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井見
2022-08-03 00:49:20
86785文字
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ロックマンX・ゼロ二次
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【再録】イフ・オンリー・イフ
ロックマンX6~X8あたりのゲイト元気幻覚短編集フル版です ゲイトが起きたけど起きたは起きたで皆で色々うだうだしています。アクセルやなぜかダイナモも出てきます。
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交差する
部屋の隅の方から、未だに何だかわからない機械たちが鈍い声で鳴いているのが聞こえる。ごうんごうん。決して止むことのない一定のリズムは案外心地いいもので、注意力がふわふわと落ちていく。
これ以上深く沈んだら、おそらく当分戻っては来られない。
ほとんど眠っているような、まだ辛うじて起きているような、そんな間を漂う曖昧な感覚を名残惜しく思いながらも、アクセルはそろりと目を開いた。必要最低限の明かりが、彼の視界をゆっくりと照らす。
あれからどれくらい経ったんだろう、とアクセルは瞬きを何度か繰り返した。暇つぶしに邪魔しにきて、いつものように椅子(誰かが座ればそれは椅子だし、物を乗せれば机だ)を陣取って
……
話がやたら長くなってきてからの記憶がない。
机に突っ伏した振りが、振りじゃなくなったのか。頭の中を整理すると同時に、アクセルは何か引っ掛かりを感じた。
うすぼんやりとした暗がり。一定のリズムを保つ機械音。静かだ。雨のようなタイピング音も、工具の鳴らす金属音も聞こえない。何よりこんな風に寝こけていた自分を皮肉る声もない。普段は難解な設計書や解析結果が展開されているモニターも、今はなぜかクルクルと転がるレプリロイドを映している。
「
………………
」
アクセルはモニターを睨む。何か、既視感がある。
「いるよ」
「うわっ」
アクセルは椅子から転びそうになった。見ていた方向と真逆、自分とすぐ隣から声がしたのだ。
驚くアクセルに男は
——
ゲイトは「うわ、はないだろう」と不満そうに抗議した。組んだ足に肘をついて、ずいぶんと不遜だ。彼が腰掛けているのは、以前アクセルに「座るなよ」と自分で言っていたはずの、謎の物体だった。
「ずっと黙って隣にいたら、誰でもビックリするって」
「せっかく起こさないでいてやったのに」
「お気遣いどーも。でもそんな所で、何してたの?」
「キミを見てた」
「うわ
……
」
思わず同じ言葉を繰り返す。まさか寝ているレプリロイドをじろじろ見る趣味もあったとは。
ゲイトが手を一つ振ると、モニターの電源が落ちた。
余計に暗くなった室内では、ゲイトの白衣が存在感を増す。アクセルの意識が落ちかけていた時間全部をかけて、彼がじっとアクセルを見続けていた可能性は
——
残念ながら大いにある。と思うと、アクセルはもう一度心の中で同じ言葉を呟いた。
「まあ寝ちゃったボクも悪いけどさ
……
」
アクセルは椅子を引き、ゲイトから少し距離を取る素振りを見せる。
だがそれを意にも介さず、ゲイトは一点に視線を注いでいた。
「前から気になっていたんだよ」
ゲイトは目標を人差し指でゆるく指し示す。
それはアクセルの顔に描かれた、大きく交差する傷だった。
アクセルは、ああ、とその傷をするりと撫でた。
「これ、ね。覚えてないんだ、何も」
「何も?」
「なーんにも。気づいた時にはもう付いてた。それだけ」
「ふうん」
情報に乏しい返答にゲイトは満足いかないようで、アクセルの傷に顔をずいと近づけた。
ゲイトの鋭い視線は、彼が「一度気になったら気にせずにはいられないんだ」と前にどこかで言っていたことをアクセルに思い出させた。だが何度聞かれたとしても、覚えていないものは覚えていない。
今から出まかせを言っても誤魔化すことは難しいだろう。しくったな、とアクセルは視線を泳がせる。しかしゲイトはそんなアクセルのちょっとした緊張に構わず、傷から目を離さなかった。
するりとゲイトの手が伸びる。けれどもその手は何もない場所で止まった。
「触っても?」
たった今思い出したかのような、重さを感じない声で、ゲイトは尋ねる。
アクセルはくすりと笑った。
「今更?」
「聞くのが遅かったかな」
ゲイトはきょとんとした顔で首を傾げた。当然の確認だと言わんばかりの振る舞いに、アクセルはもう一度呆れたように笑った。
いつも無遠慮なくせに、変な所で真面目になる。よくわからない奴。
はあ、とわざとらしくため息をする。ゲイトはそれを拒否と見たのか、手を引っ込めようとした。アクセルはその手をぐっと掴んだ。
「いいよ」
そう小さく囁けば、ゲイトは表情を変えこそしなかったが、紺色の瞳の奥がきらめいた。少なくともアクセルにはそう見えた。アクセルはこの光が気に入っていた。覗き込もうとしたせいで、思わず手の力が緩んだ。ゲイトは単に許可と共に手を解放されたのだろうと納得して、今度こそアクセルの傷へ手を伸ばした。
アクセルの顔に描かれた傷は他の場所の表面皮よりも少し凹んでいて、その縁はほんとちょっとだけ隆起している。その凹凸を確かめるように、彼の人差し指はするすると傷の形をなぞった。
眉間のあたりから右頬を通り、鼻の頭へ。それから痕の表面を親指の腹でくるりと撫でた。縁を除けば痕はほとんどなめらかだが、少し暗く変色していて、鼻先から額にかけて大きな交差を描くように続いている。
ゲイトはアクセルの顎を持ち上げて、ヘッドパーツで隠されているその場所を下から探した。一度許可を得たからか、清々しいくらいためらいは無かった。今の自分は邪魔をしにきた来訪者ではなく、興味深い傷を持つ観察対象だった。
アクセルは少しみじろぎをした。今までこの傷をからかうように話題にしてきた者は多かったが、ゲイトのそれはその目つきとは全く違う。
純粋な好奇心と、科学者としてのプライドを混ぜ込んでしまった鋭い視線。
それは傷よりもさらに奥を見ようとしているようだった。どことなく居心地が悪い。
だから思わず息をのんでしまうのも、仕方がなかった。
「元々キミの顔にこの傷があった可能性はやっぱり無さそうだ。デザインにしてはやはり粗すぎる」
おもむろに発せられたゲイトの声で、先ほどのアクセルの思考は弾けて消えた。
「へえ。開発者的視点ってやつ?」
アクセルは平静を装って、相槌を打ってやる。ゲイトは案外、話好きだった。
「そんな大層なものでもないさ。
傷と一口に言っても、アイレンズを狙ったのならもっと深い斬り傷や不規則な形になっているだろうから、戦闘によるものとも考えにくい。ヘッドパーツは無傷のようだしね。
それにどうやら傷はその綺麗なヘッドパーツの下に入り込んでいる。ということは、ヘッドパーツを着装していない時
……
つまり素体に付けられたんだろう。
設計中か、整備中か
……
ちょうどクロス字の熱線でも浴びたかな?」
「素っ裸で熱線? そんな面白いことされてたら絶対忘れなさそう」
「表面皮だけ焼く、ほどよい熱線に炙られるキミ。絵面が愉快だが、忘れる前にそのまま壊されそうなのが問題かな。
まあ、そんなことはどうだっていいんだよ」
アクセルは耳を疑う。いつもなら、ここからはきっと傷がつけられた状況の仮説についてのご講演が始まるはずだった。ゲイトが疑問を投げ出すのはめずらしい。
「どうだっていいんだ?」
「どうだっていいさ。なぜ付いたのかなんてここで議論しても、キミが覚えてないんじゃ結論は出ない。どうしても知りたいのなら、メモリの中を無理やり検索するくらいしないとね」
そんなことより、と言って、ゲイトはついとアクセルの傷の縁をなぞる。
「直してみないか? これ」
妙に冷たいゲイトの指先の感覚で、アクセルは誤解に気づく。
わざわざ触れてまで確かめたのは、これが『いつ、なぜ付いた傷か』ではなく『直せる傷か』なのか
——
いや、そもそも『傷なのか』どうかだ。視線の色が他の野次馬とは違う理由もわかった。
「気になってたって、そっち
……
」
アクセルは脱力した。なるほど、結局いつも通り。
ゲイトは「前から気になっていたんだ」と、再び同じ言葉を口にして、遮られた続きを再開する。
「この傷自体は簡単なものだ。それこそ装飾に見えるくらいのね。直すなら皮膚を張り替えてみてもいいんだが
……
。
聞いたんだよ。キミは新世代型ってやつなんだろう?
ボクは新世代型には詳しくないからね。今日は手が空いていたし、キミのログを見ていたんだ。
新世代型は任意の対象の姿をコピーし、再現することができる。コピーを解除すれば、元の姿に戻る。機体を再構成するわけだから、その時単なる外見的な傷は修復
——
おそらく厳密には、均しているだけだろうが
——
要は元通りになる。もちろん完全な欠損や内部の損傷の復元は難しいだろうけれどね。
だがキミの傷は違った。多くのレプリロイドのコピーパターンを確認したが、キミが元の姿に戻る時、その傷も必ず再現される。
……
おかしいと思わないかい?」
「思わないかいって言われてもねぇ。
今までずっとこうなんだから、もうそういうモノなんでしょ」
「そう。『そういうモノ』なんだ。いや、『そういうモノ』になったと言うべきかな」
「ぜんぜんわかんないんだけど」
答えると、ゲイトはにんまりと頷いた。
ああ、ずいぶん楽しそう。話題は自身のことだというのに、アクセルは他人事のように続きを促してやる。
「何度でも再現される傷。それはすなわち、その傷もまたキミの体にとって再現すべき情報ということだと考えられる。キミのDNAデータに、傷がキミ本来の姿として記憶されているんだ。ボクはそう仮説を立てる。
そしてもしその通りなら、その傷を示す部分のデータを解析し、修復することで、その傷を消すことができるはずなんだ。綺麗さっぱり。痕の一つも残さずにね」
やや興奮気味にまくし立てたゲイトは、そこで一度言葉を切った。一息置いて、ゆっくりと告げる。
「そして最初の言葉に戻るわけさ。
——
直してみないか、これ」
夜色の瞳が、じっとアクセルの答えを探していた。
そしてふと思い出したように、ぱちり、と一度だけ瞬きをした。アクセルもつられて瞬いた。もちろん一度きり。
直せそうだから、直してみたい。要はそういうことだった。そして彼は研究においては、やると言ったらやるし、できると言ったらしてみせる。つまり本気だ。
口角がうっすら上がっていることに、彼はきっと気づいていないだろうけれど。
「んー
……
結局よくわかんないけど
——
」
アクセルは言葉を探しながら、自分の手で傷を撫でた。
例えいつか誰かに無理やり付けられたものだとしても、今のアクセルにとってこの傷は存在して当たり前のものだった。周りより少し凹んだなめらかな表面も、形を縁取るぷっくりとした感触も、指によく馴染む。
これが無くなるなんて想像もできないし、期待したこともなかった。
「このバッテンはさ、自分でも結構気に入ってるんだ。ボクのチャームポイント、なんてね」
もし本当に傷が消えてしまったら、どう思うだろう?
この傷と共に生きてきた、これまでの自分を否定してしまうような、そんな気さえする。
「だから、このままでいいよ」
せっかくだけどね、と付け加え、アクセルはにっこりと笑ってみせた。
傷のついたままのレプリロイド。それは多くの場合、お金が無いだとか、時間が無いだとか、そういう致し方ない理由だ。しかし一方で、傷ついたままでいい、傷のついたままがいい、と望むレプリロイドもいる。
彼らの気持ちが、少しだけわかった気がした。
ゲイトは「残念だ」と肩をすくめるだけだった。
「いいチャンスなのに。悪いようにはしないよ?」
「ゲイトにとっての、の間違いじゃない?」
「もちろん互いにとっての、さ。傷が直るアクセル、解析できるボク。嬉しいことしかないじゃないか」
「素直に『キミを解析して弄ってみたいんだ』って言えばいいのに」
「そういう言い方が好みだったかい」
「余計にお断りかなー」
「期待させないでくれよ」
ゲイトはさも残念そうに口を尖らせるが、それ以上食い下がろうとはしない。アクセルは少しそれを不思議に思った。
「意外とガッカリしないんだ?」
「
……
多分断られるだろうとは思っていたからね。むしろ予想通りの結果が得られて満足だとも。
それにこれ以上ボクが何か言っても、多分キミは頷かないからね」
「フーン、そう?」
「そうさ。
キミはキミが思っている以上に強情だ」
ゲイトに言われたくはないけど、とアクセルは口の中で呟く。
「でも。
もしかしたら、いつの日かキミの気が変わることがあるかもしれない。
ふとボクの提案を思い出すことがあるかもしれない。
ボクはそれを気長に待つよ。そのための布石さ」
ゲイトはするりと目を細めて、楽しげに笑った。
「それくらいはいいだろう? アクセル」
実験欲に、善意をひと垂らし。
その感情は、嘘ではないのだ。幻かもしれないが。
「それくらいはね」
いいんじゃない、と言った声は、暗がりへ溶けていった。
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