camellia57
2024-09-02 06:47:23
38497文字
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君の横顔に恋してる

アリスに一目惚れした青火村くんの話。


火村と仮免の恋人の関係になって、変化があったかと言えば特になにも無いというのが正直なところだ。物理的に二人の距離が近くなるわけでも愛の言葉を囁き合うこともない。
 それでもなにか変化を感じ取れるものがあるのか下宿の先輩からは「火村を宜しく」と言われた。火村に報告すると「俺は「よかったな」って言われた。多分婆ちゃんもなにも言ってはこないけど気がついてると思う」と返ってきて「そんなに俺らわかりやすいんか?」と二人で頭を抱えてしまった。
 仮免と言えどお付き合いがはじまって、最初の頃は部屋に二人きりになるのは少しだけ緊張した。交際経験なんてほぼないようなものだからどうしたらいいのか測りかねたのだ。今までなら向かい合って座っていたのに少し隙間の空いた二つ横並びの座布団がなんだか気恥ずかしくて火村の顔が見れなくて。俯いて黙っていたらそっと右手に火村の左手が触れて、ゆっくりと労わるように指を撫でられた。ちらりと見やると火村が優しい目をしていて、余計になにも言えなくなってしまった。そんな顔、見たことなかったから。

 たまに手を繋ぐだけでそれ以上は進展のないままクリスマスがやってきた。

「下宿でパーティーとかプレゼント交換とかするん?」
「ケーキは夕食に出るけどそれくらいかな? 大学も冬休みに入ってるし、帰省とか旅行とかでいない人も多いし」
「ふーん。君はどうするんや?」
「恋人と過ごす予定だけど」
「初耳やな」
「これから誘うからな。で、アリスのクリスマスの予定は?」
「今決まったわ」
 悪戯っぽく笑えば火村も目尻に皺を作って微笑む。
「七面鳥は無理でもちょっとパーティーっぽい夕食にしたいな。ピザは買ってもええけどクリームコロッケとか作るの難しいんかな?」
「料理本を見ながらやればいけそうだけど、どこか食べに行くんじゃなくていいのか?」
「やって、その店の中の人ら、みんな同じコース食べてるんやろ? クリスマス限定の。それを否定するわけやないし、それはそれで美味しいんやろうけど俺は火村と作ったご飯が食べたい。まあ、君にほとんど任せることになりそうやけど……
「アリスらしい考え方でいいな。作り方確認してメモしたら買い物に行くか」

 これからパーティーをするであろう人たちでごった返している大型スーパーで必要なものをメモ通りに火村が手にしているカゴに入れていく。この時期にしか並ばない豪華なオードブルが気になって立ち止まっていると火村の姿が見えなくなっていた。
「あれ……?」
 周りをきょろきょろと見回しても見当たらない。まさかこの歳で迷子になったわけではあるまいな? 館内放送を入れることだけはやめてくれと思っているとぐいっと腕を引かれた。ひっ、と叫びそうになったがその相手は今まさに探していた相手の火村だった。
……
 無言の圧が怖い。
「あ、す、すまん、並んでた惣菜が美味しそうでな、つい」
 黙ったまま手を繋いできて――指まで絡めて――レジに向かおうとする火村に慌ててしまう。誰かに見られたらどうするのだ。下宿の人たちのように理解のある人ばかりではないのに。
「これだけたくさんいたら誰も気にしない。それにまたはぐれられたら困る」

 スーパーを出てからも――買い物袋は二人で分けて――手を繋いで下宿までの道を歩いた。空気は冷たいけれど、紅葉も散って枝だけになった木々から降り注ぐ木漏れ日が暖かい。はじめて下宿に行ったときも手を繋いでいたことを思い出す。もしかして火村は手を繋ぐのが好きなんだろうか? 聞いたところで正直な答えは返ってこないだろうけど。

 一から作ったクリームコロッケは絶品だった。ホワイトソースの段階で「これは絶対うまいやつ!」を連呼していたら「早すぎだろ」と笑われた。揚げるときに数個破裂してしまったけれど婆ちゃんの助けもあってきつね色の美味しそうなクリームコロッケが完成した。火村がこのまま食べたら口の中を火傷してとんでもないことになるだろう。
 クリームシチューにコロッケ、サラダにケーキをいつもの食卓ではなくて火村の部屋に持っていって軽く乾杯をする。
 ほんのりと顔を赤くした火村が「欲しいものはないのか?」と聞いてくる。
「急に言われても思いつかんな」
「高価なものは難しいかもしれないけどさ、はじめてのクリスマスだろ。なにかないのか?」
「せやなぁ……。強いて言うなら、来年もこうやって過ごせたらええな」
 ぽつりと零すと「馬鹿」と小突かれた。
「馬鹿って言うな」
「馬鹿だろ。来年もってなんだよ。そんなの当たり前だろ。俺が言ってるずっと一緒にいたいって言葉信じてないのか? ずっとって言ったらずっとだよ。来年、再来年って話じゃない。卒業してからも、なんて長さじゃない。そんなのずっとのうちに入らない。二人とも『先生』って呼ばれるようになって、おっさんになって、じいさんになったってずっとだ。その先って一緒にいるんだよ。俺はその気持ちでずっとって言ってるんだ」
 火村の目元が赤くなっているのはアルコールのせいだけではないかもしれない。
「わかったか、バカアリス。そんなの、もう手に入ってるんだよ」
……バカって、言うな……
瞬きすると涙が溢れた。それを火村が親指で拭う。
 後頭部に手が回されて優しく頭を撫でてくる。それが心地よくて目を閉じるとキャメルの匂いが強くなった。壊れものでも扱うかのようにそっと火村が腕を回して抱き締めてくるから、こちらも背中に両手を回す。心臓の音は落ち着くと聞いたことがあるけれどあれは嘘ではないだろうか? ひどく動悸がするのだが?

 火村が気付かせた好きの花がまた開く。
 火村の種も早く咲いてくれたらいいのに。

 クリスマス以来、そっと髪に触れてくることが増えた。
 手を繋いで、たまに抱き締めて。男同士で付き合うことのスタンダードがわからないからこれが普通なのかを比較しようもないけれど、女性の身体とは違うわけだし、これ以上のことは現実的に難しいのだろうと思っていた。

 ◇◆◇

 三回生になってすぐの火村の誕生日。下宿の部屋で帰ってくるのを待って、
「ふふん、プレゼントは俺や! 誕生日ボーイの火村のお願いなんでも聞いたる!」
 両手を広げて火村を迎えた。のだが、戸を開けたまま一時停止したかのように動かなくなってしまった。
……火村?」
 顔の前で片手を振っても反応がない。力の抜けた手からカバンが畳の上に落ちる音がする。
「なあ、火村? どうしたん?」
 何度か呼びかけてやっと目が合った。額に手を当てながら尋ねてくる。
「アリス、本気で言ってるのか?」
「本気やで? なにして欲しい?」
「確認したいんだが、これは、誰かになにかを言われたのか?」
「相談したわけやないけどプレゼントどうしようか考えてたら天農に「火村が一番喜ぶのは有栖川だろ」って言われてな。……違った? やっぱり君の欲しい専門書とか猫グッズの方がよかった?」
「いや、そうじゃないんだが……
 後ろ手で戸を閉めて「本当になんでもいいのか?」と確認してくる火村に頷くと身体がふわりと浮き上がっていた。火村に身体ごと持ち上げられていると気づいて思わず足をじたばたしそうになる。
 襖の向こうの布団の上に下ろされて、何事か尋ねる前に火村が上から伸し掛かってきて、この状況がどういうことか理解が追いつかない。
「ひ、ひむ、ら……?」
「なんでもいいんだろ?」
「そ、そうやけど、こ、これは、なに、する気なん……?」
「アリスを抱く」
「だ、だく!? 抱くって、む、無理やろ」
 押し倒されている状況でなかったらもう少し健全な方の、本来の『抱く』だと思えたが、さすがにそうではない方の「抱く」を実践しようとしていることはわかる。
「無理ってなんで?」
「や、やって俺、女の子やないで!?」
「わかってるよ」
「男同士で、そんなんするの無理やろ!?」
 シャツのボタンに手を掛けていた火村の動きが止まる。
「え?」
「無理や、ないん……?」
「無理では、ない。もしかしてアリス、知らないのか?」
 逆に聞きたいがどうして火村は知っているのだ?
「ど、どうやって……?」
 受け入れる場所がないではないか?
 そう疑問に思っていると火村の指がそこをなぞり、悲鳴が出そうになるのを両手で抑えた。何事かと先輩達が部屋にやってきては困る。
「ここ、使うんだよ」
「む、むり! 絶対! むり! そんなん、できるわけない!」
「逆なら?」
 逆? ……逆とはつまり。
「俺が君にってこと? そっちの方がもっと無理や……。それよりなんで、急にこんなことするん……。今までそんな気配なかったやん」
 まだこの状況に心がついていかなくて、泣き出したい気持ちを抑えて問う。
「隣に座るだけで緊張して、触れるとびくつく相手にそれ以上のことできないだろ。でもあんなこと言うから。……暴走して、ごめん」
 半身を起こした火村に抱き寄せられて、膝の上に座り込む体勢になる。いつもと逆で火村が見上げてくるのが少し新鮮だ。
「アリスが嫌ならしないよ」
 落ち着かせるように背中をぽんぽんと優しく撫でてくる。心音よりもよほど落ち着く。
「嫌、ちゅうか、考えたこともなかっただけで。君にそんな欲があると思ってなかったし……
「俺も自分で驚いた」
「仮免の恋人同士にはまだ早いんとちゃうかな。仮免が取れて、お互いに夢の入り口に立ったときまで、待って欲しい。び、びっくりはしたけど、想像つかんけど、君とそういうことをするのは、多分、嫌では、ないと、思う……
 男同士で子どもができる身体ではないけれど、何かあったときに責任も取れない学生の間にするのは早いのではないかという気持ちもある。
 火村の手が頬に触れ、指先の冷たさに身体を震わせると「悪い」と言われた。
「びっくりしたわけやない。君に触られるのは、嫌やないから」
「うん。……アリスと付き合い始めて、男同士のやり方調べて、アリスとなら問題ないなって思ったんだよ。アリスに受け入れて欲しいとも」
「う、うん……
「アリスが嫌じゃないならよかった。……ところでさ、どこまでは想像してたんだ?」
「どこまで?」
「恋人同士の行為について」
 意地の悪い顔をする火村。こいつは……
「それは、その、さ、触ったりとかは……。いや、そ、そんなん、知らんわ! アホ! 変態!」
 焦る姿を見てくくっと楽しそうに笑う。
「プレゼントの権利まだ有効だろ? お願い聞いてくれないのか?」
 今のがお願いだとでも?
「なにしたいんや……
「キス、したい」
 真剣な目をした火村にそっと唇を指で撫でられて言葉を失った。
「だめか?」
 答える代わりに目を閉じると、後頭部に手が回されて、火村の顔が近づく気配がした。
 キャメルの香りが一際強くなった瞬間、そっと唇に少しかさついた温かいものが触れてすぐに離れた。お互いの唇を軽く合わせるだけのキスだった。
 それだけのことでこんな気持ちになるなんて。
「泣くなよ」
「君もやろ」
 二度目のキスは少ししょっぱい涙の味がした。