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井見
2022-08-03 00:49:20
86785文字
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ロックマンX・ゼロ二次
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【再録】イフ・オンリー・イフ
ロックマンX6~X8あたりのゲイト元気幻覚短編集フル版です ゲイトが起きたけど起きたは起きたで皆で色々うだうだしています。アクセルやなぜかダイナモも出てきます。
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イミテーション・ロンド
空気が止まる。
青白い線状の光が回転しながら頭上を越え、追って赤と銀の物体が掠めていく。予測不能な攻撃、ではない。ちょうどそう、先の一瞬まで眼前に迫っていたはずのものと同じ。
ゼロの腕が、宙を舞っている。
すっぽ抜けた。ものの見事に。
腕の持ち主のゼロは、今まで見たことがないほど目を丸くしている。当然おれも、彼に負けないくらいの表情をしているだろう。
意味がわからない。ふつう腕って、すっぽ抜けるか?
おれ達は長いことフリーズしていたように思えた。実時間では数秒だろうが、あり得ないものを見ると時間がゆっくりになるらしい。
セイバーと腕が地面にごとりと落ちて、ようやくおれ達の意識は現実に戻ってくる。
からからとセイバーが転がっていく。
「ゼ、ゼロ
……
」
おれはとりあえず名前を呼んでみる。落とし物だぞ、と付け加えたくなるのを堪える。
ゼロの左肘から下には、「最初からついていなかったが?」とでも言わんばかりの綺麗な空白が生まれていた。
ゼロは一度その空白を見やってから、少し考え込み、そして口を開く。
「
……
問題ない」
問題しかないだろ。
思えば、不自然なことだらけだったのだ。
数時間前。ゼロはおれと戦闘訓練がしたいと言ってきた。聞くに、おれとゼロが同時にフリーになる時間を今か今かと待っていたらしい。
それならシミュレーションでも使えばいいのに、そう言うとゼロは生身じゃなけりゃ意味が無いと言い張った。自分も相手もリアルである必要がある、と。なるほどゼロなりのこだわりなんだなと思った。
それにシミュレーションと実戦では確かに感覚が違うから、ゼロの言うこともわかる。
そんな風に、おれは自分を納得づけていた。
それからおれ達は訓練室に移動した。ルールは三本勝負。弱点たる頭部か胸部に寸止めで一本。使用武器は、おれはバスター、ゼロはセイバーだけ。ついでにルームを破壊したら即負けという、おれ達専用の制限付き。
「始めるか」
左手をぐっぱと閉じたり開いたりしながら、ゼロは開始の宣言をしていた。
今考えてみれば、ゼロにこんなウォーミングアップの癖は無かった。その時のおれはそこまで気にせず、「そうだな」なんてのんきに応じていた。
そう、試合の内容も少し変だったのだ。特に最初の一本目、ゼロの動きにはキレがなかった。弱くなったというほどではないが、普段なら踏み込むはずのあと一歩が足りない。
あまり長引くことなく、おれが一本を取った。ただそれも二本目の勝負ではずいぶんと直り、普段と遜色ないほどに戻った。鈍っていたのかな、とおれは思っていた。それが油断となって、ゼロに一本取られたわけだけど。
そして三本目。一対一となると、やはり気が引き締まった。当然一番長い回になる。武器はバスターとセイバーだけと銘打っていても、自身の体もまた武器の一つ。蹴ったり殴ったり、少し粗野な動きも増えた。
それが悪かったのかもしれない。おれが着地するタイミングに合わせて、左腕でセイバーを振りかぶるゼロ。おれはバスターの反動を使って、着地をずらそうと試みた。
まさにその時だった。セイバーがありえない軌道を描き、吹っ飛んでいく。フェイントか、と思うと同時に、どうも見覚えのある物体が追従していったのだ。
おれは我に返る。
地面に落ちた、ゼロの左腕。
ゼロがそれを拾おうと右手を伸ばすのを制し、おれはひったくるようにして左腕を奪った。
何ともまあ、綺麗に取れたものだ。取り外し可能な設計だったっけ、と疑うくらいには。
まるでスペアの部品を見ているような気分になってくる。
おれは腕の端面を覗き込んだ。
バスターで吹き飛ばしたわけでも、セイバーで焼き切ってしまったわけでもないようで、おれは変な安心感を抱いた。ゼロの膂力に耐えられなかったのか、ひとりでに取れたのだ。
あれ、そっちの方が問題なんじゃないか?
「最後にメンテナンスに行ったのは?」
「先週。おまえと会って話しただろ」
「だよな。出動回数は?」
「普段通りだ。多くもなく、少なくもなく」
そう言いながら、ゼロは左腕を取り返そうとしてくる。それをいなしながら、おれは腕の異常をさらに探る。
仮にいくらメンテナンスに不備があっても、戦闘で実はどこか負傷していたとしても、こんな風に突然外れたりはしない。レプリロイドはそんな単純な構造ではないはずだ。
だがそれも、『いつも通りの腕ならば』だ。
——
あった。ちぎれた擬似神経のほんの数本だけ、端が他よりも少し膨らんでいる。まるで繋ぎ直したかのような跡。わざわざ一度同じように腕を外して、異常を見つけようと目をこらさなければ絶対に気がつかないだろう。
ゼロの二の腕を掴む。なんだとかなんとか言っているが、気にしない。
やはりこちら側の神経にも、数本に同様の跡。おそらくこの跡を起点にして外れたのだろう。
おれはゼロを睨んだ。
「腕。一回付け直しただろ」
ゼロは露骨に目を逸らす。
「怪我したのを隠してたのか? それでおれが怒るとでも? 隠されたことにおれは怒るぞ。」
「いや、これはだな
……
」
「誰に頼んだ? いや
……
こういうことをするのは一人しかいないか。まさか何か引き換えにしたのか?」
詰め寄ると、ゼロはその分後ろに下がった。おれはもう一歩踏み込む。このまま壁まで追い込んでやるつもりだったが、ゼロは早々に降参のポーズをする。
「わかったエックス。少し待ってくれ。ちゃんと全部説明する。させる」
ゼロは耳に手を当てながら、「聞いてたか?」と囁く。返答に顔をしかめてから、「すぐ行く」と言って手を離した。
「
……
行くか」
ゼロは諦めたように肩をすくめた。左腕のちぎれた神経がちろちろと揺れる。
おれはゼロの腕を抱えたまま頷いた。
*
行き先は予想通りの場所だった。呼びつけてもよかったが、途中でうろうろされても困る。直接突入するのがやはり一番いい。
おれはゼロに先に入るよう目配せをする。ゼロは扉をノックも無しに開けた。
「
……
っこれはこれは
……
本当に綺麗に外れたね! 何か起きるとは思っていたが、いや、流石に予想外だよ」
ゼロの姿を見るなり、ぶはっと笑い出す男。
ゲイトだ。やはりおまえが犯人か。しかしこんなに上機嫌な姿は初めて見た気がする。
ゲイトは満足するまで笑うと、ぬらりと立ちあがった。そして先ほどのおれのようにゼロの二の腕を持ち上げて、端面を舐めるように見る。
「おまえのせいだろうが、笑いやがって。
変な時に吹っ飛んだらどうするつもりだったんだ」
「どうも? キミなら片腕くらい無くともなんとかなるだろう。
むしろそれくらいで済んでよかったじゃないか。逆に言えば今までちゃんとついていたんだしさ」
べたべたと触るゲイトにゼロももしや慣れているのか、悪態はつけども振り解くなどの抵抗は見せない。このままだと、二人の世界だ。
おれは二人の視線の間に、抱いていたゼロの左腕を差し込んだ。
「これ。説明してくれるよな」
腕をゲイトの眼前で揺らしてアピールをする。ゲイトはたった今おれの存在に気づいたがごとく、おれに初めて視線を合わせた。
「ああ、エックス。もちろんだとも。
しかし、少しややこしいからね
……
実物があった方がいいかな。取ってくるよ。そこらへんで座って待っていてくれ」
実物? おれが持っているものが実物ではないのか。
おれが首を傾げるより早く、ゲイトは部屋の奥の方へ引っ込んでしまった。ゼロはこれから何が起こるのかわかっているようで、まるで普段からそうしているかのように、『そこらへん』の物に座った。座ってもいいものなのか? いいのか。おれもそれに倣って、比較的綺麗で頑丈そうな箱に座る。するとゼロがわずかに目を見開いた。
「
……
まずかったかな?」
「ああいや、おまえの重さくらいじゃ壊れん」
壊れたらまずいものではあるのか? 一体こんなところに何が入っているんだ。というかゼロは何で知っているんだ。
とはいえ他を見渡しても、座れそうなものは無い。床
……
床かぁ。一度物をどかすとそのまま掃除を始めたくなってしまうだろうから、あまり触れたくはない。
おれは諦めて座り続けることにした。六十キロ弱を耐え続けてくれることを願う。もし座ってはいけなかったのなら、ちゃんと『座るな』と次から書いておいてもらおう。
そうこうしていると、ゲイトが現れた。赤い何かを鷲掴みにしている。
「これが『実物』だよ」
ゲイトが見せびらかしてきたものは、今まさにおれの膝の上にあるものと全く同じものだった。三十センチ程度の赤いガードに、銀色の装飾。その先には、真っ白い大きな手。
どう見てもゼロの二本目の左腕だ。
「何だそれ
……
コピーを作ったのか?」
「七割くらい正解だね」
ゲイトはうんうんと楽しげに頷きながら、いつも座っている、すっかりくたくたになった椅子に腰を下ろした。もう一つの左腕をオモチャのように片手でくるくると回す。
「キミとゼロの会話は聞いていたよ。キミは何かしらで一度外れたゼロの腕をボクが付け直してやったと推測したようだけど
……
そうじゃない。
ボクが外して、ボクが付けたんだ。付け替えた、と言うのが正確かな」
「
……
はっきり説明しろ」
「まず、キミの抱えているそれはゼロの腕じゃないんだ。見た目だけならただのコピーに見えるかもしれないが、それはボクが一から作り上げた、全く新しい腕なのさ。
そしてそれが実際にオリジナルと遜色ない挙動をするかどうかの実験。その最終段階がエックス、キミとの戦闘だった。残念ながら結果はご覧の通り、惜しくも失敗だったわけだが」
ゲイトは悲しそうな顔を作り出したが、むしろ興奮しているだろうことが隠し切れていなかった。おれの持つ方
——
ゲイト自身が作った方ということになる
——
腕に、熱っぽい視線を送っている。
この腕をゲイトが作った? そっくりだけどコピーじゃない。訳がわからなくなってきた。
「いくらか調整は必要だけど、単純にオリジナルの腕を付け直せば元通りの予定さ。安心するといい。不可逆的な変化は無いだろう」
目を回しそうになるおれに、ゲイトはさらに情報を畳み掛けてくる。このまま黙っていいると、整理しきっていない内にどんどん重要なことをさらっと告げてきそうだ。おれはゲイトに手のひらを向け、『ちょっと待て』のジェスチャーをする。
ゲイトの作った腕を、ゼロは付けていた。そして今日この腕をつけたゼロが、おれと戦う。それが最後の実験。そして実験は失敗し、腕は外れ、宙を舞った
……
。
「最後ってことはまさか、今日だけじゃなくて
……
ずっと前からゼロはおまえの作った腕を付けていたってことか?」
「だいたい三ヶ月前くらいからかなー
……
。最初は付け替えて安静に、次に軽い戦闘、その次は
……
と段階を踏んで慎重に実験したからね。ある程度の期間を設けている。
ちなみにその間、何度か全体メンテナンスがあったと思うけど、毎回全く気づかれずにパスしたはずだよ。ゼロがちゃんと受けていればの話だが」
「全部受けたぞ。何も言われなかった」
心外だ、と眉をひそめながらゼロは口を挟む。
三ヶ月前からこの実験は始まっていた。ゼロと一緒に過ごした時間はたくさんあったはずだが、さっき戦うまでさっぱり気づかなかった。もし戦闘でも問題が無かったら、おれは最後までこの実験を知らずにいただろう。
そしてこの口ぶり。やはり知らないうちにゲイトに付け替えられたとかではなく、実験にゼロ自身が同意している。つまりゼロ(とゲイト)がやりたくてやったことなのだ。
「ゼロ。なんでおれに説明しておいてくれなかったんだ」
実験の内容よりも、まずはこちらの方が気になる。
「しかもゲイトにも、おれに黙ってるよう言ったんだろ? こんなこと、ゲイトなら絶対喜んで話してくるはずだ」
「理解があって嬉しいよ」
ゲイトはおれの誘導に軽やかに乗った。ゲイトはゼロの協力者だろうが、ゼロの味方ではないらしい。
ゼロは、話題の矛先を向けられたからか、ぐっと身動いだ。心なしかいつもより小さく見える。背中がちょっと丸まっていて、髪もなんとなく萎びている、ような気がする。
わかっている。ゼロに悪気があったわけじゃない。むしろその逆だろう。
「
……
悪い。全部終わったら言うつもりだったんだ。せめてそれまでは、おまえに
——
」
「心配させたくなかった、か?」
「
……
ああ」
「目の前できみの腕が吹っ飛ぶ方が心配するよ」
「それはオレのせいじゃ
——
いや、同じだな。すまない、エックス。悪かった」
目を伏せたゼロは、おれに向かって頭を下げた。おれは「違うんだ」と言う。
「心配なんていくらでもさせてくれればいい。きみは『オレ一人の問題だ』なんて言うだろうけど、そんなことはない。
きみが一人で抱え込んでいるのを知らないままでいる方が、おれはずっと
……
なんていうか、嫌だ。そうなったらおれはきっと、自分を責めるだろうな」
はっきりした言葉が見つからない。ゼロはおれに心配させまいと黙っていた。それはおれのためでもあり、同時に自分のためでもあるだろう。心配させているな、と感じるのも辛いものだから。
それなのにおれは、おれに心配させろ、とゼロに迫っている。それがゼロにとって辛いことになるとわかっているのに。
「
……
これじゃただのわがままだな。わがままだけど
……
うん。
おれのわがままを、聞いてほしい。
ちゃんと教えてくれ。きみのこと」
譲れない。
自責は一人でできるけれど、心配はきみのいる時にしかできない。
ゼロの青い目が、ぱちぱちと左右に揺れた。ややあって、ゼロはおれと目を合わせてくれる。
「
……
努力する」
できると言ってくれないのは、ゼロなりの真摯さだ。
「ありがとう」
もし同じようなことがあれば、こちらも同じような話を繰り返すまでだ。ゼロが根負けするまで言い続けてやる、という決意をおれは固めた。
しかし気になることはまだある。
「じゃあゲイト
……
改めて説明してくれ。
何が目的だったんだ?」
「出番かな?」
所在なげにゼロの腕を見つめていたゲイトは、座り直して姿勢を正した。手をおれに向け、おれの持つ方の腕を差し出すよう求めてくる。
おれから腕を受け取ったゲイトは、両手にそれぞれの腕を持った。一気に猟奇的な絵面になったな。
「ゼロ、一応確認するよ。話していいのかな」
「ああ。だが細かい話はよくわからんからな、おまえに任せる」
「わかったよ。では簡単に。
最終目的はシンプルにして難関。ゼロの危険性とやらを取り除くことさ。
そもそも、世間に言われる『ゼロの危険性』とは何なのか? 解析できないその体だろうか? それにしてはエックス、キミの解析も同様に不完全ではある。
ゼロのDNAの力を借りたものの特性として目覚ましいのは、他のレプリロイドに容易に作用する点だとボクは考えている。単純な戦闘力の向上なんかよりもずっと強力な特性と言っていいだろう。ボクらレプリロイドにこの干渉を完全に拒否する術は無いのだからね。そしてボクはそれを利用してナイトメアウイルスを作ったわけだが、まあその話は割愛しよう。
つまりこの特性をどうにかしてカットできれば、ゼロを
——
理論上ではあるが
——
エックスと同じような『未知の技術が使われた、非常に強力なレプリロイド』にすぎない存在に落とし込めるんじゃないだろうか。そう考えたんだ。
その方法としてボクが思いついたのは二つ。一つは、解析によってゼロの体から直接特性を取り除くというアプローチ。考え方はシンプルだけど、ゼロの身体を解析するということの難しさは、キミももうよくわかっているはずだ。
そして、今日話題になっているのが、二つ目だ。
どうにかして。
つまり何をしてでも。
その手始めに作ったのが、これというわけさ」
ゲイトは右手に持っている方のゼロの左腕を振る。そっちが今日外れた方か。外見は本当に同じにしか見えないので、意識していないとすぐに見分けがつかなくなる。
「その腕に、例えばワクチンみたいなものが入っているのか?」
「それができたらこんな苦労はしていない」
不正解だったようだ。ゲイトはやれやれ、と小馬鹿にするように首を振る。
「何でもいい、中身は無事だがハードが壊れ、しかもどうしても直せないものがあったら、キミはどうする? ハードだけ新しいものに買い替えるだろう? 考え方はそれと同じさ。
未だ解析できない謎の技術を一切使わずに、ゼロの持つスペックをボクの持つ現代のレプリロイドの技術だけで再現するという試み。それが二つ目のアプローチだ。
コピーではいけない。単に丸写しするだけでは、同じ状況が発生してしまうだけだからね。
要するに、今の体が危険だというなら、新しい安全な体を作ってやるんだよ。まるでゼロのような、そしてゼロではないレプリロイドをね。そこにゼロの中身を移すことで、ゼロは正真正銘『レプリロイド』に生まれ変わる」
言葉と同時にゲイトはそれぞれの手に持つ左腕を入れ替える。作りが全く違っていても、得られる結果が同じなら、それは『ゼロ』と言うことができるか。
「とはいえ口で言うのは簡単だが、実際にそんなことが可能なのかは未知数だ。事実、今回作ったただの腕だけでもこの有様。出力不足か、拒否反応か
……
何にせよ課題は山積みさ。ゼロの解析の方が早いかもしれないね」
「どっちだっていい。効果があればな」
「それは困る。どちらも魅力的なアプローチだ」
「おまえにとっちゃな
……
」
ゼロはため息を吐きながら、ゲイトをじろりと睨め付けた。
長い説明でなんとなく理解した気になったが、おれはふと疑問を抱く。
「じゃあ結局
……
全部ゼロのためってことなのか?」
これまでの話を聞く限り、何らかの取引で渋々ゼロが承諾したという流れではなさそうだ。むしろその逆かもしれない。解析にせよ新しい体にせよ、ゼロの要望を実現するための計画だろう。
それにゲイトはゼロとの約束を守って、おれに全部黙っていたという事実もある。
しかしゲイトはフン、と鼻で笑った。
「エックス
……
ボクも心を入れ替えたんだよ
……
なんて言ってほしいかい?」
「残念ながらオレがやらせたんだ。どうせ暇してるだろうからな、使えるものは使う」
「それだけで? 見合わなくないか?」
さあな、とゼロは肩をすくめる。ゼロからしてみれば動機は何でもいいのだろう。やるかやらないか、当事者のゼロにとってはそれが第一だ。
だが部外者のおれは驚きを隠せない。ゼロのための研究だなんて、ゲイトに特別なメリットがあるとは思えないのだ。単なる厚意にしては、労苦が大きすぎる。
確かにゲイトなら『ゼロに関する研究ができるということそのものが報酬だよ!』などと言ってのけるかもしれないが、それにしたって多分大変な作業だろう。三ヶ月で腕一本、しかも失敗では、最終的に何年かかるかわからない。解析もやるつもりなら途方もない計画になる。一生ここに引きこもるつもりなのか?
もしくはあの時よりもさらに危ない何かを作る気でもあるのだろうか。そうするとわざわざ語ってくれたこれからの展望は全てフェイクということになる。実際に腕まで作って、かなり長期的にゼロやおれを騙そうとしているなら大したものだが、ゲイトは科学者であって詐欺師ではない。この計画を知る者が増えれば増えるほど、騙し続けるのは困難になるだろう。アクセルあたりすぐ気づきそうだ。
となると、やはり気になる。なぜこの男がゼロに協力する気になったのか。
怪訝な顔をしていただろうおれに気づいたゲイトは、「理由が欲しいのかい?」と目をすがめた。
どうせろくな理由じゃないぞ、とゼロはおれに耳打ちするが、おれは構わず頷く。怖いもの見たさかもしれない。ゲイト自身のことについて、まだ知らないことの方が多いのだ。理解することはできなくても、諦めたくはなかった。
「強いて言うなら、そうだな
……
」
ゲイトは少し考え込む素振りを見せると、ゼロへ向き直った。頭のてっぺんから足の先まで、ねっとりとした視線を送る。そして左右の口角を吊り上げて、ぬるりと微笑んだ。
「想像してみなよ
……
。
謎の技術が詰まっていると考えられていたゼロの体が、いつの間にかボクの作ったものにすっかりすり替わっているなんて
……
思い浮かべるだけで傑作だろ!」
ゲイトはうっとりと夢見心地にまぶたを伏せる。
「どうせほとんどの奴らは真作と贋作の区別も付きやしない。何もわからないまま、ボクの『ゼロ』を好きなだけ恐れ褒め称えたらいいさ。ああ
……
最っ高の景色だね!
そしてできるなら耳元で囁いてやりたいな。『それ全部ボクが作ったんだ、気づかなかったか?』ってさ。そしたらボクは満足だ」
空想の光景を味わうように、ゲイトは深く頷く。スピーチは以上らしい。
……
うん、ろくな理由じゃなかった。おれは一周して、思わず笑顔になる。
ただ一つだけわかることがある。ゲイトの語る調子は、かつて事件の時に少し似ていた。
あの事件は収束しても、ゲイトの動機が消滅したわけではない。これはゲイトなりの新しい復讐の形なのかもしれない。
だがそれにしてはかなりねちっこいし、何より大した実害も無い
——
むしろゼロのためになる
——
分、マシになっているとは言えるのだろうか。言えると思いたい。言わせていただきたい。もし本当に嫌がらせを始めようとしたら止めよう、とおれは未来の予定を入れておく。
「おまえ、一人でそんなくだらないこと考えてたのか?」
ゼロは心底呆れたように、普段なかなか聞かない低い声で尋ねた。これだけでも怖がるレプリロイドは多いだろうが、ゲイトは歯牙にもかけない。
「考えてたともー。ボクにボランティア精神は皆無だ」
ゲイトは膝の上の、二本のゼロの左腕をフリフリと振った。露骨な挑発にゼロが立ち上がろうとするのを、おれはまあまあと制する。
「理由はちょっとまずかったかもしれないけど
……
少なくとも、ゲイトもこの計画をやりたくてやってくれているってことだろ? ならまあ、嬉しいよ」
どんな目的であれ、ゼロのために繋がることをゲイトが受け入れ、積極的に実行している。ゲイト自身はそんなことはないと言い張るだろうが、おれはやっぱり、ゲイトは変わってきていると思う。
おれはゲイトを真っ直ぐに見つめる。ありがとう、と言うと、ゲイトの紺色の瞳はきょとんと揺れた。言語野が故障したような、『何を言ったかわからない』とでも言うべき表情。ありがとうとはそんなに難しい言葉だっただろうか?
しばしの間を置いて、ゲイトはまるで再接続に成功したかのように「ああ」と返答をロードする。そしておれからぱっと目を逸らし、ゼロを見やる。
「やっぱりエックスには最後まで隠しておくべきだったね」
「な? だからそう言ったんだ」
ゲイトとゼロは顔を見合わせて、神妙に頷きあった。時折二人はよくわからないところでわかりあっている。
おれが口を出そうとする前に、ゲイトはこほんと咳払いをした。
「キミの腕。直していくだろう? そのままでいいなら全部預かっておくけど」
「いいわけないだろ。さっさと付けろ。
……
ちゃんと元の方を付けろよ?」
ゲイトは右手に持つ腕と左手に持つ腕を交互に見比べる。
全く同じ見た目の、全く違う二本の腕。
「エックス、クイズといこう。当てたらちゃんと直してあげるよ」
ゲイトは両手の腕を突き出す。どちらがどちらか、と聞きたいのだろう。
おれは首を捻った。記憶を総動員する。ゲイトは自分の作ったものとして右手の方を振っていたが、その後それらを入れ替えたはずだ。
「確か今左手に持っている方が、ゲイトの作った腕
……
だったよな。
だからオリジナルは
……
」
「おまえの尻の下だ」
は?
ゼロの遮りに、おれは反射的に立ち上がった。
おれの尻の下にあるのは、今まで座っていた箱しかない。まさか、と嫌な予感がする。
するとゼロは残っている右手を箱の側面に伸ばした。かちゃ、とロックの外れたような音がする。そのまま器用に箱を開くと、中には赤、銀、白。
「ったく。おまえはすぐエックスで遊ぼうとする」
箱の中の物体は、どこからどう見てもゼロの左腕だった。
いや待て、もうすでに二本もあるんだぞ。
おれが現実を受け入れるより先に、ゼロはそれを無造作に掴むと、
「そら、直せよ」
ゲイトの方へ放り投げる。ゲイトは二本の腕を片腕で抱き、空いた手でそれをキャッチした。
「つまらないな、ねたばらしなんて。一回きりなんだよ? 知ったら終わりだ」
「一回もやらんでいい」
ゲイトはため息を吐く。
腕の中には、全く同じ見た目のものが、やはり三つ。何度瞬きしても、それは変わらない。見間違いではないらしい。
「
……
それが、オリジナル」
確認のために、呟く。ここに来る前に宙を舞ったのが、ゲイトの作った腕。そしてゼロの言葉を信じるなら、今しがた宙を舞ったのが、オリジナル?
なら、残りの一本は何だ。
ゲイトはおれの疑問を嘲笑うかのように首を横に傾げて、三本の腕の中の一本をこれ見よがしに振る。
「そしてこれは、コピーさ。もちろんゼロのね」
「
……
説明、してもらおうか。」
「言葉通りの意味なんだけどね」
雑にはぐらかそうとするゲイトを睨むと、彼は「わかったわかった」と億劫そうに立ち上がった。
「
……
オレの腕
……
」
「ああ、そうだった。同時にやろうか。手と口は別々に動かせるのが良いところだね」
ちぎれた端面をそわそわとさするゼロを、ゲイトは慣れた手つきで部屋の奥に招く。そしておれを振り返り、ついて来るよう目配せをしてくる。
この具合だと、あと三つくらいはおれに伏せていることがありそうな気がする。なにせ『単純に話す必要が無いと思った』なんて二人の口からは何度も聞いたことがあるのだ。伏せようとすら思っていなかったことも多いだろう。どのみち、おれは聞いてない。
一つ都合が良いのは、もう二人には逃げ場が無いということ。作業中はこの部屋から出られないだろう。作業が終わっても、一つしかない扉の前でおれが仁王立ちすれば問題ない。てこでも動かない自信がある。
ちょうど良い機会だ。抱えている全部を今日は吐いてもらおう。
ゲイトの背を追いながら、おれはこっそりと微笑む。
たまには、長話も悪くない。
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