井見
2022-08-03 00:49:20
86785文字
Public ロックマンX・ゼロ二次
 

【再録】イフ・オンリー・イフ

ロックマンX6~X8あたりのゲイト元気幻覚短編集フル版です ゲイトが起きたけど起きたは起きたで皆で色々うだうだしています。アクセルやなぜかダイナモも出てきます。


 何も考えたくない。
 それが、最初に考えたことだった。
 意識は無慈悲に覚醒へと向かう。段々と、自分の状況がわかってきてしまう。
 目も口も開きたくない。耳もできれば塞ぎたい。だがそれよりも、手を動かしたくない。何か動作をするということが、現状を認める降伏のように思えた。
「ねえ……起きたんでしょう?」
 聞いたことのある声が降ってくる。誰だかなんて見なくてもわかった。
 ボクは、聞かなかったふりをする。
「そんなことで誤魔化せるわけないって、わかってるくせに……
 呆れたように、彼女はボクの名前を呼んだ。
 抵抗は無駄か。ここで我慢比べをしていても、時間の浪費にしかならないだろう。
 ボクは観念して、目を開いた。そして覗き込んでくる視線を避けるように、ボクを測定する計器を見つめる。それはレプリロイドが活動状態にあることを示している。
「もう。……『再起動を確認』……っと。
 体の調子はどう? というか、起動した直後のこと、覚えてる?」
 沈黙。
 覚えているが、思い出したくはない。
 彼女はわかっているのかいないのか、説明を始めた。
「あの後、あなたは……何て言えばいいかしらね……ちょっとしたパニックになって、危ないから意識を落としたの。……大丈夫よ、それ以外、何もしていないわ」
 彼女は、まるで安心させるみたいに、くすりと笑った。
 あれから初めて目覚めた先程に比べれば、精神状態はむしろ異常なほどなだらかだ。何かしらの回路を絶たれている可能性もあるが、そこは「何もしていない」という彼女の言葉を信じるしかない。
 何より、先程と違うのは、目の前に彼女がいることだ。
 レプリロイドに老化現象はない。外見の単純な劣化はあっても、それは設定年齢の域を出ない。
 だから目の前の彼女は、かつてと全く同じで、それなのに少し違って見える。
 通信越しで見た姿。白衣は役目を終えて、髪を模した束は後ろに纏めて括られている。その格好のキミが、すぐ側で熱を持っている。
 そんな現実の不連続が、ボクからリアリティを奪う。
……キミが、目の前に座ってるだなんて。
 夢でも見てるみたいだな」
 夢は夢でも、当然、悪い夢だ。
 だからきっと、ボクはひどく落ち着いている。
「レプリロイドは夢を見ないわ……でしょう?」
 彼女はまた微笑む。
「直接会うのは久しぶりね。どう? 私、オペレーターになったし、あの時から少しイメージチェンジしてみたの。これもこれで、なかなか悪くないわよね」
 彼女は髪に触れながら、ボクの反応を窺っていた。ボクは横になったままで、彼女は椅子に座って、ボクを見下ろしている。その高さのずれはなんとなく居心地が悪くて、ボクは体を起こした。
 すると目線が合う。彼女は、「ね?」と付け加えて、返答を要求してくる。ボクはどうにか、
「悪くないよ」
 と返した。彼女は満足したようで、再びにっこりと笑った。
 それから、ボクは続く言葉を持たなかった。最後に彼女と面と向かって話したのはいつだったか。思い出せない。それくらい前のことだ。今更何を話せばいい?
 彼女は微笑みを保ったまま、何も言わなかった。何かをじっと待っているようだった。ボクを待っているのだとわかったのは、きっかり百秒が経ったころだ。
……エイリア」
 名前を呼ぶ。
 彼女は、ええ、とだけ答える。
 ボクは自分の頬に触れた。頬を覆っていたガードは無くなっていた。何より、腕にも足にも紫色が見える。別の体に移されたわけではないことは、体の馴染み具合でわかる。
 確かめる必要が無いほど、ボクは完全に元通りだった。
「なぜだい?」
 それ以上の言葉は、ボクたちには要らなかった。
 こんなことができるのは、キミしかいないのだから。
 彼女は、そうね、と言う。
「私、あなたに勝ちたかったの。
 あなたの体を直すことは、あなたにはできないことだし。
 これで少しは、見栄を張れるかしらね」
…………冗談はやめてくれ」
「冗談なんかじゃないわ。
 私は一度だってあなたに勝ったなんて思ったことはなかった。
 一度くらいは、あなたに……本当の意味で、さすがだね、なんて言わせたかった。
 でも、それには……あなたに起きてもらわないといけないでしょう?
 だから、私はあなたを直した。
 たったそれだけの、単純な理由よ」
……はは。何だい、それ」
 ボクは面食らう。
「キミは……キミはイレギュラーハンターじゃないか。その一員。オペレーター。なら、キミは……
「おかしい? そうね。
 あなたは処分されるわ。本来ならね。でも、何事も『イレギュラー』ってあるのよ。
 こんなこと言いたくはないけれど……あなたには利用価値があるわ。人格と記憶を弄るのももったいないくらいの、その技術力。あなたを破壊するより、あなたを使った方が、ずっと利益がある……なんて考えに、あなたは従うことができる。
 一方でね。あなたはやっぱり、処分されるべき。そういう考えだってもちろんあるわ。きっとあなたが処分された後、あなたの溜め込んだデータは然るべき用途に流用されていくでしょうね。あなたはそれを受け入れることもできる」
 要領を得ない、と思った。ボクの知っている彼女なら、もっと簡潔にきっぱりと、端的な言葉にしてみせたはずだ。
 代わりにボクが、言うはめになる。
……つまり、選べと?」
 生かされるか、殺されるか。
 彼女ははじめて笑顔を解いた。ボクから視線を外して、一秒を経てから、「ええ」と答えた。
「それがあなたに与えられた措置。温情と見るか、罰と見るかは……あなた次第ね」
「ならキミは……やっぱり、ボクを壊すために、ボクを直したんだ」
「あなたがそれを選ぶなら、そうなるわ」
 曖昧な答えだ。
 やはり彼女らしくない、と思ってから、そうでもないかもな、と思い直した。新しい方の記憶では、こんなやりとりもあった気がする。それもずいぶん前の出来事だったけれど。
 どこかぼんやりと記憶を探っていると、一方で彼女は見覚えのある顔‪‪——‬‬思い詰めたような表情で口火を切った。‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬
……誤魔化してごめんなさい。わかってるの。全部私のわがままなの。あなたを直したことも、あなたに選ばせることも。
 でも……でも、どうしても、って思っちゃった。だから……ええ。やっぱり、ごめんなさい。
 ……それと、起きてくれてありがとう」
 どちらの言葉もぴんとこなかった。
 彼女に対して怒っているわけではないし、喜ばしいわけでもない。
 感情が揺れない。
 どうしてあのまま死なせておいてくれなかった。そう思う。思うとも。
 だけど、目の前の彼女にそれをぶつける気にはなれなかった。
 やりたいからやった。そんな単純なことだと言われてしまえば、頷かざるを得ない。
 しかし、
「エイリア。……キミは変わったね」
 そんな思いつきを否定するのがキミだと思っていた。
「変わるわ。いろいろあったもの。ゲイト、むしろあなたが、変わらなさすぎるくらい」
……言う相手を、考えた方がいいね」
 ボクの思考はまだ鈍い。
 それは機能に損傷があるのか、あるいはいまだに夢の中にいるのか。
 だからなのかもしれない。
「もしキミがいなかったら、って考えたことがあるよ」
 ほとんど無意識に、ボクはそんなことを口走っていた。
「多分、今のボクの状況以外は、きっと全部同じだった」
 彼女の言う通り、変わったものの方が多いくらいだが、彼女の青い目は変わらない。
 それが、ボクを安心させる。
……そんなことないわ」
 彼女の思考は読めない。人の考えていることなんて、わかったためしがない。

 迫られた選択に、じゃあ、と今すぐ口を開いてみたら、彼女はどんな顔をするだろう。
 それもわからない。

 ボクは、「考える時間をくれないかな」と言っていた。
「一人にしてほしい。形だけで構わないから」
……わかった。少ししたら、また来るから」
 彼女は立ち上がって、遠ざかっていく。
 ドアを開いて、一度だけその青い目をこちらに向けると、ボクは一人きりになる。

 この現実に何の意味があるだろう。
 考える時間なんて無くても、本当は、答えなんてとうに決まっている。

 だけど、ボクの口は告げるのを拒んでいた。
 これは敬意だ。一から直す、なんて馬鹿げた手順を選んだキミへの。

 だから。

 だから、決断はもう少しだけ後でいい。
 もう少しだけ、あとで。


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