camellia57
2024-09-02 06:47:23
38497文字
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君の横顔に恋してる

アリスに一目惚れした青火村くんの話。

「火村君?」
 4限の授業が終わり、帰りに今日はどこの書店に寄ろうかと考えながら学部棟エントランスに差し掛かると、待合スペースに座っていた彼と目が合った。
 昨日、変わった出会い方をした社会学部の火村君。今日もまた法学部の講義の聴講に来ていたのだろうか? さすがに今日は隣の席で小説を書き始めるようなやつはいなかっただろう。

「有栖川君」
 火村君が鞄を持って立ち上がり、真っ直ぐにこちらに来る。
「誰か待ってたんやないの?」
「ああ、君を待ってたんだ」
「俺を?」
「うん」

 隣に並んでほんの少し会話をしているだけなのにいつもとは違う視線を痛いほどに感じる。同学部同学年の中でのごく狭い範囲では名前とセットで顔を覚えられていることも多いのだけれど、それとは違う興味を向けられているのがわかる。通りかかる男子生徒も女子生徒も火村君が気になっているのだ。『社会学部の秀才』と名前だけは聞いたことがあったような……? 程度の私とは違って、火村君の顔も知っている学生がどうやら多いらしい。彼はチラチラと見られていることを気にしてた様子もない。
 チクチク刺さる好奇の矢印に耐えられなくて火村君のシャツの袖を引く。一瞬驚いた顔をしたけれどすぐに元の涼しい表情に戻る。
「えっと、場所、変えへん? ここやと話しにくいし」
「構わないよ」
 

 火村君も今日はもう帰るだけだと言うので今出川駅近くの喫茶店に入ることにした。落ち着いた雰囲気のこの店は軽食もコーヒーも美味しくて気に入っているのだけれど平日は水曜と金曜しか営業していないから今日はタイミングがよかった。注文したブレンドコーヒーが運ばれてきたのに火村君は口をつけない。もしかして先に煙草を吸いたかったのだろうか。
「ごめん」と謝ると不思議な顔をされる。
「ここ、全席禁煙って忘れとった。吸える店にしたらよかったな」
「なんだ、そんなことか。急に謝るから驚いた。気を使わせてこっちこそすまない。平気だから気にしなくていい」
 入口から遠い奥のテーブル席で2人向かい合う。火村君はこちらの顔を見たかと思ったら目が合うと逸らしたり、昨日とは違ってなんだか……落ち着きがない?

「あそこで俺をずっと待ってたん?」とりあえず気になっていることを確認する。
「そんなに長い時間待っていたわけじゃないよ。今日は4限までと言っていたから終わる頃に合わせて」
 ……昨日そこまで話したんだったか? 覚えはないけれど普段から自分で言ったことを忘れがちなので自己紹介の中で言ったのかもしれない。

「そんならええんやけど……。それでなにかあったん? 困りごとでもあるん?」
 小さく「うーん……」と言いながら長い指で唇をなぞる。これは彼が考えごとをしているときの癖なんだろう。彼を悩ませるものがなんなのか見当もつかない。冷める前にとコーヒーカップを手に取ったところで火村君が口を開く。
「確かに、困っているのかも。昨日から君のことが頭から離れないんだ」
 真っ直ぐにこちらを見つめながら火村君が言う。
 …………
……え?」
 今、なんと?
「こんなことは初めてなんだ。昨日から君のことを思い出してばかりで。原稿用紙に向かっているときの横顔、緊張しながら様子を伺ってる姿、学生証を見せたときの得意げな顔。それに君の書いた小説。俺は君のことがもっと知りたい」
「え、え、え」
 すでにキャパを超えているのにさらに大きな爆弾を落とされる。
「有栖川君、俺と結婚を前提に付き合って欲しい」
「けっ、」こん。けっこん?? 結婚!?
 コーヒーカップが揺れて零れそうになったので慌ててソーサーに戻す。
 何の冗談だと流そうとしたら真剣な顔をした彼と目が合う。とても笑い飛ばせるような雰囲気ではない。これは嘘でもからかっているのでもないらしい。

「俺、男やけど。いや、人を好きになることについては自由やと思うけど、今の法律では男同士は結婚できへんよ」
 平静を装いながらなんとかありきたりな言葉を返す。そんなことは彼もわかっているだろう。
「俺は近い将来には法的に認められる日が来ると思ってるよ。一部限定的だったとしても」
「仮にそうやったとしても過程をすっ飛ばしすぎやろ。いきなり結婚て」
 それに先ほどの言葉をよくよく思い返してみれば別に彼から好きだと言われたわけではない。
「有栖川君は結婚願望、と言うか結婚への強い憧れがありそうだったから」
……なんで?」
 そんなこと話しただろうか?
「昨日構内のチャペルを通りかかったときに鐘の音がしただろ? それを君が羨ましそうな瞳で見つめていたから」
 昨日から彼には仕草でバレバレになってしまうらしい。わかりやすすぎる己に頭を抱えたくなる。
……
「昔に比べて長生きと言っても例えば200歳まで生きるなんて不可能だろう? 明日どころか今日を無事に終えられる保証もない。だから俺は1日でも早く君と付き合いたいし、結婚したいんだ。今日はそれを伝えるために君に会いにきた」
……言いたいことはわかったんやけど……、だいぶ飛躍しとらん?」
 こちらを真っ直ぐに見ていた目が伏せられる。伏し目になると睫毛が長いことがよくわかるな、なんて関係ないことを考える。そうしないと彼の言葉に思考が奪われてしまいそうで。
「俺の気持ちは、君にとって迷惑?」
 そんな聞き方は、ずるい。好意を突き返すことは苦手なのに。そのことも気づいているのではないか?
……迷惑では、ないけど」
「それならよかった。じゃあこれから俺のこと知って欲しい。俺も君のことをもっと知りたい。……なるほど。相手に自分を知って欲しいってこういう気持ちなんだってはじめてわかったよ」
 彼は随分とおモテになるらしい。ふぅん。そうなんや。

 冷めてしまったコーヒーに口をつけて、火村君が今日はじめて笑った。にやついた顔以外にそんな笑い方もできるのか。うん、その顔は悪くない。
「嫌悪されたらどうしようかなとは思ったんだ。そうでなかっただけで今は嬉しい」
 どうやら滅多なことでは動じなそうな彼でも多少は緊張していたらしい。
「俺のことで君が一喜一憂するのは、ちょっと重いわ」
「有栖川君は誠実だな。そういうところがいいと思う」
「普通やろ。こんなことで好感度上がらんといてくれ」
「また上がった」
「もうやめてくれ。なんもしゃべれんくなるわ」
 火村君がははっと声を上げて笑う。その顔も悪くない。

「有栖川君、また来週もこの喫茶店で会ってくれる? 本音を言えば毎日だって今日と同じ場所待っていたいんだけど、それはできるだけ我慢するよ」
 できるだけ、と言う点に不安があるのだが……。本当に我慢してくれるのだろうか?
「ここは俺も気にいっとるし、まあええよ」
 そう返事をすると嬉しそうに笑った。

 これは友人と呼んでいい関係なのかどうなのか。
 毎週水曜日の夕方、火村君と会う約束が生まれた日。