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井見
2022-08-03 00:49:20
86785文字
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ロックマンX・ゼロ二次
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【再録】イフ・オンリー・イフ
ロックマンX6~X8あたりのゲイト元気幻覚短編集フル版です ゲイトが起きたけど起きたは起きたで皆で色々うだうだしています。アクセルやなぜかダイナモも出てきます。
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覚めないままで
ここ、前にも来たことがある。今更気づいても仕方ないんだけど。
はびこるビルが落とす影の中、ぎらぎらとネオンライトが輝いて、いかにもアングラな雰囲気。最近はめっきり近づいていなかったが、案外この暗い明るさが肌に馴染むのもまた事実だった。懐かしい光だ。
確かこの通りを真っ直ぐ行くと、何度かお使いをしたことのある店があったはずだ。ただそこは今日の目的地ではない。
通りを外れて、右に曲がる。そして直進し、次は左に曲がる。視界の片隅に出したマップが示す赤いポイントが近づいてくる。道は合っているようだ。
入り口は、地下へ続く階段だった。そおっと一歩目を踏み出す。来る途中、別の階段を盛大に踏み外したのだ。しかも体勢を整えようとうっかりジャンプしようとして、さらに悲惨なことになった。もうあんなヘマはしない。
店のドアを開く。ちりんちりんと古風なベルが鳴る。中はどうやら武器屋らしかった。
手前は大小さまざまな銃が並んでいて、どれも悪くない。が、三つに一つは改造ものだ。
持っているところをバレたら、これだけでイレギュラーとされかねない危険なブツ。
パーツそのものも売られているらしい。ごつごつとした右腕のようなものや、とげとげとした左足のようなものまで、色とりどりの四肢が展示されている。お手製と思いたいところだが、なぜか消し残ったらしい弾痕や焼痕がちらほらと見える。うーん、中古だ。
「兄ちゃん、探しもんかい?」
気の良さそうな店主が話しかけてくる。初めて来店した余所者に探りを入れているのだろう。
「ん、まあそんなとこかな
……
。
そこの棚の、一番左、上から三つ目。ちょっと見ていいか」
ほらよ、と渡されたものは、珍しく合法に見える
——
残念なことに、入手経路が血塗れの可能性はあるけれど
——
レトロな銃だ。この時代になんと木製。手触りが優しい。この手には少し小さすぎるのが欠点だけど、人間サイズに合わせているんだろう。実用には耐えないだろうが、飾っておく分には十分過ぎる出来だ。現物は初めて見たので心が踊る。踊らせている場合じゃない、と思い出す。
「へえ、悪くない。だが
……
」
残念だけど、目当てはこれじゃないのだ。
「あんたの背中のそれ。その左手
……
見せてほしいな」
ちょうど客側からは死角になるように、店主の背後には繊細な装飾が施された華奢な両手が飾られている。こういうの、トウキ、って言うんだったっけ。ともかくその左手が、今日の獲物だった。
「兄ちゃん、わかってるクチか」
店主はにやりと笑みを浮かべると、その左手を手に取った。確かダンスに誘うみたいに右手を差し出せばいいとかなんとか。変にロマンチックだ。記憶の通りにすると、真っ白い片手が自分の大きな手に収まる。
「
……
サンキュ」
もう片方の手でお代を渡す。少し多めにしたおかげで、店主は簡単に上機嫌になる。これが一見さんの角が立たないやり方らしい。この方法が失敗したことは今のところ無かった。
「ここでやってくかい?」
気を良くした店主は、カウンターの側の扉を指差す。気にはなったが、そこまでは予定に入っていないし、何より時間が無い。
「いや。うちでじっくりやるよ」
断りを入れて、退出の意志を見せた。店主は「そうかい」と簡単に答えると、片手を上げてさよならのジェスチャーをする。こちらもそれに応じる。多分また来ることになるだろう。
そのまま店を出て、階段を上がる。少し急ぎ足になる。踏み外さない代わりに、頭を強くぶつけた。痛い。構わず道へ出て、停めたライドチェイサーの元へと急いだ。
無くなっていたら他のチェイサーを失敬するしかなかったが、幸い同じものが同じ場所にあった。跨がり、帰投地点へとチェイサーを走らせる。このペースなら時間に余裕があるはずだったが、体の調子があまり良くない気がした。なんとなく、まずい。あんな銃なんて見ている場合じゃなかった。
そして目的の曲がり角。路地へ逸れて、チェイサーを乗り捨てる。確か路地に入って三番目の扉が中継ポイントだ。
オールドファッションなドアノブを回して、倒れ込むように入る。というか倒れ込んだ。
ぴったり同時に、体が発光し始める。もう限界。
「ギリギリセーフ
……
」
最初に声が戻る。ラッキーと思い、通信を入れる。
「もしもーし、こちらアクセル。
中継地点まで帰還。目当てのものは無事ゲット」
床に鼻先をくっつけたままでも構わないのが通信のいいところだ。
『早かったわね、お疲れさま。近くまでエックスを送っているから、合流して帰還してちょうだい』
「りょうかーい」
通信を切る。
この間にもずるずると四肢が短くなっていくのを感じた。さらに胸の辺りががくんと低くなる。
潜入のためにコピーするのは全然いい。でももう少し体格の近いレプリロイドが良かった。ほぼぶっつけ本番だったのものあって、体のいろんなところをいろんなところにぶつけた。さっき置いてきたライドチェイサーもこの体には大きすぎてもう乗れないのだ。エックスの後ろに乗っけてもらうの、久しぶりだな。
そして問題はこの体だ。変身するのは好きだけど、変身が解けるのはちょっと気持ちわるい。限界まで粘ったのは久しぶりだったし、なんだか最近は調子が悪い。全身が気怠い感じがして、立ち上がるのも億劫だ。
「エックスー、ここまで来て
……
」
独り言が虚しく響く。来てくれても困るなと思った。わりとエックスは心配しいだ。
よいしょ、と軽くなったはずの重い体を持ち上げた。早く行かないと。
*
「知らないよ」
もう何度も同じ言葉を繰り返している。ゲイトは明らかに苛立っていた。
「ボクは何も知らない。というか、怒りたいのはボクの方だ」
怒りたいのは、作業中に突然連れて来られたことにでも、後ろ手に拘束された腕にでも、リピートされる言葉にでもない。
自分の研究が何者かに利用されていたのだ。さらなる姿へ昇華させているならまだいい。しかし作られたのは、少し探せば道端に落ちているような粗悪品だった。貶められたと言ってもいい。怒らずにはいられない。
「誰なんだ? さっさと見つけてくれ。それかこれを外して、ボクを使えよ。ちゃんと協力してやるからさ」
「フフ、そう言ってくれるのを待ってたんだよね」
空いている椅子
——
今いないゼロがよく使う椅子だろうか
——
に座らされたゲイトの前には、アクセルがにっこりと笑っていた。彼は司令室の奥へ振り返る。
「いいよね、シグナス」
「ああ、構わん」
アクセルはシグナスの了承を得ると、ゲイトの背後に回り込み、腕の拘束を解除した。ゲイトは解放された腕を回す。ほとんど脅迫めいた形で協力への同意を迫ってくるのが常だった。流れはいつも同じ。不必要な儀式だ。
「それじゃ、はい」
アクセルは手の中で握っていた何かを、ゲイトに投げ渡した。
それは巷で話題のウィルスが仕込まれた小さなチップだった。
ネットワーク上では意図しない感染の恐れがあるのに対し、物理媒体に封じ込められていれば直接読み込んだりしなければいいので、比較的扱いやすい、という考えが多かった。
そしてそう扱われるウィルスは、非常に強力なものか、あるいは流通を隠したいものか。今回は後者だった。自らウィルスに感染し、酩酊に似た状態を楽しむ、人間の使う悪質なドラッグのようなもの。しかしそれ自体は目新しいものではない。
今回のチップが取り沙汰された理由はシンプルだった。
使うとかなりの確率で死ぬのだ。
このチップの流通元へコピー能力を使い潜入、そしてチップを入手。これがアクセルの今回の任務だった。ちょっとした残業として、ゲイトに協力を要請するところまでを担当する。
「ずいぶんお粗末なチップだ。解析は終わっているのかい?」
「終わったからあなたを呼んだのよ」
オペレーター席に座るエイリアが、呆れた様子で腕を組む。
「驚いたわよ。基本構造がナイトメアウィルスとそっくりだったんだもの。繋がりを疑わない方がおかしいレベルだったわ」
「繋がりなんて作ろうと思えばいくらでも作れる。だが単なる模倣にも満たないよ、こんなもの」
「ええ、わかってる。あまりにも作りが杜撰すぎるもの。これをあなたが作っていたら、正直ショックだわ」
チップに封じ込められているウィルスは、ナイトメアウィルスの一部を改造したようなものだった。
ナイトメアウィルスのレプリロイドに対する効果は主に二つ。一つ目は、感染したレプリロイドに幻覚症状を発生させ、最悪の場合暴走、自滅させること。そして二つ目は、その感染から意識中枢を乗っ取り、完全にコントロール下に置くこと。
今回のチップは、前者の効果だけを切り取り調整されていた。ナイトメアウィルスは感染者にとっての『悪夢』を見せるのに対し、このチップは、感染者にとっての『幸せな夢』を見せる。夢に溺れるのが目的のため、目覚めるものは少ない。挙句目覚めても、記憶領域が夢の思い出で埋め尽くされれば、思考能力を失う。レプリロイドから、ただのガラクタに成り下がる。
「でもだからこそあなたを呼んだの。
もうナイトメアウィルスは駆逐されて久しい。それなのに誰かが、ナイトメアウィルスを利用している。おかしいと思わない?」
「
……
ボクへの挑戦状かな?」
ふむ、とゲイトは考え込む。
「ナイトメアウィルスを複製するのはそう簡単じゃない。なにせ元が元だからね。データだけ持っていても、相応の技術力が必要だろう。
だがこのチップはなんだ? こんなのウィルスについて学べば一晩でできる代物。同じ人物が作ったとはとても考え難い」
「意図的に粗雑に作った
……
といっても難しいわね。わざと下手に作るなんて、上手に見せるより手間がかかるわ。わざわざそうする必要が考えられない」
「増やした人と作った人が別ってことじゃないの?」アクセルが応酬に半ばうんざりしながら、投げやりに口を挟む。
「それなら一体何が目的だろうね?」
「どうせ頼むお金が無かったとか、そんなところでしょ」
誰がどこで何のためにやったかなんて、ここで話していてもわかるわけがない。自分達はハンターであって、探偵ではない。
しかしゲイトはまるでその探偵のように、人差し指をぴんと張った。
「一つ簡単な考え方があるよ。
まだあるんだ。ナイトメアウィルスが。
それを誰かが手に入れて、こんなてきとうな形で加工した」
「ふーん。つまりやっぱりアンタが隠し持っていた、と」
「
……
ゲイト。正直に言った方がいいわ」
エイリアはじっとゲイトを睨むが、ゲイトは肩をすくめるにとどまる。
「ボクはずっと正直だよ。隠し持ってはいないけど、置いてきたものはある。キミたちのおかげで、おちおちゴミ捨てにも行けないからね。ずっとほったらかしにしていたんだ。
だから使える状態にはないと思うけれど、何しろずいぶん時間が経った。
その間に誰かが見つけて、勝手に使っているのかも、ってことさ」
議論を見つめていたシグナスが、重々しく口を開く。
「言い訳は必要ない。聞きたいのは一点、それはどこだ?」
ゲイトはにっこりと笑った。
「ボクの研究所だよ。
……
ずっと昔のね」
*
レプリロイド研究員を辞め、姿をくらましてから、ゲイトがあの事件を起こすまで過ごしていた研究所。
エックスにとってそこは初めて来たにも関わらず、既視感のある場所だった。なぜならそこはあの事件現場から程近いエリアに存在していたからである。
コロニー落下地点より少しずれた、それでいて一面の砂の荒野。崩壊してから、いまだ何もない僻地。
年月が経ってもここは変わらない。コロニーの残骸を回収する金があるなら、街の一つでも作った方がマシ。そんな簡単な理由で、事件当時から放置されたままになっていた。
「久しぶりだな
……
」
エックスはライドチェイサーから降りると、感慨を持って見上げた。
朽ちかかったドーム状の瓦礫が、奇跡的なバランスで風に耐えている。
「懐かしいかい、エックス?」
チェイサーのサイドカーから、ゲイトが降りる。
夜闇を背に砂上に立つ白衣の姿はひどく浮いて見えた。だがこういった場所でゲイトはゼロのパーツの一部を拾ったのだったか。エックスは不思議に感じた。この何処かに、まだ似たようなものが埋まっているのかもしれない。
しかし今日の目的はパーツ探しではない。
ゲイトの旧研究所への調査、および可能であれば対象の撃破。そのためにエックスは、ゲイトを連れてここまで来たのだった。
「ゼロかアクセルか、同伴するかと思ったよ」
おれもそう思っていたよ。エックスはため息をつく。
ゼロは元より不在だった。他のミッションも立て込んでいるのだ。こういうことは珍しくない。
そしてアクセルは
——
疲れていた。長くコピー能力を使うとちょっと疲れるんだ、と軽く言っていたが、誤魔化し方が下手だった。最近のアクセルは、どうも具合が悪そうだ。休みが必要な者を無理に連れ出すのは、任務にとっても彼にとってもリスクだ。
任務を確実に成功させるために、ゼロの帰還、あるいはアクセルの回復を待つか。事件の早急な収束のために、エックスのみで出撃するか。二つを天秤にかけ、後者が選ばれた。
つまりエックスが現地へ向かう。しかし単独ではない。ゲイトを連れて行くのだ。
「おまえじゃないと開かないって、本当なのか?」
「本当だとも。ああいや、ボク以上の技術のある誰かが書き換えていたり、外部から無理やり破壊していたりすれば、その限りではないね」
「それもそれで最悪のケースだな
……
」
「侵入者をボクに知らせるシステムとかは組んでないんだよ。正直この研究所はもうどうでもよかったからさ。だから行ってみるまでは何もわからないな。
事件には関係ないかもしれないし、関係あるかもしれない」
目的の場所は、ゲイトが昔使っていた研究所。ゲイト曰く、そこはゲイト本人がいないと開かないようなセキュリティがかけられているらしい。つまり研究所へ正規の方法で入るには、ゲイトが必要ということだ。ゲイトの言葉を信じるなら、の話ではあるが。
「さて、ここらだったかな。エックス、一発かましてくれ」
「どこに?」
「足元にさ。フルチャージで頼むよ」
言われた通り、片手をバスターに換装し、チャージを始める。
足元にって、足元に?
若干の不安はあったが、エックスは素直に足元へフルチャージのバスターを放った。
がこん、と鈍い音がどこからか響いた。
砂塵が舞う。砂が空中へ
——
いや、下へ沈んでいく。
同時に、ぱっくりと異質な裂け目が地上に現れた。
「なあゲイト、これってさ」
エックスが思い出したのは、ナイトメア事件の際の、研究所への突入の瞬間だ。
ゲイトは隣で微笑んでいた。
「なあゲイト、馬鹿なのか?」
全く同じ切り出し方で、エックスは不平を述べる。
焦った。地面が割れて、みるみる奈落へ吸い込まれていったのだ。
吸い込まれたのがエックスだけならばまだ良かった。着地すればいいだけだ。しかしエックスの隣で、ゲイトもにっこりと落ちていた。
「さすがだね、エックス。体は鈍っていないみたいだ」
エックスに抱えられながら、ゲイトは平静と答える。
「
……
他に方法、あるだろ! これじゃおまえ、一人で研究所に戻れないじゃないか」
「一人の時は別の入り口があるから大丈夫さ。こっちは搬入用みたいなものでね」
「なら最初からそっちの方に案内してくれ
……
」
「遠回りなんだよ。一方、落ちるなら一瞬だ。早い方がいいだろう?」
「安全な方がいいな。絶対に」
エックスはゲイトを下ろした。もうなんだかこの動作に慣れてきていた。別の入り口とやらを使う気がないなら、帰りはどうするんだろう。その恐ろしい疑問については、今は考えたくなかった。
「どうしたんだい? こっちだよ、行こう」
ゲイトはエックスの心配に構わず、ずんずんと進んでいく。
辺りは暗い。鈍い明かりが点々と存在しているおかげで、人影程度なら判断できる、と言うくらいだ。少なくとも、今使われていない、というのは本当のようだった。
着地点はだだっ広い空間だったが、ゲイトに付いて行くと、人型のレプリロイドが通れるほどの狭さの道へ出た。
多分この奥に、ゲイトの帰りを待つ扉があるのだろう。まさに勝手知ったるといった具合でゲイトは進む。
だがエックスは、気づいた。
「待て
……
何かいる」
隠す気もない熱源反応が、扉の側から動かない。
エックスはゲイトの首根っこを掴み、後ろに下がらせた。
バスターを構えながら、壁際より様子を窺う。
そしてエックスは目を剥いた。
そこには、足をクロスさせながら、涼しげに佇む大男。
男はエックスの視線に気づくと、武器を構える代わりに、ようと呑気に片手を上げる。
「ずいぶん遅かったな! 会いたかったぜー、エックス」
ありえない。
エックスが最初に思い浮かべたのはその五文字だった。
いや、確かにありえなくはないのだ。しかし、全く予想していなかった人物。だがこの男は予想外の場所に突然現れるのが常だ。驚くことでもないのかもしれない。
「なんだい、知り合いかい?」
エックスが固まったのを不思議に思ったゲイトは、エックスの背に語りかけた。エックスが誰に話しかけられたのか、角度的にぎりぎり見えないのだ。エックスから身を乗り出すようにして、ゲイトは壁から顔をひょっこりと出す。
すると男は、ぱっと笑顔を溢れさせた。
「やっぱ噂はマジだったか!
アンタにも
……
会いたかったぜ、ゲイトのダンナ」
ここまで来た甲斐があったってもんだ、と男は顎を撫でる。
エックスはさらに固まった。
男はゲイトの名を呼んだのだ。しっかりと。
「
……
知り合いなのか、おまえたち
……
?」
これはさすがに驚いても許されることだろう。他に聞くことがあるはずなのに、エックスの口からはその疑問がこぼれた。
ゲイトは全く心当たりが無いと言うように、真っ直ぐな目で首を捻る。
「あれ、忘れられちゃった? おれ。悲しいなー」
ひどいなー、と気怠るそうに頭の後ろで両手を組む。
ゲイトはふむ、と呟いた。
「悪いけど、キミのような浮ついた感じの知り合いなんて、ボクにはいな
……
」
そこまで言って、一旦言葉を切る。
そして数秒後、ゲイトはにやりと口角を上げた。これは悪いことを考えている時の表情だ、とエックスは顔をしかめる。嬉しくない真実が待っている直感があった。
「
……
いたね、そういえば。
確か
……
ダイナモ、とか言ったかな?」
ダイナモ。そう、ダイナモ。
ゲイトの告げた名前は、エックスの想起した名前と全く同じだった。
エックスよりも、つまり人間よりも一、二回りも大きく、関節が目立つ無骨なレプリロイドの体。目線を隠す赤いバイザーに、さらりと揺れる銀色の長髪。特徴的なその姿は、見間違えることなどあろうはずがない。
二度のベースの襲撃、そして幾度にも渡るナイトメア事件調査の妨害。遭遇するたびにエックスの頭を悩ませた男が、いま目の前で、扉の門番のように立っている。
「思い出していただけて光栄です、ゲイトさま」
ダイナモはバイザーを上げると、片手を胸元に添え仰々しくお辞儀をしてみせた。
本当に知り合いらしい。エックスの想像する限り、かなり最悪に近い組み合わせだった。
「説明しろ、ゲイト
……
」
万一に備えダイナモから目を逸らさないようにしつつ、エックスは苦虫を噛み潰したような顔と声で背後のゲイトに呼びかける。
「嫌だな、そんな大した関係じゃないさ。ナイトメア事件のころ、ちょっと雑用を頼んでたんだよ。最後の方は構ってやれなかったけど」
「そ! いつもの雇われ、それがおれ。その節はどうもお世話になりましたってね」
「待て待て、全部初耳だぞ!」
それは大した関係じゃないか。エックスの顔はみるみる険しくなっていくが、それはダイナモにもゲイトにも効果を成さなかった。
「ほら、きみらに何度か会ったでしょ? それだよそれ。他にもいろいろやったけど、まあそこら辺は割愛で」
そんなことより、とダイナモはエックスからゲイトへ視線を移し、一歩踏み出す。
「おれはずっ
……
とダンナを待ってたんだ。会えて本当に良かった!
ダンナはおれのことお忘れだったみたいだけど、おれはダンナを忘れちゃいない。
何せダンナからはまだ大事なものを頂いてないんですからね。
……
なんだと思います?」
ゆるい口元に対して、ダイナモの視線は冷たくアンバランスだ。
エックスはゲイトを庇うように、右手を広げた。
ダイナモの目的はゲイトなのだろうか。しかし今のゲイトにはからっきし戦闘力が無い。もし戦闘になるのなら、ゲイトを守りながら戦わなければならない。
しかしゲイトは、エックスの緊張を知ってか知らずか、「ああなるほど」などと膝を打った。
「対価か。ボクは死んでいたはずだからね。キミにはなんにも渡してなかったわけだ」
「ご名答!」
ダイナモは軽快に指を鳴らす。
「正直おれはもうさっぱり諦めてたんだ。ボスが先にお陀仏になったんじゃどうしようもない。というかおれが悪かった! ハンターが相手じゃそりゃこうなるわな。さっさと貰っておくべきだったわ、仕方ないってね。まあ暇も潰せたしまあいいかと。
でも。最近になって、嬉しいニュースが入ったのよ。
さっきも言ったけど噂がね。昔ウィルスを撒いたイレギュラーが、なんとあのハンターベースで飼われてる、とかなんとか。これだけでおれはピンときた!」
言葉を切る。ダイナモはゲイトを覗き込むように見下ろした。
「生きてるなら話は別だ。
あの時のお代、利息付きで頂かないと満足できませんな?」
この流れはまずい。エックスは思った。本当にこの男の目的はゲイトのようだ。
「払ってくれと言われてもね。どういう話だったんだっけ? ボクの頭とかだったかな?」
「それも悪かないけど、さすがに保護者さんが黙っちゃいないでしょ」
ダイナモはエックスにウインクを飛ばす。
「おれの目的はまずこれ」
ダイナモは背後の扉を顎で示した。
「おれも入れてよ。ゲイトさましか入れないんでしょ、ここ?」
「よく知ってるじゃないか。
だがこんな所、キミが入ってどうする? ツアーでもすれば満足かい?」
「おれが欲しいのは、ダンナの研究
……
こん中にも残ってるって聞いたぜ? ナイトメアでパワーアップ! してみたいもんだね」
「おまえ、まだそんなことを考えてたのか?」
あの事件中何度か聞いた軽い言葉に、エックスは思わず口を挟む。
「ぽんぽんパワーアップするボウヤにはわからないだろうさ。生まれ持った肉体の限界ってのがある感覚は」
なーんてね、とダイナモはへらりと笑った。どこまで本気で言っているのかわからない。
「どうするエックス? ここでこいつを同行させるか、それかキミが追い払ってくれるかのようだ。ボクは別にどちらでも構わないよ」
戦闘はなるべく避けたい。この中で何が起きているのかもわからないのだ。不必要な消耗は得策ではない。
さらに今の状況では、ただの戦闘ではなく、ゲイトを守りながら、という条件も付く。ダイナモはなかなかの手練れだ。ダイナモ自身の言う通り侵入が目的なら、彼はゲイトの身柄を狙ってくるだろう。それをいなしながら撃退するのは難しいか。
また最悪なことに、ここは外部と通信ができない。仮に増援を呼ぶとしても、一度ここを離れる必要があるが、それまでを凌ぐ必要がある。
エックスはそこまで考えて、渋々、嫌々
——
本当に仕方なく
——
首を縦に振るしかなかった。
「入るだけだ。
……
何か触ったり取ったりするなよ」
ダイナモは指で丸を作った。全く信用できないのが、いっそ清々しい。
*
扉の認証システムは、要するにゲイトの持っている全ての情報が必要なんだとか。今までの研究を含めた全て。道中ゲイトから細かい説明を聞かされてはいたが、エックスにはよくわからなかった
——
というかあまり真面目に聞いていなかった。
「開いたよ」
ゲイトのその言葉を合図に、一体いつぶりになるのか、扉は砂埃を撒き散らしながら開いた。ダイナモが我先にと身を滑り込ませる。
「へえ、ずいぶんオンボロだ」
そう言いながらダイナモは地面を軽く蹴飛ばした。するとそこががらがらと崩れて穴が開いた。早々に破壊活動をしないでほしい。
「ずっと放置していたから仕方ない。むしろ未だに機能していることの方が驚きだね。ハンターの目は節穴なのかな」
「ずっと隠していたくせに、よく言うよ」
「聞かれたら答えてたさ」
悪びれる素振りもない。
どこからの電力なのか、申し訳程度の非常灯が道なりに灯っている。誰かがいる様子は無い。まさに使われていない研究所という様子だった。
崩落した天井が通路を埋めていたが、ダイナモがそれを腰のセイバーのようなもので蹴散らしていく。
「ゲイトさまー、ずっとこれだけ?」
「ボクだけで使ってたんだ、何部屋も無いよ。この奥にメインコンピュータ、一階層下にサブ。主にそんな感じかな」
「案外しょぼいんだねぇ」
「そりゃあね。だから使わなくなったわけだし」
ダイナモという特大の懸念事項が増えたが、本来はこの研究所への調査がエックスたちの目的だ。この研究所の何処かに、ナイトメアウィルスそのもの、あるいはウィルスとして利用できる何かが残っているかもしれない。それが事件に関係しているかどうかに関わらず、危険性のあるウィルスは排除する必要がある。
『ゲイト、結局あるのか? 無いのか?』
ダイナモに聞かれないよう、エックスはゲイトへ専用回線を開く。
『わからないよ。この中が動くってことも今知ったんだ』
『悠長なこと言ってられないんだ。せめて逆にダイナモが満足して帰るようなものとか、無いのか?』
『そんなもの
——
』
知らないよ、と言いかけて、ゲイトは止まった。思い当たる節があったからではない。
入り口から奥まで、真っ直ぐな一本道ではなかったはずだった。
しかし今日は、同じ方向に歩き続けていた。
そして目の前には、メインコンピュータがある部屋のはずの扉。
「ダイナモくん。その扉、そお
……
っと開けてみてくれ」
ダイナモは露骨に嫌そうな顔をしたが、自身の好奇心には逆らえなかったらしい。
エックスがダイナモの後ろから見守る。
扉にはパネルがあり、『開』か『閉』かしかない。ダイナモは隙間に指をかけて、強引にこじ開ける。数センチほど開けると、暗闇が見えた。その中には、
「うわぁ
……
ヤバいな!」
無数の目がこちらの様子を窺っていた。
ダイナモはそっとその扉を閉じる。まるで何も見なかったかのように。
「これってもしかして、あれか?」
エックスが最悪の可能性に気づく。
「うん、あれだね。あれだったもの、というべきか」
ナイトメアウィルス
——
だったもの。かつて門番代わりに使用したのと似たような、奇形進化。
チップへ使用されていたものは、これの破片なのか。わからないが、とにかくこの扉の向こうにはウィルスの塊がある。
「おれ、あれはパスだな」
ダイナモの軽い言葉。それと同時に、扉がひしゃげた。
さっき開けたのが悪かったのだろう。出口に気づいたウィルスたちは、扉に向かって増殖を始めた。
「そういう感じかー
……
」
三人はにっこりと微笑み合うと、走った。絶対に息の合わないだろう三人だったが、なんてことはない、命の危機を感じれば通じ合えた。
しかし走れども走れども、出口へはたどり着けない。
「ナイトメア現象だね」
仮説は証明された、とゲイトだけがひどく満足していた。
「いや、ナイトメアの名を使うのはもう不適切なのかな。ともかくここはすでにあのウィルスの影響下なんだ。ナイトメア同様、軽度の幻覚症状が共有される」
「そういうのあったねー、懐かしいわ」
「出口は結局どこなんだ」
「多分ボクらは同じ道を誤認しながらぐるぐると回っている。ここから脱出するには、ウィルスの影響下から離れることだ。つまり、まず上なり下なり壁を破壊してこの道から外れる。のちに直接地上を目指す。そしてそれをすれば、遅かれ早かれあれが一緒に這い出てくるだろう」
「あーあ、大変だ」
ダイナモは呆れたように笑う。そして腰の武器に手をかけた。
壁を破壊して逃げる気だ。エックスは直感する。
「待てダイナモ。おまえの欲しいものがここにあるんだろ」
先ほどはあんなにもダイナモに何処かへ消えてほしいとエックスは願っていたが、今はもう逃さないという気持ちでいっぱいだった。
『あれ』が地上に這い出たら阿鼻叫喚だ。ナイトメア事件再び、にもなりかねない。地下にあるうちに対処したい。
しかし救援を呼ぶには、地上へ出なければならない。ここは研究所と同じく通信が遮断される。地上に出てから救援が来るのが先か、『あれ』が這い出るのが先か。先ほどの反応からして、もう時間は無いように思える。
今は一人でも戦える者が欲しい。そしてダイナモは、何度か手合わせをしたが、かなりの使い手だ。申し分ない。
「頼ってくれるのは嬉しいけど、おれには優先順位があるんでね」
「へえ、勝算が無いと見えるのかい? ここには最高のイレギュラーハンターもナイトメアウィルスの開発者もいるんだ。キミはそのおこぼれに与ればいいだけなのに」
ゲイトが珍しくエックスの意に沿うかのように口を挟んだ。
「ゲイト、どうにかできるのか?」
「多分ね。力押しの破壊も劇的で悪くないけど、もう少しスマートに行きたいところだ」
それが合図だった。ナイトメアウィルスを思わせる不気味な無数の目玉が、エックスたちを見つけた。
道の一方から、ぞわぞわと埋め尽くすようににじり寄ってくる。このままでは追い込まれる。そして逃げ道が無くなったところで、ゆっくりと捕食するつもりだ。
「くそっ」
エックスはチャージしたバスターを放つ。しかしやはり、生半可な攻撃では意味がない。バスターによって生まれた穴は、たちどころに再生され埋められていく。
この物量を力で倒すなら、全てを一撃で灰にするほどの出力が必要だ。だがそのための武器は手元にない。仮にあったとしても、この地下空間で放てば、周りも崩れて生き埋めだ。
「エックス、時間を稼いでくれ。なに、『あれ』がナイトメアウィルスなら、たぶん死にはしない」
要は囮になれという命令だった。だがそれが今は最低の最善か。
しかし状況が悪すぎる。
「待て、そいつと二人きりになるのは駄目だ!」
ダイナモの狙いはゲイトなのだ。エックスが離れれば、ダイナモを止められる者はいなくなる。
「大丈夫、そんなに馬鹿じゃないはずだよ」
そうだろう、とゲイトはダイナモを見上げる。
「そうそう、大丈夫大丈夫」
こんなに不安になる返答は他に聞いたことがない。だがエックスには他に選択肢がなかった。三人で逃げたところで防戦一方だ。
「ダイナモ!
……
信じるぞ」
エックスは選んだ。そしてせめてもの呼びかけ、つまり牽制。意味をなさないだろうが、エックスが今できることと言えばそれだけだった。
「まかせてくださいよー」
軽快な返答に、何をだよ、とエックスは口の中で呟いた。
*
「さて、ダイナモくん。本題に入ろうか」
エックスから十分な距離を取ってから、ゲイトはダイナモに語りかけた。
ようやく聞きたいことが聞ける。
「ここにボクを呼んだのはキミなんだろう? キミならナイトメアウィルスのデータを持っていたし、あんないじらしい出来のものが出回っていたのも、ボクの気を引くためと思えば筋が通る」
全てはこの研究所を開くため、言うなればゲイトをこの地に呼ぶため。もしチップをばら撒くという迂遠な手を使っている段階で目的に気づかなければ、さらに直接的な方法に出たに違いなかった。
「だが残念だったね。あのウィルスがあったのは流石に誤算だったかな? この場所にはもうキミにあげられるものは一つも無い」
ダイナモはにやりと口を歪めた。
「何を仰っているのか、ぼくにはサッパリで」
「そうかい?
ボクはそんなかわいそうなキミに、一つだけ良い話をしようと思っていたんだけれど」
ばちりと両者の視線が合う。ゲイトはペースを握るために、続けて口を開く。
「キミにもう一仕事頼みたいんだ。
ウィルスがエックスに引きつけられている今のうちに、一階層下
——
サブコンピュータがある場所へ行きたい。そこも埋め尽くされているかもしれないが、行ってみないことにはね」
「ふうん。おれに送迎を?」
「そう。簡単すぎる、なんて言わないでくれよ」
ダイナモはゲイトを探る。見たところ丸腰、どころか戦闘にも適していない。確かにこの体では、せいぜい人間と同じくらいのことしかできないだろう。一階層移動するだけでも難儀する。要求は妥当だ。
だがそれよりも。単に話の続きが気になった。聞くのはいつだってタダだ。
「それをしたら、先生は一体おれに何をお恵みに?」
ゲイトは、よくぞ聞いてくれた、と言わんばかりに満面の笑みを浮かべた。
「
……
完全なデータ、ゼロのDNAさ!」
それはゲイトが出せる最強の手札だった。
「あの時もキミ、欲しがっていただろう。思い出してきたよ。ウィルスにゼロのDNAが利用されている
……
自力で気づいただけでも大したものだ。
だが、もうあの時のあんな破片じゃない。完全に揃った、完全に明らかになったゼロのDNAの全てだよ!
……
ボクには、それが用意できる」
広げた両手を振りながら、ゲイトは囁いた。
「どうだい、欲しくはないかい?」
ダイナモは常に浮かべている笑顔を思わず引っ込める。
「話がずいぶんでっかいなぁ。そんな大したものをあんたが出せるって保証は?」
「無い。生憎、今ボクは身一つでね。
キミは知っているだろうが、ボクは現在イレギュラーハンターベースに
——
ゼロのすぐ側にいる。この事実について、キミがどう考えるかだ」
ゲイトは思い出したように付け加える。
「そして悪いけど条件が一つあるんだ。
——
百年だ。今のペースだと解析にそれくらいかかる。いや、もう少し早くなるかも?
まあ少なくとも、今すぐには渡せない。
百年かそこら、キミには待ってもらわなくちゃならない」
「そりゃずいぶんおれに不利な条件だ!
信じられないし待てないって言ったら、この話終わりなの?」
「終わりさ。ボクらはここで解散。エックスはウィルスと二人きり。
せっかく来てくれたのに手土産も無しというのははなんだし、ボクのこの頭でも持っていくといい」
「先生ったら、わかってて言ってるんだもんなー」
この状況でゲイトを殺してデータを持ち去ることだけは、ダイナモにとってあり得ない選択肢だった。ゲイトの死体とダイナモの不在。犯人が誰かなんて火を見るより明らかだ。
もしそんな状況になれば、エックスは今度こそ地の果てまでダイナモを追いかけてくるだろう。それはごめんだ。まだハンターたちとはゆるいお付き合いでいたかった。
そしてこの研究所の調査はウィルスにより不可能。つまりダイナモはどの道手ぶらで帰るしかない。
だが、それはすべて予想の範囲内だ。
ダイナモは悩んだ。
ゲイトの話を疑っているのではない。
話が
——
——
上手く行き過ぎている!
ダイナモの目的は、ゲイトに会うことだった。自分を思い出してもらうこと。せっかくご存命なら、挨拶をしておかなくちゃね。それだけの発想だったからだ。
ついでに少し脅して、何か情報が落ちてきたらラッキー、何かもらえたらさらにハッピー、それくらいにしか考えていなかったのだ。
それなのに、ゼロのDNA? 思ってもない商品が並んだ。
自分に渡すか否かに関わらず、百年後、ゼロの完全なデータがこの世に現れる。完全なデタラメだとしても、ゲイト自身の頭の中にそんな構想がある、それだけで十分お釣りが来る情報だ。裏があるのかと勘繰りたくなるのも仕方がない。
しかしおそらく、これはゲイトのワイルドカード。単に本気なだけなのだ。
こういう本気は嫌いじゃない。嫌いじゃないから、
「
……
いいぜ、乗ってやる」
付き合ってやるのも悪くない。
ダイナモはゲイトへ誘うように手を差し出した。
「まずは下にお連れすればいいんでしたっけ?」
ゲイトはダイナモの手を取った。取引成立の合図だった。
そしてダイナモはパッと手を離すと、逆の手を腰に伸ばす。そこにあるのはダイナモの武装の一つ。それを見て、ゲイトはダイナモが何をする気なのか察した。
紫色の光が、真円状の軌跡を描く。ダイナモの持つ武装の一つ、伸縮自在の刃。それが抉るように地面へ切り込む。そしてダイナモは片手を空け、バスターへと切り替えた。押し込むように足元へ光弾を放つと、地面が揺れ、穴が開いた。
「大胆だね」
そう、落ちるなら一瞬だ。ゲイトはほくそ笑んだ。
難なく飛び降りるダイナモに続いて、ゲイトも上階に手をかけながら降りた。
「で? サブまで行きたいって言われても、結局ウィルスの影響があるんじゃないの」
「白々しいね。キミには効いてないんじゃないか。まあボクにも効いてないけど」
残念ながらナイトメアウィルスはゲイトには効かない。正確には効きはするが、仮にも製作者だ。確認のためにウィルスの影響を知覚した上で、意図的にシャットアウトすることができる。
そしてダイナモは
——
よくわからないが、効かないのだ。ゲイトにとっては彼も興味の対象だった。「おれ、なんか大丈夫なんすわ」なんて軽すぎる売り込みをしてきたのを、ゲイトは思い出していた。
「あれ、覚えてた? エックス、遊ばれて可哀想だなー」
「最高の被検体だよ、エックスは」
さあ、行こうとゲイトはダイナモの先を歩き出した。
エックスはしぶとい。ウィルスはエックスを掴んで離さないだろう。
その間にやらねばならないことがある。
歩き進めながら見上げると天井は少し歪んでいた。増殖が加速しているのか、やがて壁を突き破りウィルスは地下全てを埋め尽くすだろう。ウィルスの影響を受けないとしても、物理的に押し潰されてしまってはしょうがない。
「でもどうするんで? 秘密兵器とかあるのかな」
「ボクは武器屋じゃない、そんなものは置いてないよ」
ゲイトはひしゃげた扉を顎で示して、ダイナモに開けさせる。
「単純な話だ。ボクがここから新しい命令を出す。『死ね』とね。
とはいえ時間が無さそうだから、せめて『増えるな』かな」
幸いなことにコンピュータは生きていた。メインが動いているのだから、当然といえば当然だが。
「あのウィルスはメインコンピュータのデータを元に生成されているはずだ。だからそのデータを、サブを通して書き換える。ウィルスがこの研究所にいる間ならそれが可能だ。
ウィルスは新しいデータを読み取って、加えられた命令の通り行動する。ウィルスは従順なところが利点だね」
「ものすごーく簡単に聞こえるね」
「言葉だけならね」
やることは単純だが、できるかどうかは五分五分だった。研究所の壁面が物量で破壊され、ウィルスが外へと脱走し完全に制御下から外れれば詰み。またエックスの足止めも敵わず、こちらの部屋までウィルスが押し寄せて、作業できなくなっても詰み。
「ボクは作業を始めるよ。ダイナモ、ご苦労様。百年後に期待するといい」
ゲイトは片耳に触れると、そこをダイヤルのようにかちゃりと開いた。コンピュータから伸びるコードの一本を拾って、端子を雑に差し込む。セキュリティも何もあったものじゃないが、元々ここには自分しかいなかったので、これで何も問題は無かった。
コンピュータに直接アクセスするのは諸刃の剣だが、これより早い書き換え方法は無い。ゲイトは地べたに座って目を伏せた。ぴりっとした刺激が脳の半分を揺らしていく。
メインコンピュータのデータは、もう目も当ててられないほどだった。年月がそうさせたのかは話からない。ウィルスは溢れるほどの無数のバグを飲み込みながら、暴走と増殖を繰り替えしているのがわかった。
「なーゲイトさま? 最後にご提案なんですがね」
ダイナモが空気を読まずに話しかける。
ここに命令を書き込むのは、暴風の中で旗を立てるようなものだ。そして世間話をしている余裕などない。
しかしゲイトは、「何かな」と答えた。ダイナモが何を言い出すのかわからなかった。知りたいと思ってしまった。
ダイナモは屈んで、ゲイトと目線を合わせた。
「それが終わったらでいいからさぁ、このままとんずらしちゃいません?」
「
…………
今、なんて?」
聞いて後悔した。とんずら、とは一体どういう意味だっただろうか。
「今日仰せつかったのは送迎のご依頼でしょ? このまま地球の反対側までお連れしたっていいんだぜ、って話」
「わからないな。それで一体キミに何のメリットが?」
「メリットなんて! おれは単にサービス精神多めなだけ。
だって、あんな善人と四六時中一緒だなんて息が詰まるだろ? ああいいよ答えなくて。話を聞かなくてもぞっとするからね。
一方、外に出れば先生のお好きな研究もし放題! ゼロの元データならどうせその頭ん中に全部入ってるんだろう? 好きなだけ、満足するまで研究していただいて。その後おれにデータをくれれば言うこと無し! これならお互いウィンウィン!」
ダイナモは両手でピースサインを作る。
考えるのに、少し時間がかかった。
外に連れ出す。ハンターベースから逃げ出す。そこはハンターベースの外。この研究所にいた頃。研究員を辞めてから、無法者どもを相手にした開発や解析で生計を立てていた。
外に出るということは、あの頃に戻るということか。
——
ああ、待て。考えるべきはそれじゃない。
ゲイトは思考を振り絞る。
この男にサービス精神などありはしない。そんなものがあったら、研究所へエックスらが突入してきた際に協力の一つでも申し出ていただろう。しかしこの男、実際は姿を消したのだ。
何より。この男、コロニーを一つ落としたのだ。事故だと思われていた墜落は、実際は一人のレプリロイドによって実行された。地上が壊滅しても、自分だけは死なないように取引をして。
ダイナモを利用するにあたり、素性のわからない彼について調べ上げ、結果わかったのはこの事件への関与だけだった。だがそれだけでも十分わかる。
ダイナモにとっては、全て自分が最優先。安全策はいくらあっても良い。
「なるほど。
それで逃げたボクを餌にして、キミはボクとは真反対の方向へまた逃げるってわけだ。
多分エックスは、ボクの方を先に追いかけてくるだろうからね」
「あら。そう思う?」
「違かったかな?」
にっこりと微笑み合うと、ダイナモはまるで残念そうに立ち上がった。
いや、真実残念ではあった。計画が潰れて残念。
「じゃあ
——
——
フラれちゃったし、ぼくはここらで退散かな。
百年後、だったっけ? 予定空けておくよ。またここで待ってようかな」
「下手な工作はせず、次は直接来るといい。門番に勝てたらキミの勝ちだ」
「やだなぁ、正面からなんて芸がない! 誰にも見つからないようにお迎えにあがりますよ」
それじゃあ、とダイナモは腰を曲げて、ゲイトを真上から見下ろした。銀色の長髪がさらりと流れる。
赤いバイザーは瞳を覆ったままだ。真横に薄く引き伸ばされた笑顔が表しているのは、きっと楽しいなんて感情ではない。
ゲイトの思考は巡る。
損得で考えれば、ここで殺されることはないはずだ。
しかしもしも、万が一、「そんな気分になった」のなら。このやりとりは全て無に帰す。
目の前の男の微笑みは、その衝動と理性を天秤にかけているかのようだった。
「忘れものでも?」
律儀に決定を待ち続けてやるつもりはなかった。煽るように尋ねると、ダイナモはぱっと表情を緩めた。
「だって百年もあるんだ。きみの顔を忘れないように、とね」
大袈裟な振る舞いに適当な物言い。
「お帰りにはせいぜい気をつけて。客を迎える構造にはなっていないからね」
ゲイトは払うように手を振った。さっさとこの場から消えてほしかった。相手をするだけで疲れてしまう。
「はいはい、消えますよっと」
ダイナモは背を向けることなく、ゲイトから目を逸らさずに、一歩ずつ後退した。
そして先程ダイナモ自身が破壊した扉を越え、片手をひらひらと振りながら、
「おじゃましましたー。エックスにもよろしく!」
そんな言葉を残して、姿を消した。
*
時間稼ぎというのは、単なる撃退よりも、あるいは難しいかもしれない。
エックスは疲弊していた。不定形の異形はやりにくい。
かつて似たような敵と似たような場所で戦ったことがあった。二つが一組になって、巨体を揺らしながらエリアを回り、すれ違い様にどこからか炎だの電撃だのを吐く。何より厄介なのが、ほぼ全ての場所に攻撃が通らないことだった。
だがあれには弱点らしきものがあった。一際大きい眼球のような何かにだけは、攻撃の効く手応えがあった。
しかし目の前の敵は、姿こそ似ているものの性質は真逆だ。
無数の微細な眼球が群れをなし、一つの大きな塊を形成している。その眼球のどれもが弱点で、どれも意味が無かった。
攻撃は確かに通る。しかしバスターで抉った場所は瞬く間に埋め尽くされるし、伸ばされた腕の一本を落としたところで、他の場所に三本生えるだけなのだ。
下手に攻撃すれば体積を増やすだけ。だが避け続けるのも限界がある。方向感覚を失っている中で、いつゲイトたちが去った方向へ出てしまうともわからない。大きな移動もできなかった。
ある程度増殖したら消し飛ばし、そして増殖、消し飛ばす。ひたすらにそれを繰り返す。これしかなかった。
とはいえ、だ。やはり多すぎる。ただ増えるというのは、シンプルながらにどうしようもない。通路を埋め尽くす目玉の群体は、次第にエックスを追い詰めた。
バスターをチャージする。一度撃てば、その瞬間だけは目玉の進軍は止まる。その後どうするかは、その後の自分が考えるしかない。
——
エックスにとって幸運なことに、そして不運なことに、その後のことを考える必要はなかった。
ナイトメア現象は、そのエリア一帯を覆い尽くし、対象に軽微な幻覚症状を起こす。
無限に増殖を繰り返す目の前の塊。それは増えれば増えるほど、より強く、より確かに、まやかしを作り出していた。
そしてその幻は、ついにエックスの思考に忍び込む。
突然、殴られたかのような衝撃を感じた。視界が一瞬真っ白になった。
何が起こったのかわからなかった。何をしていたのかもわからなかった。
両手を握って、開く。
体が動くことを確かめる。
目の前には、膝丈くらいの高さの、白い小さな塔のようなものがあった。
そこには文字がいくつも刻まれているが、はっきりと読むことはできない。
顔を上げると、同じものがどこまでも並んでいた。
そう、おれはこれを洗っていて。
あとは花を活けて、目を閉じる。
これをひたすらに繰り返す。
ただそれだけの、静かで穏やかな、あたたかい一日。
何を迷うことがあるだろう?
もう全て終わった。全て満たされている。あとはひとえに祈るだけ。
夢のようだ、と思った。
夢。
夢か。
——
——
なんて。
左手を握り込む。右手で左腕に触れる。
強い熱を感じる。
この左手は、左腕は武器だ。祈るための手ではない。
照準は目の前に。地面と水平で構わない。
左腕をまっすぐに伸ばし、右手を添える。これがいつもの形。
思考が侵されても、感覚はそう簡単に消えない。
だからエックスはいつものように、左腕に命じた。
*
「おーいエックス、無事かい?」
声がして、辺りを見回す。薄暗くてよくわからなかったが、そう遠くない場所に人が通れるくらいの穴が地面に空いていた。
「ゲイトか? 無事だ、とりあえず。ウィルスも倒したよ」
放たれたバスターは確実にウィルスの体積を削った。いっそ痛々しいくらいに大穴が開き、そしてそれが埋まることはなかった。
ウィルスの増殖が突然止まったのだ。
ならもう普通のナイトメアウィルスとそう変わらなかった。落ち着いて狙えば、残りも消し飛ばすことができた。
「それは良かった。そっちへ上げてくれないかな」
穴の方へ駆け寄ると、下の階にゲイトがいた。手を差し伸べて引き上げてやる。
ゲイトは白衣についた砂埃を払いながら、小さく悪態をついていた。背中についている分を払いながら、エックスはゲイトに尋ねた。
「急にウィルスの増殖が止まったんだ。ゲイトがやってくれたのか?」
「ああ。本当はもっと早くやるつもりだったんだが、彼と少し長話してしまってね」
「彼
……
そういえばダイナモは?」
「逃げたよ。キミにもよろしくだとさ」
「
……
まあ、そうなるか」
あの男に構っている余裕は無い。いなくなってくれるなら都合が良い。
「他人事のように言っている場合じゃない。ボクらも逃げないと」
「なんだよ、まさかまだウィルスがあるのか?」
「違うよ。ここ、あと少しで爆発させるから」
「
……
は?」
「爆発だ。ここは木っ端微塵になる。もしかして生き埋めになりたいのかい?」
聞こえなかったのではない、とエックスが不平を言う前に、ゲイトは同じ方向をちらちらと見ながら急かしてくる。
爆発。せっかく戦闘を終えたところで、爆発。しかも「する」ならまだ百歩譲っても良かったが、この男、「させる」と言ったか?
「
……
なんでそんなことになるんだよ
……
」
「キミがウィルスに捕まったままだったら手詰まりじゃないか。最悪の場合に備えて、ここと一緒に埋めてやろうと思ってね」
ゲイトの発言は嘘ではないぞ、と証明するように、頭上からみしみし、という音と埃が落ちてくる。
「わかった
……
わかったよ。逃げればいいんだな?」
そう、エックスは疲弊していた。本当に疲弊していたのだ。だから怒る気にもならなかった。ここで口論しても、爆発は止められない。ならば受け入れるしかない。
諦めたように大きく息を吐くと、エックスはその場にしゃがみ込んだ。「ほら」と両手を構えて背を示すと、ゲイトは納得し体を預けた。これが一番速いのだ。
ゲイトの腕が首に絡んだのを確認し、足をしっかりと抱えてエックスは姿勢を整える。「よし
……
行くぞ」
地面を蹴る。直線に進み、かかとで減速しつつ角を曲がる。
もうナイトメアの影響は無い。研究所の出入口はさほど遠くはなかった。しかしゆっくりと何かが崩れる轟音が響く。
疑問に思うと、合わせてゲイトが口を開く。
「ウィルスを追い込むように、外側から段階的に崩れるようにしたんだ」
「説明が遅いところ、直した方がいいぞ」
となると扉の開閉すら待ち遠しい。開き切らないうちにエックスは体を滑り込ませた。
そして、ほんのわずかに差し込む光を浴びて、エックスはようやく思い出した。
半ば騙されるような形で落ちてきた、ここは奈落の底。
帰りはどうするんだ、という疑問。
「裏口があるんだよな?」
「逆方向だ、やめた方がいい」
上るしかない。
幸か不幸か、目の前にはそそり立つ壁がある。そこを蹴って上がることができる。
エックスは駆け上がりながら、場違いな思考を巡らせた。
前もこんなことがあったっけ。あの時とはずいぶん違うが、今の方が楽といえば楽か。
腕に抱えた重みは、今や背中に。
冷たかった体は、背中から熱を伝えている。
悪くない。
エックスはもう一度彼の体を抱え直した。
*
涼やかな風が頬を撫でた。地上は遠いようで近かった。両足で地面を捉えると、エックスはゲイトをそっと下ろした。
彼は素知らぬ顔で立ち上がって、満足気に空を見上げていた。
朝日はもう水平線に触れていた。星々がゆっくりと眠っていく。
突入は夜だった。夜が明けたのか、と思いながら、エックスは出口から程近い場所で座り込んだ。どっと疲れが降ってきた。
「間に合ったかな? お疲れさま」
「本当に疲れた
……
」
「お疲れのところ悪いけれど、さらに疲れるニュースがあってね。
あのダイナモとかいう男、百年後にボクに会いに来るんだ。だから、その時になったら追い返してくれ」
「ちょっと待て、情報が多い。一体何の話だ?」
「報酬の取り立てを先延ばしにするついでに、ゼロのデータをあげる、なんて言って協力してもらったのさ」
ゲイトはエックスに両手を向けながら「そんな顔しないでよ」となだめようとする。
「大丈夫、今は何のデータもあげてないから。
ウィルスにアクセスしたって言ったろう? ボクだけじゃできなかったからね。彼の協力が必要だったんだ。
それに体よく帰ってもらうには、未来を報酬にするしかなかった。賭けだったが、彼は乗った。助かったよ、享楽的で」
エックスは口をぱくぱくと開いては閉じ、やがて頭を抱えた。
ダイナモがゲイトを目当てにやってきたとわかっていながら、彼らを二人きりにさせたのは自分だ。そうエックスは責任を感じた。避けるべき事態だったが、エックスはゲイトを、そしてダイナモを信じてしまった。
「
……
まあ、ゲイトが無事なのが一番か」
口から出そうになる苦言をどうにか飲み込む。ゲイトは見たところ怪我はしていないし、精神的な危害を負ったようにも見えない。ひとまず、これで良しとするしかなかった。
「でもダイナモと『会う』んじゃなく『会いに来る』って、ハンターベースにか?」
「わざわざこっちが外に出てやる義理もないしね。
彼、確か来たことあるんだろう? そうしたら三回目の襲撃、かな? ハハ」
他人事だ。エックスは嘆息する。
百年後、とは大層な計画だが、ダイナモという男は案外そういうことを忘れなさそうな気もした。忘れそうな気もする。どうか忘れてくれ、とエックスは願った。なるべくあの男の相手はしたくない。しかしそう思うえば思うほど、奴は必ず来るだろうな、と思った。気が早ければ、百年と言わず、すぐにでも顔を出してきそうだ。
考えるだけで頭が痛くなってくるようだった。この話は後でエイリアやゼロに詰めてもらうとして。エックスは「そう言えば、」と強引に話題を切り替えた。
「結局あのウィルスは何だったんだ? ゲイトも気づいてなかったんだろ?」
「ああ、研究所のウィルスは今の事件と何も関係が無いよ。
思い出したんだ、あれは侵入者用へボクが手土産として残しておいたやつだった。もう二度とここへは戻るつもりがなかったから、ちょっと敵意を強めにね。それにしても、年月の経過で予想外の形になってはいたけれど」
「そんな危ないものを残すな
……
。
でもそれじゃあ、チップの問題は何も解決してないってことか?」
「そういうことだ。まあ予想通りの結果さ」
エックスが呆れて肩を落とすと、ゲイトはなぜか誇らしげに胸を張った。
「こんなことだろうと思って、ここに来る前に、エイリアと話をしていてね。
チップの影響を受けないようにするウィルス
——
ワクチンみたいなものかな
——
それを作って、チップが流通しているエリアにあらかじめ一方的に撒いておけばいいんじゃないか、って。道義的な問題は知らないけど、まあ向こうも違法なものに手を出してるんだし、五分五分だと思うね。というわけで、今頃彼女が開発中のはずだ。それが使えるようなら、ウィルス騒ぎもいずれ収まるだろうさ。」
確かに、同時にチップの使用を取り締まっていけば、収束も不可能ではないのか。
しかしそれならばただ一つ、
「そこまでやってて、なら
……
おれがここに来たのは、なんだったんだよ。まるで、事件には関係無いっておまえはわかってたみたいじゃないか」
「ボクの護衛、あるいはウィルスを処分するための戦闘員、またあるいは
——
なんだろうね?」
ゲイトは軽口で誤魔化した。エックスが追及しようとすると、今度はゲイトが話題を変えるべく、ワントーン高い声を発す。
「ちなみにあのウィルス、どうだった?
悪い夢でも見せられたかい?」
エックスは仕方なく、ゲイトの質問に答えてやる。今は疲れているのだ。仕方がない。
「
……
まあ、そんな感じかな。悪夢らしい悪夢というものではなかったけど、二度と見たいとは思わない」
「そうか。やっぱりそのあたりの性質は踏襲されていたのかな。
しかし惜しい。時間と余裕があれば、良いサンプルになっただろうに」
「そもそも、なんでナイトメアウィルスは悪夢なんてものを見せるんだ?」
かねてからの疑問だった。感染したレプリロイドを問答無用で狂わせていくウィルスは数多く遭遇してきたが、ナイトメアウィルスの回りくどさは他と一線を画す。
「一応言うとね、悪夢を見せてやろう、なんて意識があったわけじゃないよ。あくまで副作用的な、意図しない症状だった。
ナイトメアウィルスは、意識中枢へ潜り込むキーとして、対象の感情を最も揺さぶる記憶を使うんだ。それを探り当てた時、どうやら闇雲に再生してしまうようでね。最低な過去、最悪な思い出が混ざり合った幻覚を、対象は見ることになるらしい」
「改めて聞くと、やっぱり凶悪なウィルスだな
……
」
「否定はしないよ」
ゲイトは口に手を当てて、考えこむような表情を作る。
「キミはどんな悪夢を見た?
数え切れないほどの戦場にいたキミだ、さぞ恐ろしい、血塗られたものだっただろうね」
エックスは戸惑う。
確かに今まで、目を覆いたくなる光景はいくらでも見てきたし、耳を塞ぎたくなる悲鳴はいくらでも聞いてきた。
しかしあの時見せられた幻覚は、そのどちらでもなかった。
「むしろ逆だったな。ずっと綺麗で、静かだった。気持ち悪いくらいに」
「
——
そうか。そういうのもあるんだね」
ゲイトは神妙な表情で頷いた。
「でも、聞いた話と違うな。それがおれの、感情を揺さぶるものだった
……
ってことなのかな」
「エックスは他のレプリロイドに比べて、特別抵抗力が強いから。ウィルスはエックスの意識へ潜り込むのに時間がかかると判断して、キミをなるべく長い時間無力化することに重きを置いたのかもしれないね」
「ああ
……
目覚めたくなくなるもの、ってことか」
「わからないけれどね。ウィルスは消えた。もう実験することもできない」
「そっか
……
じゃあさ、ゲイトはどうなんだ?」
エックスは、尋ねたくなった。
「きみだってあの場にいただろ?
悪夢を
……
見たんじゃないのか?」
ウィルスを前にして二手に分かれてからのことを、エックスは知らない。そしてゲイトがダイナモと分かれてからのことは、ゲイトしか知らない。
「
……
ボクにとっては、この現実こそが悪夢だよ」
ゲイトは笑った。
エックスにとって、それは珍しく、研究にのめり込んでいる時の狂気的な笑みでも、周りを拒絶する敵意を含んだ笑みでもなく、ふとこぼれ落ちたようなものに見えた。
エックスが目を取られていると、地響きとともに地面が揺れた。
爆発というほどの派手さはなかった。地上に影響を与えることなく、まるで最初から何もなかったかのように、ゲイトの古い研究所はひっそりと大地に埋まっていった。
「こんなことする必要、やっぱり無かっただろ」
「そうかもしれない。でも必要はあったさ」
エックスは黙って頷いた。
沈黙が心地よかった。
彼の白色が朝闇に浮かんでいる。日の光がその縁をとかして、今は優しく馴染んでいた。格好は同じなのに、あの事件の時とはずいぶん違って見えた。
ゲイトがかつて事件を起こした研究所は、事件の終わりに崩れて久しい。その瓦礫の中から彼の体を連れ出したことが、遠い昔のことにように感じた。
そして彼の古い研究所もまた、暗闇の中に沈んだ。あの時と同じようにエックスはゲイトを連れ出した。だがその二つは似ているようで全く別だった。
当然のように、彼は外に出ようとしていて。
当然のように、背に体を預けてくれたことが嬉しかった。
「エックス
……
ボクの研究所が潰れて、そんなに嬉しいのかい?」
緩んだ頬を指摘されて、エックスは「そんなんじゃないよ」と否定する。
「嬉しいのだけは、合ってるのかな」
間違っている。
かつて交わした、そんな言葉を思い出す。
間違っているのだとしても、この感情は、やっぱり嘘じゃない。
「あれからいろいろあったけどさ。
ゲイト。
退屈は
——
紛れたか?」
あの時と同じように、エックスは彼を見上げる。
もうあの時の惑いはなかった。
「
……
フフ、そうだね。なかなか楽しめたよ」
「なら、よかったかな」
ゲイトが何を考えているのか、エックスにはわからない。だが、これでいいと思った。
わからないけれど、今、ここにいるのだから。
だからそれでいい。
エックスは、ようやく立ち上がった。
そろそろ帰る連絡をしないと、いい加減心配させてしまう。もうしているかもしれない。後で二人で謝るしかない。
停めていたライドチェイサーは、ひたすらに主人を待っていた。さく、と砂を踏みながら、エックスはチェイサーへ向かう。
「さ、帰ろう」
振り返って、微笑む。
帰ろうか、とゲイトは頷いた。
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