外伝 硝子の窓辺に佇む【中編】

あらすじ
かつてこの国には名探偵がいた。あらゆる謎を解き明かしたその探偵は、悪の教典と共に暗い滝壺で眠っている。
舞台は英国。不可思議な事件を巡る、残された者の物語__。
エマ=ジェームズ・ワトソンの元に奇妙な殺人事件の解決依頼が持ち込まれる。貴族家の女性が窓辺に佇むようにして死んでいたという奇妙な状況。さらにその事件には『魔女の絵画』という神秘の遺物が関わっている__。依頼の手紙にはそのような文面があった。依頼を受けたワトソンはシャルルマーニュと共に事件の捜査へ向かうが……?
前編➤ https://privatter.me/page/65afd8e7e75d5
後編➤ https://privatter.me/page/65bb2b071a723

スペシャルサンクス:Littorio様
アマネセール家の御家名、エストレア・アマネセール様、アドレナリーナ・アマネセール様にご登場いただきました。
結構いっぱい喋っていただきました。快くお貸しくださりありがとうございました。


***

__数刻後
ロンドン郊外 モクぺジム邸



カラス、多くね?
ベイカー・ストリートから車で二時間ほどの距離の邸宅に来て、真っ先に抱いた感想である。まず魔術師の居住地であるだけあって当然の不気味さを備えているとしても、その辺にそこにいるのが当然かの如くカラスが留まっているのだ。門とか、屋根とかに。普通カラス避けするじゃん。いらなくなったCDとか吊るしてさ。あれ効果あるのか全然わかんねえけど。
モクぺジム家はカラスを含む鳥類を媒介にした黒魔術の名家だという。そうかもしれねえけどさ。それにしたってカラス多くねえか。伝書鳩ならぬ伝書カラスってことか。
俺はもう七割ぐらい帰りたくなりながら邸宅の門をくぐり、侍従の案内で通された応接室にて待つ。なおヘカチェはまたアマネセール家の奴らに呼び出されたらしく、そそくさと帰っていってしまった。結局俺一人で情報収集から事件の推理までやる事になった訳で、ワトソンの偉大さを痛感する。
いや、まあ俺が探偵代理の代理ってトゥリウンファル卿に名指しされてるし、ワトソンは絵画に取り込まれちまってるから断る理由もないんだけども。

「お待たせして申し訳ない、シャルルマーニュ卿」
「い、いやいや! 『シャルルマーニュ卿』とかやめてくださいよ! 俺は全然もう貴族家には関わってねえって!」
「いや、そうは言っても……そうするわけにはいかない。貴方はハイドノーブル家の直系であり、立場的にはいくら貴方が貴族ではないと言おうとも、正式に除名されていない以上私は貴方を敬わねばなりません」クラウス・モクぺジム卿はそう言って俺に椅子を勧めた。いまだにこういう貴族のやり取りはわからない。「名ばかり貴族は私の方ですよ、卿」
「確か準男爵ですっけね」
「ええ。……申し遅れました。私はクラウス。クラウス・モクぺジム。現状のモクぺジム家の当主です」
「ハルハイムのおっさんから聞いたんだけど、魔術師だとか」

俺は出された紅茶をちびちびと飲みながら問いかけた。ティースプーンにはカラスが羽を広げた紋章がある。カラスの意匠の下にはリボンの意匠が施され、その中にモクぺジムの家名が刻まれていた。

「ええ。我々は黒魔術……俗にウィッチクラフトと呼ばれる類の魔術を専門としています。端的に言うとカラスや小鳥を傀儡化する魔術で、広義的には傀儡魔術と呼ばれるものになります」
「ジェームズがなんか言ってたなぁ……」俺は記憶の片隅に押しやった魔術の知識を引っ張り出そうと躍起になった。「ああ、そうだ。東洋呪術の式神に近いとか何とか」
「まさしくその通りです。式神は傀儡魔術の究極系ですよ。極限まで無駄を省いた効率が良い傀儡……ただ残念ながら、基礎の部分が違うので東洋呪術を西洋魔術に応用するのはとても難しいのです」
「ほ〜」バカみたいな返事しかできない俺にクラウスは吹き出した。
「失敬……申し訳ない。バカにしている意図はありません。貴方は他のハイドノーブル家の方々とは違い、随分と親しみやすいので」
「そう? それは良かった」

内心俺は皮肉られているのかいないのか判断がつかず冷や汗をかいていた。急に部屋の温度が下がったような錯覚を覚え、身震いする。
クラウスは先程の朗らかな雰囲気を消し去って俺に問いかける。

「ところでシャルルマーニュ卿。一体どのような用向きですか? 貴方は貴族家の事情に介入してこれないお立場の筈では」
「あー、今回は名探偵の代理の代理でな」
「二次下請け、ですか」
「あっはっはっはっは!! 確かに〜」俺は笑ってクラウスに視線を合わせた。「まあ、『名探偵の代理』ってのは、探偵ご本人の申告でね」
「なるほど。一体私に何を聞こうというんでしょう? 傀儡の作り方でも知りたいのですか?」
「デイム・ロディア・カーステアズという女性が、バッキンガム宮殿で殺害された件に関してな。凶器にされたかもしれない血のついたナイフ。あれにモクぺジム家の家紋が入っていたとかなんとか……
「そのようなことをヤードの刑事にも言われました。ですが私は、断じてデイムを殺害してなどいません」クラウスは自分が疑われていると思ったのか強い語気で俺にそう言った。
「別に疑ってはいない。ただ俺は情報を集めるのが仕事だ。俺が集めた情報を元に、名探偵は自分が持ってる情報と組み合わせて推理する。そんだけだよ」
……果たして本当にそうですかね。ヤードの連中は僕が事件に関与していると、そう確信しているようでした。本件は神秘管理局へ捜査が引き継がれたと聞いています。そちらから情報を得ればいいでしょう」
「それがそういうわけにもいかないんだわ。相棒がいるならば兎も角、俺単独では管理局の前で門前払いってわけ」

クラウスは顔を歪ませた。俺の不遜な態度に腹を立てたのだろうが、こういうタイプは怒らせると口が軽くなるのでもうちょっと刺激してみる。
あまり怒らせすぎると魔術で殺しにかかってくるかもしれねえから気をつけよう、と思いつつ俺は口を開いた。

「だいたい、MI6だってこの件で動き始めてる。そりゃあそうだ、神秘管理局の組織だもんな。でもそのMI6には何も期待できない。だってもしも貴族の中に犯人がいたら、内々に始末して終わらせちまう」俺は紅茶を一口飲んで続けた。「だから俺たちで先に真実に辿り着く必要があ〜んの♡」

完全に詭弁である。そもそも俺はMI6も動いているとか動いていないとか知るはずもないし、内々に始末するとかしないとかも一切知り得ない立場だ。
俺は本当に名ばかりのハイドノーブル家だ。ただ、直系で血が繋がっているだけの。

「だからと言って、貴方に私の知り得ることを語る理由にはならない。大体何なんだ。何で殺人だと断定できる? 馬鹿馬鹿しい」クラウスは静かに俺を睨んだ。「やはり黒の一族は信用ならない。……もう三時だ。私には姪と今後の事を話す約束がある」
「あらら。そりゃあ残念」俺は出されたまま手をつけていなかったガトーショコラを見る。「タッパーとかない? 相棒がチョコレート菓子好きなんだよね」
「あるわけがないだろう」


クラウスは冷たく告げて俺を邸宅から追い出した。
屋根の上で羽を休めるカラスの鳴き声が妙に反響して気色悪く、俺は滑り込んできたタクシーに慌てて乗り込んだ。