ。そっちも見てね♡】
仙京坂35を代表する風師はあざとくも確信犯だった。

「どうした?まさかクッキング動画でムラムラしたのか?」
タイミングが良いのか悪いのか、慕情が戻って来た。
その手には、まさしく動画で作っていた誕生日ケーキが一切れ乗っていた。
しかも、嫌がらせかと思うような、大きなクマのクッキーが乗っている。
やけに無愛想な………どちらかと言えば怒っているような表情に、首に巻かれた黄色いリボン。仙京坂のメンバーカラーに黄色など無いだろうに。
ソファの前のテーブルに皿とコーヒーを置きながら、慕情はやけに愉快そうに笑う。風信の微妙な表情の変化から、余計な事を察したらしい。
……………いや」
完全に違うとは言い切れず、風信の返事はやけに歯切れが悪いものとなった。
慕情は首を傾げながらも、それを見逃す筈もなく、揶揄してくる。
「お粗末な動画ばっかり見てるからじゃないか?ケーキでヌけるなんて、見た目に反して随分とお手軽だな」
自分がどれだけ下劣な事を口走っているか、きっと理解してないんだろう。
と言うか、良いのか。自分の作ったケーキ動画で反応されて、何故笑ってられるんだ?そこは怒る所じゃないのか?そもそも、どんな変態だ俺は!?
…………それは?」
内心の動揺など微塵も出さず会話を促すと、慕情は小さく肩を竦めた。
「流石にあの大きさを三人で食べきれるわけ無いだろう?撮影スタッフも少人数だったし、分けてやる」
出来上がったケーキはウェディングケーキではなく二段ケーキだったが、そう言えば慕情達と並んだ時の縮尺がおかしかったような…………
実物は、動画で見るより巨大だったのだろう。
明儀なら一人で平らげそうなものだが、慕情がそう言うのなら余ったのだろう。
「それは光栄だな」
無碍にしたら、仙京坂のファンに恨まれそうだ。
風信は別にファンでは無いが、余り物だろうが、慕情の手作りケーキを食べられる事に文句がある筈も無い。
「しかし、誕生日ケーキの動画を分けて投稿するんだな」
非効率じゃないかと問うと、慕情は一瞬白目を剥いた。
「明儀のせいで予定の倍以上の尺を使う羽目になったからな。前後編に分けざるを得なかったんだ」
「はぁ、大変だな」
「編集するのも投稿するのも、事務所のスタッフだ。俺は後の事は知らない」
慕情は肩を竦めると、風信をじっと見やった。
「で?」
その表情に、悪戯じみた笑みが浮かぶ。嫌な予感がした。
「何がだ?」
表面上は平然と問い返すが、慕情はにまりとした笑みを崩さない。
「何を想像したんだ?」
何も、ケーキを食べようとしている時に蒸し返さなくても良いだろうに。
しかし、慕情は風信がただのクッキング動画でムラムラしたと決めてかかっており、風信の口からどうムラムラしたかを説明させたくて仕方がないらしい。
「新婚みたいとか、エプロンとか、どうせそんなのに反応したんだろ」
慕情はにまにまと指摘してくる。
お陰で、風信の脳内に新たに『お風呂にする、ご飯にする、それとも………』のお決まりの台詞を言うエプロン“のみ”を着た慕情と言う新たな煩悩が生まれてしまう。
……………………………
ひくり、と頬のあたりが引き攣るのを感じた。
師青玄から送られたオフショットから、あらぬ事を想像してしまったのは事実だ。しかし、他でも無い慕情によって、その妄想はより鮮明で際どいものになってしまった。
風信は必死に脳内のエプロン慕情を消し去る。
風信は考え込み、ボソリと呟いた。
……………………生クリームは青より白が似合うと思う」
「ハ?生クリーム?」
慕情が訝しげな顔をする。
「いや…………
風信は何でもない、と言いかけたが、慕情がなんて事ない口調で呟いた言葉に思わず固まった。
「そう言えば、師青玄に思い切り飛ばされて頭から被ったな」
予想以上の放送事故である。
スタッフがわざわざ動画を分けて勿体ぶる本当の理由が分かってしまった気がした。
思わず、より鮮明に想像してしまったのは仕方の無い事だろう。
風信の表情の………そして表情よりも雄弁な箇所の変化に目敏く気付き、慕情の目が煌めいた。
「へぇ、成る程」
なんか察せられたらヤバい事を察された気がする。
やたらと楽しげな顔をする慕情に、風信はヤケクソ気味に吐き捨てた。
「何が成る程なんだ?生クリームプレイでもさせてくれるのか?」
欲望がダダ漏れなのはもう仕方ないだろう。男とは“あわよくば”な生き物なのだから。
冗談じゃないと突っぱねられるかと思ったが、慕情は何故かにまにまとした笑みのままだ。
「プレゼント次第だな」
風信は思わず真顔で慕情を見た。
「マジか」
一応、用意はしていた。風信のバックに入っている、美味しいと評判のパウンドケーキと、綺麗にラッピングされた小さな箱だ。
コレはお気に召すだろうか。
風信の馬鹿正直な反応に、慕情はハッと小さく笑う。
「で、まずは言う事はないのか?」
「誕生日おめでとう。慕情」
言うのが遅い、と文句を言いながらも、慕情の表情は柔らかい。
風信が肩を抱くと、自然と顔が近づいた。


今夜は、生クリームのように濃厚で甘い夜になりそうだ。


◆◇◆◇


大量に余った卵白でアイシングクッキーを作る事を提案すると、師青玄はとても喜んだ。じゃあリボンとハートは沢山作ろう、ネコとかも良いんじゃ無い?と早速ねだってくる。
明儀は淡白に「良いんじゃ無い」と同意を示したが、内心ではもっと食い出のある物が良いなと思っているに違いなかった。
慕情は明儀に小麦粉とバターと砂糖を押し付け量るよう促すと、クッキーを作る準備を始めた。


「ねぇねぇ、卵これで使い切れるの?」
クッキー生地を作っていたら、そっと師青玄が肩を寄せて囁いてきた。
その手にはボゥルが抱えられており、中には生クリームが入っている。
生クリームが水色に着色されているのを見て、慕情は眉を上げた。
いくらメンバーカラーだからって、生クリームまで着色しなくて良いのに。
見栄えが良いのかは分からないが、食欲は減退しそうだ。
慕情は手を動かしたまま、襟元に付けたマイクが拾わない程度の小言で答える。
「使い切れない」
菓子屋じゃないんだ。30個分の卵など、菓子では到底捌ききれない。
オーブンの大きさにも限度があるし、撮影中である以上時間制限もある。作れる量も時間も決まっていた。
割った以上は早めに消費しなければならないが、三人でこの量を食べるのは流石に卵の過剰摂取だ。
「じゃあどうするの?」
まさか捨てないよね?と師青玄が首を傾げる。
慕情は薄黄色の生地をラップに包みながら、少し迷った末に言った。
………………一応、アテはある」
今夜の予定は知らないが、アイツなら呼べば来るだろう。
慕情の仕方なさそうな……………でもどこか甘い横顔に、師青玄はピンと来てほくそ笑んだ。
「へー、あらあら、成る程」
「ほら、さっさと泡立てろ」
慕情はやたらと良い笑みで見つめてくる師青玄を作業台に追いやる。
師青玄は「はいはい」と緩い返事をしながら自分の持ち場に戻っていったが、ふと振り返ると慕情に向けて意味ありげに片目を瞑った。
「クッキー、“あの人”の分も作らないとね」
「何でだよ」
「ハートとまでは言わないから。星とか良いんじゃない?あ、クマの型もあったよね?」
慕情が全身で“会話を切り上げたい”と訴えるが、師青玄はますます楽しげに、今回のメインであるケーキ以外の何かについて、アピールチャンスだと熱く語りかけてくる。
聞き流そうとしていたが、意識してしまう。耳朶が熱くなるのを感じる。
慕情は耐え切れなくなり、勢いよく風師を振り返った。
「今は仕事に集中しろ!」
「え?………………あっ」
瞬間、慕情の顔に何かが飛んで来た。
冷たくて、水色で。
唇に付いたソレを舐めると、甘い。
「あっちゃー、ごめん手が滑った」
目を開けると、師青玄がハンドミキサーを片手に苦笑していた。
……………
「ふふ、慕情が急に話しかけるから………あ、待って拭かないで!」
「ハァ?」
ふきんで顔を拭こうとしたら、師青玄に止められた。
訝しげに顔を歪める慕情に、師青玄がスマホを向けた。

カシャッ

「撮るな!」
「いやぁ、すごく………なんて言うか……………ベストショットだから」
わざとらしく「オフショを撮るのも仕事だし!」と付け足しながら、師青玄は更に何枚か写真を撮る。
「ほら」
風師が見せるスマホ画面には、顔にべっとりと生クリームを付けて…………よく見るとエプロンにも飛んでる……………うんざりした顔の慕情が映っていた。
これのどこが良いのか、慕情にはよく分からない。
………………
「絶対喜ぶって。……それとも、共演NGがこじれるかな?」
「なっ……………
風師のほんの僅かな呟きに、慕情は考えないようにしていた『写真を誰に見せるか』を鮮明に意識してしまう。
ひくり、と引き攣らせた頬がやたら熱くなる。
師青玄が目を見開き、慌ててシャッターを押した。
「うん、これは………絶対見せないと」
写真の出来に、師青玄はご機嫌に呟いた。
「風師!」
とうとう、慕情の手が出た。
真っ赤な顔のまま迫る慕情をひらりと避け、師青玄は笑いながら慌てて作業に戻った。
「ほらほら、さっさと作らないと!」
「ったく」
それでも、慕情は写真を消せとは迫って来なかった。と言う事は、送っても良いんだろう。

その結果どうなるのか、分かっているのかは微妙だけど。
確か、風信は夕方には同じ局に楽屋入りする予定だったっけ。
風師は、この後の事を考えて楽しげに口元を引き上げた。



慕情はまだ熱い顔のまま、クッキー生地を均す作業に移る。
公私混同している場合では無い。
カメラはまだ回ってるし、ドラマと違って一発撮りなのだ。
しかし、頭の片隅にチラつく雑念は中々消えそうに無かった。




風師に言われなくても、クッキーはアイツ好みの甘さ控えめになっていた。
(いや、砂糖の塊を乗せるからだ)
内心自分に言い訳をするが、いつから風信に“お裾分け”をする前提で作っていたのだろうか。
浮かれてる。
誕生日だからと、期待してる自分に嫌になる。
(アイツが覚えてるのかも知らないのに)
仕方がない。明儀が卵を大量に割ってしまったし、師青玄が煩いから、アイツの分も作るしか無いだけだ。

でも。


今年も良い誕生日になりそうだと思うと、頬が緩んでしまうのだった。