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2024-07-20 22:07:06
44944文字
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性癖パネルトラップまとめ

性癖パネルトラップのまとめになります。
四番だけR18なので気を付けて下さい。



3 サン武(梵天)・死体を埋める・ももまるさん



 夏暁、筋雲が空を覆う田舎道、青々とした緑が生い茂る中、一角全てが向日葵と言う畑があった。沢山の黄色が真っ直ぐに立っている。その横を車は一瞬で追い抜いて行った。別れを告げるように、向日葵が風に揺らめく。深い緑色の幌の付いた白い軽トラ。荷台には、鉄くずと膨らんだ巨大な麻袋が乗っている。向かう先は、産業廃棄物のリサイクル場だ。ほぼ緑しかなく、民家がぽつりぽつりとあるだけの寂れた場所に、トタンの壁が現れた。ぐるりと、広大な敷地を囲んで、中を見えなくしている。入口にはバリケードがあり、看板がかかっていた。鉄、スクラップ回収します。そう、書いてある。業者の名前と電話番号も併記されている。疚しい事はないとアピールするかのように。迷うことなく軽トラは、薄い壁の奥へと進んでいった。壁の向こうは、ごみ溜めだった。確かに鉄くずはある。だが他に、非鉄金属、電化製品の残骸、中には、木材なども置いてあって、凡そリサイクルをしているようには見えなかった。敷鉄板の上を軽トラが行く。ガタガタと、揺れる。人の気配はない。車は奥の方へと進んだ。広い敷地だった。外から見るよりずっと広く感じる。一番奥は、もう、山に差し掛かっていた。途中まではコンクリート舗装がしてあり、鉄板も引いてあったが、奥の方はただの土だった。その手前で車は止まった。エンジンが止まると、急に息苦しさを覚えた。ふと、武道は隣を見た。武道が座っているのは、軽トラの助手席だった。つまり、運転手がいるのだ。途端に心配になった。この運転手、潔癖なのだ。このような所で、息ができるのだろうかと。だが武道の心配を他所に、見れば勝手に此処に連れてきた男は、しっかりと顔の下半分を布で覆っていたのだ。マスクではない。布である。スカーフだか手ぬぐいだかよくわからないが、大き目の布を、マスクの上からしていた。息苦しくないのだろうか。しかも外は暑いのだ。顔を顰めて武道が見れば、漸く視線に気付いたのか、三途もまた顔を顰めたのだ。
「なんだよ」
 成程、声は聞こえる模様である。
 武道が答えなかったからか、とっとと三途は車から降りてしまった。武道は困った。連れて来られたものの、どうしていいか分からなかったのだ。でも、何となく乗っている気にならなくて、やはり、降りた。暑かった。昔は、涼しい午前の内に宿題をしなさい、等と言ったものだが、最早涼しい夏などないも同然だった。夏はいつだって暑いのだ。例え、山奥であったとしても。だから、例えエンジンが止まったとしても、車内の方が幾らか快適な筈だ。分かっていても、乗っていたくなかった。荷台の所為だ。鉄くずと、膨らんだ麻袋。武道は、その麻袋の中身を知っていたのだ。
 何をするでもなく、武道は突っ立っていた。三途は動いている。敷地の中には重機があった。その中で、小型のバックホウを選び、操縦席に座った。因みに、重機にはエアコンがついている。ただ外で待っているだけの武道よりずっと快適だった。エンジン音を響かせ動く様を、何でもできるんだな、と、武道は眺めていた。尤も三途とて技能講習を受けたわけではない。ただ、仕事で使うわけではないし、公道を走るわけでもないから関係ないだけだ。バケットが、爪を立て地面を引っ搔いた。土が抉られる。穴を、掘っている。武道は思った。自分など、必要ないのではないか。三途に連れられてきたが、このまま何もせず終わるのではないか。いや、終えたい。平静を装ってはいたが、ずっと、胸の辺りが痛かった。本当は、怖いのだ。今から自分がしようとしていることが、恐ろしくて堪らないのだ。花垣武道は普通の人間だった。こんな事、普通の人間が遭遇するには、耐えられない。でも、来てしまった。三途が、一緒に来いと言ったからだ。ただ、それだけで、来た。愛だとか、恋だとか、何だか、訳も分からずに、来た。ごみだらけのこの場所はとても息苦しい。空気が澱んでいる。でも空は青くて、雲は白くて、途中で見た向日葵は奇麗だった。この汚い空間に、向日葵を植えればいいのに。今掘ったあの場所に、向日葵を入れればいいのに。土が、積まれていく。穴が、開いた。エンジンが、止まる。三途が降りてきた。泣きそうだった。
「手伝え」
 とうとう、地獄の宣告が聞こえた。自然と武道は息を呑んで、背筋を伸ばしたのだ。その様を無視して、三途は軽トラに寄ると、手慣れた様子で幌を外した。荷台が陽に晒される。詰まれた鉄が光を浴びて、きらめいた。敢えて奥の麻袋を見ないようにした。鉄くずの隣に置いてあった軍手を、三途は武道に放って寄越した。咄嗟に手を伸ばす。何の変哲もない、厚手の七ゲージ三本網の軍手。如何にも今から作業をしますと言わんばかり。三途が手に嵌めているのを見て、仕方なく嵌めた。嵌めたくなかった。用意が出来たら、実行しなければいけない。武道は動かない。だから、三途が動く。武道は視線で追って、徐々に顔を曇らせていった。三途は軽トラの荷台に上がると、麻袋を蹴ったのだ。何時もの革靴ではなく、作業用の黒い安全靴で。袋は転がらなかった。ただ、滑っただけだ。鉄くずに当たっても、三途は蹴った。ばらばらと、荷台に散らばる。とうとう最後にどすん、と、嫌な音を立て、麻袋は地面へと落ちたのである。
「そっち、持て」
 出来れば最後まで、蹴って行って欲しかった。三途が上体を屈めて腕を伸ばしたから、仕方なく武道も倣った。触りたくなかった。今更ながら本当に、何故断らなかったのかと後悔している。手には軍手が嵌っている。だから、直ではない。触るのだって、麻袋だ。観念して、武道は、膨らんだ袋を持ち上げる為、腕を伸ばしたのだ。
「うっ」
 吐きそうだった。
 持った瞬間、込み上げるものがあった。食道をせり上がってくる。耐えた。同時に、汗が全身から噴き出したのだ。何も見えない。麻袋は頑丈で、中など何も見えない。でも、分かった。分かってしまった。武道が掴んだ方が、下の方だと。人間の。袋の大きさは、一メートルほどだろう。大人がそのまま入る大きさではない。だから、折りたたまれているのだと分かる。その為に膨らんでいるのだ。武道が持った感覚は、足だった。頭でなくて良かったと思うべきかどうか、分からない。ただ、重くて、手が震えた。重くて震えているのか、怖くて震えているのか分からなかった。しかし、落とすのはもっと恐ろしかった。だから、必死で歩いたのだ。三途春千夜を見る余裕などなかった。舗装されていない地面をよたよたと歩く。二人がかりで持っても、何やら酷く重く感じた。穴が、見えた。縁で立ち止まり、下を見て、落とす。土の中を転がって、止まった。今、死体がどういう体勢なのか、武道には分からない。上を向いているのか横を向いているのか、それとも、下なのか。知りたいと思わない。ぼんやりと眺めていると、三途が横に並んだ。
「ほら」
 言いながら差し出されたのは、木柄ショベルだった。導かれるかのように、武道は手に取り、そして、握りしめた。まるで、命綱みたいにぎゅっと。そうして握ったまま、下を見たのだ。膨らんだ麻袋がある。埋める。この、袋を埋める。分かっている。分かっていながら、動けない。ショベルの柄を握りしめ、ただ、穴の中を見詰めている。夏の日差しが、武道の後頭部を焦がしている。じわじわと、せっつくように。
 ザ、と、聞き慣れない音がした。
 視線を動かす。土が、降った。三途が、埋めている。それを何ともなしに眺めて、のろのろと、構えた。催促されていると思った。この作業は二人でしないと終わらないのだと。最初にそうしたように、重機で雑に土をかければいい。そう思うのは当然で、なのに、思わなかった。この、ショベルで埋めなければいけないのだと思った。土を、アルミの上に少し乗せた。そうして、麻袋の上に、放ったのだ。武道が一回土を落とす度に、三途は三回は落とした。どんどん、袋が埋まっていく。見えなくなっていく。その事に安堵を覚えるかと思いきや、段々と恐ろしくなっていく。これはしてはいけない事だ。武道の善良さが訴えかけてくる。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
 口から漏れた謝罪は、恰も念仏のようだった。三途春千夜にとっては、呪詛にすら聞こえた。全くの無関係の人間に、何を謝る事があるのか分からなかった。土を落とす合間に見れば、花垣武道は顔を白くして、この暑い最中に、顔色を無くして、涙すら浮かべている。この麻袋の中身が、男か女か、年齢すらも知らない癖に。勿論、死因も。この中身は碌な人間ではないのだ。真っ当に生きている人間が、このような目に遭うはずもない。だが、真っ当に生きている筈の花垣武道は、今、犯罪の片棒を担がされているのだ。三途春千夜が誘ったからだ。
 単なる気まぐれだった。
 死体の処理など、三途の仕事ではない。これでも組織のナンバーツーである。こんなものは下っ端の仕事で、するとしても、こんな風に証拠を残すものではない。なのに態々、こんな山奥まで来て、手ずから埋めているのだ。この死体を作ったのすら、三途ではない。でも、若い女だと言う事は知っていた。男でも女でも、裏社会に足を踏み入れてへまをすれば簡単に死ぬ。それは三途とて例外ではない。但し、花垣武道は違う。この男は、カタギなのだ。最早それもどうか危ういが。一般の、普通の人間が死体を埋める事等先ずない。分かっていて、三途は巻き込んだ。一回くらい、同じ悪さをしてみたかった。どうせ共同作業をするなら、悪行が良かった。良い事等、直ぐに忘れてしまうからだ。嫌な事程、人の記憶に残る。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
 既に袋は見えない。でも、花垣武道は謝罪を繰り返している。いっそ、中身が若い女だと教えてやろうか。更に絶望するだろう。この男は、子供が犠牲になったニュースを見るだけで顔を曇らせる男なのだ。本当に唯の善良な人間なのだ。軍手を嵌めたままの手で、目元を拭っている。肩を震わせて、荒い息を吐いている。罪悪感と恐怖に押し潰されそうになっている。
「なあ」
 声をかければ、手が止まった。ついでに、謝罪も止んだ。
「なんで来た?」
 問いかければ、きょとんと、目を丸くして武道は三途を見たのだ。そうして、ぎゅ、と、柄を握った。今掴むものが他になかった。誰も何も助けにならないから。
「三途君が、来いって言った、から」
「死体埋めるって言ったぞ」
「聞いた。でも、分かってなかった」
 そう言えばこの男、想像力がなかったな、と、今更ながら三途は思ったのだ。考え無しで、勢いだけで行動することが多かった。でもそれが、嫌いじゃなかった。深く思考するタイプならば、三途の言に踊らされて馬鹿な真似はしない。意図も容易く踊るから、嫌いじゃなかった。三途は考えていた。次を、いつにしようか、と。死体を態々埋める等と言う手間のかかる行為、したくないに決まっていた。でも、花垣武道と一緒なら、またやってもいいと思えたのだ。単純にこの男が、何回目で慣れるのか、と、言う疑問もあった。果たして、慣れるものだろうか。ずっと、何回埋めてもずっと、泣いて謝るのかもしれない。それはそれで、花垣武道らしいとそんな感想すら抱いたのだ。
「この後、どうする?」
 粗方埋まったので、後は重機で仕上げればいいかと算段を立てながら言った。土を被せ終えたら、転圧して、敷鉄板でも乗せれば何も分からないだろう。相変わらず武道は涙を流して、ひっくひっく、と、過呼吸にでもなりそうな泣き方をしている。でも、じっと、三途春千夜を見たのだ。ショベルの柄を握ったまま、夏の空にも負けない青を向けたのである。
「三途君と、死ぬ」
「は?」
 聞き間違いかと思った。三途は呆気にとられ、武道を見返した。涙に濡れた目が貫いてくる。今の今まで恐怖に慄いていた小心者の目はなかった。嫌な決意を滲ませて、三途を追い詰めようとする。
「だって、こんな、したら駄目だ。だから、死ぬ」
 罪悪感に敗北したのだと分かった。知らない人間の死体を埋める行為は、自らの命で償うしかないとこの男は言っているのだ。三途は目を見開いて、そんな馬鹿な、と、嘲った。死ぬ理由があったから、この女は死んだ。其処には花垣武道が償うべき何かなどない。でも今の武道には通用しない理屈なのだ。いやそもそも、死んで逃げたいと思っているのかもしれない。この死体を埋めたと言う行為から。たった一回。その一回が、耐えられない程の苦痛を齎した。三途の申し出に軽い気持ちで答えた結果だ。それを罪と言うなら、贖うしかない。
 沈黙が下りた。夏の日差しは容赦なく降り注ぎ、二人揃って汗を流している。武道に至っては涙すら流して、水分が足りなくなることは目に見えていた。酷く馬鹿げた気持ちになった。三途は、暑いのが嫌いなのだ。汗をかくのだって嫌いなのだ。でも、花垣武道と一緒に死体を埋めたいと思った。人生に一度くらい、特別な相手と嫌な特別を体験したかった。それがまさか、一緒に死のうと誘われるとは思わない。最悪で馬鹿げていて、悪くない、と、そう思った。
「オマエが、オレを愛しているなら死んでもいい」
 もしかすると三途は、逃がしてやろうとしたのかも知れない。死ぬことからである。武道が三途を愛していないと言えば、一緒に死ぬ理由などないと言い放てる。相変わらず武道はじっと三途を見ている。蝉が、鳴きだした。
「オレを、愛しているから、死体を埋めようって言ったんじゃないの」
 夏は終わらない。なのに聞こえる蝉の鳴き声は何だか侘しさすら感じさせた。蝉の声に負けず、三途の耳に届いた武道の声は、全てを諦めさせるに十分だった。武道は涙を流している。もらい泣きしそうになって、三途は顔を顰めた。地中に埋められた死体の傍で、死ぬ話をしている。希望も何もないのに空は高く、鷺は飛んでいく。この日の鉄の値段は、一キロ四十円だった。