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井見
2022-08-03 00:49:20
86785文字
Public
ロックマンX・ゼロ二次
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【再録】イフ・オンリー・イフ
ロックマンX6~X8あたりのゲイト元気幻覚短編集フル版です ゲイトが起きたけど起きたは起きたで皆で色々うだうだしています。アクセルやなぜかダイナモも出てきます。
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同じ穴の中で
久しぶりに心が浮き立つのを感じて、ゲイトはほくそ笑んだ。
バスターでもセイバーでもなく、バレットを突きつけられるのはまだ初めての経験だった。直接狙われるというのもまた面映い。あの時の緊張感が鮮烈に呼び起こされるようだ。もうどうしようもない、という諦めも。
目の前の少年が構えるバレットの銃口は、沈黙の間も冷静に額を狙っている。引き金を引かれたが最後、銃弾はレプリロイドの要となる頭脳チップを的確に撃ち抜くだろう。戦闘用でもなければ外部武装もしていないこのシンプルな体では、バレットから放たれる小さなエネルギー弾一つで容易に機能を停止する。
逃げ場は無い。狙いを定め続ける銃口は、椅子から立ち上がることすら許さない。先ほどまで操作していた端末の備え付けられた机も、ゲイトを中心にして大きく囲むようなモニターも、今は逃げ道を塞ぐ障害でしかなかった。
それでもゲイトは平然と、足を組み直してみせる。口角を上げ、目の前の少年を挑発するように首をわずかに横に傾け、下から嘲笑うように睨め付ける。
「はじめまして、アクセルくん。会えて嬉しいよ。
キミがいつか来てくれるのを待っていたんだ。ボクから会いには行けないからね」
ゲイトは銃口をちらりとも気にせず、少年の顔を見据える。少し幼く設計された顔立ちに似つかず、口元はきつく引き締められ、目頭には皺が寄り、とても軽口を受け入れる余裕があるようには見えない。
しかしそれでもアクセルは引き金を引かない
——
そもそも不意を打たなかった
——
ということは、何か目的があるのだろうか。自分を脅したがる連中は昔からいくらでもいたものだ。しかしゲイトはそこまで考えてから、思考の中で首を振る。白昼堂々の脅迫行為などリスクの塊でしかないし、そもそもこんなことをしなくても『命令』すればいいだけの話なのだ。
となればやはり、来訪の理由はたった一つ。
「ボクを処分しに来たんだろう?」
イレギュラーハンター。
そうゲイトがもう一度笑いかけると、アクセルは返答の代わりにバレットを握り締め直した。そして改めてじろりとゲイトを見下ろす。
二つ分の呼吸を挟んでから、アクセルは小さく口を開いた。
「アンタが、ナイトメア事件ってやつを起こしたイレギュラー?」
「そうだね」
「何をした?」
「自分で言ったじゃないか。『ナイトメア事件を起こした』ってさ」
「アンタの口から聞きたいんだ」
「意外と尋問が趣味なのかい?」
額に銃口を押し付けられる。ゲイトは降参のポーズを取りながら、言葉を組み直す。
「怒らないでくれよ。そうだな
……
ボクは偶然手に入れたゼロのDNAから、レプリロイドに有効なウィルスを作成し散布した。そのウィルスでほぼ全てのレプリロイドを操れる計算だった。生きるべきレプリロイドだけが生きる、ボクのための世界ができるはずだったのさ。
残念ながらキミの先輩達のおかげで、結果は失敗に終わったわけだが」
ゲイトは台本を音読するような調子で、すらすらと答えて見せた。今まで同じような問答を耳が錆びるほど繰り返していたので、またこれか、とゲイトは心の中で嘆息した。大方この後に続くのは、「罪を悔いろ」だの「なぜそんなことを」だの使い古された定型文に違いないのだ。
ああ、せっかく面白そうなことが起きたと思ったのに、瞬く間にくだらないものになってしまった。
ゲイトは目をぐるりと回して、アクセルから視線を外す。やるならさっさと終わらさせてほしかった。やらないならここから出て行ってほしい。
しかしその落胆は早計だった。
「本当に、それだけ?」
と、アクセルは言う。
それだけさ、とゲイトは反射的に答えようとしたが、しかし寸前で、アクセルというハンターの来歴が頭をよぎった。レッドアラートという組織から脱走し、イレギュラーハンターに拾われた身元不明のレプリロイド。彼を巡っての一悶着については聞いたことがある。
レッドアラート。ナイトメア事件。アクセル。そして自分。
「ああ、すまない。本当に。すっかり忘れていたよ」
遠い共通点が一つある。
「復活させたね、あのシグマを。このボクが。恥ずかしいことに、形だけの急造品だったが」
アクセルは「思い出せた?」と完璧な笑顔を作り出した。
「じゃあついでにもう一つ。
なんでアンタは生きてるの?」
「
……
さて、なぜだろう。 ボクにとっても、現状は極めて予想外だ。
キミはどう思う? レッドアラートの生き残りくん」
ゲイトが口元に弧を描くと同時に、左の頬を何かが掠め、背後から破砕音が響いた。
鋭い熱さに遅れて、ひりつくような痛みがじわりと広がる。真新しい穴を作られたモニターが、じりじりと断末魔を零し始める。
バレットはわずかに傾けられ、狙いを額から辛うじて外したまま静止している。
この距離で、この姿勢で、撃ち損じるような間抜けはいない。わざと外したのだろう。
「どうした? 目標はここだ」
額を指先で叩く。
「ボクは抵抗しない。牽制も必要ない。こっちは丸腰のレプリロイドなんだからね。遠慮なく撃つといい。何より、キミにはその権利があるだろう? ああしかし
——
一思いにやってくれると嬉しいね」
「嫌だなぁ。そう言われると、余計なところも撃ちたくなってくる」
そう言いつつもアクセルは、ゲイトの言った通り、もう一度、今度こそ額に狙いを定めた。ゲイトは笑った。それでいい。
発砲したばかりのバレットの銃口から、じんわりとした熱を感じる。ゲイトは目を閉じ、その熱が痛みに変わるのを待った。
待ったが、一向にそれは訪れない。目の前では、アクセルが石のように立ち続けているだけだった。
レプリロイドの頭部
——
少なくとも人型であれば
——
動力炉の収められている胸部よりも、この場所の損傷は致命的だ。引き金をたった一つ引くだけで用件が終わるというのに、アクセルはそうしない。
できない理由でもあるのか。それならまずここを訪れないだろう。
ゲイトはそろりと片目を開いて、アクセルを窺う。貼り付けられた笑みはとうに消えているどころか、まぶたはわずかに震えている。
ゲイトは記憶を辿った。似ているのだ。何かに。誰かに。
そして、ゲイトが答えを得るその瞬間のことだった。
「やめておけ、アクセル」
ゲイトのものでもアクセルのものでもない、凛とした声が場に響いた。
鮮烈な赤い体、長い金の髪。否応なく放たれる存在感。それを常に纏った男が、いつの間にか二人の間に当然のように入り込んでいた。
「ゼロ
……
」
アクセルは初めてゲイトから視線を逸らした。彼が一体いつこの部屋に現れ、そしてここまで接近していたのか。目の前の獲物に気を取られていたとはいえ、今の今まで全く気がつかなかったことが空恐ろしく思えた。
ゼロは返事の代わりに、アクセルのバレットを上から押さえつけて照準をずらした。「おまえも無闇やたらに煽るな」とゲイトを睨みつける。
「いやだな
……
勝手に入らないでくれよ。マナーがあるだろう?」
ゲイトは肩をすくめて、ふてぶてしく鼻を鳴らす。
「命よりもマナーが大事か?」
「大事なのはタイミングさ。せっかく会話を楽しんでいたのに、もう台無しだよ」
「ほう。おまえとの楽しい会話とやらには武器が要るのか」
三人の視線がバレットに集まる。アクセルは、抵抗は無駄と考え、バレットから手を離した。それはそのままゼロの手の中に収まった。
邪魔されることは予想できた。だからエックスの出払った時間を狙った。しかしゼロがこうして止めにくるのは、アクセルにとって想定外だった。ゼロはゲイトの処分に対して肯定的な立場だろうと考えていたからだ。ナイトメア事件はゼロのデータを悪用したもの、言うなればゼロは被害者の一人なはずだ。二対一なら勝てると踏んだのに、二対一で負ける側とは。
「ゼロもこいつを庇うんだ」アクセルは吐き捨てる。「意外だな」
「こいつを? 違うなアクセル。
過去に大層なことをやらかしたとはいえ、少なくとも今、ゲイトは即時処分対象から外れている。理由も無しにこいつに危害を加えれば、イレギュラーとみなされるのはおまえだ。知らないわけじゃないだろう」
「じゃあもしゼロが入ってきた時に、すでにボクがこいつを処分した後だったら
……
ゼロはボクを処分するってわけだ」
「
……
そうなるな」
「へえ、イレギュラーを処分したらイレギュラーか。面白いね。昔もそういうことがたまにあったよ。
でもさ、それって変じゃない? 他の処分事例と比べても、こいつの処分は妥当なはずだ。今まで処分されたレプリロイドだって、こいつに比べればまだまだマシだった奴は多いよ。それなのにどうしてこいつだけ特別扱いなのさ?
使えそうなレプリロイドだから?
仲間の同僚だったから?
理由はいろいろあるんだろうけど、そんなのどうでもいいんだよ。こいつがやったことは、そんな理由で無かったことになるってわけ? ボクにはそうは思えない。こいつだけ見逃すだなんて
……
やっぱりおかしいよ」
失ったバレットの代わりに、手を強く握りしめる。一気に捲し立てたからか、呼吸が速くなってきているように思えた。
そんなアクセルを前にしながら、ゼロはふう、とため息をつく。
そして、
「ああ、おかしいよ」
と軽く告げた。気の抜けた答えに、アクセルは目を白黒させる。
「おまえの言う通り、こいつのしでかしたことがチャラになることは決してない。また何かやりかねないってのもそうだ。オレはその可能性を否定できない。
本当なら、こいつは処分するべきだ。危険性のある奴をわざわざ放っておく必要はない。それが『正しい選択』だろうな。
とはいえ
——
直っちまった奴に、もう一度死ねとは言えないくらいには、オレは甘いってことなんだろう。いつか再びこいつを今すぐ止めなくちゃいけないような事態になったら、その時は当然斬り落とすがな」
ゼロはゲイトに視線を寄越す。当の本人はすっかり会話に興味を失っているようで、アクセルに壊されたモニターを撫でていた。そんなことで砕けた液晶は元には戻らないが、それくらいしか暇つぶしが無いと顔に書いてある。
アクセルもまた、ゲイトを見つめていた。その表情はゼロにとって馴染み深いものだった。理解できない、という暗い眼差し。
「恨んでいるのか、ゲイトを」
アクセルの肩が跳ねる。
反論のためか口を大きく開いたが、息だけが漏れた。
他人の言葉で形にされると、それ以外の形が消えていくように思える。
「恨んでいようが憎んでいようが、何でも構わないがな。こいつはそれだけのことをしている。オレにその感情を止める権利は無いさ。
だが恨んでいるから殺す、と言うならそれこそこいつと同類だ。違うか?」
「違う。いや
……
そうじゃなくて。
恨んでる。恨んでるのかな。確かに、恨んでるかもしれない。でも
……
」
恨んでいるというだけなら、扉を開けた瞬間に撃ち殺せばよかった。どうせ邪魔が入ることなんてわかりきっていたのだから、なおさらだ。
それでもあの時、なぜだか躊躇した。わざわざ額に突きつけるパフォーマンスなんていらないはずだった。
撃てばそれで終わりなのに、余計な問答なんて始めて。
「でも
……
でもさ
……
わかんないんだよ!」
アクセルは声を荒らげてから一転、吐息混じりに絞り出すようにして言う。
「なんで。そいつは。
……
生きてるのさ
……
」
納得できる理由が欲しかった。
あれほどのことをして、一人だけ生きている理由が。
「
……
ごめん、頭冷やしてくる」
くそっ、と吐き捨てて、アクセルはくしゃりと歪めた顔を隠すようにしながら、扉の外へ消えていった。
ゼロは廊下に顔を出し、走る彼の影がみるみる小さくなっていくのを見送った。
「帰ってしまったね」
ゼロが扉を閉じたのを見やってから、ゲイトはやれやれといった調子で口を開いた。どっしりと椅子に座り、手先で砕かれたモニターの破片を弄びながら、温度の無い目でゼロを見上げる。
「追いかけないのかい」
アクセルを心配しての発言ではなく、早くおまえも出ていけという意味だろうとゼロは受け取る。
「今は一人にしてやるさ。あいつにも落ち着く時間が欲しいだろ。
そしておまえは、一人にしてやらない」
もう少し居座ることを示すように、ゼロは適当な作業台に腰掛ける。ゲイトが呆れた表情をするのが見えた。いい気味だ、とゼロは思う。大抵一人になりたがるのは、思い詰めている時か、良からぬ企みをしている時だ。
とはいえ、本当は元々ゲイトに用があったのだ。しかしアクセルとの一件があった手前、口にする気分にはならない。長い話をするには、タイミングが悪すぎた。
しばしの沈黙が降りる。
するとゲイトは、空気を全く読んでいないのか
——
むしろ読んでいるのか
——
よりにもよってはっきりと、「用件は?」と問いかける。
ゼロは馬鹿野郎、と呟いた。頭を掻くようにして、珍しく言い淀む。
今のゲイトはすこぶる機嫌が悪いと見えた。あわや処分だったのだから当然だろう。またはその逆か。ともかく、カードを出すのは今ではない、とゼロは結論づける。
「
……
おまえが生きてるか、見にな」これもこれで用の一つだ。嘘ではない。「まさか処分されかかっている瞬間とは思わなかったが」
「もう少し遅く来てくれて構わなかったのに」
「余計な手間が増えるだろ」
「それは彼を処分する手間かい? それとも、またわざわざボクを直してくれる手間かな」
「どちらとも御免被りたいものだ。考えるだけで骨が折れる」
ゼロの返答を小馬鹿にするように、ゲイトは冷笑を浮かべる。まるでそれに合わせるようにして、撃たれた跡が痛々しいモニターがバチリと鳴いた。ゲイトが無遠慮にコードを何本か引き抜くと、今度こそモニターは息を引き取った。
「これをやったのもアクセルだろう? あいつにここまでさせるとは、相当刺激したようだな」
「ボクは聞かれたことに真摯に答えただけなんだけれどね。どうかこのモニターだけは助けてくれ、と命乞いの一つでもしておくべきだったかな」
くすくすと口の中で笑いながら、ゲイトは言った。自分の命がかかっていることだというのに、ゲイトは先ほどから他人事のように語る。
ゼロはちっ、と聞こえるように音を作った。ゲイトの態度はもちろん、その様子にほんの少しだけ理解を示すことができてしまう自分も嫌だった。
一度死んだ気になると、どこか空虚な感覚がつきまとう。
「なあゼロ、どうせ暇なら新しいモニター持ってきてくれよ」
「そのままでいいんじゃないか。モニターなんておまえにとっちゃ、あってもなくても同じだろ」
「何をしているかわからないって文句を言われるんだよ。どうせ説明してもわからないのに」
「上手く説明するための努力をする良い機会だな」
「ボクはもう努力し尽くした」
煩わしそうに言いながら、ゲイトは立ち上がる。そしてモニターの破片が散乱するデスクに片腕を伸ばすと、端から端へ無造作に這わせた。きらめく残骸だけでなく、何かの部品やら、ばらしかけのパーツやもまとめて床に振り落とされていく。さすがのゼロも、おいおい、と口を挟んだ。瞬く間に、来た時よりも酷い状況になっていた。
悲惨な有様になぜか清々しそうな表情のゲイトは、おや、と腰を屈めた。
「これ。彼のものかな」
目線より高く持ち上げ、覗き込むようにして首を傾げる。誰でも扱えそうな小ぶりの銃。まさにゲイトが先ほど突きつけられた、アクセルのバレットだった。グリップを握りこむと、ビープ音が鳴り響く。設定した者以外は使用できないようロックがかかっているようだ。ゲイトは「ふうん」と呟いた。しかしゲイトが次の行動に移るより早く、ゼロはその銃を奪い取った。
「忘れ物は持ち主の元へ、ってな」
ゼロはバレットをくるりと手の中で一回転させた。このままゲイトに触らせていては、何分元の形を保っていられるかわからない。
しかし飛び出していった手前、取りに戻ってくるのは気まずいだろう。届けてやるとするか、とゼロが立ち上がると、ゲイトはつまらなさそうに椅子に吸い込まれていった。
「忘れる方が悪いじゃないか」
「勝手に使おうとする方が悪い」
言い捨てて、ゼロは扉に手をかける。しかし悪態の一つ返ってこない。
ゲイトは机に頬杖をついて、目も口も閉じていた。何も返さないという反抗に、ゼロはたっぷりと息を吐いてから、扉を閉めた。
*
闇雲に歩き進んで、与えられたばかりの小さな私室のドアを乱暴に開く。まだ殺風景な部屋の中で、てきとうに放られた資料がやけに目立って気に障る。片付けていない自分のせいだとはわかっている。
わかっている。そう、わかっているんだ。
「
……
意味の無いことさ」
休眠ポッドまで資料を避けて進むのが面倒で、アクセルはそのまま床に倒れ込んだ。床は硬いが、どうせポッドの中のクッションも床に負けないくらい硬い。
消灯されたままの部屋。灯一つなかったが、それでもアクセルは目を閉じた。その方が、思考がリセットされる気がした。
そして意識を無理やり手放した。何もかも、静かになってほしかった。
きっかけはいつだって些細なものだ。
例えば任務帰りに見上げた空が、腹立つくらい綺麗だった。
真っ赤な空だった。時刻は夕暮れ時。ゼロみたいだな、なんて思ったりもした。赤くて、ちょっと太陽は黄色っぽくて。
妙にその光景が心に残った。報告を終えて、自室でその日を終えようとした時、あの空色を思い浮かべた。
どこかでもあんな空を見たっけ。そうだ。確か隣にゼロがいた。ゼロはぶっきらぼうに、それでも真摯に、話を聞いてくれていた。
それはいつだったかと、ぼんやり思い出そうとして。
——
ああ。気づいてしまうと駄目だった。
つい、日付を確認してしまった。予想通りの結果が胸をざわつかせた。
イレギュラーハンターになってからの時間。
レッドアラートにいた頃の時間。
今日はちょうど、それが等しくなる日だった。
アクセルにとってそれはほんの小さなことのようで、衝撃的な事実だった。初めてアクセルが自分自身を認識した時、彼はすでにレッドアラートの一員だった。かつて彼に過去は無かった。
そして今、彼らと共に過ごした時間が、初めての過去になりつつある。
アクセルは懐かしいという感覚を理解すると共に、見慣れない感情も見つけた。いてもたってもいられない、焦りのような、悔しさのような、どれでもないような、めちゃくちゃなものだった。
ストップ。大きく息を吸って、吐く。
思考を今で埋めようと思った。今のアクセルはイレギュラーハンターなのだ。
勉強のために、今までの事件についての報告書を渡されていた。これから過去の事件に関するイレギュラーが発生する可能性も大いにあるし、手口の類似性などが手がかりになることもある。知っていて損はない。
しかし報告書といっても、エックスが直接記載した、ほとんど日記のようなものだった。形式的な情報だけでなく、実際にその場にいたエックスの所感が隅々に記されている。助けられなかっただとか、もっと上手くやれたはずだという後悔。それでも助けることができたとか、感謝を受け取ったなどの小さな喜び。どれも知らない事件だったこともあってか、アクセルを飽きさせなかった。
最近になってようやく、スペースコロニーが落ちたという大事件まで読み終えていた。正確には阻止したらしいが、甚大な被害に地上は汚染されていたという。想像ができないほど大規模な事件が現実に起きたという実感は乏しいものだったが、エックスの記す文の生々しい悲しみが理解の助けになっていた。
そしてあと少しで、自分の知っている時間に追いつく。気持ちが先走り、目次の欄から大きな事件のページに飛び、めくる。
きっとそれが間違いだった。今見るべきものではなかったのだ。
項目の最初のページには、事件の概要が記されている。日付、場所、被害の内容、事件の簡単なあらまし、そして首謀者。ウィルスもゼロのDNAの利用も驚きに値するものではあったが、アクセルにはそんなことなどどうでもよかった。脳を揺らしたのは二つ、『シグマの復活』と、首謀者欄外に書かれた小さな※印。こんなものは今まで一つも見なかった。
※印の示す内容を探す。それは左下に、小さく書かれていた。
生きている。そして、ここにいる。
その文字から、目が離せなかった。
*
一回、二回、三回。丁寧なノック音にアクセルはゆるゆると目を開いた。
こんな呼び出し方をするのは一人しかいない。アクセルは気怠い体を引きずって最低限の照明をつけると、ゆっくり扉を開いた。
「おはよう。起こして悪いな。アクセルと話がしたくて」
やっぱりね、とアクセルは自分に頷く。エックスだ。外から開ける権限を持っているはずだが、彼はそういうことを不思議と嫌う。
おはようという言葉で、アクセルは時刻を確認した。ちょうど明け方より少し早いくらいだった。時間があれば、エックスは自分が起きるまで待っていたのだろうとアクセルは思った。それをしなかったということは、わざわざ任務の合間を縫って来たのだろう。
「いいよ、そんなこと
……
」
気を使われているな、と感じるのを誤魔化すように、散乱した書類をてきとうにまとめながら、エックスを部屋の中に招く。椅子とかまだないんだ、とアクセルが床に座り込むと、エックスもそれに倣った。
「アクセル
……
」
「ゼロに聞いたの? ごめん、エックス忙しいのにね。でもさっき寝たら結構スッキリしたよ。もうあんなことしないさ、だから
……
」
言葉を連ねるアクセルに、エックスは「アクセル」ともう一度呼びかける。
こっちを向いてくれ。
エックスの静かな、優しい言い回しが、アクセルは苦手だった。自分の何か
——
良心とでも言うべきか
——
が痛むような心地がするのだ。アクセルはおずおずと従った。
「まずは謝らせてくれ。ゲイトのこと
……
説明が遅くなってすまない。謝って済む話じゃないが、おれにはこれしかできない」
エックスが頭を下げようとするのを、アクセルは制す。
「やめてよ。
……
説明されてても、きっとボクは上の空で『フーン』とか言ってたさ。ボクのいない頃の話だしね。多分その時は、全然興味が無かった。
本当に、単純に、虫の居所が悪かっただけなんだ。
……
今日はね」
「今日は
……
アクセルにとって、大事な日だったのか?」
エックスの真剣な眼差しが刺さるのを感じる。アクセルは俯いた。
「今日って日付に意味は無いよ。ただ
……
なんて言うかな
……
」
「
……
アクセルが言いにくいなら、言わなくていいよ」
アクセルは「そう?」と平静を装って笑おうとしたが、思ったよりも笑うことができなかった。口角が重く感じる。後ろ手に倒れてそれを誤魔化したが、エックスは気づいているだろうと思う。寝転んだ姿勢のまま、エックスから顔を逸らすように寝返りを打った。
ふう、とため息を吐く。
「ゲイトはさぁ、全然悪びれてなかったよ」
真っ白い壁を見つめながら、アクセルは呟いた。なんでもいいから話題を変えたかった。これが良い選択なのかはわからなかったが、口は止まってくれない。
「こっちは真面目に聞いてるのに、なんかへらへらしちゃってさ。それどころか、むしろ撃ってみろよって感じだった。
この野郎って思った。思わず指をかけちゃった。でも
……
外した。十センチもない距離なのにさ。外すわけないのにさ。
……
何でだろうね」
「
……
アクセルが、撃ちたくなかったのかも」
「撃ったのはボクなのに?」
「きっとどちらも本当なんだ。撃ちたかったし、撃ちたくなかった。そういう時、弾は必ず逸れてしまう」
エックスのゆったりとした排気音が聞こえる。床はひんやりと冷たくて、体からは力が抜けている。一人しかいなかった眠る前よりも、エックスが隣にいる今の方が、ずっと静かな気がした。
「エックスは、どうしてゲイトを助けたの」
「
……
わからない。何度も聞かれたよ。ゲイト本人にも。何度考えても、今考えても
……
理由がいくらでも思いつくんだ。
ゲイトはエイリアの昔の同僚だったんだ。だから
……
エイリアにゲイトをもう一度会わせてやりたかった。せめてお別れだけでも、って。でもじゃあ、ゲイトがエイリアと何の関係のない奴だったら、おれはどうしただろう。
……
多分おれは、同じようにゲイトを探しに行っていた」
エックスは膝を抱えた。
「もう嫌だったんだ。あの頃コロニーが落ちて、レプリロイドが、人間が、たくさん死んだ。数え切れないくらいに死んでしまった。誰であっても、もう死んでほしくなかった。死んで終わりなんて嫌だった。やり直してほしかった。やり直せるかもしれないと、思いたかった
……
」
アクセルは寝返りをうって、エックスの表情を窺う。初めてエックスに会った時の、彼の暗く重い目つきを思い出した。最近のエックスはあの時よりもずっと穏やかで朗らかに見えるけれど、それでも時折、その目つきをのぞかせる。今もそうだった。
「結局、全部自分のためなんだ。あいつは助けてくれなんて一度も言わなかった。それなのにおれは、あいつが今日も生きているのを見ると、なんだか安心するんだ。
……
おれはひどい奴だよ」
「
……
そうかな。ボクは
……
そうは思わないけど」
ひどい奴なのは自分の方だ、とアクセルは思う。
「エックスは『もしかしたら』って思ったんだ。でもボクはゲイトのことを知って、『もしも』って思っちゃった」
あの結末を辿ったことに、誰より自分自身が納得している。それは揺らがない。
それでも。
もしも、もう少し早く気づけていたら。
もしも、もう少し皆が、自分がちゃんと強かったら。
もしも、「センセイ」なんていなかったら。
しかし同時にわかっている。例えもっと早く気づいていたところで、皆は今更と言って止まらなかっただろう。例えあの時よりちょっと強かったところで、きっとさらなる強さを求めたに違いない。そして例え「センセイ」がいなくても、いずれ似たような存在に引っ掛かったかもしれない。遅かれ早かれレッドアラートはああなるしかなかった。
無数の「もしも」に意味は無い。「もしも」で今は変わらない。
わかっている。
わかっているのに、考えずにはいられない。
頭の中が、無理やり掻き回されていく感覚。
「あいつがシグマなんて復活させなければ
……
シグマの復活がちょっとでも遅くなっていたら
……
何か一つでも、変わっていたんじゃないかって。結果的には同じだとしても、もう少し皆といられたかもしれない。そんな風にさ
……
。
そんなこと考えたって仕方ないって、わかってるのに」
エックスは黙って頷く。
エックスの目を見て話すのはまだ難しかった。なんだか声が震えそうになるからだ。
大きく息を吐いて、今思いついたように口を開く。
「ボク、イレギュラーハンターに入ってからの方が長くなったんだ。あっという間だよね」
「
……
もう、そんなになるか」
「ね。あの頃のエックス、ほんとにおっかなかったなぁ。懐かしいや。
もし
……
何も起きてなかったら。ボクはまだ、あそこにいたのかな」
アクセルは瞬くと、息を止めていた自分に気づいた。もう一度瞬く。
「恨んでるのか、って聞かれたんだ。これって、恨んでるってことなのかな」
「
……
アクセルの気持ちは、アクセルにしかわからない。アクセル自身にも、わからないかもしれない」
でも、とエックスは続ける。
「その言葉が馴染まないのなら、別の言葉があるのかもしれないな」
エックスの緑色の瞳が、薄い闇の中でぼんやりと光っている。その光が、ほのかに自分に向けられている。アクセルは体を起こして、エックスと隣り合って座った。自分のための言葉を、探したくなった。
「
……
どうして、って思ったんだ。どうして。どうして生きてるんだろうって。悪い奴なのに、一生かかっても埋め合わせできないくらい最低なことをしたのに、あいつは生きている。それはエックスが
……
エイリアが
……
みんなが一生懸命あいつを助けたからだ。それはわかってる。でも
……
。
こんなのおかしい、って思った。許せなかった。あいつは助けられたのに
……
全然嬉しそうじゃなくて。むしろ、今死んでも別にどうでもいい、って感じで」
アクセルは深く息を吐く。
「ああ、違う
……
違うんだ。これはあいつに会ってから思ったことか
……
」
今までずっと、無意識のうちに考えないようにしていた。目を背けていた。自分の考えと向き合うのがこんなに難しく、そして怖いことだなんて知らなかった。
エックスはじっと、何も言わずに聞いていた。アクセルが、アクセルの考えを、アクセルの言葉で表すのを待っていた。そうでなければ意味がないからだ。
「そう、許せなかったんだ。
あんなやつでも、みんなが助けたおかげで、いま生きているのが。ボクは、許せなかった。だって、だってボクは
……
」
ボクは、と続けて、アクセルは言葉を飲み込む。
ようやくわかった。この苛立ちの正体が。
恨んでいるという言葉も、憎んでいるという言葉も、近いようで遠い。
「
——
羨ましかったんだ」
アクセルは両腕の中に顔を伏せた。
吐き出した息の中で、そうか、と零す。
思い出すのは、やっぱりあの事件。
あの時伸ばした手は、何も掴めなかった。
炎の闇の中に沈んでいくのを、見送ることしかできなかった。
その情景が、フラッシュバックする。
「
……
ボクは助けられなかった。
ボクも、助けたかったんだ。
それが
……
正しいことじゃなかったかもしれなくても」
アクセルにとって、ゲイトは遠い仇である以上に
——
あの時おまえは助けることができたはずだ、という証明のように見えたのだ。
彼自身が拒んだのだとしても、無理やりにでも飛び出して、体を掴んで。できることはあったんじゃないのか。そんなどうしようもない後悔を突きつけてくるような。
「仕方ないことなんだって。これで良かったんだって。これが正しいことなんだって。思ってきたけど。
やっぱり
……
助けたかったな」
納得していたはずの、すでに塞がれて久しいはずの傷を、ゲイトの存在は抉った。
「ふふ
……
ひどい八つ当たりだね
……
」
情けなさすぎて笑えてくる。
ゼロが自分を止めた理由もわかった。引き金を引きたいのかすら定かでない不明瞭な衝動を、ただぶつけただけだった。そこに覚悟はどこにも無かった。ハンターとして明らかに失格だ。ハンターによる処分ではないのなら、それはイレギュラーによる殺害でしかない。
エックスは、そうだな、とアクセルの発言を認める。
「ゼロがアクセルを止めてくれてよかった。きっとアクセルは
……
後悔しただろうから。逃げるように撃つのは辛いだけだ。お互いに」
そしてエックスはアクセルに微笑みかけた。
「ひとりでいると、わからなくなることばかりだ。でも、今はひとりじゃない」
「うん。そうだね
……
そうだった」
確かめるように繰り返し、手を組んで体を思いっきり伸ばした。重く纏わりつくような感情が、ほどけていくのを感じる。
「あと、これ。ゼロから預かってきたんだ」
エックスは体の影から何かを取り出し、アクセルに手渡した。
「
……
忘れ物だ」
それはアクセルの大切なバレット。ハンターである証。
アクセルはバレットを受け取ると、グリップを握り込んだ。
ひどく懐かしい感覚。それはきっと、かつて同じやりとりをしたからだった。
そしてあの時と違うのは、エックスの柔らかな表情だ。あの時のエックスは、自分を疑ってもいたし、遠ざけようともしていた。
今、エックスは自分を信じてくれている。そして託してくれる。
あれから
——
自分にとって、長い時間が経ったのだ。
アクセルは、エックスの目を真っ直ぐに見つめた。
もう、声は震えない。目を逸らす必要も無い。
「ありがとう、エックス。それにゼロもね」
ようやく、もう一度立ち上がれる。
*
扉を
——
今回はノックする。とはいえ返事を待たない。扉の側のパネルを開く。解錠の仕方はもう覚えていたし、あれから方法は変わっていなかった。不用心だな、とアクセルは他人事のように思う。
部屋の中は、昨夜から時が止まっているかのようだった。というかさらに酷くなっている。割れた破片が床に散乱し、足の踏み場が無い。そして床を犠牲に綺麗になったらしき机に、ゲイトは頬杖を突きながら目を伏せている。
「生きてる?」
アクセルは怪訝な表情でゲイトの顔を覗き込んだ。
昨日は殺しにきたのに、今日は生存を確認している。なんだか変な感じだ、とアクセルは首を捻る。
ゲイトはぱちりと目を開いた。
「生きてるよ、おかげさまで。
御用は何かな。二度目の挑戦かい? 今日は邪魔が入らないと思うよ」
ゲイトの言う通り、今日はエックスもゼロも不在だ。
「同じ手は二度も使わないよ。それに今日はそっちじゃないんだ。
はいこれ。プレゼント」
アクセルは腕に抱えていたものをゲイトの目の前に置いた。新しいモニターだ。昨日のやりとりで壊してしまった分の代わりだった。モニターに罪は無いのだ。
「これはこれは。わざわざどうも」
ゲイトは興味無さげに手を振る。さっさと帰れのジェスチャーに対し、アクセルはずいと身を乗り出して、ゲイトに顔を近づけた。
そしてアクセルはくすりと笑う。
「ゴメンね。昨日のアレは最悪だった。謝るよ」
「
……
撃ち損じたことを、かな?」
「撃とうとしたことを、だよ。あんなの私情だらけの最低な行為さ。
だから安心していいよ。もうあんな風に手を出したりはしないから」
ゲイトは表情を変えない。予想通りの反応にアクセルはほくそ笑む。ゲイトにとっては落胆こそすれ喜ばしいことではないのだろう。
そんな顔しないでよ、と見下ろしながら、アクセルはゲイトの背後に回った。
そしてゲイトの耳元で、後ろから隠し事のように告げる。
「知ってるんだろうけど。ボクも、本当は罪の無いレプリロイドを殺してしまったことがある」
罪の無いレプリロイドだったと知ったのは、殺した後だった。嘘を教えられていたのだ。
自分を取り巻く小さな世界はもう変わってしまったのだという、冷たい感覚は忘れられない。
「ま、アンタと同じにはされたくないけどね。でもやっちゃったことは変わらない。罪は罪だ。
だからボクは
……
そのためにも、ここにいる。
それはアンタも、なのかな?」
アクセルにとってイレギュラーハンターは憧れでもあり、罪滅ぼしの一つでもある。
エックスから渡されたバレットの重み。エックスはきっとゲイトにも、同じものを託している。
しかしゲイトは、アクセルの言葉を鼻で笑った。
「ボクはキミとは違う。好きでここに来たんじゃない、連れて来られたんだ。ボクの意志に関わらずね」
「なら、抜け出せばよかったじゃない。チャンスはいくらでもあったよね」
「抜け出す? ここから? 正気じゃないね。すぐに引き戻されるのがオチさ」
「本当にそう思う? 心の底から嫌だったなら、アンタはもうここにはいなかったと思うよ。だって
……
昔は、そうだったよね?」
過去を指摘してやれば、ゲイトは押し黙った。アクセルは言葉を重ねる。
「ねえ、怖いんでしょ。
わかるよ。もし同じことをしてしまったらって思うと
……
怖いよね。
だからアンタはここから出られないし
——
ボクに処分されるなら、それはそれでいいや、って顔をするんだ」
「
……
泣かせる話だね。キミの繊細さをボクに押し付けられても困るよ」
しかしアクセルは得意げな表情を崩さなかった。確信があったからだ。
落ち着いてから、アクセルはずっと考えていた。来訪した時の態度や言葉、彼の経歴にここに来るまでの顛末。
自分のことがわかると、他人のこともわかるようになるらしい。
「だって、嬉しかっただろ?
ボクが来た時、アンタは笑ってた」
一拍分の間が空く。
するとゲイトはまるで驚いたように目をわずかに見開きながら、口角を吊り上げて、
「
……
へえ」
それだけ言った。
その笑顔だ、とアクセルは思う。初めて会った時も、その顔をしていた。
それはほんの少しだけ、レッドアラートの彼らに似ているのだ。日々のイレギュラー狩りでも、たまに見かける。
銃口を突きつければ震え上がる者がいるように、どこか怒りながら、どこか嬉しそうに、どこか諦めたように、笑う者がいる。
その笑顔。エックスがいちばん苦しそうになるのも、その笑顔を前にした時だ。
彼らが何をしてほしいのか、アクセルは知っている。
アクセルは覆いかぶさるようにして、ゲイトの頭上から声を発した。
「大丈夫だよ。
また悪い奴になったら
……
ボクがすぐに処分してあげるから」
それがハンターとしての役目。
「だから
——
安心していいよ」
ゲイト。
初めてこの名を口にする。
名を呼ばれた男は、囁きで答えた。
「期待しているよ、アクセル」
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