camellia57
2024-09-02 06:47:23
38497文字
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君の横顔に恋してる

アリスに一目惚れした青火村くんの話。


 ずっと一緒、その言葉通りに二年目も三年目も一緒にクリスマスを過ごした。一度うっかりバレンタインのチョコの用意を忘れてしまって、わかりやすく落ち込むから、悪いとは思いながらも笑ってしまった。

 在学中に作家デビューとはならず、就職活動と並行しながら投稿するのは大変で、働きながら書き続けるのは口で言うほど簡単ではないことを嫌でも実感した。就職先が決まらなかったらどうしようかと不安になることもあったが無事に内定が出て、一番最初に報告をすると短い言葉で火村が祝ってくれた。火村は卒論に院試と、口には出さないけれど忙しそうで、火村なら大丈夫だろうと思いつつも邪魔をしたくなくて会う回数は少しだけ減らした。お互いが夢の入り口に立つ日を信じて、今はただ書き続けるだけだ。

 ◇◆◇

 入学式以来に入る講堂で学部ごとに卒業式は行われる。ゼミにも入らなかった自分には同じ学部に特に親しい相手もおらず――天農がいれば違ったのだが――ぼうっとしながら式典に参加しながら早く終わらないだろうかなんて思っていた。
「卒業式のあと、あの階段教室で待ってる」
 最後だからと出町柳の駅から一緒に登校して、講堂前で別れるときにそう耳打ちされたのだからそれも仕方ない。

 華やかな袴を着て花束を持って写真を撮り合う集団を通り抜けて、人の気配のない校舎に入る。もうここで講義を受けることもないのだと思うとセンチメンタルな気分になる。勤勉な生徒ではなかったがそれでも四年間の学び舎に思い出は残っているようだ。
 後ろの入り口から階段教室を覗くと、すでに火村は来ていた。声を掛けるとこちらを振り向いて手招きしてくる。
 あの日と同じ席。違うのは原稿用紙ではなくて卒業証書を手にしていること。
「卒業おめでとう」
「おう、ありがとう。無事にできてよかったわ。君もおめでとう」
「俺は明日だから。だから……明日でもよかったんだけど、今日渡したくて」
「渡す?」
 祝いの花だろうか? それにしてはなにも手にしていないように見えるのだが。
「アリス、手、出して。左手」
 言われた通りに差し出すと、コートのポケットから小さな箱を取り出す。軽く深呼吸をして、真っ直ぐな強い瞳でじっと見つめてくる。
「あの日ここで横顔を見たときから今も、アリスのことが好きだ。この先もずっと……、ずっと一緒にいて欲しい。二人で歩く道の先で、いつか……俺と結婚してください」
 少し震える手でそっと薬指に嵌められたホワイトゴールドのシンプルな細い指輪。
 表面の仕上げが均一ではなくて、形も少しだけいびつに見える。
「もしかして……これ、手作りなん?」
「わかっちまったか。給料三ヶ月分じゃなくて、三ヶ月の書籍代相当だけど、受け取ってくれる?」
……もう、俺の答え聞く前に嵌めてしもてるやん。返せって言われても返さんよ」
 その返事を聞いてほっとしたように息を吐き出す火村。
「正直、卒論発表より緊張した」
「それは大袈裟やろ」
「大袈裟じゃねぇよ。受け取ってもらえる保証はないだろ。アリスに「こんなん重いわ」とか言われて突き返される想像もしてたし」
 火村が指輪を嵌めた指を愛おしそうに撫でる。
「いつも身に着けて欲しいとは言わない。着けてることでの煩わしさもあるだろうから。ただ、さっき伝えた気持ちは変わることはないから、それは忘れないで欲しい」
……やっと、君が言ってくれたな。俺を『好き』って」
「あぁ、俺が気づかなくて遅くなったけど、アリスが好きだよ」
「もっかい、言って」
 その言葉をずっと、待っていた。同じ言葉を返してくれるのを待っていた。
「俺はアリスが好きだよ、今日も明日も、その先も。ずっと変わらずにアリスのことが好きだよ」
「うん……
 火村の分まで言う、そうやって告白して、見習いの仮免から始まった二人の関係。
「なぁ、もう仮免じゃないよな。もっと前に取れてたかもしれないけど」
「うん……
 さっきから視界がぼやけて、火村の顔がよく見えない。
「アリスは案外よく泣くよな」
……君のせいやろ」
 君が感情を揺さぶるから。高ぶりを抑えられなくて、それが溢れてしまう。
「嬉しいときは笑ってくれよ。隣でさ」
「その言葉はそのまま君に返すわ」

 いつもの道を並んで歩きながらもしもの話を火村と交わす。
「あの時、俺が小説を書き始めなかったら、君は隣に座ってなくて、出会うこともなかったんかな?」
「どうだろうな。あの日の階段教室じゃなくても図書館や他の講義でアリスのことを見つけたんじゃないかな。どうやって話しかけたらいいのか悩んだ俺がいたかもしれない」
「書きかけの小説を覗き込んだやつがよく言うわ。じゃあ、同じ歳じゃなかったら?」
「同じ大学だとしたら多少の年の差があってもどこかですれ違ってただろうな。もっと差があっても……アリスのことを見つけたよ」
「君が先生で俺が生徒やったらそんなうまくいかん気ぃするな」
「そのときは卒業まで待つ。どんな出会い方でもどんな関係でも、アリスを好きになるだろうし、好きになってもらえるようにどの俺も努力すると思う。アリスが年上だったら手強そうだけど」
「そうやなぁ……。そのときはどうなるんやろうな」
「アリスが絆されてくれるようにがんばるかな」
「ふふ、なんや、結局どんな形でも同じところにたどり着いてしまうんやな」
「そういうことだな」
「でも……、俺を見つけてくれて、好きになってくれて、ほんまにありがとう」
 幸せそうに笑って「俺もだよ」と答えてくれる。
 
 この先、壁にぶつかることもあるだろう。でも二人なら大丈夫だと信じられる。
 この手を離さずにいられたならきっと。