mishiadd
2024-07-31 22:03:01
21710文字
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カルデア剣陣営は恋愛ができない

カルデアの宮本伊織は普通に恋愛できるらしいことが発覚して「生前私とは恋愛してくれなかったくせに今更なに自分だけ普通の恋愛しようとしてんの?」ヤマトタケルvs「いちいち生前の宮本伊織と比べるのやめてもらっていいですか?」宮本伊織の雰囲気最悪ギスギス恋愛白書。左右決まってないシュレディンガー剣陣営。200000%ハッピーエンド…の筈!(ダメだったら教えてください…)
概要:https://www.pixiv.net/artworks/121033117
概念的裏面「アンダー・ザ・ローズ」:https://privatter.me/page/66be9dee6457e


丙の章・その二



夢を見た。

このカルデアにあって、マスターという立場にあって、なんの変哲もない、たまの生理現象のように起こる、精神と記憶の混線。
ああ、またあの数多のサーヴァントのうちの誰かの記憶なのだろう、と朧な意識の中で思い――まもなくのものなのかを理解する。

あの、くたびれた長屋の中、青年がひとり。

――生前の宮本伊織が、ひとり。畳の上で立ち尽くしている。

薄暗くなりかけている夕暮れの中、灯りもともさずに、ただ途方に暮れている。



長屋の中には他に誰もいる様子がなかった。妹、らしき人影も見当たらない。タケルの姿もない。――もしかしたら、この記憶はタケルと出逢う前の記憶なのかもしれない、という可能性にも思い至る。だが、そうではないことをすぐに知った。
瞬きをした瞬間、自分の意識がそこにいる伊織に重なったのを感じる。目を開けて、自分の視界が、俯いて畳と自分の素足を見つめている伊織の視界に重なっていることを理解する。途端に、彼の――伊織の記憶が、頭の中へと流れ込んでくる。



伊織じぶんの隣で、タケルがおいしそうに団子を食べている。時折こちらに目を向けては、はにかむように微笑んで、頬を赤らめる。
楽しそうに笑い声をあげて、ふと伊織じぶんの目をじっと見つめてくる。大きな瞳が、今にも泣き出しそうに――幸せを噛みしめるように、くしゃりと細められる。
タケルの手が、伊織じぶんの頬へと伸ばされる。体温のほんのりと高い、剣だこのある少年の手が、伊織じぶんの頬を撫でる。まるで宝物のようにうやうやしく、愛おしげに――そっと、手を添えられる。

うっとりと蕩けるような瞳に、じっと見つめられる。



――『どうしよう』と伊織が狼狽えるのを体感する。――どうしよう。どうしよう。






どうしよう。何も感じない






それは、恐慌にも、恐怖にも似た感覚だった。あるいは、罪悪感。あるいは、負い目、申し訳なさ。
なぜ、自分は何も感じることができないのだろう。なぜ、自分はセイバータケルが自分を見るような目で彼を見ることができないのだろう。
自分は彼が嫌いなのだろうか。――そんなことはない。そんなことは決してないのだということはわかる。であれば、できる筈だ。自分にもできる筈だ。

セイバーに応えてあげることができる筈なのだ。だって、自分はセイバーが好きなのだから



また、別の記憶が流れ込んでくる。
夜の浅草、もしくは吉原。華やかな夜の町を、タケルと伊織じぶんがふたりで歩いている。提灯のあかりに誘われて屋台に寄り、タケルにねだられておやつを買う。
ふたりで半分ずつ食べながら、ふと、夜桜を見上げる。その先の夜空に浮かぶ半月を見つける。「見事だな」と見上げていて、ふと視線を感じて隣を見下ろす。
いつの間にか月ではなく伊織じぶんを見ていたタケルと目が合う。ばれた、とばかりにタケルが頬を赤らめ、それでも目を逸らしはしない。

タケルが伊織じぶんの袖を引っ張る。ねだられるままに伊織じぶんが腰をかがめる。つま先立ちになったタケルが、伊織じぶんと唇を重ねようとして――止まる。
すんでのところで、タケルの動きが止まる。身を引いて、こちらを見上げてくる。その目が、物悲しげに細められる。



――ずきり、と胸の痛みを覚える。その、今にも泣き出してしまいそうな瞳。それを見るたびに、ひどく胸が苦しい。――苦しい。苦しい。溺れてしまいそうだ。なぜ。どうして。



どうして、自分は何も感じることができないのだろう



どうして自分はセイバーに恋をしてあげることができないんだろう。
なぜ、自分はセイバーに応えてあげることができないんだろう。

もっと簡単なことなのだと思っていた。町行く人々は毎日恋をしている。助之進だって恋をしている。カヤだっていずれは恋をする。――セイバーだって、自分に恋をしてくれている。

もっと当たり前のことなのだと思っていた。誰にでもできることなのだと。きっと、セイバーが自分に恋をしてくれたように、自分にも簡単に彼に恋をすることができるのだと。
どうしてだろう。どうして自分は何も感じることができないのだろう。どうして同じ想いを返してあげることができないのだろう。どうして、同じようにしてあげることができないのだろう。

――きっと、自分は元から壊れてしまっているのだと思う。それはわかっていたことだ。であればきっと、最初からセイバーの話に乗るべきではなかったのだ。

なぜか、きっと自分にもできるのだと思い込んでしまった。勘違いしてしまった。そんなわけはなかったのに。
もしかしたら、セイバーの自分を見る目に、なにかひどい思い上がりを、思い違いをしてしまったのかもしれない。こんなふうに誰かを見ることが、もしかしたら自分にもできるんじゃないだろうかと。
彼がこんな目で見てくれているのだから、自分にだって同じ目を返してあげることがきっとできるのではないだろうかと。
だって、自分はセイバーが好きなのだから



伊織の視界が滲む。ぽたぽたと音を立てて、俯いた視界の先の畳がぽつぽつと濡れている。
目許を拭うこともせずに、伊織はただ、目を見開いたまま、畳の上を見つめている。



応えてやりたかった。彼に恋してやりたかった。でも、どう頑張っても、どう足掻いても、彼の望むものを差し出してやることはできなかった。
彼の想いに応えてやれればどんなによかったかと思う。でも、できなかった。

自分には、その機能が備わっていない。自分には、誰かに恋をするという機能が備わっていない。

セイバーのことは好きだった。きっと、友のように、弟のように好きだった。彼の剣が好きだった。
でも、恋ではなかった。彼が自分を見る目と同じ目で、彼を見てやることはとうとうできなかった。

いっそ、きみに恋をしているのだと伝えてくるあの瞳に、「俺もだ」と言えてしまえれば。――この想いは「恋」なのだと、おまえに恋していると言えてしまえれば。
でもそんなことは決してできなかった。それは嘘になってしまう。嘘はつけなかった。つきたくなかった。セイバーにだけは嘘をつきたくなかった。



彼の想いとは違っていたとしても、自分のこの想いもまた、愛の形ではあるのだと――自分は確かに彼を愛していたのだと、きっとそう、信じていたかったのだ。










――酷い目覚めだった。

胸を掻きむしられるような思いで目を開けて――ぱん、と両頬を勢いよく両の掌で叩く。

伊織に――宮本伊織に、話をしに行かなければならなかった。それが、きっと彼のマスターとしての自分の、最低限の務めだった。