mishiadd
2024-08-16 09:31:42
21856文字
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宮本伊織の「薔薇」トリロジー:アンダー・ザ・ローズ

霊基異常で「砕かれる」直前の宮本伊織の状態に戻ってしまった星4セイバー宮本伊織を星5セイバーヤマトタケルがカルデア内で「神隠し」する話。剣伊気味の加速するぐっちゃぐちゃのクソデカ感情が出てきます。【!】アレルギー表記:軟禁
概念的表面「カルデア剣陣営は恋愛ができない」:https://privatter.me/page/66aa36059dcca
後日譚:https://privatter.me/page/66d2bde3c475d

一、



宮本伊織は、私の目の前で二度死んだ。



一度目は、私がこの手で斬り殺した。そのときの感触は、今でもこの手に残っている。
それは、私の贖罪であり、覚悟であり、私にとっての彼の形見でもあった。――彼を殺すのならば、すべてを薙ぎ払って後には何も残してはくれない私の絶技ではなく、彼の生命を断つ感触を、彼の呼吸を奪う感触を、この手に刻み込むべきだと――刻み込んでおきたいと、思ったのだ。
その生涯を剣に捧げた彼自身の剣技を用いて、彼の命を絶つ――それが私にできるせめてものはなむけだった。

二度目は、彼が私を「覚えていない」と告げたときだ。
再会の喜び――無論、素直に表明などできなかったが――できた試しもない――も束の間、座に永劫の記憶として刻み込まれてしまった私と違い、彼はあの日々のことをすべて忘れてしまっているという。
――二度目の死とは、『忘却されてしまったとき』とは言うけれど。

そういう意味では、あのとき二度目の死を迎えたのは私の方なのかもしれなかった。







一部のサーヴァントに霊基異常が起こっている、とのアナウンスがあった。

カルデアここではさして珍しくもない現象で、大した害がないのならアナウンスがあっただけで個々の事象は放っておかれる。
今回もそういった軽微な異常の類のようで、「放っておけばそのうち直るか、よしんば直らなかったところで大勢に影響はない」と最後に付け加えられていた。
曰く、ごく軽微な異常――生前の記憶に、異常が出るという。とはいえ、元から生前の記憶が欠落していたり一部改変されていたり、どころか伝承によって捻じ曲げられて本人の記憶すら曖昧になっているようなサーヴァントだって大勢いる中で、今更といえば今更である。

アナウンスを聞いたとき、私の方でも大して気にも留めなかった。――イオリは、そもそも異常が発生するべき記憶自体が失われている。影響を受けようがなかった。

いつもならとうに起き出して身なりを整えている筈のイオリが長屋(風の自室)から出てこないので、仕方なくふらりとひとりで食堂まで朝食を取りに行く。焼き魚定食で腹を満たし、厨房に頼んで握り飯をいくつか作ってもらう。
イオリが食べ慣れている筈の「おむすび」を小脇に抱えて、鼻歌まじりに長屋へと向かう。ノックもせずに引き戸を開けた。



イオリが、立っている。



イオリが、土間に佇んでいる。どこか――遠くを見つめるように、そして――ひどく何かに驚いたように目を見開いている。

……イオリ?」

声を掛けると、イオリがゆっくりとこちらを振り向いた。――まるで、再起動のかかった計算機コンピューターが、ゆっくりと立ち上がりながら、コードを再読み込みするように――だんだんと、その月夜の色をした瞳の焦点が合う。私を捉える。
はた、とまるでたった今「意識」を獲得したかのような顔で、言った。

「セイバー? ……俺たちはなぜ長屋ここにいる? ――浅草寺に、いたのではなかったか」

ひゅ、と私の喉が鳴った。言葉を継げずにただ彼を見つめ返している私をどう思ったのか、戸惑ったような顔でイオリが重ねて言った。

「俺は――たった今、おまえに胸を貫かれて――セイバー? ここはどこだ? ――ここは――俺の家では、ない……?」

精巧に模してはあるがところどころに綻びのあることを目敏く見つける。着物の上から自分の胸元を押さえ、さすってそこに穴のないことを確かめる。
突然の異変に警戒しながらも冷静に周囲を見渡していち早く状況を把握しようとしている。パニックを避け、飲み込んで、分析し、理解しようとしている。常在戦場。――これは、イオリだ。



これは、宮本伊織。――あの盈月の儀の、宮本伊織だ。



「記憶が戻った」のか。それとも、「存在自体が巻き戻った」のか。――どちらでもいい。

宮本伊織が生き返った。この私の、目の前で。

――イオリ」

伝えれば、賢く柔軟なイオリのことだ、難なくすべてを把握し状況を理解するだろう。
ここはカルデアで、イオリと私が共に戦った時代から四百年余りの未来であること。イオリは死に、今は私と同じ英霊という立場で、ここに召喚されていること。

ただ、伝えるだけだ。それだけでいい。

「なんの話だ? イオリ」

――ただ、ありのままの事実を伝えるだけでいい。それだけでいいのだ。

きっと悪い夢でも見ていたのだろう。なぜこの私が、きみの胸を貫いたりするのだ。私はきみのサーヴァントだぞ
「! ――そうだ、そういえば、令呪――

また目敏く何かに気付いたイオリが己の左手を目前にかざそうとする。その手首を、ぱしん、と音を立てて捕まえる。
押しても引いてもびくともしない、その私の握力に、なにか異質なものを感じたようでイオリが訝しげに私を見る。

気にするな、イオリ。――ほら、おむすびを持ってきてやったぞ。カヤが持ってきてくれたのだ
きみときたら、そう――

まるで、呪詛のように――呪文のように――あらかじめ、すべてを準備していたかのように――
が、つらつらと私の口をついて出る。まるで耳ざわりのいい歌のように。

盈月の儀も大詰めだからと稽古に精を出し過ぎて倒れたろう。それできっと、ありもしない夢を見たのだ。
さあ、これを食え。そして少し眠るといい。妙な心配をしなくともここはきみの――我らの家だよ。他に一体何だというのだ」
――そう…………
「そうだとも。――ああ、そうだ」

――この感情は。

果たして、私が元から持っていたものだったのだろうか。この、昏く、おぞましく、狂おしいほどに思考と身を焦がす黒い欲望は。
宮本伊織が生き返った。それで、私の中で死んでいたこの想いすらも、彼と一緒に甦ってしまったのか。――仄暗い地の底から。

外にな怪異が湧いている。だから、決してここから出てはいけない――きみは弱っているから、ひとまず怪異はすべて私が引き受けよう。きみは、私が戻るまで中で待っているのだ」
「すまん、セイバー。恩に着る。――俺の調子が戻れば、すぐに俺も加勢して」
ここから出てはいけない。食事は、またカヤに頼もう。――すぐ戻るから、よく休んでいるのだぞ、イオリ」

からからと、引き戸を閉めて外に出る。――それから、イオリの長屋の――その入口、その部屋の外観自体を、私の神気で覆い隠す。
傍目には、まるでそこに部屋など存在しないように見えるだろう。無論、カルデアにいる専門家にはすぐに見破られてしまうような拙いまじないのようなものだが、そもそも誰もこんなことは気に留めない。
イオリはここにいる。カルデアから消失したわけではないから職員たちだって気にしない。何かの用事で呼び出しでも受けない限り、しばらく食堂に顔を出さないからといって誰も気づかない。

壁と一体化してしまった長屋の入り口に、そっと手を触れる。頬を寄せる。思わず昏い笑みがこぼれた。



――ここに、イオリが、いる。――あの、宮本伊織が。



ようやく手に入れたのだと――湧き上がる実感に、脳が焼けるようだった。