mishiadd
2024-07-31 22:03:01
21710文字
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カルデア剣陣営は恋愛ができない

カルデアの宮本伊織は普通に恋愛できるらしいことが発覚して「生前私とは恋愛してくれなかったくせに今更なに自分だけ普通の恋愛しようとしてんの?」ヤマトタケルvs「いちいち生前の宮本伊織と比べるのやめてもらっていいですか?」宮本伊織の雰囲気最悪ギスギス恋愛白書。左右決まってないシュレディンガー剣陣営。200000%ハッピーエンド…の筈!(ダメだったら教えてください…)
概要:https://www.pixiv.net/artworks/121033117
概念的裏面「アンダー・ザ・ローズ」:https://privatter.me/page/66be9dee6457e


甲の章・その四



かつて我らが神奈川湊と呼んで足を運んでいた周辺に、当世では――とはいっても白紙化以前の話だが――観覧車、というものが建造されていたらしい。
盈月の儀から四百年あまり――あののどかだった湊町一帯は、歴史の荒波に呑まれたのち、夜景の美しい街となった。きっと目にしたとしても懐かしさなどは覚えないだろう。
それでも、そこはかつて私とイオリがふたりで歩いた土地で、そしてリツカがいうには――デエトにはもってこい、の場所なのだという。詳しくは説明してくれなかったが、きっと逢瀬だとか逢引だとかいう意味だと思う。

イオリにそう伝えると、「ではそこに行こう」という話になった。「行こうって」と私が肩を竦める。

「行くも何も、今は白紙化していてそこには何もないではないか」
「わかっている。だから、マスターに頼んでしみゅれえたあで再現してもらおう」
「わざわざリソースを割いて? 一体なんのために?」
「セイバー」

右手をとられて握りこまれる。ひどく真剣な面持ちで、顔を覗き込まれた。端正な顔に、癖毛の前髪の影がかかっている。ひそ、と囁かれる。

「わかっているくせに」

なんとなく面映ゆくなって目を逸らす。が、顎をイオリの指先で軽く掴まれてそれを許されない。

――セイバー。わかっているくせに」
「ん……

そりゃあ、わかっている。――なにせ、元々は私の方で考えていたことだったのだ。いつかの夜の仲直りの証に、リツカに我儘を言って遊園地なりなんなりデエトスポットを作ってもらおうって。
だが、そのときはそれが『デエト』になるだなんて私の方では深く考えていなかったし、そもそもイオリとはかつて散々ふたりでそこらじゅうを歩き回ったのだ。いちいちこんなものをデエト呼ばわりしていては、我らは年がら年中デエトばかりしていたことになってしまう。――ふたりで浅草の祭りを練り歩いたことすらあるんだぞ、こっちは。

だから、その――そうはっきりと『デエト』のためにリソースを割いてもらって、お膳立てしてもらった雰囲気満点の場所で、あまつさえふたりきりで小さな動く密室に入るなど――いやいやいやいやいや、いや。意識するだに無理無理無理、絶対無理だろうそんなの。

思わずぎゅっと目を瞑ったあと、そろそろと目を開ける。イオリの、月夜の色をした、透き通った不思議な色の瞳が、じっと私を見ていた。

「おまえは、俺に『見せてみろ』と言ったくせに。俺が、おまえに『恋』ができるところを、ちゃんと見せてみろと」
……言った、か?」
「言ったとも。だから、おまえに証明したい。――俺が、ちゃんと感じられると」

ぎゅ、と私の手を握る手に力がこもる。――ああ、なぜそもそも私は、この男の言うことに逆らおうなどと思ったのだろう? そんなこと、できた試しなど一度だってなかったのに。

イオリの手の上にもう一方の手を重ねた。うん、と頷いてみせる。

「わかった。――なあに、リツカには随分貸しがあるのだ。散々普段の周回には付き合ってやっているからな。
私がねだれば少しばかりリソースを回してもらうことなど、造作もない」
「なんだか、それはそれで悪いような」
「急に何を言い出すのだきみは。きみが言い出したのだろう。今更怖気づくのか」

フフン、と眇めた意地悪い目でイオリを見遣ると、少しも怯んでいない大真面目な目とぶつかる。ん、と思わず毒気を抜かれた。
密やかな、穏やかな声で言われる。

「怖気づかないよ。おまえと一緒なら、なんにも怖いものなんてないよ」
――きみは」

とくとくと、鼓動が早まるのを自覚する。――前から思っていたのだが、いちいち言動に問題がないか? この男は。心臓に悪いというか、思わせぶりというか。
ぶんぶんと顔を左右に激しく振って、「わかったわかった」と私は繰り返した。

「とにかく、ちょっとリツカと話してくるからきみはここで待っていろ。すぐ戻るから」
「うん。――セイバー」

ん、と振り向いた拍子に額に口づけられる。びゃっ、と思わず大きく飛び退いてばしんと両手で額を押さえると、イオリが不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。

「うん? セイバー、なぜそんなに驚いている?」
「ななななんでって、今全然そういう感じじゃなかったろう!?」
「そうか? そうかな」

うん、とイオリが小首を傾げている。それから、ぽつりと言った。「おかしいな。そういう感じだと思ったんだがな」。

「き、きみ、きみ――きみ、やっぱり全然だめじゃないか。ただ当てずっぽうですればいいってものではないのだぞ、その――接吻は」
「んんー……

考え込む素振りを見せたイオリが、やがて言った。

「でも、ちゃんと思ったんだがな。俺がセイバーにしたいって。それがそういう感じということなのだと思っていたのだが、違ったのだろうか」
――はあああ!?」

ぼっ、と首から頬から火の出るような熱さを自覚する。なにを――なにを言っているんだこいつは!?

「も、もういい! それ以上喋るな! とにかく私は行ってくる。――いいか、ここから離れるなよ、すぐ戻るからな!」

どすどすといつも以上に余計に足音を立てながらイオリの部屋を出る。
ぴしゃりと後ろ手に引き戸を閉めてから自分の手を見下ろすと、まるで熱湯に触れたかのように真っ赤に茹で上がっていた。

リツカには二つ返事で了承を貰い、当日夜には準備を完了させる、と力強く請け負われた。
部屋に戻ってイオリに告げ、イオリがお茶を淹れたところで――リツカから呼び出しがかかる。「特急料金はサアビス」とのことだった。













夜景、というものも、観覧車、というものも、初めて見るものだった。
例によって曖昧な――中途半端な知識としては持っていた認識も、実際に目にすればすべてが吹き飛んでしまう。四方に大きくとられた窓から眼下に広がる、色とりどりの灯り。かつて見た吉原の夜の華やかさにも似ていたが、更に広く、更に眩く、そして更に色彩豊かだった。

座席から思わず身を乗り出そうとするが、硝子に阻まれる。思わず頬をこすりつけるようにして外を眺めていると、くすりと苦笑が漏れ聞こえた。
向かい合って座っているイオリが、目を細めて笑っている。

「相変わらずだな、おまえは」
……イオリ?」
「うん?」

イオリがいつのことを言っているのか、わからなくなる。ふと俯くと、顎にイオリの指が触れるのがわかった。こちらに身を乗り出してきたイオリが、私の顎をそっと指先で持ち上げる。

見上げた先でイオリの月夜の色をした瞳と目がかち合う。ふと、目が離せなくなる。――そのまま、言葉もなく見つめ合う。



この世から、すべての雑音が消え失せたように思う。

このゴンドラの外の夜景も、きっとその外のノウム・カルデアも。その外側の、白紙化した世界も。
すべてが消え失せていた。今ここにあるのは、このゴンドラだけ。――このゴンドラの中の、たったふたりだけ。

あのときも、あのときも、私はそう思った。

イオリの、どこかうっとりと遠くの夢を見るような、月夜の色をした瞳と見つめ合うたびに。
まるで世界からすべての音が消え失せて、この世界には私とイオリのたったふたりだけがいるみたいに。
すべてのことを忘れてしまう程に。――忘れてしまいたい程に。
このままふたりで――ずっと、ずっと、ただ、ふたりだけで、ただ、お互いのことを知り合いたいと思った。イオリのことを知って、私のことをイオリに知ってほしかった。イオリに触れて、イオリに触れてほしかった。そのまま、融け合ってしまいたいと思った。

――そう、思っていた。いつも、思っていた。

イオリが欲しかった。イオリに私を欲しがってもらいたかった。――きっと、イオリもそう思ってくれているのだと、思っていた。



私がそう思っているのをイオリは知っていて、だからイオリはすごく努力をしてくれて、でも、イオリは






「セイバー。大丈夫だよ。ちゃんと、感じている






イオリの声がした。

イオリを見る。あの、どこか遠くの夢を見るような――瞳が、真っ直ぐに私を見ていた。

「大丈夫。――ちゃんと、感じている。ちゃんと、おまえと同じものを感じているよ、セイバー」

ぐ、と目頭が熱くなるのを感じる。視界が滲む。水の膜の向こうで、イオリが困ったように苦笑するのが見える。
また泣きじゃくりそうになる私の両頬を、イオリの大きな手がそっと挟み込んだ。身を乗り出してきたイオリが、額を近づけてくる。反射的に頭突きされると思って身を竦めた私に、イオリが呆れたように苦笑する。笑い混じりに囁く。

「なにを身構えているんだ。この雰囲気でまさか頭突きなどするわけないだろう」
「する。きみはするんだよ、イオリ……
俺はしない」

言いつつ、こつん、とちっとも痛くない程度に額を合わせられる。イオリの瞳が、かつて見たことない程に近くにある。長い睫毛に縁どられた、夢見るような瞳が、夢見るような目で、私を見ている。
イオリの高い鼻の先が私の鼻に当たる。体温が冷たい、と思っているうちに、唇にひどく柔らかなものを感じた。少し離れて、また押し当てられる。しっとりと、どこか濡れていて冷たい。――その感触を伝えてくる神経に、なぜか泣きたくなる。

……セイバー」

ひそ、と耳許で囁かれる。ひどく真摯な懇願のようだった。

真名なまえを、呼びたい」
――呼んで、」

ほしい、と言った言葉の意味を、私自身も知らなかった。イオリもきっと、自分で言った言葉の意味を知らなかった。
――ただ、私はひどく満たされたと感じたのだ。欲しくて欲しくて、それでも絶対に手に入らなかったもの。欲しがること自体が、私が欲しくてたまらなかった人を苦しめたもの。

――感じて、欲して、返してくれた。

イオリの冷たい、柔らかな唇を、瞼に、頬に、唇に感じながら――その口づけに応えながら、私はイオリに告げた。







「幸せ」







カルデア剣陣営は恋愛ができないできる・了