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2024-07-20 22:07:06
44944文字
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性癖パネルトラップまとめ

性癖パネルトラップのまとめになります。
四番だけR18なので気を付けて下さい。



1 虎武・ショタ・知歳さん


「おっと」
 伸ばした手が掴んだ腕の細さと言ったら、うっかり折ってしまいそうで、しかし離すわけにもいかず、羽宮は慎重に握ったのだった。羽宮も驚いたが、掴まれた方も驚いて立ち止まり、見上げた。羽宮よりも、随分と小さい相手だったのだ。暫し二人は黙って見詰め合った。そうして、思い出したと言わんばかりに手を離し、しゃがんだ。目線を合わせる為である。
 羽宮が掴んだのは、子供の腕だったのだ。
 年の頃は、と、考え、五、六、七、と、勝手に脳内でカウントしたものの行き着く答えなど無かった。外見を見ただけで年齢を察することが出来る程、子供に縁がなかったのだ。場所は、ペットショップ店内、入り口付近である。子供が一人で外へ出ようとしたものだから、驚いて腕を握ったのだ。保護者の姿は見当たらないが、子供が一人で来るような所ではない。社長と商談でもしているのかもしれない。そうなると、子供に居場所はない。暇を持て余し、外へ出ようとしてもおかしなことはない。あってはならないが。見逃さずに済んでよかった、と、勝手に結論付けて羽宮は息を吐いたのだ。
「一人か?」
 一応尋ねてみれば、案の定子供は首を横に振ったのだった。そうして、店の奥を指さしたのだ。
「あっちにいる」
「そうか。大人しく待ってろって言われなかったか」
「言われた」
「だったら待ってないと駄目だろ」
 至極当然の言い分である。なのに子供が不満げに顔を顰めたものだから、面倒だな、と、正直思ったのだった。子供の相手など、得意な方ではないのだ。まだ動物の方がマシ。同じくらい、意思の疎通を図るのは難しいが。ただ、このまま一人で店の外にでも出て行って、行方が分からなくなったら大問題である。少なくとも今羽宮がすべきことは、子供を飽きさせず店内に留める事だった。中々難易度高めである。
「犬見るか?」
 心持ち優し気に尋ねてみる。しかし子供は首を横に振ったのだった。
「猫の方が好きか?」
 犬が駄目なら猫である。何方もペットショップではメジャーな方。しかしこれまた子供は首を横に振ったのだった。羽宮は思った。一体この子供、何をしに来たのか、と。それは勿論、親に連れられてきたわけであるが。
「何か、飼ってるのか?」
 生体が目的でないとすれば、既に家には動物がいる可能性がある。店内には、ペット用品も多数取り揃えられているのだ。
「飼うんだって」
 生体目的だった。なんだそりゃ。内心で羽宮は呟いた。実際に声に出さないくらいには大人になったのだ。
「何飼うんだ?」
……わんちゃん」
 とんでもなく不服そうである。全く嬉しさが感じられない。ペットショップに来て、新しい家族を迎えるにあたり、こんなに不本意を全面に押し出している子供初めて見た。
「犬嫌いか?」
 一先ず、親の意向で飼うものの、そもそも好きではない可能性を踏まえ尋ねてみた。だが、子供は首を横に振ったのである。
「じゃあ、猫がよかった?」
 先程猫を見るかと誘い掛け断られた手前、その可能性は低いだろうと思いながら尋ねた。案の定、子供は首を横に振ったのだ。難しい。犬が嫌いなわけではないけど、犬を飼うのは嫌で、じゃあ猫が良いかと言えばそれも嫌。難しい。考えてもどうにもならない問題である。
 思い切って羽宮は直接問う事にしたのだ。
「何が欲しい?」
「とら」
「えっ」
 尋ねれば間髪入れずに答えは返ってきた。尤も、逆に羽宮が黙る羽目になったわけであるが。とら。脳内で反芻する。とら。確かにそう言った。とら。
「とら」
 因みに、声にも出した。
「うん」
「とらって、あのとら?」
 言いながら、あの虎ってどの虎だよ、と、内心でツッコむ始末。少なくとも動物で虎と言ったら、あの虎である。哺乳綱食肉目ネコ科ヒョウ属に分類される食肉類の、所謂猛獣である。羽宮は思った。ペット向きじゃない。そもそも、この場にいない。
 更に頭を悩ませる羽目になったのだ。
「虎かあ……
「がおーって言う」
「うん、言うな」
「お肉食べる」
「坊主の事も食べるぞ」
「えっ、オレ、食べられるの」
「だって、肉じゃん」
「えっ、オレ、肉なの」
 言ってから思った。子供を肉呼ばわりは流石にまずかったのではないだろうかと。しかし、口から出たものは仕方がない。羽宮は開き直った。大体、誰も聞いていないので勝手にセーフ扱いにしたのである。
「虎はな、無理だって」
「どうして?」
「大きいし」
「オレんち大きいよ」
「えっ、マジ? どんくらい?」
「うんとね、隣のお家と同じくらい」
 羽宮は思った。多分、普通の一軒家だな、と。でも子供にすれば大きいのだろう。此処で敢えて小さい、等と言う必要はない。羽宮は何とか、子供を傷つけず、虎を諦め犬を受け入れてもらう方法を考えていた。
「虎、見た事あるか?」
「動物園で見た」
「檻の中にいただろ」
「いた」
「オマエん家、檻、あるか?」
「ない」
「じゃあ駄目だな」
「でもオレ、とらさんと一緒に寝るよ」
「そしたらオマエ食われんだって」
「お肉あげても?」
「だって、オマエ肉なんだもん」
「えっ、オレ、肉なの?」
 何という既視感。完全に話の持って行き方を間違えていた。こういうの、堂々巡りって言うんだっけ。そんな事を思いながら、子供を見た。羽宮が駄目だと言ったからか、難しい顔をしている。尤もこのくらいの事は、両親も言ったであろうが。ただ、全く無関係の第三者の言葉の方が、届くこともあるのだ。
 もう一押しかもしれない。ただし、肉は抜きで。
 そう思った矢先だった。
「一虎く、あっ、いた!」
 呼びかけられ視線を寄越した先には上司がいたのだ。幾分焦りを浮かべた顔で。何か問題でも? そのような思いで、平然と見返した。別に立ち上がったりはしなかった。向こうの方が歩み寄って来たからである。
「探してたんですよ!」
「オレを?」
「アンタじゃねえよ! お子さんだよ!」
 お子さん。この場にお子さんは一人しかいない。チラリ、と、見下ろせば、不思議そうな顔の子供がいた。全く自分の事だと認識してないのが丸わかりである。社長の大声に、子供の両親らしき大人も近付いてきた。ちょっと目を離すとすぐ何処かへ行っちゃうんだから、と、そんな小言が聞こえてくる。でも、仕方がない。子供にとって、大人の話は退屈なのだ。態々相手をしてくれたと思ったのだろう、母親の方が羽宮に頭を下げた。困って、いえ、と、短く返した。こういうのは苦手なのだ。
「社長、この小さなオキャクサマ、犬嫌だって」
「えっ」
 流石に両親の手前、坊主、等と言う訳にもいかず、別の言い方にした。羽宮より子供への接し方が幾分上手い松野がしゃがんで、目線を合わせた。
「犬の何が嫌?」
「嫌じゃなくて、虎がいい」
「とら」
 思わず呟いた松野を見て、そりゃそうなるわな、と、羽宮は思ったのだ。先程の自分を彷彿とさせる態度である。聞いていた両親が、虎は無理だって言ったでしょ、と、宥めている。案の定家で何度もしたやり取りである事が窺えた。
「じゃあ猫は? 虎と似てるよ?」
「小さい」
「大きくなる猫もいるよ」
「がおーって言う?」
「がおー……
 いや、オマエが吠えてどうすんだよ。声に出さずに突っ込んだが、気持ちは分かるのだ。何とも難しい。流石に猫はがおーとは吠えない。
「にゃおーで我慢しろよ」
 呆れた様子で、再度しゃがみながら子供に向かってそう言った羽宮に、松野が顔を顰めた。今度はこっちが、何言ってんだと内心でツッコんだのだ。
「あのさあ、一虎君……
 しかも相手は客である。もう少し優しい言葉遣いを決めて欲しいところである。だが先程から話していた子供は羽宮の言葉遣いなど意にも解さず、別の事を言ったのだ。
「お兄ちゃん、とらさんなの?」
「えっ」
「あっ」
 三人そろって沈黙して、しかし子供の顔を見る事が出来ず、羽宮と松野は目を合わせた。この場合の最適解が分からなかった。違う、と、あっさり否定すればよいのか、何かを付け加えるべきなのか。
「が、がおー」
「えぇ……
 答えに窮し、一先ず虎の真似などしてみた。指を曲げて、両手を顔を横で構えて。隣で見ていた松野が困惑している。それはそうだろう。やった羽宮も、後悔している。何が、がおーだ。普通に否定すればよかった。後の祭りである。
「お兄ちゃん、とらさんなの?」
 まさかの追撃。子供はしつこいのだ。いやこれはもう、早くネタばらしをすべきである。引き延ばしていい事等皆無だ。
「オレも、とらさんになれる?」
「それは無理」
「ちょっと」
 急に本気のトーンで簡潔に否定したものだから、松野が肘で小突いた。それは勿論、否定する他ないのだが、言い方と言うものがある。しかもこの店員、上司の言う事を素直に聞かないのだ。
「オレのここ、見える?」
「とらさんだ」
 首元を示せば、特に隠す気もない刺青が見える。自由な職場である。
「これがないと、虎にはなれねえんだ」
「えっ」
 あちゃー、と、言外に告げるよう、松野が顔を顰めた。いや、入れるって言い出したらどう責任取る気だこの男。取り敢えずもうぶん殴ってもいいだろうか。基本物騒な思考回路の持ち主しかいない店である。
「オレ、なれないの?」
「無理だな。諦めてくれ」
「そんなあ」
 ともあれ、諦める方向に話は動き出した。今のところそれで良しとすべきではないだろうか。殴るのは後でもできる。優先すべきは、虎を諦め犬を受けいれ、商談へと話を戻すことである。勿論その間の子守は、羽宮一虎なわけであるが。仕事なので、本人の意志は無関係である。子供が口を閉ざしたので、周囲の大人たちの視線はそこから動かない。これで終わりなら結構な事である。だが、社長の思惑何のその、羽宮の言葉を受け、子供は何やら考え出したのだ。
 パッと、羽宮の方を見た。
 目が合って、羽宮は眉根を寄せたのだ。
「じゃあ、オレ、このお兄ちゃん飼う!」
「えっ」
 ほら、言わんこっちゃない。社長が天を仰いだ。
「だって、お兄ちゃん、とらさんになれるんでしょ」
「う、うん……
「オレの事、食べないでしょ」
「う、うん……
「オレ、ちゃんとお世話する!」
「う、うん……
 此処でとうとう松野が羽宮を殴ったのである。暴力反対などと言っていられなくなったのだった。突然の殴打に、子供が目を丸くしている。平和に生きているであろうお子様にとって、普段、お目に掛からない光景である。
「いい加減にしろよアンタ」
「いや、だってさあ」
 困惑しながら羽宮が首元を触った。純粋な子供の要望、無下にし辛い。過去の経歴はどうであれ、人並みに、そのくらいの感情はあるのだ。
「だめなの?」
「このお兄ちゃんには、一応働いてもらわないと駄目だから……
「一応て」
「でもオレ餌あげるよ」
「いいな。面倒見てもらおうかな」
「人として本当どうかと思うんですけど」
「虎なんだよ」
「違ぇだろ」
「とらじゃないの?」
「虎だよ。最後まで面倒見てくれよな」
「うん!」
「コラァ!!」
 とうとう社長が怒鳴った。いい加減にしろの意である。至近距離からの大声に子供は目を丸くして、羽宮は笑った。怒鳴られるのは慣れている。普段から割と社長をおちょくる質である。子供の両親も、最初からずっと冗談だと認識しているのか、笑っていた。だが残念ながら、松野千冬は冗談であると言い切れない自分がいる事に気付いたのだ。何せ羽宮一虎である。何をするのか分からないし、意図も容易く楽な生き方選びそう。其処には恥も外聞もないのだ。流石に此処は己が全力で止める場であると、松野は決意した。社長は苦労が多いのだ。
 結局子供は、羽宮一虎を飼えなかった。
 当然である。本人以外誰も許可しない。代わりに大型犬の子犬を飼い、かずとら、と、名付ける事で決着をつけたのだった。
「誰かオレを可愛がってくれるヤツいねえかなー」
「寝言は寝て言え!」