エス
2024-07-18 09:43:31
87333文字
Public
 

〇〇しないと出られない部屋

2023年6月に頒布しました。




三、


 珍しいな、と、思った。
 現在九井一は花垣武道に呼び出され、一緒に通りを歩いていた。いや、歩く事自体はそう不思議に思う事でもない。珍しく思ったのは、辿り着いた先だ。行きたいところがある、等と言うものだから、それ自体を珍しく思い素直に付いてきたものの、足を止めて目の当たりにした先がこれまた珍しく、最早、珍しい以外の感想が思い浮かばなかったのである。
「さ、行きましょココ君」
 そんな事を言いながら堂々と進んでいく。目的地の建物は、白い外壁に緑で蔦の絵が描いてあった。何なら鳥のシルエットも見えるし、黄色で花も描かれている。片開きのドアを開ければ、カラン、と、ドアベルが鳴った。いらっしゃいませ、若い女性の声が聞こえる。何ともメルヘンチックな、女性客に受けそうな喫茶店であった。つまり、男二人で入店するのはどうかと思ったのだ。だが武道を見れば、全く気にしていませんと言う体で挨拶を受けているものだから、九井も何も言わなかったのである。空いている席に案内されると思いきや、何故か会話が続いている。そのままやり取りを見ていると、こちらです、何て案内される。予約してあった? いやそんなまさか。此処を? 花垣が? 九井の頭は疑問符で一杯であった。僅かに首を傾げながら、案内された席へと向かい、だが椅子に座る前にその場に崩れ落ちたのだった。
 案内された席は窓際の、日当たりのいい場所で、四人掛けのテーブルがあった。そこには先客がいたのだ。乾青宗と柴大寿が並んで座っていたのである。乾は未だいい。整った御尊顔と言い、そう違和感がない。問題はもう片方である。絶対に駄目だろ。九井の素直な感想であった。こんな、女性客向けのカフェにいて良い男ではないのだ。存在自体が営業妨害。何だよその厳つい顔、眼光で店員射殺す気か。ガタイが良すぎてテーブルからはみ出してんだよ。店舗見た瞬間、場違い自覚して回れ右しろ。普通に席に着くの止めろ!
「ココ君、しっかりして! 傷は浅いよ!」
 突然しゃがみ込んだ九井に上から武道が声をかける。明らかに不審人物と化した自分を恥じ入るよう、九井が深呼吸を繰り返した。そうして、立ち上がる。内心で取り乱していたことなど、全く表に出さなかった。しゃがみ込んだ時点で敗北も同然であったが。すました顔で、何事も無かったかのように、武道を見た。ただ見たわけではない。元々細い目をさらに吊り上げるように細め、睨んだのだ。
「花垣、説明しろ」
「やっぱココ君には本場を味わってもらった方が良いかと思って」
 本場とか言うんじゃねぇよ。又笑いの波に襲われそうになり、手を伸ばした。
「ふざけた事抜かす、可愛い口はこれか? アァ⁉」
 両手で武道の頬を抓って引っ張ったのだ。何とも間抜けな顔になる。しかも困ったように眉尻を下げたものだから尚である。
「ほほふんにはほひんでほらいはくて」
「何言ってんのか分かんねぇし、オレはほほふんじゃなくて、ココ君だ」
 そう言う問題ではない。席に並んで座りながら、九井の奇行を見ていた乾と大寿が眉根を寄せた。
「何やってんだアレ」
「じゃれてる?」
「随分仲いいじゃねぇか」
「ココ、花垣の事好きだからな」
 自分が知らない内に、事実かどうかは別として乾にあっさりとバラされていた。恐らく聞いていたなら、絶句していただろう事は想像に難くない。幸いな事にそうと知らず、九井が歩き出した。何時までも通路でふざけて居るわけにもいかず、漸く席に着いたのだ。だがすぐさま九井は失敗を悟った。武道があっさりと、乾の前を陣取ったからである。こうなると、大寿の前に座るしかない。早くも死活問題であった。
「大寿」
 本人ではなく、テーブルを見て呼びかけた。
「何だ」
「首から上、消してくんねぇかな」
「ぐふっ」
 これには武道が噴き出してしまった。いやだってそんな事言う? 当然柴大寿はデュラハンではないので、首は取れない。着脱可能でもないのだ。なのに懇願するように口にしたものだから、笑わずにいられなかったのである。聞いていた乾が目を丸くした。例え冗談にしろ、普段そう言う事を言うタイプの人間でないと知っていたからだ。因みに冗談ではなく、本気であった。九井にすれば、生死がかかっていたので。大寿が眉根を寄せた。元々険しい顔が更に険しくなる。気の弱い人間ならば、それだけで悲鳴を飲み込んだだろう。
「喧嘩売ってんのか?」
「全部花垣が悪いんだ! 今日オレ、オマエの顔見たら死ぬんだよ!」
「メデューサかオレは」
 とうとう九井がテーブルに突っ伏した。何だよメデューサって。普段言わねぇこと言うの止めろ。頼むから止めろ。最早柴大寿なら何でも可笑しいレベルであった。折角アップルパイを忘れかけた頃にこの仕打ち。実は花垣武道は自分の事が嫌いなのでは? そう思わざるを得なかった。
 無論嫌ってなどいない武道は、呑気にメニュー表を見ている。
「知ってます? ココ君」
「知りたくない」
「この店の看板メニュー」
「もう先が読めた。絶対言うな。死んでも言うな」
 余りにも真剣に九井が頼んでくるものだから、武道は言うのを止めた。口にすることなく、メニュー表を指差したのだ。因みに九井は突っ伏しているので、何も見えていない。武道が示した相手は、向かいに座る二人だった。
「これか」
 乾が言う。これって、何だよ。分かっていながら、九井が内心で問う。
「頼んでもらって良いです?」
 武道が言う。オマエ、まさか本当に言わせる気か……⁉ あくまで内心で突っ込んでいた。何せ柴大寿の顔を見ることが出来ない上に、笑いが先に来てしまうので、声を出すことすら出来ないのだ。勿論、上体を起こす事等以ての外である。尤もしたとしても、視線はずっと乾へと向けられていただろうが。何せ正面に居るのはメデューサである。目が合ったら死ぬのだ。男だが。大寿が店員を呼び止める声がする。いや、断れよ柴大寿! 内心で怒鳴る。ただ注文するだけに、断るも何も無い。しかも普通のメニューなのだ。勝手に反応しているのは、九井の方なのである。
「はい、ご注文承ります」
「アップルパイ四つ」
「そこは一つじゃねぇのかよ!」
 突然九井が大声を出した。武道が噴き出す。いや、そんな突っ込みいれる? 九井と武道以外の人間が目を丸くする。それすら可笑しくて、武道が震える手で、指を四本立て頼む数を示した。声が出ない。笑いに変わってしまうのだ。またついでに、と、ばかりにもう一つメニューを指差した。眉間に皺を寄せながら、大寿が呆れたように口を開く
「ふわふわバルーンクリームソーダ一つ追加で」
 とどめだった。九井は死んだ。