いまち
2022-05-30 01:21:50
69593文字
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過去への展望

マイアナスト2展示だった⚡🐣。調合失敗して16年の前の茨の谷にタイムスリップした🐣の話。
ちょっと長め(いまち比)

エピローグ:これから未来の話をしよう

 お義母さんとお義姉さんの嵐のような来訪は去った。今夜はお祝いするから、と夜にまたお義父さんとお義兄さんを連れて来るらしい。二人からは「ご馳走をたくさん作ってくるから今日は大人しくしてるように」とそれはもうこってり言われてしまった。お義姉さんに引き続き、お義母さんも私たちに子供ができたことを喜んでくれようで、ちょっと安心した。妖精族の中には人間の血が混ざるのを良しとしない考えもあると聞いていたから、結構不安に思っていたものだ。

 でも、問題はセベクくんだ。お義姉さんが出て行ってから戻ってくるまでの間に、きっちり意識は取り戻した。けど、難しそうに顔をしかめたまま、何も言ってくれない。お義母さんとお義姉さんにもみくちゃにされてる間も、顔をしかめながら、「あぁ」とか適当に相槌を打つだけだった。
 セベクくんのそれはとても喜んでいるとは思えない態度だった。前向きに先のことを考えようとした途端にこれだから、正直ちょっと挫けそう。
 本音を言えば、一緒に喜んでほしかったけど、そうは思ってもらえなかったらしい。悲しいけど、そう思われたのであれば仕方ない。人の気持ちなんて変えられないもんね。
 けど、実際セベクくんがどう思っているのかは気になった。聞きたくて、けど否定的な言葉が出るのが怖くて、聞けないまま目も合わせられないでいると、セベクくんは大きなため息をついた。
 ……ヤだなぁ。咄嗟にそう思って、また気分が落ち込んだ。

……一度、城に戻る。仕事途中で抜けてきたんだ」
「あ、うん」

 セベクくんは重たい顔でそう言うと、お義姉さんたちに撫で回されてぐちゃぐちゃになった髪を整えて、家を出て行ってしまった。出る間際、セベクくんはなにか言いたそうな顔をして私を見たけれど、結局「行ってくる」と、一言だけ告げて出て行ってしまった。そんなセベクくんの様子から何を考えているのか、何を思っているのか、もう私には推し測ることはできなかった。
 そんなことを寂しく思いつつ、今朝と同じように玄関から後ろ姿を見送る。ついでに今朝と同じように空を見上げた。お昼前の、抜けるような秋の空。けれど、そんな晴れ渡る空は私を癒してはくれなかった。

……しっかりしなきゃ」

 セベクくんの後ろ姿が見えなくなってから呟いて、家の中に戻る。セベクくんがどう思おうと、子供たちはもう私のお腹の中にいるんだ。産んで、育てていきたいのだから、落ち込んでいる暇はないはずなんだ。
 ぐずぐずになってしまった気持ちは仕事でもすれば紛れるかもしれない。けど、なんだか身も心もくたびれてしまって、どうしても、そんな気分にはなれなかった。こんな気持ちで調合して、また失敗でもしようものなら、それこそ愛想を尽かされてしまうかもしれない。

 なんの気力もわかないまま、寝室に篭ってベッドに寝転ぶ。お義姉さんに治してもらったのに、身体のだるさがぶり返してきた気さえする。目を開けているのも億劫で、なんとなくお腹を抱えて目を瞑った。
 このだるさってなんなんだろう。倒れたせい? それとも、お腹に赤ちゃんがいるから? そんなことを考えているうちに、なんだか眠たくなってきた。身体も、ベッドに縫い付けられたかのように重い。お布団をかぶってないから、ちょっと冷えるかもだけど、いいや、このまま寝ちゃおう。目が覚めたら少しでもすっきりしたらいいな、なんて祈りながら、身体と意識をベッドに沈ませた。

 ふかふかと温かいお布団に包まれて眠るのは、なんて気持ちがいいんだろう。暖炉の火がちょっと熱い気がしなくもないけれど、ぽかぽか温かくしていると不安だった気持ちもほぐれていくような気がする。
 ……なんて、幸福感に浸っていて気付いた。私は暖炉に火を点けるどころか、お布団も被らないで寝たはずだ。じゃあなんで? 気付いて、慌てて飛び起きると、机で本を読んでいるセベクくんと目が合った。お仕事着じゃない、いつもの服だ。

「えと、あれぇ? セベクくん? え? なんで?」
「帰ってきただけだ」
……なんで?」
「一度戻る、と言っただろう」
「そうだっけ? でもなんで? お仕事は?」
「半端な仕事を片付けに戻っただけだ。君が倒れたと聞いた時点で休みにしてもらっていたんだ」

 ため息交じりにそう言うと、セベクくんは読んでいた本を閉じた。
 そんなことを聞いて意外に思った。お店に来た時はお仕事を抜けてきたって言ってたから、お城に戻ったらそのままお仕事に戻るものだと思っていた。倒れたけど、私の身体はなんともないって伝えたから、てっきりそうするものだと思っていた。
 私、自分のことばっかりでセベクくんの言ったこと、ちゃんと聞いてなかったんだ。もし聞いてたら、こうやってセベクくんのお仕事の邪魔になるようなことにならなかったのに。そう考えてしまい、後悔の思いが胸に染みついた。そんな私にセベクくんはいっとう大きなため息を吐いて、いやに真剣な顔でこっちに来た。
 余計な心配かけた上に、お仕事の邪魔をしたみたいなことになってるし、怒られるかも? そう思ってちょっと身構える。けれど、セベクくんは怒るでもなく、ベッドの端に座るとぎゅうっと私を抱きしめた。

「へ? えと……

 嬉しいけどどういうことか分からない。セベクくんは黙ったまま私をきつく抱きしめている。ちょっと苦しい。いつもはうるさいくらいだから、こうやって黙られるとなんだか不安になってくる。
 だからってなんて言っていいのかわからないから、私も黙って抱き返す。背中、本当に広いな、なんて思いながら。

……心配かけてごめんなさい」
「まったくだ」
「えぅー……

 そりゃあそうだよねぇ。でも、もうちょっとだけ心配してもらいたかったな、なんて心の中で毒づく。こうしてわざわざお仕事を休んで帰ってきてくれてるんだから、ワガママ言っちゃいけないとは思うんだけど。
 ぼうっと考えていると、セベクくんはごくごく小さな声で「違う」と呟いて私の体を離すと、眉間に皺を寄せて腕組みした。やっぱり怒ってるのかな?

「君を責めるつもりはないんだ」

 そう言ってセベクくんは私を離すと頭が痛むのか、額に手を当てて顔をしかめた。どう見ても怒ってるようにしか見えない。
 でもお仕事を休んで帰ってくるくらいだから、心配してくれてるっていうのはウソではないんだろう、とは思う。それでもやっぱりセベクくんがどう思っているかは分かりかねた。
 夢で会った(であろう)小さいセベクくんはそれはそれは分かりやすかったんだけどな。……なんて思って、なにかが心に引っ掛かった。同じようなことがつい最近あった気がする。

「あ」

 思い付いて、つい声が上がった。
 思い出したのは16年前の茨の谷の夢だ。風邪をひいたシルバーさんにお見舞いを持ってきたセベクくんも、こんな感じだった気がする。心配して、シルバーさんのために一生懸命走り回って、けれどそれを出さないようにか怒ったような顔をする……今のセベクくんは夢で見た、小さいセベクくんの照れ隠しにそっくりなんだ。それに気付いて嬉しいような、恥ずかしいようなくすぐったさを覚えた。
 実際は違うのかもしれないけど、そんな懸念は一旦頭の隅に追いやって、セベクくんの気持ちを確かめようと思った。あるかないか分からないことをうじうじ考えるなんて、私らしくないもんね。
 そうっとセベクくんの後ろに回って、その背中に抱きつく。回した腕にセベクくんの手が重なった。

「もしかして、照れ隠し?」
「なんっ!?」

 セベクくんの体が強ばる。図星のようだ。
 セベクくんってわりと素直なのに、たまーにこうやってひねくれた態度をとるから分かり辛いんだよねぇ。そんなところが大きな子供みたいでちょっとかわいい、なんてつい思ってしまう。それと同時に、セベクくんが迷惑がっているわけではないことに気付けて、少しだけほっとした。

「そんな――いや、そうなんだろうな」

 緊張が解けると共にセベクくんの身体が和らいだ。セベクくん、頭が固いようなところはあるけど、自分の中で納得できると案外素直に話を聞いてくれるから、ちょっと助かる。

……君とは、きちんと話をするべきだったんだ。ゆうべから、ずっと様子がおかしかったのに」

 悔いているようなセベクくんの様子にちくりと胸が痛んだ。どうやら、セベクくんは私が思っている以上に私のことを考えていてくれたらしい。

「ふふ」
「な、笑うところではないだろう! 人の心配をなんだと」
「んふふ、ごめん、でも――

 一呼吸置いて、セベクくんの胸元に回していた腕を解く。そのまま首元に抱き着いて顔を埋めた。こうしていれば振り返ろうが、鏡に映ろうが私の顔は見えないはずだ。自分の気持ちを伝えるなんて、恥ずかしいことでもなんでもないはずなんだけど、それでも、やっぱり照れはあった。

「嬉しいの」
「な……
「愛されてるんだなぁ、って、思っちゃって」
……当然だ」

 照れているのか、いつもより小さな声のセベクくんが面白くて、つい笑ってしまう。
 少し笑って、落ち着いたところで一息つく。セベクくんもあぁ言ってくれてたんだし、ちゃんとお話しよう。

「えーっと、それじゃあ、お話してもいいかなぁ?」
「あぁ」

 ちょっぴり緊張しながらセベクくんの隣に腰掛ける。くすみがかった金色の目がじぃっと私を見つめてくる。その目は真剣そのものだった。

「えっと、ゆうべシルバーさんのお母さんのお話、したでしょ? それでね、あれから考えちゃったんだけど――

 話そうとして、セベクくんが不思議そうな目をしていることに気付いた。

……えと、セベクくん? どうかした?」

 声をかけるとセベクくんははっとして、ばつが悪そうに私から目を逸らした。そんな様子に、なにかが噛み合わないような据わりの悪さを覚える。

「あぁ、すまない。赤子の話をするのかと思っていたんだ」
「えと……

 そうか、よく考えたら真っ先にしなきゃいけない話はそっちだ。ずーっとシルバーさんのお母さんの話のことを考えていたものだから、考えるべき物事の順番がぐちゃぐちゃになってしまっていた。そりゃあ、セベクくんだって変な顔もするってものだ。
 私なに考えてるんだろ。これからママになるっていうのに、一人で変な方に先走って。なんだか、今日はずっとこうな気がする。思い返すと落ち込んできた。そんな私にセベクくんははっとして「いや」とかぶりを振りながら私の背中をさすった。

「何の話でもいいんだ、マレウス様に君の懐妊を伝えたら、明後日まで休暇を下さったんだ」
「えっ」
「『二人で先のことをゆっくり話し合うといい』と。そういうわけだから、時間は十分ある。だから……

 どんな話でも付き合うつもりだ、とセベクくんはどこか浮かない様子で付け足した。
 セベクくんが乗り気でないのは明らかで、その原因は考えるまでもない。お仕事に穴を開けたくないんだろう。けれど、マレウスさんの気遣いを無にするのも憚られる、そんな葛藤がはっきりと見て取れて、私も悪いことをしているような気分になった。

……でも、セベクくんはいいの?」

 セベクくんは答えなかった。それが答えなんだろう。でも、それを、「よくない」ってはっきり言わないということは、そうは私に言いたくないっていう葛藤の表れだ。乙女心としてはちょっぴり複雑だけど、セベクくんにしては頑張った方だろう。思う事はある。けれど、私のところに来てくれたことは素直に喜んでおくことにした。

「えへへ」
「なんなんだ……
「セベクくん、ほんとはお仕事したいのに、わざわざ帰ってきてくれて嬉しいなー、って思って」
「なっ!?」

 私の言葉に目を丸くして素っ頓狂な声を上げたかと思うと、途端に頬を引きつらせるセベクくん。どうしたんだろ、私そんなにヘンなことを言ったかな? 私としては思うことはなくもないけど、嬉しいと思ったのは本心だ。でも、あの言い方だとちょっと嫌味っぽいかもしれないと、ちょっと遅れて気が付いた。
 ヘンな言い方をしてごめんって謝った方がいいかな? どう声をかけていいのか迷っていると、セベクくんは顔を赤くしてわなわなと震え出した。まずい、変なことを言ったせいで怒らせてしまったのかもしれない。

「っ、君は僕をそんな薄情者だと思っていたのか……
「え? 薄情者だなんて思ってないけど、でも……え、違うの?」
「全っ然違う!」
「えぇ!? じゃあ何なのよぅ!」

 聞き返すとセベクくんはまた言葉に詰まってしまった。なんだか、今日のセベクくんは様子がおかしい。普段は言わないようなことを言うし、そのわりに歯切れが悪い。もしかして、隠し事とかあるのかな。……まさか、浮気とか? いや、さすがにそんなことはないよね?
 あって欲しくないことを考え始めて、なんだか私の気持ちもぐらぐらしてきた。こんなことじゃダメなのに。
 セベクくんは目を伏せて、気まずそうに口を開いた。

「君に……嫌われているのだと思っていた。だから僕がいたところで鬱陶しがるものかと」
「へ?」

 思いもよらない言葉に今度は私が言葉を失った。
 私がセベクくんを嫌っている? なんで、どうしてそう思われたんだろ? ちょっと考えても見当がつかない。なにはともあれ、セベクくんは落ち込んだような顔をしてるから、取り急ぎ、誤解は解かないとなんだけど。

「そんなわけないでしょ! なんでそうなるのよぅ!」
「んぐっ!?」

 よくよく話を聞けば、セベクくんもまた、私と同じように思っていたということが分かった。聞くうちに、私が思い込みで勝手に落ち込んでいたりしたことも、セベクくんの誤解に拍車をかけていたことも分かった。
 私たちはお互いに、相手の気持ちを聞きもせず、一人で思い込んで、勝手に落ち込んで、ぐちゃぐちゃ考えて……って、本当に今まで何してたんだろ。改めて思い返せば、おかしくて、でも愛おしくて、もう笑うしかなかった。
 二人でひとしきり笑ったら、気が晴れた。セベクくんも、心なしかすっきりしたような顔をしている。
 三年同じ寮で暮らして、二年もお手紙を交換して、交際期間をあまり挟まないで結婚して二年。なんだかんだで八年近い付き合いになるのに、こんなにもお互いを理解できていなかったなんて、とんでもなくお間抜けな話だ。
 「先よりも今の話をするべきだった」なんてふかーいため息をつくセベクくんに寄りかかる。体重をかけてもびくともしない、さすがだ。触れた肩が温かくて、それが妙に嬉しくて、何気なく見上げてみるとセベクくんと目が合った。それがなんだかくすぐったくて、照れくさくて、思わずその肩口に顔を埋めた。

「話さなきゃいけないこと、いっぱいあるねぇ」
……そうだな」
「ね、セベクくん」
「あぁ」
「大好きだよ、今までも、これからも」

 呟いた途端、セベクくんの身体が大きく跳ねた。心なしか体温も上がった気がする。露骨に動揺しちゃって、分かりやすいなぁ。今見上げたら、きっと顔を真っ赤にしてるんだろう。本当に、分かりやすい人だから。
 返事の代わりかセベクくんはそうっと私の肩に腕を回した。大きな手に包まれて、少し冷えた肩が温まる。

「あったかい」
「さっき薪を足したからな」
「もー、はぐらかさないでよぅ!」

 そうしてまた笑い合った。
 これから話し合わなきゃいけないことはたくさんある。
 お互いの勘違いのこと、生まれてくる子供たちのこと、それからの生活のこと――それと、私がいなくなった後のこと。

 突拍子もないことを言うな、なんて怒られるかもしれないけど、私がこの世界の人間でない以上、絶対ないことではない。それに、そんなことがなくても私の寿命はセベクくんたちほど長くない。いつかは考えなきゃいけないことで、そのいつかはきっと、早い方がいい。頭のいいセベクくんのことだ、もしかしたらとっくに考えているのかもしれない。
 話し合って、考えなきゃいけないんだけど、今はもう少しだけ、この温かさに包まれていたいと思った。