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camellia57
2024-09-02 06:47:23
38497文字
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君の横顔に恋してる
アリスに一目惚れした青火村くんの話。
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火村君と何故か手を握り合って、次にどんな顔をして会えばいいのかと悩んだのはこちらだけだったようで彼には特に目立った変化もなく、同じ曜日に同じ場所で会ってはなんでもないことを話した。
「有栖川君は生まれも育ちも大阪の生粋の大阪の人なんだろ? お得な話があるよ」
「大阪人のみんながみんな、お得情報に興味があるわけやないで? まあ一応聞くけど、一応な。聞かなわからんからな」
わざとらしく咳払いをして「実はね」と続きを喋り出す。
「英都で学生結婚をするとなんと
……
」
「なんと?」
「授業料が半額になるんだ」
「えっ!? ほんまに!?」
授業料は両親に出してもらっているけれど安い金額でないことはわかっている。それが半額に!? どれだけ本が買えるだろうかと脳内で欲しい本リストをスクロールしてしまう。自分の手元にくるわけでもないし、そもそも学生結婚をする相手だっていないけど。
予想通りのリアクションをしてしまったのか火村君がにやにやしている。やっぱりお得な話には目がないんだねとでも言いたそうな。だって『半額』って魅力的な響きやろ?
「素直な君を騙してごめん、ほんまではない。そういう噂があるだけでそんな規定はないよ」
「あ、そう、なんや
……
」
悲しいかな、耳にしたことがない噂だったけど。都市伝説みたいなものか?
素直に騙されたと言うよりも火村君の口から聞くとなぜだか本当のことのように聞こえてしまったのだ。
……
案外火村君って人を騙すのに向いているのでは? 心理学にも関心があると聞いたような気がする。
「本当だったら俺とすぐに結婚してくれた?」
頬杖をつきながらそんなことを聞いてくる。もう『俺と結婚』と言われたくらいで動揺しない。
「だから、今の日本では無理やって。それにそんな理由でせえへんよ。そんなの君に対して不誠実やろ」
「やっぱりそういうところが有栖川君のいいところなんだよな」
口数が多い方ではなかったけれど真面目な顔をして冗談めいたことも口にする。
毎回本気にしてしまって「冗談だよ」と笑われてばかりだった。
彼と過ごしていると時間がゆっくり流れているように感じるな、なんてことをあるときにふと思った。
あぁ、そう言えば誰かとこんな風に約束をして毎週会う時間を作るなんて、はじめての事かもしれない。火村君じゃなかったらこんなに続いただろうか? もしこの時間に終わりが来たら、彼との関係はどうなってしまうんだろう? 友人と言っていいのか曖昧な関係になっている原因は自分なのに、この時間を失いたくないなんて、そんな勝手なことを思ってしまう自分が嫌になる。
「なあ、君のとこからこっちまでいつも来てもらうのも悪いし今度は俺がそっちに行こうか?」
気になっていたことを切り出すとなんで? と言いたげな顔をされた。
「下宿と反対方向というわけでもないし、と言うより帰る途中の場所だし、気にしなくていいよ」
「そうは言うけどなぁ、君のキャンパスから真っ直ぐに下宿に帰る手段やってあるやろ?」
「それはあるけれど」
「それにいつも君を待たせるの、申し訳ないんや」
こちらの申し出に納得いかない顔をした火村君が真意を探るように問いかける。
「
……
それってさ、こうやって俺と会うのが有栖川君にとって負担になってるのかな? やめたほうがいい?」
「ちゃうよ!」
自分でも少し驚くくらい反射的に否定の言葉が出たことに戸惑って思わず口に手をやった。火村君の方を伺うと彼の顔にも動揺が浮かんでいる。
「ごめん、ちょっと大きな声出てもうた。君と会わないとかそういうことやないよ。ただ俺が気にしてしまってるだけで」
「あぁ、うん、あのさ、前にも言ったけれど君を待っている時間も楽しいんだよ。会うのをやめるって言われたらどうしようかと思った」
困った表情を浮かべてからホッとした顔になって胸に手を置く火村君がそのまま話を続ける。
「俺は気にしてないけど君が気になるなら来週は2限後にこっちに来てもらってもいい? その時間だと3階に空いている教室があったと思うからそこで」
また新しい約束ができた。
同じ大学なのに違う場所みたいだ。火村君の通うキャンパスに足を踏み入れた時に最初に思ったのはそれだった。なんだか落ち着かなくて廊下をきょろきょろと見てしまう。建物の基本的な造りは同じなのに知らない場所に迷い込んだみたいで。法学部棟で待っているときに彼もこんな気持ちになったんだろうか。よく他学部の気になる講義を受けているからもう慣れたものなんだろうか。彼のことを思い出しながら約束の空き教室をそっと覗くとそこに火村君の姿が見えてなぜだか安心した。
「お待たせ、火村君。結局待たせてしまうな」
「有栖川君、お疲れ様。そのことはもういいから」
どこに座ろうか迷って火村君の向かいの席の椅子を回してそこに腰掛ける。高校時代の休み時間を思い出す。でも机1つ分ってこんなに近かったっけ? いつもの喫茶店より火村君の顔が近くて少しだけ椅子を後ろに引いてしまった。さっきは顔を見てホッとしたはずなのに。
「お昼まだやろ? 下の学食で待合せじゃなくてよかったん? 俺は3限ないからええけど君あるやろ? どうする?」
「それなんだけど、えっと
……
これ」
視線を逸らしながら机の端に置かれたマチの広い紙袋をすっとこちらに押し出してくる。
「これ、って?」
「
……
弁当」
「へっ?」
べんとう? あ、もしかして2人分買ってきてくれたとか?
いくらしたのか聞こうとしたところで、紙袋から弁当箱が2つとラップに包まれたおにぎりがころころと出てきてそれを目の前に置かれた。
あれ? 買ってきたわけでは、ない? これってもしかして? えっ?
「一部、味の保証ができないやつ入ってるけど」
「えっ、えっ!? これ、このお弁当、火村君が、作ったん!?」
「うん、一部だけど。あとはまかないの残りとか。下宿のばあちゃ、
……
大家さんに手伝ってもらったから。俺のはともかく大家さんが作ったやつは間違いなくうまいよ」
「俺弁当なんか作られへんから、すごいな、火村君」
素直に感心していると大げさだと苦笑いをされた。
「まだ食べてもないのに。食べてもどころかまだ中を見てもいないのにそんなにびっくりする?」
「するやろ! ほんま、すごい。開けてもええ?」
「うん、どうぞ」
ゆっくり蓋を開けると鶏の唐揚げ、ねぎ入りのたまご焼き、ポテトサラダ、ブロッコリーが四角いお弁当箱の中に綺麗に詰められていた。
「うわぁ、めっちゃ美味しそうやん! な、食べてもええ?」
「有栖川君に作ってきたんだから俺に聞かなくたって、食べていいよ」
つい逐一確認してしまってまた苦笑される。だめだと言われるなんて思っていないけれど目の前の手作り弁当が嬉しくてつい確認してしまうのだ。
「どれにしよ
……
。ううーん、悩むな
……
。どれも美味しそうやし、う〜ん
……
。うん、たまご焼きからいただくわ」
綺麗に巻かれたたまご焼きを箸で掴んでもぐもぐと食べている間、どこかそわそわした様子で火村君がこちらを見ていた。
……
なんだろう? その表情にはなぜだか心当たりがあるような気がする。
「ん、美味しい! 出汁が効いててめっちゃ好きなやつや」
「本当に?」
「うん」
「それ、俺が作ったんだ」
これを? 火村君が? あ、頬がちょっと赤い。
「ほんまに? めっちゃ美味しいで。火村君ほんまにすごいな」
「
……
よかった。有栖川君が食べている姿見てるの変に緊張した。原稿を読まれるのを見てるときってこんな気持ちなのかなって思ったよ」
なるほど、既視感の正体はそれだったのか。
「俺、野菜とか肉を単に焼いたり炒めたりしかできんからこんな綺麗にたまご焼き巻けるの尊敬する」
そんなに褒めないでくれとまた目を逸らされる。
「指導してくれた人が上手なんだよ」
「そういうもん? そしたら唐揚げはその大家さんが作ったん? 食べてええ?」
笑いながらどうぞと返された。今日の火村君はなんだかいつもより表情が柔らかい。いつもだって無表情というわけではないんだけど。
「え! これめっちゃ美味しい! 肉が柔らかくて味が染み込んでて
……
時間経ってもこんなに美味しいんなら出来立てはどんだけうまいん!?」
唐揚げに感動していると火村君が声を上げて笑い出した。なにかおかしなことを言っただろうか? 火村君には珍しくないかもしれないがこんなに美味しい唐揚げは初めて食べたのだから普通の反応では? 食べる手を止めてしまったことに気がついた火村君がごめんと謝る。ううん? なんで謝るんだ?
「笑ったりしてごめん、そんなにはしゃいでるの初めて見たから。なんだ、有栖川君の好感度を上げるには胃袋を掴めばよかったんだな。今わかった」
「
……
美味しいもの食べて不機嫌になるやついたらおかしいやろ
……
どんだけ歪んだやつやねん」
なんとなく反発したくなってむくれると余計に笑われた。
「有栖川君の機嫌を取るには美味しいご飯を与えたらいいんだね」
「
……
俺、機械とちゃうし。同じものに毎回同じ反応するとは限らんやろ」
「そうだね。機械だって叩くより撫でるほうが調子よくなるかもしれないね」
『叩く』『撫でる』ように手を動かしながらそんなことを言う。
「そう
……
かも? 火村君はテレビの映りが悪かったら優しく話しかけるの?」
「そういうのはうちの大家さんが上手だよ。コツがあるんだってさ」
「ははっ。大家さん、すごい人なんやなぁ」
大家さんのことを褒めると火村君は少しくすぐったそうに、でもとても嬉しそうな顔をする。その顔はちょっとだけ幼く見えてなんだかかわいらしい。自分より少し大きい同い年の男に対して思うことではないかもしれないが。
「ごちそうさまでした。同じことしか言えんけどほんまに全部美味しかった」
「気に入ったのならまた来週も作るよ」
空になった弁当箱を紙袋に片付けながら
――
洗って返すと申し出たけれど固辞された
――
そんなことを言われた。正直言えばそのお誘いはとても魅力的だ。しかし。
「毎回君に作ってもらうなんて今までより申し訳ないわ。君と俺が交互にお弁当作るって言うんならまだしも。でもなぁ、俺こんなにちゃんとしたの作られんし
……
。今できるのはせいぜいおにぎりくらいや」
ふぅん、と長い指を唇に当てて何やら考えていた火村君が「じゃあおにぎりをお願いしたいな」と微笑む。
「そんなんでええの? ただのおにぎりやで? そんな凝った具とか入れられんし、ふりかけ混ぜたご飯握るくらいしかできんよ?」
「情けないんだけどご飯が熱くてちょっと火傷しそうになったんだよね。まあ、それは冷ませばいいだけなんだけどさ」
かわいいポイントがまた加点されそうなカミングアウトに負けて、おにぎり担当を引き受けることにした。綺麗な三角にできる気がしないけど。
「むっず
……
」
指先を軽く濡らして炊きあがっていたご飯を握りはじめたけど、手のひらに米粒がくっついてしまって思うようにいかない。母親はなんてことないように作っていたような記憶があるが何かコツがあるんだろうか? ご飯粒まみれになってしまった両手の中にいびつな形のおにぎりが誕生した。
……
これを食べてもらうのは非常に申し訳ないな
……
。初心者らしく道具の力を借りることにしよう。この三角もどきは自分で食べるとして。
スーパーで買ってきたおにぎり用のふりかけをご飯に混ぜて、ラップで包んで形を整える。うん、これならまあ及第点ではないだろうか?
……
あれ? これってご飯だけタッパーに詰めるのと変わらないかも
……
? いやいや、おにぎりになっていることが大事なはず。うん、きっとそう。
キッチンの戸棚から巾着袋を取り出してそこに2人分のおにぎりを入れてきゅっと口を縛る。これを使うのは随分久しぶりだ。まずく作りようもないけれど自分が作ったものを火村君に食べてもらうのだと思うとなんだかそわそわしてしまっていつもより早く家を出てしまった。
……
教科書や参考書籍と一緒にカバンに入れて、そこそこ混んでいる電車に乗ったらどうなるかなんてわかりきったことなのに、取り出すまでそんなことにも気が付かなかった。
巾着袋の中から出てきたのは潰されて形の崩れてしまったおにぎり達。ある意味芸術的な姿をしている。
「
……
見た目はこんなんやけど、味は大丈夫なはずなんや。あ、それに、気持ちは込めたし!」
もう一度ラップの上から形を整えて渡すと火村君は両手を差し出してそれを受け取った。
「有栖川君の気持ちのこもったおにぎり、ありがたくいただきます」
「そんな畏まるのやめてや」
「はは、ごめん、つい。嬉しいのは本当だよ」
ラップを剥がして食べる姿をじっと見ていると「美味しいよ」と返ってきてほっとする。うんうん、よかったよかった。
「熱いのは平気やったんやけど、素手やと手のひらにくっついてしまってうまく握れんくて。ラップ様々やったわ」
「もしかして、有栖川君の方に置いてあるやつがそうなの?」
「うん、めっちゃいびつやろ? それによく考えたら素手で握ったやつ、嫌かもしれんよなって思って」
「嫌じゃないよ。嫌じゃないから俺はそれがいいな、まだ食べてないこれと交換していい? だめ?」
それ、と指をさして火村君が緩く笑う。
これが、いい、んだ?
「だめやないけど、君は嫌やないの?」
「うん。だめじゃないのなら、いいよね?」
そう言うとサッと取り替えて「あ、」と言う間もなく齧り付いていた。
「おいしい」
「そ、そか
……
」
彼といると無性に心がざわつく瞬間がある。
なんでこんなことくらいでそんなに嬉しそうな顔を。
『好き』かどうかもわからない相手なのに。
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