mishiadd
2024-07-31 22:03:01
21710文字
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カルデア剣陣営は恋愛ができない

カルデアの宮本伊織は普通に恋愛できるらしいことが発覚して「生前私とは恋愛してくれなかったくせに今更なに自分だけ普通の恋愛しようとしてんの?」ヤマトタケルvs「いちいち生前の宮本伊織と比べるのやめてもらっていいですか?」宮本伊織の雰囲気最悪ギスギス恋愛白書。左右決まってないシュレディンガー剣陣営。200000%ハッピーエンド…の筈!(ダメだったら教えてください…)
概要:https://www.pixiv.net/artworks/121033117
概念的裏面「アンダー・ザ・ローズ」:https://privatter.me/page/66be9dee6457e


乙の章・その二



俺の自室は、生前に住んでいた長屋の内装を模して整備されている。
かつて起こった特異点のデータを基に作られているのかと思っていたのだが、よくよく聞いてみればそうではなく、俺の記憶にこびりついているらしい『当時の様子』を再現しているとのことで、まあそれは即ち特異点に存在した長屋を再現しているのと実質変わらないのでは――などと思っていた。

――が、それがとんでもない思い違いだったことを知る。

この長屋は、俺の記憶にこびりついているらしい『長屋の内装』を再現している。
つまり――俺自身が普段は認識できていない、深層心理のみに存在している記憶を、そっくりそのまま投影していることになる。







いろいろあってセイバーと喧嘩別れをし、がらがらと苛立った音を立てながらぴしゃりと引き戸を閉めてセイバーが出ていったあと、ひとりで畳の上に座っていたときだった。
ふと、隅の方に小さな冊子が落ちているのを見つけた。ひょい、と拾い上げる。

それが気にかかったのは、その表紙に書かれた文字が明らかに俺の筆跡ではなかったからだ。

――「日記」と書いてある。



まあ、この部屋に転がっていて、そして俺の筆跡でないのだとしたら――この冊子の持ち主は決まっている。
本来であれば、他人の日記帳を盗み見るなど言語道断だ。人の道に悖るあってはならぬ行いだ。――が。

セイバーとはつい今しがた喧嘩別れをしたばかりで、その原因はあまりにも彼が生前の宮本伊織の言動を持ち出すことにあった。
であれば、腹いせに――ああ、言ってしまったな――いや、関係の改善を図るために、彼の言い分にどれ程の正当性があるのかをこの目で確認すべく、当時の一次資料に当たる、というのは、いかにも道理の通る話ではないだろうか。
またぞろこんなことを言えば、セイバーには「宮本伊織はそんなことをしない」と罵られそうなものだが。

――そこまで考えて、はた、と思い至る。

この部屋は、俺の記憶にこびりついているらしい当時の様子を再現している
であるならば――生前の宮本伊織は、この日記帳を見たことがあるのだ

途端に気が楽になり、「なんだ」と肩を竦める。――そもそもセイバーは、生前の宮本伊織を神聖化しすぎなのだ。
セイバーの口から語られる宮本伊織はあまりにも完璧な人格者で聖人のようで、とても現実に実在した人間だとは思えない。正雪殿や地右衛門――あの特異点で会った――からも俺が生前と違うのだと似たようなことは散々言われたが、セイバーの語るそれは彼らの語るかつての『宮本伊織』ともまったく異なる。
本当に同じ人間の話をしているのかもあやしく思われてくるが――そもそも、本当にの話をしているのだろうか、彼は。

はあ、と溜め息をつき、手の中の冊子を改めて見下ろす。

ちくり、と良心の呵責を感じなくもないが。――今は、本心から、セイバーのことを知りたいと思っている。

ぱら、と冊子を繰る。――出だしは、淡白な文章だった。



『当世の読み書きに慣れるため、日記を記すことにした。筆と墨はイオリに借りた。イオリの隣で並んで字を書くのは、まあまあ面白い』



まるで年の離れた兄の真似をして喜ぶ弟のような文章に、思わずくすりと笑ってしまう。
俺が――宮本伊織が写本でもしている隣で、セイバーがぐちゃぐちゃと寝転びながらでも字を書いているところを想像する。――まあまあ、よい関係だったのだろうと思う。

ぱら、と頁を繰る。


『イオリは私に文句を言ってばかり。でも最近は、だんだん私もイオリの言うことがわかるようになってきた。なるほど、それなりに筋が通っていると思う。
イオリの言うことを聞いてやってもいい。でも、前みたいに令呪を使ってこの私に無理やり言うことを聞かせるようなら、私にも考えがある』

『イオリに内緒でイオリの二刀流の特訓をしていたのに、イオリにばれていた。突然見せて驚かせてやろうと思っていたのに、もう見せてやらない』

『カヤがオミオツケを出してくれた。うまいうまいと褒めたあとに、イオリにイオリのオミオツケもうまいと言ったら、イオリが笑っていた』

『イオリが仔豚になった。愛い。いつも仔豚ならいいのに』

『イオリが、』

おや、と頁を繰る指が止まる。『イオリが、』で文章が止まっている。次の頁をめくる。白紙だ。またその次の頁も白紙。何枚か白紙が続き、セイバーが日記に飽きたのかと思った頃、震える毛筆で、こう書かれていた。






『イオリのことが好き』






はた、と手が止まる。乱れた筆跡にわずかに胸の痛みを覚えたが、頭を左右に振り、頁を繰る。




『どうしよう、イオリのことが好きだ』

『イオリが好き。もうきっと溢れてしまう。イオリにばれてしまう』

『もういっそ、イオリに言ってしまいたい。言ってしまって、楽になりたい』

『イオリは、私のことを好きだろうか』

『私がイオリを好きだと言ったら、イオリはなんて言うだろう』

『ずっとイオリを見ている。もうきっと、私は口が滑って言ってしまう。もう隠し通せない。イオリが好きだ』



ぱら、と頁を繰る。また白紙が続く。しばらくののち、震えていない、しっかりした毛筆で書かれていた。






『幸せ』






そして、また白紙が続き――これまでにない程の乱筆で、走り書き同然に書き殴られている。



『どうしよう、イオリを好きなことをやめられない』

『イオリが困っている』

『イオリを困らせている』

『やめなければ。諦めなければ。なかったことにしなければ』

『イオリを困らせたくない』

『イオリに困った顔をさせたくない』

『なかったことにしなければ』

『イオリにもう大丈夫だと言いたい。嘘になってしまう。嘘はつきたくない』

『イオリ』



震える走り書きが続く。
――やがて、いつかと同じしっかりした毛筆で、一文のみが書かれていた。






『もう大丈夫』






――ぱたん、と冊子を閉じる。



冊子を元の場所に戻そうとして思い直し、台の上にそっと据える。

それは、きっとかつてあった出来事だった。






――ひとつの『恋』が自らの手で殺される瞬間を、見た。