Privatter+
Font
Serif
Sans Serif
Color
Light
Dark
auto
Font size
Large
Medium
Small
Language
Japanese
English
Sign in with Google
Sign in with ID and password
Account ID
Password
Sign in
Forgot password?
Create account
井見
2022-08-03 00:49:20
86785文字
Public
ロックマンX・ゼロ二次
Clear cache
【再録】イフ・オンリー・イフ
ロックマンX6~X8あたりのゲイト元気幻覚短編集フル版です ゲイトが起きたけど起きたは起きたで皆で色々うだうだしています。アクセルやなぜかダイナモも出てきます。
1
2
3
4
5
6
7
8
9
まほろばは靡き
ゲイトはぱちりと片目を開いた。壁にこっそり設置したセンサーが、レプリロイド一機分の足音を拾っていた。誰かが来る。
しかし拒否する術も逃げ場も無いので、ゲイトにはその足音が大きくなるのを眺めることしかできなかった。プライベートが無いのも同然だ。ここ最大の不満の一つである。だがちょうど全てにやる気を失くしていたところだったので、来訪自体は構わないのだけど、と思う。
足音は二足歩行タイプであることを示していた。揺らぎは少ない。尻尾は無いようだ。軽いか重いかで言うと軽い方だが、その中では重い方といった感じだった。音を控えようとする様子はなく、リラックスしているのが窺える。足音から誰が来ているのかを推理するのが、最近のゲイトの数少ない暇つぶしの一つだった。
だいたい人型の大人サイズ、それよりも一回り大きいタイプだろうか、とまで考えてから、ゲイトは首を捻った。おかしいのだ。そんなタイプのレプリロイドはここに来た試しがない。
足音が止まる。何者かはすでにこの部屋の扉の前までやって来ている。ゲイトは椅子をくるりと回転させ、扉が開かれるのを待った。
形式的に扉に設けられている何重ものロックが手早く解除されていく。ノックの一つも無い。
これはゼロだ。エックスならノックをするし、アクセルなら扉越しに「ゲイトいるー?」などと言ったりする(いるに決まっているのに)。こんな無遠慮な入り方をするのはゼロしかいない。
しかし先ほどの足音はゼロのものよりもずっと重かったはず。不思議に思うと同時に、ぷしゅ、と扉が鳴った。
特徴的な赤い機体が、まるで自室に帰ってきたかのように悠然と中へ入り込んできた。長い金の髪が、その機体を追う
……
だけではない。推理と現実の食い違いの原因に、ゲイトはようやく気づいた。
ゼロのシルエットが妙に大きいのだ。ほとんど髪に隠れているが、何かを肩に担ぎ上げているようだった。大きさからして、機能停止した人型のレプリロイドだろうか、とゲイトは見積もった。レプリロイド二機分の重さだったのなら、確かに計算は合う。しかし一体何を持ち込んできているのか。ここは処理施設ではない。
その間も、ゼロは挨拶の一つよこさず、部屋の中央へずかずかと歩を進める。そしてゼロは断りもなく、作業台の上に乗っている様々な物品を腕で地面へ一掃し、
「これ、おまえにやるよ」
と、その担いでいたものを台に投げ出した。ゼロへの文句よりも先に、ゲイトの意識はすっかりその荷物へ奪われてしまった。
まず目を引くのは、金よりも淡い、シルバーブロンドの長髪。それが全身を隠しているが、端々から黒いパーツが垣間見える。
ゼロがそれをごろりと回転させると、ゼロ自身と全く同じ顔が露わになった。
「
……
説明を求めても?」
「見た目の通り、オレだ。厳密にはオレのコピーか」
頷くしかない。
台に寝かせられたレプリロイドは、どこからどう見てももう一機のゼロだった。細部のデザインの違いや黒を基調とした配色は見慣れたゼロらしくはないのだが、そんなものは些細な差だ。むしろその違いが、いつか何者かが意図的にこれを作り上げたという証明にすら見える。
しかし一方で、単に見た目を似せるだけなら、情報と技術さえあれば誰にでもできる。とはいえただ驚かせるためだけに自身の模造品を連れてきたというわけではないだろう、とゲイトは訝しんだ。
そんなゲイトの様子に、ゼロは何故かにやりと笑って、再び口を開く。
「コピーといっても、出来の悪いガラクタさ。全く話にならない程度のな。
ずいぶん前の事件で回収されていたのを思い出してな。あの時は粉々にしたはずなんだが、物好き共がどうにか拾い集めたんだと。しかし見た目はそっくりその時のまま綺麗に復元したようだが、中身は鉄屑だらけだ」
ゼロはコピーの胸部を力任せに開く。熱による変性や斬撃による破断、その他様々な損傷を少なからず抱く部品の数々が、とりあえずといった調子で詰め込まれている。
「これでもできる限り回収したんだとよ。だが見つけたはいいが、結局オレ同様解析は難しいだとか、その後はウィルス騒ぎで危険だなんだの話もあって、こうして放置されてたってわけだ」
ゲイトは話を聞きながら、いつもなら重いはずの腰を上げ、黒いゼロの間近に迫った。
その胸の中に、腹の中に、そして頭の中に! 一体どれだけの未知が収められているというのか。ゼロには鉄屑にしか見えないのかもしれないが、ゲイトの目にはその一つ一つが星にも勝る輝きを放って見えた。
そのゲイトの視線を遮るように、ゼロは体を乗り出してゲイトをずいと覗き込む。
「なあ、欲しいだろ」
こいつはイエスと言うに決まっている、という確信がありありと伝わってくる、半ば挑発に差し掛かったようなにやけ面。ゲイトはその思惑通りになるのは嫌という気持ちだけで、どちらのゼロからもふいと目を離した。
「
……
ガラクタなんだろう? そんなもの、いくら苦労して解析してみせたところで、得られるものはたかが知れている。ここは廃棄物保管場所じゃないよ」ゲイトは肩をすくめてみせる。
「どこかで拾ったガラクタ一つで世間を騒がせたのは、一体どこのどいつだったっけ?」
ゼロはもう一つの自分の寝る台にひょいと腰掛け、ゲイトを改めて正面から見据える。ゲイトがほんの少し身じろぎしたのをゼロは見逃さなかった。
「
……
ゲイト。おまえはあんなふざけた破片で、本当にオレの一部でもわかった気でいるままなのか? 何で確信したかは知らないが、実際オレの体の中にあんなものが入っていたかはわからない。少なくとも今、オレの体に空きは無いしな。
あの時おまえが手にしたのは、ただのちんけな紛い物かもしれない。それこそこの模造品にすら劣るくらいの、な」ゼロはコピーの足を叩く。「だが少なくともこいつには、オレと似た技術が使われているだろう。ちゃんと動いてはいたからな。あのオモチャよりはマシな資料になるはずだ」
なるほどね、とゲイトは呟いて腕を組む。
「今日はずいぶん迂遠な言い回しをするじゃないか。要するに、手土産もやるから、なんとかして自分を解析しろ、というわけだ」
「話が早くて助かるな。お互い、悪い話じゃあるまい?」
「カマをかけているつもりなら、ゴメンだね」
「これは完全にオレの独断専行
……
と言えばおまえは信じてくれるのか?」
ゼロにそれを証明する術は無いが、逆もまた然りだ。二人は互いの目の内を探る。
ほどなくしてゼロは片手をひらひらと振った。
「おまえがノーと言うのならこの話はこれで終わりだ。
だが
……
完全には解析できず、ウィルス作りに逃避。それで満足したままとは、研究者としてのプライドとやらも知れたものだったようだな? 残念だ」
「
…………
」
ゲイトは目をぐるりと回した。ゼロの発言は露骨な挑発だ。もう流れはわかっている。口にすべきはノーの二文字だけ。
ただゲイトは、面倒な男だった。
訂正が必要な事柄を、大人しく見送るわけにはいかない。
「
……
解析は『できなかった』し『しなかった』んだよ」
わざとらしく大きなため息とともに告げる。そして黒いゼロから踵を返し、先ほどまで座っていたオフィスチェアに再び身を沈めた。
「結果は同じことだろ」
「全く違うよ。ボクの企てのことは覚えているだろう。あれはあの時、コロニー事故による情報の錯綜、世間の混乱、何よりレプリロイドの数が十分に減ったことが重要だったんだ。そのタイミングを逃すわけにはいかなかった。
わかるだろ? 時間がかかりすぎるんだ。仮にキミの全てを解析する技術があったとしても、解析が終わる頃には世界はコロニー被害からすっかり復興していただろうさ。それじゃ意味が無い。だから『しなかった』んだ」
「ほう。つまり、今なら『できる』ってことだよな」
「
……
ボクの話、聞いていたかい?」
ゼロは台から降り、ゲイトとの距離を詰めると、ゲイトの側の机に片手を置き、座る彼を上からじっと見下ろす。
「聞いてたさ。あの時足りなかったもの、それは技術よりも時間、と言いたいんだろう?
技術が無いだけなら、おまえはまずそう言う。『どうあがいても解析できなかったんだ』『絶対に不可能だ』、それだけでいい。だがおまえは言わなかった」
「
……
論理の飛躍だね」
「じゃあどうなんだ? 一生かかっても、絶対に不可能か? それならそれでいい。できないのは仕方ないからな。だが
——
おまえはそれを認めるのか」
違うよな、とゼロの青い瞳がきらりと輝く。
ゲイトは呻いた。どの道、敗北を宣言しなければならない状況に追い込まれていた。絶対にゼロの解析ができないと両手を上げる敗北か、ゼロの交渉を飲むという敗北か。好きな方を選べ、ということだ。
しかし
——
どちらを選ぶのか、答えは最初から出ていた。ゼロの言う通り、最初から『絶対にできない』とでも言えば簡単に終わる話を、ゲイトは言葉を並べ連ねて延長させていたのだから。
もはやゼロが話し始めた時点で、いや、ゼロの持ち込んだものの正体がわかった時点で、むしろゼロが今日ここを訪れると決めた時点で、勝敗は決まっていたのだ。
「ああ、わかった。わかったよ
……
」
降参を示すかのように、ゲイトはどうにか言葉を絞り出した。まんまと意に沿う腹立たしさ、自分の性分を理解されている忌々しさを、ため息に込めて吐き出す。こんな思いをするくらいならやはり拒否すれば良かったな、とゲイトは思う。
だがそれができないのは、一方でこの展開がゲイトにとってひどく魅力的でもあったからだ。悪夢よりもずっと甘美な現実。どうして目を背けられるだろう?
ゼロは言質をとったと言わんばかりの満足げな笑みで応えた。
「不満か? おまえならできるだろ」
「おまえなら、ねぇ
……
」
ゲイトは納得いかないと言うように、椅子を左右にきいきいと揺らす。
「そもそもなぜボクなんだい? そりゃあキミは腫れ物扱いかもしれないが、探せば一人くらい使えそうな奴はいるだろう。それなのにわざわざこのボクを使おうだなんて酔狂が過ぎる。慈善事業をさせようとでも?」
「まさか。これが慈善になるかよ。
こんな難題、他の誰かに頼むのは気が引ける。時間をあるだけオレにくれ、とでも言うようなものだからな。
だがおまえはオレという存在を利用しただろう? ならその時間の分、きっちり返してもらえばいいと気づいたわけさ」
「すさまじい暴利だね」
「むしろ良心的だろ」
ウインクでもして見せそうな調子で、ゼロは顎を撫でる。
本当にこの男のために、果ての見えない時間を捧げるのか? ゲイトは自問した。軽く百年と考えてもざっと三十一億五千三百六十万秒。一機のレプリロイドがそれほどまでに長い間活動し続けた公的な記録はまだ無かった。全く想像がつかない領域の話に目が回りそうになる。
ゼロという個人を知らなかったあの時ならば、まだ抵抗は少なかったかもしれない。それどころか歓喜しただろう。しかし今、ゲイトにとってゼロは至高のレプリロイド(オールドロボットと示す方が正しいか)というより、無茶振りを押し通してくる困ったクライアントに近かった。自分のために研究を行うことは苦ではないのに、誰かのために研究を強いられるのは妙に座りが悪い。
とはいえ「じゃあ他の奴にするか」などと言われたら
——
とまで仮定して、ゲイトは考えるのをやめた。ついでにできるならゼロのよくできた顔面に打撃の一つでも食らわせてやりたいと思った。できないが。
ゲイトが悶々と頭を抱え唸っていると、ゼロの顔からは表情がすうと消えた。ゲイトはゼロを見上げる。常日頃の凪いだ眼差しよりも、どこか遠くを探すようだった。
そしてゼロは口を開いた。
本当は、と告げて、一度言葉を切った。
「
……
オレが一体何のために作られたのか、もうわかっているんだ」
ゲイトはわずかに目を見開く。
「おまえもオレの体に触れたのなら、少しはわかっているんじゃないか」
ゼロの問いに、ゲイトは台に寝かせられたままのゼロのコピーを見やった。
ゼロのかけらと呼称した例のデブリ。完全に解析『できなかった』し『しなかった』のは、時間と技術の他にもう一つだけ理由があった。
それは単純に『必要無かった』からだ。
そもそもなぜゼロを解析することが難しいのか。まずシンプルに、ゼロという一機体を構成する情報量があまりに大きすぎるという点があった。それはエックスも同様だった。彼らの情報を解析するということは、砂漠を形作る砂全てを一粒ずつ並べてみせるに等しい。そしてその砂漠がどこまで広がっているかすら定かではないのだ。
デブリというチケットを手にしたゲイトは手始めに、情報の砂漠の地図を作ることにした。どこまでがゼロのボディに関する情報で、どこまでがゼロの人格に関する情報なのか。目安でも構わなかった。
そして理解した。途方もない
——
執念とでも言うべき何かが、彼を構成する情報の奥深くに眠っている。
それが解析に取り掛かって最初にわかったことだった。
ゲイトはなにもレプリロイドを全て滅ぼしてしまいたいわけではなかったし、扱いにしくじって自滅する可能性も危惧した。だから上澄みだけを利用して、自分の手に負える程度のウィルスを生み出した。
それきり、あの深淵には踏み込んでいない。
ゼロはゲイトの無言を肯定と受け取ったようだった。だろうな、と呟いてから続ける。
「今まで、誰も何もしてこなかったわけじゃない。だが
——
いつだって答えは一つだった。オレでもわかるさ。それが『正しい選択』だって。だからあの時、エックスを止めて、オレがシャトルに乗った」
だがオレは生きている、と息を挟む。
「
……
この体が本当にどうしようもないってんなら、オレはこの体を捨てたって構わない。だが、それもオレ一人じゃできないことだ。
オレはもうそろそろ、決着をつけたいんだよ。
誰の力を使ってでも。
——
おまえなら、できるだろ」
再び繰り返された言葉の響きは、ゲイトにとって全く異なって聞こえた。
ゲイトは沈黙する。
ゼロも同様に、続く言葉を持たない。
二人はじっと、互いに探るように見つめあった。
普通は処分なり封印なり、出る杭は打って終わり。この世界ではそれが『正しい選択』なのだ。イレギュラーハンターという存在が示す通り、危険で不要だと定められたものはそれだけで世界から消されるのだと、ゲイトは何度も体感していた。
そしてゼロ自身もまた、その対象の一つになっている。それはゲイトにとって驚くようなことでもなかった。そして、やっぱりそうなのか、という落胆こそあれ、喜ばしいことでもなかった。唯一無二の優れた研究が、危険かもしれないということのためだけに破棄されようとしているのだから。
だがゼロが今まで処分されていないのは、依然ゼロが有用だからでもあるし
——
手に余るからなのだろう。下手に外から触れれば、何が起こるかわからない。もしゼロが能動的に牙を剥けば、それを止められるのはエックスくらいのものだろう。そして仮に二人で反旗を翻されてしまえば、もうどうしようもないのだ。
しかしこの均衡は、いつ崩れるかわからない。もしも何かの拍子でバランスが保たれなくなれば、ゼロは瞬く間に処分、良くて封印対象になるだろう。それまでにゼロは対策をうたねばならない。
そしてそれに付き合える物好きは、たかだかゼロという一個人のためだけに全力を傾けられる善人か、あるいは危険極まりない火の中に喜んで飛び込む奇人か。
「それで、ボクを選ぶか」
ゲイトはふっと目を伏せると
——
腹の底からかすかに漏れ出すようにくつくつと、それからやがて声高に笑った。いつぶりかわからない強い感情の発露に、ゲイト自身が戸惑うほどだった。
ひとしきり笑って満足してから、ゲイトはふう、と息を整えた。そしてまるで悪巧みをするかのように、にんまりと微笑み直した。
「
——
いいよ。キミの要求、全部飲んでやろうじゃないか。
証明したくなったよ。キミこそが『正しい選択』をした、とね」
ゼロの青い目がゲイトを捉える。
「言ったな?」
「言ったとも。まあ、キミを周りに合わせてやらなきゃならないのは本当に癪だが。
……
キミが〝不幸な事故〟に巻き込まれるよりは、いくらかマシなんじゃないかな」
ゼロは少し押し黙ってから、ゲイトに右手を差し出した。承諾の合図だ。
この手を取れば、もう後戻りはできない。それはつまり、この話を無かったことにして、また再びずるずると日々を過ごすという選択肢が無くなるということだ。
もう考える必要は無かった。
ゲイトはゼロの手を掴んだ。
他人の手を握ったのはいつぶりのことだろう。ゲイトはすぐには思い出せなかった。ゼロの手は多くのレプリロイドと同様に、硬い筋骨格の上を柔らかい人工皮膚が覆っていて、感触は珍しいものではなかった。しかし体温は高いのか、ふれる手のひらからはじんわりとした熱を感じた。
ゼロはそのままゲイトの手を引くと、自身は身を乗り出して、ゲイトの耳元で囁くように付け足した。
「頼むぞ。最後まで」
「
……
最後までって?」
ゲイトは片眉を吊り上げる。
「そりゃあもちろん、最後までさ」
ゼロはもう一度繰り返すだけだった。それは言葉の意味をゲイトもわかっているのだと、ゼロが確信しているからだ。
解析は目的ではなく、あくまで手段でしかない。いつの日にかゼロの体が完全に解析されたとしても、それはゼロの安全性の証明にはならない。危険であると主張するのは実に容易く、危険でないと主張するのは実に難しい。
最後まで。すなわち、ゼロへ手を加える必要が無くなる
——
ゼロが恐れられることが無くなるまで。
そんな夢物語が本当に実現するのかはゲイトにもわからない。優れているものは、えてして恐怖されるものだ。どうあがいたところで意味はないかもしれない。
しかしもう一度くらい、あがいてみるのも悪くない。
そしてゲイトは頷いた。それを確かめたゼロは、ようやくゲイトの手を離した。そして立ち上がり、扉の方へ赴く。もうこれ以上用は無いということなのだろう。
「ゼロ」
呼びかけると、ゼロは開いた扉を止めて振り向いた。
「約束はしない。でもまあ
……
努力はするよ」
机に頬杖を突きながら、仕方なく、という風に告げる。
これがゲイトに言える最大限の
——
いわば真情のようなものだった。言う必要は無かったが、なぜだか言いたくなったのだ。
過剰に期待されて、そして勝手に落胆されてもたまったものじゃない。それだけだ。ゲイトはそう自分に言い訳をした。
「それで十分さ」
そう言い残してゼロは部屋を後にした。
ほんの少しだけ、微笑んでいたのが見えた気がした。
*
ゼロが去ってから、ゲイトは眠るように目を閉じ、そして深く息を吐いた。
とんでもない会話をしたな、と思っていた。ひどく疲れを感じた。
ゲイトは目を開けて、ちらりと部屋の中央を見る。
机上に残された黒いゼロ。それは異物であるはずなのに、ずいぶんと前からそこにあったような気がした。多分ゼロと同じ顔をしているからだ。
ゼロ本人には敵わなかったというが、その理由も単に稼働時間が違うがゆえの経験値の差でしかなかったのかもしれない。ゼロは戦いの中で学習していく。発見された直後のゼロと今のゼロでは、やはり後者の方が強いと言えるだろう。つまりこの黒いゼロがゼロのコピーとして不完全かどうかは、まだわからないのだ。あるいは真のコピーと言えるのかもしれない。
コピーはオリジナルと違う。そしてオリジナルと同じ。要はどのように使いたいかの違いだ。オリジナルの代替として使いたいのか、それともオリジナルの数を増やしたいのか。厳密に同じ存在かどうかなど、容易に死を書き換えるレプリロイドにとっては暇人の考える問題でしかない。
ゲイトはかつての事件で復活させたレプリロイドたちを思い出していた。適当に新たなレプリロイドを作り出すのではなく、わざわざあの時のレプリロイドたちを呼び起こしたのは、もう一度彼らを、という思いが消えていなかったからだと、今なら考えることができる。
しかし目の前の黒いゼロは違う。
何者かが作り出した、異様に精巧なコピー。そこには『ゼロ』を複製するという確固たる意志があった。
ゼロの中には、彼を作り出した製作者の意志、おぞましいほどの敵意が眠っている。そのはずなのに、ゼロは今も『ヒーロー』を演じている。それはゲイトにとって不可解な矛盾だった。
考えられるのは、何らかの理由によってゼロが本来あるべき姿から外れているということだ。無作為に数を増やす生物とは違い、機械には必ず生まれる目的が与えられている。調査用のレプリロイドであれば調査を、研究用のレプリロイドであれば研究を、戦闘用のレプリロイドであれば戦闘を求められるように。
そしてゼロにも、作られた理由が、生まれる目的があったはずなのだ。だがそれは、今のゼロが望むあり方ではないのだろう。
ゲイトは立ち上がって、黒いゼロに近づき、その感情の無い顔を見下ろした。
もし今のゼロが望まれないあり方をしているのだとしたら、きっとこの黒いゼロはゼロのようには笑わないのだろう。この自分をまんまと誘導してみせることも。
「それは少し、つまらないな」
ゲイトは呟く。
鬼神のように暴れ、しかるに他愛のない話で笑うゼロ。きっとここに連れて来られなければ知ることのなかった姿を、ゲイトは思ったより気に入っていた。全てを破壊したいだけなら、コロニーでもなんでも幾つか落としたらいいのだから。単純な暴力には品が無い。だがこの素晴らしい姿は、本来ゼロの望まれたあり方ではないとは。
もし。
もし、自分の作ったレプリロイドが、違うあり方を望んだとしたら。
ゲイトは視線を遠くに投げた。あまり想像のできない事態だった。通常は当然、定められたあり方に沿えるような思考や性格へ設定するものだからだ。行動していく上でその性格がなめらかに変遷していくこともままあるが、ほぼ最初から定められたあり方に拒否感を示すことはほとんど無い、というかそれは設計ミスと言ってもいいくらいだ。それこそ原義の『イレギュラー』である。
最強のイレギュラーハンターが、最初のイレギュラーか。
そこまで考えて、ゲイトはくすりと笑った。極めてどうでもいいと思った。
ゼロが何を望もうが、望んでいなかろうが、何をしようが、しなかろうが、ゼロの特異性は失われない。ゼロの存在そのものがゲイトにとっては価値がある。解析することすらできない、至高の領域。
だが
——
ならばゼロが、完全に解析されたら?
そしてゼロの体が、ただのレプリロイドと変わらない、誰からも恐れられないようなものになったら?
ゼロを究極たらしめる特異性が全て失われたら?
それらを、他ならぬ自分が行うとしたら?
それはかつて目指した憧れを、自らの手で破壊するようなものかもしれない。
そこへ辿り着きたかったはずなのに、ここへ引きずり下ろそうとしている。なんとも皮肉な話だ。
しかし不思議と、それでもいいか、と思った。
そう思った理由を考えようとして
——
やめた。気づかないふりをした。
1
2
3
4
5
6
7
8
9
コメントなど👏:
Wavebox
Reaction
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.
Custom color
Reset color
広告非表示プランのご案内