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2024-07-20 22:07:06
44944文字
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性癖パネルトラップまとめ

性癖パネルトラップのまとめになります。
四番だけR18なので気を付けて下さい。



6 竜武 にょた・BBさん


 人生の転機、と、言うのは、ふとした瞬間に訪れる。本人の思いもよらぬところで、唐突に。灰谷竜胆十七歳。未成年でありながら、立派な酒飲みであった。飲酒が許される年齢が幾つからなのか、とうの昔に忘れてしまった。法に逆らい堂々と飲み、しかも誰も止めなかった。何故なら灰谷竜胆だからである。六本木のカリスマ、立派な前科持ち。出来れば関わりたくない人間である。早い話が、他人の飲酒など、命を張ってまで止めるものではないのである。飲んだくれた挙句、知らない場所で目を覚ますことも度々あった。その都度、一応次は気を付けようと思うわけである。思うだけである。意識が戻った時、大抵竜胆は一人だった。室内なら未だしも、余程懇意な間柄でもなければ、態々路上で寝こけている人間に声をかけようなどと思わない。季節は春から夏に移り変わろうとしていた。外で意識を失っても、体調を崩し難い気候だった。
「あの、もし」
 完全に灰谷竜胆は不審者だった。しかしその不審者に声をかける人間が現れたのだ。竜胆の意識ははっきりしていなかった。頭に靄がかかっている。だが、声をかけられたのが自分だと言う事は分かった。だから、億劫だと思いながらも、そろりと目を開けたのだ。外は明るかった。いや、一瞬にして明るくなったように感じた。寧ろそれどころか、世界が変わったようにすら思えたのだ。無論現実には何も変わっていない。灰谷竜胆の感想である。竜胆は目を大きく開いた。目の前に広がる景色を脳に刻み込むように。
「あの、」
 再度、声が耳を擽った。思わず竜胆は、喉を鳴らした。地べたに座り込む竜胆の前には、知らない人間がいる。知らない筈だ。何せ記憶にない顔である。声に聞き覚えもない。不思議な感覚だった。知らないにも関わらず、この灰谷竜胆に声をかけてくる人間がいる事が、である。世の中から、敬遠されている自覚があった。寄ってくるのは、男も女も何処か道を外した人間ばかりだ。だが今目の前にいるのは違う。明らかに真っ当に生きている人間だった。余りにも竜胆がまじまじと眺めてくるものだから、声をかけた人間は戸惑っている。もしかすると、失敗したくらいには思っているかもしれない。それはまずい。取り繕うべく声を発しようとして、何を言うべきか分からなくなった。竜胆は混乱していた。酒の所為か、それとも別の要因か、頭がはっきりしないのだ。ただ、一つ確かな事があるとすれば、逃がしたくない、と、言う事だった。可笑しな話である。ふと、捕らえたいと、そう、思ったのだ。知らない、初対面の相手を。
 もしかすると、これが、一目惚れと言うのかも知れなかった。
 初めて体験するから、分からない。また、竜胆は喉を鳴らした。
「大丈夫、ですか?」
 如何にも心配していますと言う顔で、見てくる。青い瞳が酷く印象的で、一緒にサイダーを飲みたいと思った。酒以外の物を飲みたいと思ったのは久々だった。いっそこのまま誘ってみようか。声をかけてきたのだから、きっと可能性はゼロではない。竜胆は己の外見に自信があった。本気で口説いたら、多分、イケる。そんな風に思い、声を発しようとした矢先、
「あの、お姉さん?」
 口を噤まざるを得なくなったのだった。竜胆の頭は白くなった。お姉さん。そう、相手は言ったのだ。竜胆は己の他に誰かいるのかと思った。しかし、視線を走らせるも、他に誰もいないのだ。お姉さん。誰が? 生まれてこの方ただの一度も、異性に間違われた事など無かった。誰が何をどう見ても、男以外の何物でもない。だが此処で、漸く竜胆は可笑しなことに気付いたのだ。それは、自分の格好だった。ふと下を向いたところ、何故か見慣れない服が見えたのだ。しかも身に付けているのは自分だった。自分の立派な足が見える。勿論全部ではない。下を履いていないわけでもない。問題は、いつもより風通しがいい事だ。何故か、スカートを履いていたのである。そんな馬鹿な。狼狽えながら上半身も見てみた。案の定、此方も女性ものを身に付けているように見える。つまり、灰谷竜胆は、女性の服を着ている。こう言うわけだ。だが、全く記憶に無いのである。大方飲んでやらかした、と、言ったところである。しかし、だからと言って、女性に見えるかと言えば別問題である。どう見たって、女装した男である。だが、竜胆に声をかけた、心優しい人間は、お姉さん、と、そう言ったのだ。竜胆は考えた。その結果、一つの結論に達したのだ。
 男性に縁がないのではないか。
 そう、声をかけてきたのは、女性だったのだ。学校の制服を身に付けた、青い瞳に金髪の女生徒だったのである。竜胆より年下だろう。少しヤンチャに見えるが、もしかすると、物凄く箱入りのお嬢さんなのかもしれない。竜胆がいつもの形だったなら、声をかけていなかったかもしれない。つまり、結果オーライ。
 竜胆は、初対面のお嬢さんが気になって仕方がない。早い話が、また逢いたいと思ったし、当然出来る事ならお付き合いしたいと願った。その為には、距離を縮めなければいけない。だから竜胆は、勘違いされているならそれでいいと、お姉さんになることにしたのだった。明らかに、素面ではなかった。正常な思考回路では生まれない決断である。そのまま具合の悪いお姉さんを装って、連絡先を交換するに至ったのである。半ば無理矢理。飲んだくれたお姉さんに扮したお兄さんの圧に、お嬢さんは負けたのだった。人生の転機、と、言うのは、ふとした瞬間に訪れるのである。本人の思いもよらぬところで。
 こうして灰谷竜胆は、一方的に運命を感じた結果、女装家になったのだった。
 後日灰谷家のリビングで不審者に遭遇した蘭は、殺してやろうと獲物を探していた。酒瓶で思い切り後頭部を殴るか、それともいっそ刃物で刺すか。いや、その前に一応不審者の言い分を聞いてやろう。これが全く見知らぬ不審者であれば問答無用で殺害していたかもしれない。しかし、顔見知りどころか身内だったが故に、蘭は譲歩したのだった。
「病院に行け」
「なんで?」
「オマエ、自分の姿鏡で見た?」
「中々イケてるなって思った」
「イケてねえよ死ね!!」
 灰谷蘭渾身の死ねが出た。言われた弟は目を丸くしている。蘭が殺害を決意する程の不審者とは、残念ながら弟であったのだ。自宅にもコンクリートブロックが要るな。現実逃避気味に蘭は思った。勿論用途は、不審者を始末するためである。
「一応、本当に一応聞くわ。その恰好何?」
 しっかり内心で十数えて蘭は問うた。一番縁がないであろうアンガーマネジメントを彷彿とさせる行動だった。
「美女だろ、オレ」
「死ね!!」
 アンガーマネジメント失敗。一度は引いたかも知れぬ怒りも、再度押し寄せた模様である。波と同じ。引いたら戻るのだ。
「え? 見えない?」
「何が?」
「美女だろ?」
「何処が」
「面」
 言われ蘭は本当に嫌々ながら、弟の顔を見たのだ。これでもかという程色を乗せた顔である。竜胆は蘭の弟である。だから確かに、悪くはないのだ。顔の作りは整っている。美形の類である。だから、百歩譲って面は良い。問題はそれ以外である。
「一応、本当に一応聞く。女のつもりなんだな?」
「どう見ても美女だろ」
「どう見ても女装した野郎だよ!!」
「えっ」
「えっ」
 奇しくも似たような表情だった。互いに驚いているのだ。蘭は思った。テメェに驚く権利はない。寧ろ生きる権利も本日で消失の模様である。兄の言葉を受け、竜胆は眉根を寄せた。常より五割増の睫毛が揺れた。盛りすぎである。
「女に見えない?」
「見えるヤツは頭と目がおかしい」
「あの子の事言うの悪く言うの止めてくんね」
「誰だよ!!」
 灰谷蘭渾身のツッコミがさく裂した。蘭は思った。こんなキャラじゃなかった。誰が。己がである。そろそろ証拠隠滅のために女装した弟を始末すべきである。無論、突然出てきたあの子なる人物に心当たりなどなかった。しかし、我が弟にこのような真似をさせている時点で、抹殺すべき対象である事も間違いなかったのだ。灰谷兄弟の沽券にかかわる事態である。一体どこの誰が何をすれば、灰谷竜胆がこうなるのか。
 蘭の視線に殺意がこれでもかと込められているのを感じ取ったのか、竜胆は一つ頷いたのである。
「長くなるけどいい?」
「いいわけあるか五・七・五で話せ」
「飲んだくれ、運命の女神と、路上で会う」
「死ね!!」
「えぇ……
 要望に応えたのにまた死を宣告されたのであった。兄とは理不尽な生き物なのだ。尤も兄からすれば、弟は不可解な生き物である。つい先日までは理解していた気がしていたのだが。急に知らない生き物になってしまったのだった。六本木のカリスマ、女装して出歩かない。大前提である。
「実は、女装した状態で意識失って」
「意味の分からない出だしを止めろ」
「オレだって記憶にねえんだから仕方ねえだろ」
「開き直るな死ね」
「路上で寝てたら、女神が起こしてくれた」
「その女神って何? 妄想?」
「ハナちゃんていう、すっげえ可愛い女の子」
「実在しねえヤツだな」
「連絡先交換したからいます」
「詐欺だろ」
「こんなオレを心配して声掛けてくれる可愛い女の子だったらもう詐欺でもいい」
「良くねえよ死ね。こんなテメェに声掛ける時点でイカれてるだろお似合いだよ」
「オレもお似合いだと思うんだよな」
「褒めてねえんだよ嫌味だよ死ね!!」
「多分あの子すっごい純粋な子だと思うんだ」
「頭と目が悪いだけだろ」
「きっとオレの事女だと思って心配してくれたんだと思う」
「ねえよ! どう見ても野郎だよ!!」
「あの子の目にはオレが具合悪くて倒れてるスゲェ美女に見えたんだよ」
「盲目かかわいそうに」
「だからオレ、警戒されないために付き合うまでは女装しようと思って」
 悲しい程に話が通じなかった。何だか全てが嫌になって、蘭は見る者全てを殺したくなったのである。一番嫌なタイプの殺人鬼。大体スゲェ美女に見えた、等と弟は言うが、どう贔屓目に見ても男である。確かに顔は良い。顔だけなら、未だ、美女に見え、なくも、ないことも、ない。蘭は目を細めた。ギリギリまで薄眼で見ることによって、何とか弟に寄り添おうとしている。そもそも蘭は目が悪いのだ。その蘭が視界を狭めても、映る弟は女装した男だった。何せ、体格が男である。これが真冬だったなら、まだ、誤魔化しがきいたかもしれない。コートやマフラー等の防寒具で隠せたかも知れない。しかし今は、晩春である。何処から入手したのか、竜胆は女性ものの服を身に着けていた。服だけは、女性である。だが、中身は明らかに男だった。はっきり言えば細身どころか鍛えている男である。隠しようがなかった。これを女だと言い張るのは無理がある。中性的ですらないのだ。
 もういざとなったら、弟ではなく、目と頭が悪いであろう女の方を始末するしかない。
 自然と頭に浮かんだ。何故なら、灰谷兄弟である。六本木のカリスマである。ニコイチである。少なくとも弟には、正常でいてもらわなければならないのだ。蘭の為に。明らかに常軌を逸した振舞いの弟よりも、兄である蘭の方が追い込まれていた。思考すら物騒になる。尤も危険なのは今に始まった事ではない。最初からである。
 一方で、うっかり怪しい人間に声をかけてしまったばかりに、知らぬところで生命の危機に直面しそうになっている女がいた。女装姿の酔っ払いを案じてしまったお人好しである。竜胆の予想通り年下の学生だった。丁度学校帰りに友人と、その出来事を話していた。何せ今からまた、会うのである。
「本当に大丈夫なの?」
 倒れていた女装姿の酔っ払いに声をかけ、何故か酷く有難がられ、結果連絡先を交換したところまで聞いた友人の素直な疑問だった。普通に考えれば、会わない方がいい。一体どんな人物かも分からないのだ。
 しかし、此方は危機意識が低かった。
「うーん、大丈夫じゃないかな。悪い人じゃなさそうだったよ。起こしてくれてありがとうって、何度も感謝されたし」
 残念ながら、悪い人である。前科持ちの不良だ。単に一目惚れしたものだから、よく見られようと振舞った結果である。聞いた友人は、溜息をついた。こりゃ駄目だ、の息である。
「用がなかったらヒナ一緒に行くんだけど……
「大丈夫だって。女装してんだよ?」
 普通にバレていた。この場に灰谷竜胆がいたら崩れ落ちていただろうし、灰谷蘭がいたなら、ほら見た事か死ね!! と、喚いただろう。このお嬢さんは頭は悪いかもしれないが、盲目でもないし、目は悪くなかったのである。ちゃんと男だと認識していたのだ。その上で、女装しているなら、大丈夫だろうと判断したのだった。この場合の大丈夫は所謂、恋愛対象が女性ではないと言う意味の大丈夫である。女装している男性=恋愛対象が同性だと判断したのだった。
「もしかしたら普通に友達になれるかもしれない」
「なりたいの?」
「いや、別に」
 あっさりと答えた。確かに、一度会っただけの相手と友達になりたいと思うには、余程に気でも合わない限り無理である。因みに女装家の方は、お付き合いしたいと思っているわけであるが。
「ミチちゃん、自己紹介したんだっけ」
「ハナって言っといた」
 尤も大丈夫とは思えども、全く警戒しなかったわけではない。だから、本名をそのまま伝えたりはしなかったのだ。このお嬢さん、名前を花垣武道と言う。友人は大抵、ミチちゃんだとか、ハナちゃんだとか呼んでくる。武道ちゃんは長いのだ。
「相手の人は?」
「リンコさんだって」
 灰谷蘭が聞いていたなら絶対に言っただろう。ちんこ? 死ね!! 弟の狂った行動によりストレス耐性がなくなり、沸点の低さが異常レベル。竜胆だからリンコと言う安直さ。名前にコを付けたら女性名になると思っているわけである。そして後から気付く。別に竜胆でも良かった事に。花の名前である。女性らしさは十分あったのだ。
「くれぐれも、本当にくれぐれも気を付けてね! 危なくなったら交番駆け込むんだよ!」
「大丈夫だって」
 カラカラと武道は笑ったが、友人は渋面を浮かべたのだ。心配しかなかった。そもそも、日ごろから癖のある男に好かれやすい質なのだ。何故か。全く安心できないまま、最後の最後まで注意を重ね、二人は別れたのだった。
 そのまま指定された待ち合わせ場所に行けば、相手は直ぐに分かった。嫌でも分かった。何故ならその人物の周りだけ空いているのだ。関わり合いを避けている。その気持ちは武道にも分かった。異様過ぎるのだ。
「ハナちゃん!」
 でも、悪い人じゃなさそうなんだよな。
 自分を見つけるなり、化粧をバッチリ決めた顔で笑いかける相手を見て、そう思ったのだった。
「こんにちは、リンコさん」
 ただしどこからどう見ても、単に女装した男であった。それはそうである。女装家になる、等と言ったところで、急に女性の振る舞いが出来るわけでもなく、女物の服を着て化粧をしただけの男がそこにはいたのだ。先ず何より、武道に呼びかける声が誤魔化しようもなく男であった。