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井見
2022-08-03 00:49:20
86785文字
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ロックマンX・ゼロ二次
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【再録】イフ・オンリー・イフ
ロックマンX6~X8あたりのゲイト元気幻覚短編集フル版です ゲイトが起きたけど起きたは起きたで皆で色々うだうだしています。アクセルやなぜかダイナモも出てきます。
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夢想するループ
目覚めたばかりのゲイトは、いっそ不気味なほどに大人しかった。あるAIの解析を頼めばすぐさま結果を提出し、ある武器の開発を頼めば数多くの目新しい案を提示した。それらにウィルスが仕込まれているとか、実は勝手に壊れるようになっているとか、そういった危険は認められなかった。働きだけ見ればすっかり優秀な研究員だ。問題行動を起こした場合の対応について色々と事前に決めておいたが、それら全て杞憂に終わったようだ。ああよかった。めでたしめでたし。
——
気味が悪い。
心を改めたんだな、などと安心できるほど、おれは素直にはなれない。
事件中に見せた狂信的な言動。責任転嫁も甚だしい支離滅裂な主張。忘れるに忘れられないあの時の彼の様子を考えると、今のゲイトは一言で言えば「静かすぎる」のだ。何か文句の一つでも、抵抗の一つでもあっておかしくはないはずだ。だがそれらはなく、彼は淡々と日々を過ごしている。
元々はこういう男だったのだろうか。おれは彼を知らない。唯一彼の過去を知るエイリアに尋ねたりもしたが、彼女は曖昧な顔をするばかりだった。
「確かに、最初の頃はこんな風だったかもしれないわ」
エイリアは言った。配属されたばかりで、まだ何も実績のない頃。『究極のレプリロイド』への憧れを見せる研究者は特段珍しくなく、彼も時折その憧れを語る程度で、他の時間は全てそれぞれに課せられた研究課題に費やされていた。
研究さえ関わらなければゲイトは至って無害、いや、研究以外には本来大した関心がない、ということなのだろう。おそらくそれ自体に間違いない。
「エックス
……
ゲイトが心配?」
エイリアは眉尻を下げながら尋ねる。その言葉は、まるで彼女が自分自身に問いかけているようにも思えた。
おれは小さく頷いた。
「おれは
……
ゲイトのことはよく知らないけどさ。
何かが、落ち着かないというか。曖昧なんだけど
……
」
「
……
エックスの言いたいこと、なんとなくわかるわ。
どうすればいいのか、わからないのよ。彼も
……
私たちもね。何が正しいのか、これでいいのか」
ゲイトは社会奉仕の名を冠した数々の業務をさっさと片付けた後、椅子に腰掛けたまま人形のように停止する。初めてその様子を見た時、何か破損しているままなんじゃないかと思った。だがエイリアやダグラスはその可能性を否定した。話しかければ答えるし、悪い冗談を言ったりもする。単純に自分の意志で「動かない」というだけで、動けないわけではないらしい。
理由を聞くと、彼は一度だけ、
「退屈なんだ」
と答えた。
新しいレプリロイドを開発することのない今の生活は、ゲイトにとっては確かに退屈なものだろう。だがそれだけなのだろうか。その言葉で表すのは、致命的に何かを見落としているように思えた。
ゲイトは、数少ない「助けることのできた相手」だ。助けると言っても命だけで、行いを止められたわけではなかったが、それでも大きな意味を感じていた。今、彼は生きている。エイリアやダグラス達の尽力のおかげだ。それが嬉しくて、同時にどこか怖かった。
本当にこれでよかったのだろうか?
この問いが、頭の中をぐるぐると回る。
*
扉を数度ノックしてから、認証パネルに手をかざした。外からはこのパネルに登録した者しか開けないように設定されている。
控えめに開くと、いつものように生気のない顔がそこにあった。歓迎の挨拶は当然無い。
だが最近は少し様子が違った。おれが戦線から離脱していることをゲイトはどこからか嗅ぎつけたらしく、事あるごとに揶揄するのだ。
「やあエックス。今日も配達業ご苦労様。すっかり板についてきたじゃないか」
今日も開口一番、たっぷりの嫌味。返答をすると余計に口を開くのを知っているので、黙ってゲイトを睨め付ける。
「そんな顔するなよ
……
仕方ないだろう? 最強のレプリロイドがただこの廊下を何往復も。世界一の無駄使いだろうね。ボクは歴史的瞬間を目にしているわけだ。クク
……
笑わずにはいられない」
ゲイトは口元を歪めながら、小さなチップを投げ渡してきた。
「新型メカニロイドの行動制御部
……
だったっけ? まさかこんなのに手こずっていたとはね」
「早いな。もうできたのか」
「むしろキミが来るのが遅すぎる。せめてもう少し歯応えのあるものを頼むよ」
そう言うな、とおれはゲイトに新しい仕事を押し付ける。彼は露骨に顔をしかめた。どうやらご期待に応えられなかったようだ。
並のオペレーターなら苦労するものも、ゲイトにとっては朝飯前らしい。とはいえエイリアも
——
彼女自身は否定するが
——
ゲイトとほとんど同等の技術力がある。が、いかんせん彼女は一人しかいない。そのため緊急性の低いもの、あるいは逆に緊急性の極めて高いものの解析を、ゲイトに任せることが度々あった。
エイリアはなかなか席を外せないので、物理媒体の場合はおれが直接届けに行くのがすっかり習慣になってきていた。今日の来訪もそれが目的だ。そしてミッションはコンプリート。
もう用は無い。ゲイトも程なくして作業に戻るだろう。すぐに戻らないといけない。そう思うのに、おれの足は動かない。
「ゲイト。おまえは今
……
どう思ってるんだ?」
降り積もる疑問の一つが、口を離れていく。
ゲイトは首を傾げた。
「どう? どうと言われてもね。使い走りのキミの姿はいつ見ても愉快だな、とかかな」
「
……
おれじゃなく、おまえ自身について、だ」
「
——
前も言っただろう」
彼の声がワントーン下がった。
心底忌々しい、とでも言うような、悪意の込められた声だ。
「退屈。この言葉に尽きる」
この部屋に変化は無い。
ゲイトを目覚めさせるために使われていたこの部屋は、そのまま流れでゲイトの居場所となった。彼が活動するようになってから、ずいぶん物が増えた。中身のわからない箱がいくつも縦に積まれ、その周りにイレギュラーの残骸が所狭しと置かれている。
だが、それだけだ。
まるで世界から置き去りにされるように、この部屋は淡々と同じ時を刻んでいる。
確かに退屈だろう。誰であってもそう言うはずだ。
窓も無いこの部屋は、月明かりが差し込むこともなければ、朝日に目覚めさせられることもない。夏の暑さも冬の寒さもなく、同じライトが二十四時間煌々と彼を照らす。
しかしゲイトにとってこの部屋は苦ではないことを、おれは知っていた。
彼が言っているのは、彼の現状についてだ。
彼にとって申し訳程度の解析と開発を行い、一日を終えていく。ただそれの繰り返し。
あの時、罪を償えと言った。だが「ならどうしたらいい?」と問われてもわからない。 レプリロイドは人間のように裁判所で裁かれることも、刑務所で刑期を過ごすこともない。
レプリロイドは罪の償い方を知らない。
「用はそれだけかい」
新しい言葉を、おれは選び出せない。
代わりにチップを強く握りしめた。
「また、来るよ」
*
ゲイトからもらったチップをエイリアに渡してから、おれは一人で廊下を歩いていた。もう自室に戻るつもりでいた。
エイリアはおれを見ると、決まって「もう休んだら?」と言う。
ゲイトに会うと特にこうだった。考えてしまうのだ。顔に出ているに違いない。
「いっそのこと、ゲイトにこっちへ来てもらった方が早いかしら?」
おれを案じてか、エイリアはそう言った。
でもおれは断っていた。
「わざわざ会いに行くくらいの距離感が、今はちょうどいいと思う」
誰にとって?
おれにとってだ。
エイリアは、それ以上何も言わなかった。
一人で廊下を歩いていると、あの時のことを思い出す。
ゲイトの目覚めは突然のことだった。
この廊下を走って、おれはそこへ向かった。
彼は何の予兆もなく、まるでいつもの目覚めのように、何食わぬ顔で起き上がっていた。
状況を把握した彼は、おれたちの言葉を全て無視して、
「何が目的だ」
と言った。
その時の彼の目つきは、多分一生忘れないだろう。
視線に込められているのはおそらく敵意だった。
彼は、おれを、おれ達を疑っていた。
当然だ。
ゲイトは言葉を重ねた。
「データが欲しいなら頭から引きずり出せばいい。手駒が欲しいならコピーを作ればいい。
それなのにわざわざ直す手間をかけるくらいだ。それ相応の理由があるんだろう?」
ゲイトは畳み掛けるように続ける。
そうに決まってる、と断言するかのように。
「いや、ああ
……
そうか
……
このボクを『わざわざ直す』と。
……
他ならぬ自分の手で処分しなければ気が済まなかったのかな? なるほど、いい趣味をしている」
そして吐き捨てるように笑った。それはかつて対峙した時の、彼の差し迫った狂気を思い出させた。楽しそうで、楽しくなさそうな、自棄的な笑顔。
おれは当たり前のことにようやく気づいた。
彼はあの時から止まったままなのだ。
戦いに負け、それでも世界を巻き添えにするために、シグマを解き放った。
おれは、違うよ、と呟いた。目的なんて無い、と続けた。
ゲイトの表情が凍った。
彼はおれの言葉を待っていた。そしてきっと嘲って、罵って、嗤うつもりだっただろう。
何を言っても、彼の心には届かない気がした。あの時だってそうだった。ああやって追い詰めた時点で、彼が名乗りを上げた時点で、彼が企みを始めた時点で、おれの言葉はとうに間に合わなかった。
彼があの時から止まっているのなら、きっとまだ届かない。何を言っても、彼にとっては戯言だ。
でも。
ならせめて、何も飾らない本当のことだけを告げたいと思った。
おれは選んだ。正直な言葉を。
「起きてくれて、嬉しいよ」
おはよう、と。
今でも、それが、これが正しいことなのか、わからない。
レプリロイドの死は曖昧だ。
おれは誰よりも間近で見ていた。ゼロの体が爆ぜ、おれに力を託してから、眠りにつくのを。あれは確かに死だった。しかしゼロの体は直され、ゼロは再びこの世界に戻ってきた。条件さえ揃えば、レプリロイドは死を擬似的に乗り越えることができる。
ゲイトがかつて事件を起こした際、彼は自ら開発したレプリロイド達をそれぞれのエリアに配置していた。彼らは一度確かに死んだ者達で、その記憶すらあった。それはおそらく、ゲイトが新しい体を用意し、その中に今までの人格や記憶を注ぎ込んだのだろう。
ゲイト自身を修復するにあたっても同様の問題があった。複製した体に、オリジナルの体から抽出した人格、記憶を入れてやる方法があったのだ。ゲイトは特別複雑なレプリロイドではないから、少なくともあれだけ損傷した体を『わざわざ直す』よりずっと簡単だ。
そうして復活したレプリロイドは、物理的には元のレプリロイドと同一の存在と言ってもいいだろう。
しかし。
罪を犯し、崩れかかった元のゲイトは、狭い倉庫の中で埃を被っていしくれになるのか。それとも解析に必要なものだけを抜かれて、工場でスクラップになるのか。
所詮は感情の問題で、是も非もない。どちらを選んでも構わない。そもそも選ばなくたって構わないのだ。そんな義務は無い。
そしてエイリアは、彼の体を直すことを選んだ。
彼女の選択が間違っているとは思わない。
きっとエイリアは会いたかったのだ。あの時と同じゲイトに。
でもエイリアは、本当は多分諦めていた。彼女の前に選択肢を用意したのは、他でもないおれだ。
もしもあの時、おれが彼を連れ出さなかったら。彼はきっとここにはいない。
助けられるかもしれない。助けられないかもしれない。
その二択を彼女に託したことは、その二択のために彼を連れ帰ったのは、あのままにしておくことよりも、ずっと惨いことだったんじゃないのか。
「だめだな
……
」
おれは立ち止まって、頭を左右に振った。
一人で考え込みすぎるのがおまえの悪い癖だ、と親友は言う。
全くその通り。おれはいつもそうだ。同じことを飽きずに何度も考えては、答えを出せずに縮こまる。
途中まで歩いた廊下を振り返った。
このまま自室に戻っても、同じことの繰り返しだ。
何か違うことがしたかった。何か、変えられることがほしかった。
行くべきはこっちじゃない。
*
同じ場所で、同じ方法で、同じ扉を開ける。
「おや。忘れ物かな」
ゲイトはこちらに一瞥もくれず、声だけを投げかけてきた。
「まあ、そんなところだ」
声の方向へと進んで、真正面から見下ろす。
そこでようやく、ゲイトはおれを見上げた。
視線が合う。
そして、おれは右手を差し出した。
「退屈なんだろ? 散歩にでも行かないか」
外は難しいけど、屋上とかなら。
そう付け加えながら、おれは相手の反応を窺った。
予想されるのはまず悪態だ。それから呆れ?
しかし予想は外れた。たっぷり五秒ほどの沈黙が降りてから、目の前の男は口を開いた。
「疲れているのかな、ボクは。
散歩、とか聞こえたけど」
「合ってるよ」
ゲイトの表情は、いつものにたにた顔でも、不機嫌な仏頂面でもなかった。
まずかっただろうか。
「嫌ならいいよ。それか忙しかったか? おまえのことだから、どうせもう退屈しているかなって
……
思ったんだけど」
再びの沈黙。
するとゲイトはきい、と椅子を回転させた。
「キミの誘いに乗って、後からボクだけが詰られる、なんてことあるかな?」
「
……
ここの様子はモニターされてる。誰が連れ出したかわかるだろ」
それに。
「別におまえをここに閉じ込めているわけじゃない。出たいと言ってくれれば、出ていいんだ。一人にはさせてやれないけれど」
この部屋の扉には鍵がかかっている。
だがそれは、外からの侵入を拒む鍵だ。内側からは、その気になればいつでも開けられる。
しかしゲイトは、一度も外に出ようとすらしなかった。
「承諾の必要な解放は、自由とは程遠いよ」
「ある程度は仕方ないだろ。
……
おまえを守るためでもあるんだから」
ゲイトには価値がある。その解析能力、開発能力、何より彼が今まで蓄えてきた知識全てが詰まった頭脳。とりわけ裏社会に生きるような者たちにとっては、最高の餌だ。
「こっちは守られたいと思ったこともないんだ」
「
……
そうだな。おれたちの勝手な都合だよ」
このままでは埒が明かない。
でも、反応があるということは、多分彼の中で答えは出ているんだろう。
「どうするんだ。行くのか、行かないのか」
ゲイトの暗い瞳が、おれを見上げる。
そのままその瞳は、おれを見下ろす。
「行こうか」
立ち上がったゲイトは、おれを唆した。
*
「空か」
ゲイトが最初に選んだのは、その言葉だった。
「しかし相変わらず、空気は濁っているね」
「これでも随分きれいになった。人間が出てこられるくらいには」
「それなら昔のままでも良かったな」
頭上に広がるのは、天井ではなく夜空だ。しかし星はあまり見えない。ベースをはじめとした地上の光や、何よりコロニーの墜落による汚染が未だに星の光を遮っている。
おれたちはベースの屋上に、こっそりと出てきていた。
誰かに見つかったら
——
まあ、まずい。見つからないことを祈るしかない。ゲイトは勝手に通用口に鍵をかけていたから、少なくともここに新しく入ってくる者はいないだろう。多分。
手すりに両腕を預けながら、ゲイトはこちらをくるりと向いて、口を開いた。
「それで? ボクの退屈をどうキミは解消してくれるのかな」
「解消
……
されないか?」
おずおずと答えると、ゲイトは呆れ気味に頭を傾けた。
「こんな屋上で?
ここにあるのは空と、風くらいだ。どこにでもある」
「でもあの部屋には無かっただろ」
「必要の無いものだからね。外気の触れるところで作業したくはないし」
「今は作業中じゃない。なら悪くはないだろ」
彼がため息をつくと、示し合わせたように冷たい風が吹き込んだ。ゲイトの白衣の裾が、彼の足元で踊った。
ゲイトが目覚めた時、当然だが彼は白衣を着ていなかった。頭や足と同じ、紫色のパーツが肩や腕を覆っていた。
しかし彼がこのベースで活動するようになってから、気づけば初めて見た時と同じような象徴を身に纏っていた。レプリロイドの開発に携わるレプリロイドが着ている、金の飾りのついた白衣を。
誰かが彼に用意したのだろう。野暮だから、聞きはしないけれど。
ゲイトはおれの視線に気づいたようで、薄く微笑んだ。いや、微笑みは間違いだ。口を左右に引き伸ばしたような笑み。
なあエックス、と声を投げかけられる。
「キミはボクにどうして欲しいんだい」
「どうって、どういうことだよ」
ゲイトは時に抽象的な物言いを好む。
「言い換えてやろう。
キミはボクに何を求めている? 感謝か? それとも謝罪かな?」
「そんなの
……
どっちもいらないよ」
「本当に? ボクにはそうは見えない。
キミのその視線は似ている。ボクに頷かせようとした奴らの目にそっくりだ」
苦虫を噛み潰したような顔で、ゲイトは言う。
要領を得ないが、おそらくゲイトにとって良くない思い出を刺激したのだろう。そしてそれはきっと、研究員だった頃の記憶だ。
「おれがおまえに、無理強いをしている、と?」
「そうさ。おまえが頷きさえすれば、という視線。口に出せばいいものを、奴らはボクをその目で見るだけ。思い出すだけでも忌々しい」
あの時の色だ。今ゲイトの顔に浮かんでいるのは、あの事件の頃の憎しみだった。大きく開かれた目は、刺すようにおれを見つめていた。
おれはどう答えればいいかわからなかった。そんなことはない、なんて言ったって意味が無い。
確かにおれは、ゲイトに求めていたから。
おれは口を閉じたまま、ゲイトを見返すことしかできない。
じっと見つめ合う数秒。
するとゲイトは突然、まるで壊れたように表情を止めた。
それから顔を覆って、くつくつと笑い出す。
「そうか。
あぁ
……
肯定か!」
はっきりと、それでいて呟くように、ゲイトはおれに宣告した。
「なるほど、合点が入ったよ。
同じなんだね。処分すべきだと肯定しろ。処分しないべきだと肯定しろ。キミらの視線は肯定を求めているわけだ。
キミはキミの行為を、ボクの口から、肯定してほしいんだ」
顔を覆う指と指の間から、紺碧の目がぎらりとおれを糾弾している。
ああ、その通りだ。感謝も謝罪も、おれに向けられるべきものじゃない。おれが求めているのはそんなものじゃない。
だが惜しい。
「ほんの少しだけ、違う」
おれが求めていたのは、肯定なんかよりもっと単純で、もっとひどい言葉だ。
「教えてくれないか。
これは
……
正しいことなのか」
尋ねれば、ゲイトは
——
手すりに寄りかかるのをやめた。すっと背筋を伸ばして、そのままおれとの距離をかつかつと詰める。ずっと座っているから勘違いしそうになるが、彼はゼロと同じくらいの背丈がある。距離が縮まるほど、おれの目は上へ引き寄せられていく。 夜の暗がりに彼の紫は自然に馴染むし、彼の白は不気味に映える。ゲイトの白い手がぬっと伸びて、おれの肩に触れた。
そして彼はおれに顔を近づけて、
「間違っている」
ここにはおれと彼しかいないのに、おれにだけ聞こえるような、確かな囁きで告げた。
おまえの選ぶ言葉は、やっぱりそれだろう。わかっていた。
おれはおれの都合で、おまえを助けた。おまえが何を考えているのかなんて無視して、おれはこの現実におまえを連れ戻した。
これはきっと、全て間違っていることなんだ。
「
……
と言えば、キミは満足するのかな」
まるでおれを見透かすように、ゲイトは付け加えた。
間違っている。そうだ。ならおれはどうすればいい?
これが正しいことだったなら、このままでいいんだろう。
でもこれは正しいことじゃない。
なら、これが間違っているなら、おれは。
「
——
エックス。
キミが引き金を引けなくなったって話は、本当だったんだね」
肩に置かれた手が、おれを突き飛ばした。
「ならボクが引いてあげよう。なに、武器は要らないんだよ」
ゲイトはそう言うと、おれを見つめながら後ろに下がっていく。
白衣の裾が再び翻る。裂くような冷たい風が、おれを通り過ぎていく。
手すりが彼を受け止めた。
そして彼は、軽やかにそれを乗り越えた。
「待て、何してる」
もうおれはこの時点でわかっていた。彼が何をしようとしているのか。
ここは屋上で、手すりの向こう側にあるのは、彼に似た夜空だけだ。
おれは手すりを越えて、彼へ駆け寄る。
彼はおれを見ながら、笑った。
そして、まるで少し楽しいことがあったみたいに、小さくジャンプをした。
落下。
彼の体が落ちていく。
それは確かに、誰であっても引ける引き金だった。
ハンターベースくらいの高さなら、おれは問題なく着地できるだろう。だが彼は無理だ。今の彼の体にそんな機能はない。頑丈さだけで見れば、彼は人間と大差ない。
そしておれは
——
おれも、落ちていた。
考えるより先に、体が動いていた。
重力がおれの体を吸い寄せる。時間は無い。
壁を蹴り、どうにか白衣の裾を掴んだ。そのまま思い切り引っ張って、彼の体を腕の中に収める。せめてもの抵抗に、姿勢を整えた。
どうか下に誰もいませんように。何もありませんように。
ぎゅっと祈る数秒。
着陸の衝撃が両脚を襲った。
抱えこんだままの彼は、少なくとも砕け散ってはいない。
恐る恐る顔を覗く。
「
……
フフ
……
ハハハハ!」
おれに抱えられているのを気にもせず、彼は笑い出した。
「おい、ゲイト
……
大丈夫か?」
壊れてしまったのかもしれない。体ではなく、頭が。
心配になりながらゲイトをゆっくりと下ろすと、彼はちゃんと二本の足で直立した。
「いや失礼。キミのどうしようもなさが、愉快でね」
ゲイトは途端に平静を取り戻し、いつものふてぶてしい薄ら笑いを取り戻した。
「ゲイト
……
なんであんなことしたんだよ」
「そんなの、わかるだろう? 意気地無しくんへのボクからのプレゼントさ。
なのにキミはそれを台無しにした。残念だけど、キミの体は思ったより鈍っていなかったようだね」
……
狂っている。
おれが黙って見つめていたら、ゲイトはあのまま潰れて、死んでいただろう。
しかしおれが助けたから、今ゲイトはおれの目の前で笑っている。
ゲイトは改めておれに選ばせた。助けるか、助けないか。
自分の命を使った最悪の二択。彼にとってはどちらに転んでも損は無い、のか。
「頼むからもうするな。もう
……
しないでくれ」
「しないよ。もうキミには意味が無いだろ」
意味が無い。その通りだった。
与えられた二択は、おれにとってはほとんど一択に等しかった。
あれだけ悩んでいたのに、出せる答えはたったの一つだけ。
「なかなか楽しめたよ。たまにはいいね、こういうのも」
ゲイトは他人事のように頷く。
諦めるしかない。退屈が紛れたのなら何よりだ。
『こういうの』が外出を指していることを祈るしかない。
「
……
とりあえず、戻ろうか」
あらぬ方向へ進もうとするゲイトを引いて、おれは裏口へと進んでいく。
もしも、全て間違っているなら。
答えはきっと単純で。
それでも、おれは選べない。
思い出すのは、かつての光景。
折れた金色の突起、ちぎれた白いマント、光を灯さない額。
壊れゆく研究所の床にごろりと落ちた、彼の冷たい体。
もし、あの時に戻れたら。おれはどうしただろう。
そう考えたこともある。
今なら、もう認めざるをえなかった。
もし戻れても、おれはきっと。
——
ああ、全くだ。
なんて、どうしようもない。
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