mishiadd
2024-07-31 22:03:01
21710文字
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カルデア剣陣営は恋愛ができない

カルデアの宮本伊織は普通に恋愛できるらしいことが発覚して「生前私とは恋愛してくれなかったくせに今更なに自分だけ普通の恋愛しようとしてんの?」ヤマトタケルvs「いちいち生前の宮本伊織と比べるのやめてもらっていいですか?」宮本伊織の雰囲気最悪ギスギス恋愛白書。左右決まってないシュレディンガー剣陣営。200000%ハッピーエンド…の筈!(ダメだったら教えてください…)
概要:https://www.pixiv.net/artworks/121033117
概念的裏面「アンダー・ザ・ローズ」:https://privatter.me/page/66be9dee6457e


甲の章・その三



「話したい」、と私がイオリに長屋(の内装の自室)まで呼び出されたのは、彼と喧嘩別れをしてから二日経ってのことだった。
先日の――でのことについては、全面的に私が悪かったのだと思っている。だから、イオリに会ったらなにはともあれ、開口一番にまずは謝ろう、と心に決めていた。

そんな私のいじらしい決心を、いともたやすく砕くのがイオリという男だった。






「セイバー。おまえが好きなのは、ではなく生前の宮本伊織なのだろう?」






――イオリに会ったらまず頭を下げて、それから食堂へ行って一緒になにか食べようとか。
マスターに融通を利かせてもらって、シミュレーターで再現した江戸の町を一緒に散策してみようとか。
もしかしたら、少しだけリソースを割いてもらって話だけに聞いている遊園地とやらを再現してもらい、ふたりで遊びに出掛けようだとか。

そういった考えが、すべて吹き飛んだ。――あとには、純粋な衝動だけが残った。



右手に顕した蛇行剣から水の鞘を霧散させ、輝ける界剣を露出させる。



「イオリ。きみも二刀を抜け。この場で決闘だ」
――セイバー」
「きみは言ってはならないことを言った。であれば、かくなる上はどちらかが死するまでやり合うしかない。
きみの大好きな死合いだ。これこそきみが長年望んできたことだろう。きみは本当に、私の傷を抉るのが好きらしい」
「セイバー。俺は話がしたい。一度それを水の鞘に納めてくれ。そしてそれをそこから抜くな

ない筈の記憶を彷彿とさせるようなことを言うイオリに一瞬怯む。それで多少は頭が冷え、言われた通りに私は剣を納めた。

……それで。突然喧嘩を売っておいてきみは何を話したいって?」
「さっき言った通りのことだよ。おまえが好きなのは、俺ではなくて生前の宮本伊織なのだろう。――おまえが恋して、でもおまえに恋を返してやることができなかった、」



あの、可哀想な宮本伊織。



どくん、と心臓がひどい音を立てる。動悸が早まる。――イオリは何を知っている? このイオリが、一体何を知っているというんだ?

「可哀想? ……『可哀想』だって?」

感情が、激しく渦巻いてもはや制御ができない。胸の中で起こった高波が、そのまま口をついて出てくるようだった。

「きみこそ、私のことなんかちっとも好きじゃないんだろう。それこそ、私が『可哀想』だと思って私に言われるがままに付き合っているんだろう。
きみが何を見たのかは知らない。誰から何を聞いたのかも知らない。だけどきみはきっとそれでせいぜい、憐れに思ったんだろう?
報われぬ想いを己がマスターに向けて拒絶された愚かなサーヴァントのことも、そんな身の程を弁えなかった馬鹿なサーヴァントに心を砕いて、想い返してやれないことで心を病んだ愚かなマスターのことも」
「セイバー」
「わかるものか。……きみなんかにわかるものか。わかってたまるものかよ。――本当に、好きだったんだ!
私は、本当に本当に彼のことが好きだったんだ。彼の不器用な笑みも、彼の穏やかな声も、彼の優しさも。私の想いに応えられないと薄々知りながら、必死に私に恋をしてくれようと努力し続けてくれたあの愛も。私に嘘はつけないと気に病んで、真っ青な顔で、震える声で『元の関係に戻りたい』と告げたあの誠実さも。
全部全部、大好きだった。……恋を、していた。彼のすべてが好きだった。手に入らなかった。手に入れてはいけなかった。きっとそうしたら、彼が窒息してしまうとわかってしまった」
「セイバー……
「私が、生前の宮本伊織が好きだったかって。――ああ、そうだよ! 大好きだったよ! ずっと恋してた、心の底から愛してた!
すごく、すごく好きだったんだからな! 本当に、本当に大好きだったんだからな! きみにわかるものか、なんにも覚えてないきみに! ――恋のできるきみに、彼のことはわからない!」
「だからおまえは、と恋ができないと思っているんだな」

はた、と継ぐべき言葉を失う。――イオリを、見る。

「だからおまえは、俺とは恋をしてはいけないと思っているんだ。違うだろうか」
「なに、を」
「おまえは、おまえが好きだった人を苦しめたおまえの『恋』を、誰かに渡したらいけないと思っている。おまえの愛した人を苦しめた『恋』で、またを苦しめたらいけないと思っている。――そのおまえの『恋』を、俺が受け取ってしまったら、おまえの好きだった人の苦しみが『無』になってしまうと思っている」



――震える声で。

あの夜、私に『元の関係に戻りたい』と告げたイオリの、あの憔悴しきった顔。
心のどこかでそう告げられることを予感していた私はその顔を見たとき、「ああ、そうか」と思ったのだ。

私はきっと、彼のこういうところが好きになったのだ、と。

イオリを、私から解放してあげなければならなかった。私は、イオリが好きだった。
だから、この想いを殺そうと誓ったのだ。

もう二度と告げず、おくびにも出さず。――それこそが、私の愛の形だった。



私の恋でイオリを苦しめたのなら、私の愛でイオリを守ってあげたかった。――私の『恋』から。



――私の恋はイオリを傷つける。でも、もしもうそんなことがないのだとしたら。






あのときもがき苦しんだ、あのイオリは? ――あの彼の苦しみは、一体どこへ行けばいい?






……セイバー」

イオリの声に、ふっと意識が戻る。見遣ると、イオリが真剣な面持ちでこちらを見ていた。――当たり前の筈なのに、「ああ、イオリの顔だ」となぜか改めて思う。

「俺には、記憶がない。だから、生前の俺が一体何を感じて、おまえに何を言ったのか、なにも覚えていない。――だからこれは、今の俺の主観でしかないのだが」

ふ、と口許を引き結んだ表情に、見覚えがあった。言葉を慎重に選ぼうとするときにそういう顔をするのだと、私は誰よりもよく知っていた。

「今ここにいる俺が、恋ができるのであれば――それにはきっと、意味がある。俺はきっと、誰かに望まれてこのかたちでここにいるのだと、思う。
きっとあの宮本伊織――きっとなによりも、おまえの『恋』が受け取られることを、祈ったのだと思う。おまえの恋が、きちんとおまえに返されることを、願ったのだと思う。
――それに」

イオリが、私の頬を撫でる。そのまま、そっと頬に手を添える。じっと私の目を見つめて、言った。

「俺がおまえの恋を受け取ったからといって、おまえの好きだった人の苦しみは、無になったりしないよ。おまえの好きだった人の苦しみごと、俺がちゃんと受け取るよ」

額に、柔らかな弾力を感じる。兄が弟にするように、私の額にイオリが優しい唇を落とす。

「元が俺の苦しみだったのなら、ただ、俺のところに帰ってくるだけ。――ここにいるのは、かつての宮本伊織がそうありたくて生涯なれなかった、おまえに恋を返してやれる俺だよ。
おまえが好きだった人の苦しみも、おまえがかつて恋していた想いも、全部俺がまるごと受け取って、そしてお前に返すよ」
――すごいな」

ふふ、と涙混じりの笑い声が漏れた。鼻腔に流れた涙で鼻の奥がつんとする。

「すごい、口説かれているみたいだ。宮本伊織は、そんなこと絶対に言わなかった」
「今は言うんだ」
「そうか。――そうかもな」

「イオリ、」と名前を呼ぶ。「うん」と答える優しい声に、顔をあげた。

「イオリと恋をしても、いいのかな。私は、許されるのかな」



そのとき―― 一筋の風が、私の頭を撫でていったように感じた。
そこは、室内だった。あの幽霊長屋を模した内装の、部屋の中だった。風など、隙間風など、どこからも入り込む余地などない。
それでも、確かに風が、柔らかな風が、まるで朝露を優しく散らしていくような涼やかな風が、私の頭を撫でていったのだ。――兄のように、友のように。



私は、イオリの胸許にしがみついて、子供のようにわんわん声をあげて泣いた。
その背中を、イオリがぽんぽんとあやすように優しく叩く。

――イオリと恋をしても、いいのだろうか。

じわじわと広がっていく胸のあたたかさに、私は泣きじゃくった。