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camellia57
2024-09-02 06:47:23
38497文字
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君の横顔に恋してる
アリスに一目惚れした青火村くんの話。
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最初はあんなに悪戦苦闘したおにぎり作りも季節が変わる頃にはそれなりに上達した。スーパーに寄っては新しいふりかけを探したり簡単にできる混ぜご飯の素を試したり。何が一番気に入るだろうって考えて毎回選んでるんだけど全部「今日もおいしいよ」で返ってくるのが物足りない。そう言ってくれるのは嬉しいんだけど。これって贅沢?
彼の新しい顔を引き出すにはどうしたらいいのかって考えてる。何をしたら驚いてくれるかな? でもどうして火村君を驚かせたいって思うんだろう? 今までに彼が驚いたのを見たのは学生証を見せたときと、はじめて手を握ったとき。まいったな、って言ったときの彼の顔を思い出して笑みが零れる。彼の想像の外にいる自分でいたいのかもしれない。そうやって新しい自分を知ってほしいのかも?
火村君のことを考えていると自分の中になかった気持ちが芽生えていく。そのことにまだ戸惑っているし、自分のことなのにわからないことだらけだ。
七夕を過ぎて梅雨が開けてもうすぐ前期試験に入ろうとしているその日、いつもの約束の時間に火村君の姿はなかった。
試験が近いから教授に質問でもしに行っているのかな?
待ち合わせの空き教室でなんとなく二人の定位置になった窓側の一番後ろの席、その向かいの椅子に座って火村君が来るのを待つ。いつもと逆だ。彼は待っている時間も楽しいって言ってたけど自分はそうは思えそうもない。今日はどうしたんだろうって、彼にトラブルでもあったのかなって、前回気が付かないうちに何かしてしまってもしかしたらもう来ないのかもしれないって、一緒に過ごしたってつまらないって思ったのかもしれないって、そんな考えばかりが頭の中を駆け巡って。机に広げたさっきの授業の講義ノートの内容が少しも入ってこない。いっそ探しに行こうかと思ったけど、入れ違いになってしまうことが怖くてここを離れられない。こういうときに連絡できる手段があればいいのに。あ、下宿の電話番号、聞いておけばよかった。正確な住所も知らないから構内で会えなかったらもうお手上げだ。彼との繋がりはこんなに脆くてすぐに解けてしまうようなものだったんだ
……
。
彼がいないだけでこんなに不安になるなんて。待っていれば来るはずなんて、そんな保証なかったんだ。火村君は約束をちゃんと守る人だってわかってる。今までそうだった。なのに。嫌な想像ばかりがもやもやと浮かんで、それを何度も打ち消して。
教室のドアと腕時計を交互に見ていると、たった5分が30分にも感じられる。
教室の前の廊下を通るときに壁越しに聞こえる賑やかな話し声は遠い世界のよう。
「ひとりで、食べてしまおうかな
……
」
今日はちょっと頑張ってみたから反応見たかったけれど。
そのとき、教室の入口が開いて、火村君が駆け込んできた。額に汗を浮かべて。
「ご、ごめん、有栖川君。おそ、遅くなって
……
」
ここまで相当急いできたのか肩で息をして、呼吸を整えてる火村君。
大きく息を吐いて、ゆっくりこっちにやって来る。
「
……
なんか、あったん?」
「あ、あぁ、試験が近いだろ? 講義のノートを貸したりしてて、時間を取られてしまって」
「そうやったん。お疲れ様、火村君」
「
……
有栖川君?」
いつも通り、いつも通り、って話そうとしているのにどうしてか声が硬くなってしまう。なんで。こんなの変だ。いつもはもっと違う。でも、いつもってどんな声だった? いつもとどこが違うんだろう?
冷静に時計を確認すれば待ったのはほんの十五分ほどで、こんなの、今までのことを思えば待ったうちになんて入らない。
毎週少しの時間を共にしているけれど、全部を合計したって火村君と過ごした時間は一日分にも満たない。それなのにこんなに気持ちが揺れてしまうくらい心の中を占めるようになっていたなんて、そんな緩やかな変化に気がついていなかった。
「お、怒ってるわけやなくて、なんかあったんかなって、心配してた、だけで」
「
……
本当にごめん。もしかして待ってる間に先に食べちゃった?」
「それはまだやから、一緒に食べよ? 今日は結構自信作」
ぎこちない手つきでタッパーを彼に渡す。いつもはラップに包まれたおにぎりだから火村君があれ? と言う顔をした。
半透明の蓋から中身が少し見えるから察していると思うけど「開けていい?」って聞いてくる。いつかの逆だ。
「猫が二匹いる」
「たまたま百均で型を見つけたんや。君、猫が好きみたいやから」
「言ったこと、あったっけ?」
首を傾げて問われた。何も不思議なことなどないのだが。
「一緒にいたらわかるわ。構内歩いて鳴き声する度に反応してるやん。仔猫にかまってるとこも見たことあるで?」
「
……
さすがの観察眼だね」
「誰でも見抜けるレベルのことやで?」
そんなにわかりやすかったかな、と照れくさそうに笑ってまた猫型おにぎりに視線を落とす。
「ヒゲまである。海苔で作ったの?」
「顔も作ろうと思ってたんやけどそれはうまくいかんくて」
「ううん、すごい。驚いた。それに顔があったら目が合っちゃって今より食べにくくなりそうだよ」
冗談ではなく本気らしい。
「君ってそういうところがあるよなあ」
そういうところ? とわかってない顔をして、どこから手を付けようか迷っている火村君。そう、そういうところ。わからなくていいけど。
お弁当を食べ終えて、火村君が「そう言えば」と話し出す。
「来週から前期試験が始まるだろ? それが終わったら夏季休暇に入るよね」
「うん、そうやね」
「今みたいに毎週水曜に会う、っていうのは難しくなると思うんだけど、俺は水曜じゃなくても君に会いたいって思ってる」
「そ、そうなんや」
「有栖川君は?」
「俺も、会いたい、けど」
どうやって? と口を開く前に教室の戸が開いて、知らない女子数人が入って来た。次の講義で使うのか? と席を立とうとしたらその子達が火村君の周りに立つ。しゅ、修羅場ではない、よな? 火村君だし。
「火村君、ここにいたんだ」
「なに? ノートは明日でいいって言ったけど」
なるほど。さっきの話に出た講義ノートのコピーでも終わったから返しに来たのか。
「早い方がいいと思って。本当にありがとう」
返却されたノートを手に取ってカバンに仕舞うと、声には出さずにまだなにか用? と言うオーラを出す火村君。さっきからこの子達には火村君しか見えていないみたいで、自分の存在をいないものとされているようで。なのにちらちらと見てくるから居心地が悪い。
「教えて欲しいところがあって」
「それって今じゃないといけない? 三限の後ならいいけれど」
邪魔しないでくれと言いたげな様子の火村君にも彼女達はめげない。
「じゃあそのときにノートのお礼させてくれる?」
「そういうのは要らないって言っただろう?」
自分以外の人と話している火村君を見るのは初めてだ。
彼女達はみんな似たような格好をしていた。二の腕の辺りまで伸びた少し明るめの色の髪は毛先が緩く内側に巻かれていて、ナチュラルな雰囲気の化粧をして、爽やかな色のノースリーブワンピース。そこそこ高さのあるヒールでよくバランスをよく保てるなと思う。自分だったらきっと真っ直ぐ歩くのも難しい。履く機会なんてないけれど。
身支度にさして時間をかけているわけでもない自分よりずっと見た目に気を遣っているんだろう。ファッション自体もか。彼女達からは不思議と自信を感じてしまってそれが羨ましく思う。
……
断っているんだからそろそろ諦めてくれないかな。
もやもやした気持ちが内側から広がっていく。誰と喋ったって、どう時間を使ったって火村君の自由なのに勝手なことを思ってしまう。彼女達の感じはよくないけれど、それも自分の感覚でしかないし
……
。
「
……
わかった。今、少しだけならいいよ。次の講義の教室でいい?」
今済ませた方がまだましだと判断した火村君が荷物を持って立ち上がる。
「ありがとう、火村君」
その中の一人がにっこり笑って火村君の腕に触れようとする。その手を避けてこっちを向いて「ごめん」と謝ってくるけど、火村君が謝ることなんて、ないのに。
「先に行っていて」と言われた彼女達が満足気に立ち去った。
戸が閉まる音を聞いて溜息をついた火村君が教室を出ていこうとするから、思わずシャツの袖を咄嗟に掴んでしまっていた。慌てて立ち上がったからバランスを崩しそうになってよろけると、驚いた目で見られた。
急にこんなことしたらびっくりするか、ごめん。
「あ、えっと、」
さっきの話の続きは? 試験が始まったら会えないの? 会いたいって言ってくれたよね?
早く言わないと行ってしまう。でもこんなときになんて言えばいい?
目は合ったままで、口を動かしても言葉が出てこないでいると、火村君が耳許に顔を寄せて「四限の後、あの喫茶店で待ってる」と囁いてきて、思わず何度も頷いてしまった。
二人だけの約束だ。
四限の講義がひどく長く感じられて、終わると同時に早足で教室を出た。待合せの喫茶店まで走って行きたいくらいだけれど三分もダッシュすれば息が切れて失速することは目に見えている。講義終わりでごった返す廊下の人の間を縫って早足で向かった。
深呼吸して、ゆっくりドアを開けるとあの奥の席に火村君がいた。よかった、一人だ。
入って来たことに気がついた彼と目が合う。なんだか胸が高鳴った。
「お疲れ、有栖川君」
「君もお疲れ。お待たせ」
注文したアイスコーヒーを飲みながら途中になっていた話を再開する。
「俺は試験中は大体図書館にいる予定なんだけど有栖川君は?」
「俺もそうしようかな」
「奥の六人掛けの席のどこかにいると思う」
「わかった。隣に人がおらんかったらそこに座るわ」
「
……
空けておこうかな?」
「毎回会えるわけやないんやからそんな気を遣わんくてええよ」
「気を遣ってるのとは違うんだけど」
図書館でお喋りをするわけでもないのだから別に隣でなくてもいいのでは? と思うのだがそういう話でもないようだ。
「夏休みは大阪で過ごすの?」
「う〜ん、定期もあるし家よりこっちの方が原稿捗りそうやから割と図書館にいるんとちゃうかな。集中講義もあるし。京都ならではの授業があるのは面白いよな。いつか役に立ちそうやなって思っていくつか申し込んだんや」
活かす日が来るかはわからないがどんな知識だって習得することは無駄ではないはずだ。興味のアンテナを張って貪欲に吸収する姿勢を失いたくないと思う。
「有栖川君らしいね。俺は単発のバイトがいくつかあるけど読みたい本もあるし図書館にも通うと思う。図書館の方が涼しいしね。行くまでが暑くて敵わないけど」
「ほんまこの暑さはなぁ
……
」
二人で苦笑いをする。
「あのさ、有栖川君」
「どうしたん? そんな真剣な顔して」
「有栖川君のこと
……
」
「うん?」
「アリスって呼んでいい?」
…………
。え?
「ありす?」
「あ、いや、あの、下の名前じゃないよ。有栖川の二音節を省略して、アリス、だから」
つまり苗字のアリス、だと。確かに有栖川君と毎回呼ぶのも長ったらしい
……
のか?
「有栖川君だと七文字だけどアリスだと三文字で半分以下だし。とっさに君の名前を呼ぶときに有栖川君だと間に合わないかもしれないし」
「そんな状況、あるやろか?」
「そういう想像はアリスの方が得意なんじゃないか?」
早速呼んでるし。なにやら口調も変わっているし。
「
……
嫌ならやめるけど」
「まあええよ。呼びやすいならそれで。アリスなんて、親以外からはじめて呼ばれたわ」
「へぇ、光栄だな」
……
キャラ変わっとらんか?
「そんなら俺も火村君のこと火村って呼ぼうかな。それとも英生?」
げほげほと噎せ出す火村君。変なとこに入ってしまったのか? 大丈夫か?
「悪い。平気だから。
……
名前を覚えてると思わなくて」
「えぇ? 自己紹介したやんか。忘れるわけないやろ? 人の名前覚えるのは割と得意な方なんや。で、どっちがええ?」
「
……
火村、で」
さすがにもたねぇよ
……
とぼやく火村。
苗字のアリスだと言うしこちらも苗字でちょうどいいか。火村。うん、火村、火村。
途絶えそうになった彼との時間がこれからも続くことに安心する。夏休みで新作を書き上げて火村に読んでもらいたい。そう強く思った。
……
その前に試験を乗り越えなければなのだが。頑張るしかないな。うん。
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