外伝 硝子の窓辺に佇む【中編】

あらすじ
かつてこの国には名探偵がいた。あらゆる謎を解き明かしたその探偵は、悪の教典と共に暗い滝壺で眠っている。
舞台は英国。不可思議な事件を巡る、残された者の物語__。
エマ=ジェームズ・ワトソンの元に奇妙な殺人事件の解決依頼が持ち込まれる。貴族家の女性が窓辺に佇むようにして死んでいたという奇妙な状況。さらにその事件には『魔女の絵画』という神秘の遺物が関わっている__。依頼の手紙にはそのような文面があった。依頼を受けたワトソンはシャルルマーニュと共に事件の捜査へ向かうが……?
前編➤ https://privatter.me/page/65afd8e7e75d5
後編➤ https://privatter.me/page/65bb2b071a723

スペシャルサンクス:Littorio様
アマネセール家の御家名、エストレア・アマネセール様、アドレナリーナ・アマネセール様にご登場いただきました。
結構いっぱい喋っていただきました。快くお貸しくださりありがとうございました。


***


「お、おっさん~~!! ただの馬子大好き変態ジジイじゃなかったんだな!!」
「アッハッハッハッハッハッもっと言ってくれたまえ。どうだ~凄いだろう~?」
「俺は一体何を見せられてんだ?」

俺__シャルルマーニュ・ハイドノーブルは、ハルハイムの隠れ有能さに感心し、内心わくわくしながらスマートフォンが繋がるのを待った。画面にはバレル・ホークアイの文字が、運が良ければすぐにでも事件解決への糸口を掴むことができるだろう。呼び出し音の繰り返しを何度か長めに聞いた後、バレルは電話に出た。

「シャルさん! 大変です!」電話越しのバレルは焦ったように声を荒げている。
「大変って何がだ? まさかデイム・ロディアの__」
「あ、ああ、そっちも大変なんですがそれだけじゃないんです! クラウス卿が国家機密漏洩の疑いでCIAに連行されました。このままだと彼から話を聞くどころか、CIAが警察何て目じゃないレベルの尋問を始めるかもしれません」
「国家機密漏洩!? 何が起こってんだ一体……!」アドレは頭を振って驚いたように独り言つ。俺だって訳が分からねえ。
「バレル君。デイムの件だが、そっちはどうだい? DNAは?」ハルハイムが身を乗り出してスマホへ声を投げかける。
「無茶苦茶言わないでください! DNAなんて何も取れていませんよ! だからもうみんな大混乱です__デイムの爪の間に挟まっていたのは油彩絵具だったんです。しかも数百年前のもの。詳しく調べた結果ですから信頼してください」
「絵の具……

俺はぼそりと呟く。
デイム・ロディアは何かに襲われた。激しく抵抗した結果、襲った相手を引っ掻いた。それは間違いない。だが爪と指の間に絵の具が挟まっていたということは、デイムは絵画に取り込まれ、その中で何かに襲われたということの示唆ではないか。

「すみません、もう切ります! 今ちょっとある人物を追っていて__」
「待った! ある人物ってなにもんだ!?」俺は慌てて電話越しのバレルに問う。
「ヤコフ・ニジンスキーというポーランド人です! すみません、折り返します!」

ぶつりと一方的に電話が切られた。電話の向こうで微かにだが「待て!」という、恐らく捜査官だろうが、複数人の男の声がしていた__え? 今走りながら電話してたのコイツ。どんな体力?
俺は必死に無い頭を捻って考える。デイム・ロディアが絵画に取り込まれ、その中で何かに襲われたことはもう間違いない。だがここにきてスコットランドヤードはヤコフ・ニジンスキーを追っている。誰かがヤコフの事をヤードにリークした? そしてクラウス卿がCIAに拘束された……

「そうか……」俺は唐突に閃いた。
「シャル?」ヘカチェは不安そうに俺の名を呼んだ。
「この事件は、犯人捜しなんか最初っから無意味だった」俺は呟く。「だって犯人はいない。犯人と呼べる存在はそもそもこの現実に存在していない。絵画が見た者の過去の情念を呼び覚まし、その情念が牙を剥く。……誰も悪くない。誰も責められない。クラウス卿も、ヤコフも、死んだデイム・ロディアも、そして今絵画に取り込まれてるジェームズも……みんな過去に何かを抱えてるんだ」
「そうか……」ハルハイムが眼鏡を外し、目頭を軽く押さえた。「漸くわかったよ。この事件は、過去の泡沫であり、幻影なのか」

「ああ。何もかも間違えていた。……俺たちにできることはない。後はジェームズが自力で過去を振り切り、出てくることを待つほかには」







続く