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いまち
2022-05-30 01:21:50
69593文字
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過去への展望
マイアナスト2展示だった⚡🐣。調合失敗して16年の前の茨の谷にタイムスリップした🐣の話。
ちょっと長め(いまち比)
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3話
森の奥、少し拓けたところにぽつんとある一軒家。リリアさんの家は、私が初めてここに来た頃と変わらない様子でそこにあった。とりあえずは、無事ここまで来られたことに安心した。リリアさん、昔から留守がちだったみたいだけど、いるかなぁ? いなかったらどうしよう。ちょっと心配になりながらドアをノックすると、ややあって小さな男の子が「はい」と中から出てきた。
見覚えのあるサラサラしたキレイな銀色の髪に、良く見知った淡い色の丸い目。もちろん、お耳も丸みがある。間違いなく子供のころのシルバーさんだ。なんとなく想像していた通り、ちっちゃいシルバーさんもとってもかわいい。シルバーさんはまずセベクくんを見て、次いで、怪訝そうに私を見た。セベクくんは何も言わない。
「
……
。どなたですか」
「えっと、リリアさんに会いに来たの。今いるかなぁ?」
「
……
」
シルバーさんは何も言わず家の中に戻った。シルバーさん、子供の頃から無口だったんだなぁ。なんていうのかは忘れたけど、子供の頃の気質はずーっと変わらないって言葉、それがちらついた。ややあって、再びドアが開くと、リリアさんが顔を出した。当然といえば当然だけど、私の知ってるリリアさんとなんら変わらない、もはや安心感すら覚える。けど、当然この時代のリリアさんにとって、私は見知った相手じゃない。私を見ると不思議そうに首を傾げた。
「はて、誰だったか?」
「えぇと
……
」
私が誰か証明するのは簡単だ。けれど、セベクくんやシルバーさんがいる手前、どう答えようか少し悩む。せめてお話が聞こえないところにいてくれたらいいんだけど
……
と、セベクくんをちらっと見ると、じっとり睨んでいる目が「怪しいヤツめ」と言っている。しまった、このままでは(まだ)リリアさんの知り合いじゃないことがバレてしまう。これは早くどうにかしないと話がこじれてしまう。
……
なーんて、ちょっと前の私ならあたふたしてたんだろうな。セベクくんのことは一旦脇に置いて、リリアさんに笑いかける。
「すみません、二人でお話したいので、子供たちには外してもらってよろしいでしょうか?」
セベクくんがどんなに私に警戒しても所詮は
――
って言ったらとても悪いけど
――
子供だ。対して私はいい大人、いなすのは簡単なんだよね。これが大人の余裕ってヤツなのかな? ちょっと得意な気分になる。えっへん。
リリアさんは少しだけ、考えるような素振りを見せるとシルバーさんを呼んで、セベクくんとお外に行くよう言った。二人はちょっぴり不満そうに、ちらちらと私たちの様子を伺いながら、森の中に走って行った。素直な子たちだから、すんなり聞いてくれてとても助かる。
リリアさんに通された居間は、私の知ってるそことほとんど変わらない。調度品が知ってるものよりちょっと新しくて、毎年撮ってるという写真が十六年分少ない、それとウサギやリスの木彫りのお人形が暖炉の上に並んでいた。これも見覚えはない。シルバーさんの工作なのかな? ちょっとぶきっちょで、でも温かみに溢れていて、一生懸命作ったのが伝わってくる。
勧められるまま、小さな食卓に向かい合って座った。出されたお茶はリリアさんにしては珍しく、見た目も匂いもおかしなところはない普通のお茶だった。普通のお茶だからこそちょっと不気味に思えるのだから、普段の行いって大事なんだなぁ、と、いらないことを考えてしまった。
「それで、お主は何者よ、何ゆえこんな辺鄙な所に来たんじゃ?」
「えと、これを見てください」
言いながら、いつも手袋の下に着けている金のバングルをリリアさんに見せた。すると、みるみるリリアさんの顔が強張る。それもそうだろう、このバングルの意味をリリアさんが知らないわけがないんだもん。
このバングルは私が茨の谷に住むことが決まった時、マレウスさんからもらって、その際肌身離さず身に付けるよう言われていた物だ。見た目はただの金の腕輪だけど、その実はマレウスさんが私の後見人である証の魔法道具。もう成人も結婚もしている私にはいらない物ではあるんだけど、返そうとするとそれはもう不機嫌になるから、なんだかんだで持ち歩いている。こんなことになって、返さないでいて正解だったと思った。我ながら現金だなぁ。
「見せてもらえるな?」
「はい」
少し疑いの色を浮かべるリリアさんにバングルを渡した。そして何も言わないまま、バングルに魔法をかけると文字が浮かび上がる。私の本名と、マレウスさんが私の身分を保証するという文章と、これを作った日付、そしてその内容の保証人としてのリリアさんの署名。
「
……
間違いなく本物だな」
「はい」
「どう説明する」
ニコニコしていない時のリリアさんはとても怖い。こちらを射殺さんとばかりの目と、飾り気のない言葉。ここ茨の谷を守ってきた強い衛士の姿だ。ともすれば怖くて泣きそうなものだけど、茨の谷の平穏と安寧をただただ願うリリアさんの思いを知っているから怖い事なんてない。だから、正直に話した。
「原因は分からないんですけど、私、十六年後の茨の谷からここに来ちゃった、みたいです」
私の言葉にリリアさんは静かに目を瞑った。どうしよう、うまく伝わらなかったかな。でも、ちゃんとした原因が分からない以上、いい加減なことを言うわけにもいかないよね。
「あの
……
」
「信じよう。証が本物である以上、疑う理由はなかろうよ」
「よかったです」
「それで、ここに来た理由はなんじゃ?」
表情が緩んで、よく知ってるリリアさんの顔に戻った。
そして、話をこじらせないように元は異世界の人間であることは伏せて、この時代には頼れるあてがまるでないから、リリアさんに相談をしたく、ここを訪ねた事を告げた。マレウスさんが後見人になるくらいだから、頼れる実家はないのは言わずとも伝わった。一通り話し終わるとリリアさんはゆっくり頷いた。
「ならば、しばらくの間ここに住むといい」
「いいんですか?」
「お主のことは知らぬが、未来のマレウスとわしが保証した者であれば問題なかろう」
朗らかに笑いながらリリアさんは「さすがにマレウスの所には連れて行けぬがな」と付け足した。
「ありがとうございます! とても助かります」
「わしも出来る限り手伝わせてもらうよ。腹の子らのためにも早よ帰してやらんとな」
そう言ってリリアさんはとびっきり優しい目を向けてくれた。
……
お腹? 子?
意味が分からず言葉を返せないでいると、リリアさんはゲラゲラ笑い出した。
「なんじゃ、気付いておらなんだか? お主の腹から二人分の魔力の反応があるぞ?」
「え? え?」
「お主、結婚しておるのだろう? まだまだ小さい赤ん坊が二人、腹におるのよ」
「えぅ
……
?」
「しかし、腹も膨らんでおらぬに、こうも強い反応を見せるとは。よほど強い血なんじゃなぁ」
「はぇー
……
」
「戻ったらすぐ医者に診てもらうがいいよ。こういったことは早いにこしたことはない」
しみじみと話すリリアさん。色々言ってくれてるけど、驚いたままの私の頭にはほとんど入ってこない。
お腹に子供? 誰の? 私のお腹に? 二人分? なんで? どういうこと? 色んな疑問が頭の中でぐるぐる回る。疑問もなにも、私と旦那さんことセベクくんの赤ちゃんがお腹にいるって話で、難しいことなんかなにもないんだけど。でも、すごく驚いて、とても嬉しくて、気持ちがぐちゃぐちゃに混ざっているものだから、リリアさんの言葉を素直に飲み込めない。
どうにか頭の中でかみ砕いて、飲み込んで、理解すると途端に胸が温かくなった。
そっか、私、ママになるのか。急に言われても実感なんてわかないから、すごくヘンな感じ。戻ったらお医者さんに見てもらって、あとセベクくんにも言わないと、次に帰ってきた時に言えばいいかな。きっとびっくりするよね、楽しみ。
……
でも、喜んでくれるかな? それはちょっと心配かも。なんとなく、仕事のことばっかりで、子供の話とかできなかったんだもんなぁ。
それに、二人分ってことは双子ってことだよね? それもまた、不安になってくる。無事に産んで、ちゃんと育てるなんてこと、私にできるのかな? そんなことを考えながらお腹に触ってみるけれど、リリアさんの言う通り、中に赤ちゃんがいるとは思えない、いつも通りの私のお腹だった。リリアさんは私を見ると、いつものようにくふふと笑った。
「これこれ、あまり思い詰めては腹の子にも毒よ」
「えと、そうですよね」
「ま、悩むようなことがあれば、いつでもそっちのわしの所に来るがいいよ」
「そうします」
そうだ、私にはリリアさんやジグボルト家の人たちもいるんだ。いつでも頼っていいって言ってもらってるし、頼りにさせてもらおう。そう思うと沈みかけていた気分も明るくなってきた。
うっかり話が逸れてしまったので、改めてこれからの話をしようと口を開きかけると、玄関のドアが開く音がした。リリアさんと二人で目を向けると、困ったような顔のシルバーさんが、泣きそうな顔のセベクくんの手を引いていた。シルバーさんが「お話中すみません」と申し訳なさそうな顔で頭を下げた。
「セベクがケガをしたので傷薬を取りに来たんです」
「平気だって言ってるだろ!」
「やれやれ、やせ我慢をするでないよ」
リリアさんはくふくふ笑いながら席を立つとお薬を取りに行くんだろう、隣の部屋に入って行った。
ケガをしたというセベクくんを見てみると、膝から腿にかけて大きな擦り傷ができていて、痛々しく血が滲んでいた。擦り傷のわりに傷口に汚れがないように見えるのは、シルバーさんの処置だろう。入ってきた時の気遣いといい、リリアさんの教育の賜物なんだろうなと、ふんわり思った。
リリアさんはお薬を取りに行ったけれど、今にも泣き出しそうな、けれど我慢しようとしているセベクくんを見ると、これ以上痛い目に遭わせるのが可哀そうに思ってしまった。手元にはリリアさんが淹れてくれたお茶がある、これで治してあげよう。
「始まりと終わり、すべてを解し我が力となれ
――
リリス・トリスメギストス
――
」
ユニーク魔法が発動して、調合ができるようになった。
――
私のユニーク魔法は、元いた世界の錬金術を体一つで行うことだ。
私の使う錬金術は物を分解して、別の物に組み替えるという、言葉だけではこの世界の調合作業と変わらないものだ。違うのは組み替える作業には妖精さんたちの協力が必要なこと。私たちの調合において、分解した物は源素という名の概念に変わる。それは、人間には触れることもできない物で、妖精さんの協力が必須だった。私がいた世界の錬金術士は妖精さんに源素と、作りたい物のイメージを渡して、組み換えてもらうことで成り立っていた。
学園にいた時、どうしても作りたい物があって、けれど作りたい物の源素を扱える妖精さんがいなかった時、強く願ったらなんというか、一人で調合できてしまったのだ。気付いたら手元には作りたかったそれがあって、あの時は心底驚いた。それがユニーク魔法だと知ったのは、調子に乗ってたくさん調合した後だ。
さらに後になって分かったことだけれど、ユニーク魔法はジャックくんの変身と同じで、私自身の身体を源素に干渉できる妖精のものに組み替えるものだった。妖精と言っても妖精さんの姿になるのではなく、源素に干渉できる部分だけを変える変身魔法というには歪なものだった。それゆえに、負担も大きい。今でこそうまく制御できるようになったけれど、覚えたての時はひどかった。普段では考えられないほどの魔力と体力を消耗して、しばらく寝込んだものだ
――
。
準備ができたところで、セベクくんの傷を治すためのお薬を作ろう。
リリアさんが淹れてくれたお茶を分解、水の源素に変えると、そのまま水の癒しの力を湛えた回復薬に組み替えた。フラスコに似た手のひら大の小瓶に入った赤い薬液。二人には急に私の手元に薬が現れたように見えたんだろう、驚いたように目を丸くしている。
「ちょっと沁みるけど我慢してね」
「なにを
……
」
回復薬を手に取って、心もとなく震えるセベクくんの脚に、痛くならないようそっと叩き込む。妖精族の血を引いているだけあって、妖精の力で出来た薬は馴染みやすいんだろう。そんなに強い薬じゃないはずなのに、塗るごとに傷が塞がっていく。セベクくんも、シルバーさんも何が起きているのか分からない顔だ。いつの間にか薬箱を片手に戻ってきたリリアさんも「およ」と首を傾げ、面白そうに私たちを見ている。
そんな中で薬を塗り終えると、セベクくんの傷はキレイに消えた。震えももうなくなっている。
「はい、どうかな?」
「なん
……
」
「えとね、私のユニーク魔法で作ったお薬。よく効くでしょー?」
セベクくんは信じられないという顔で、さっきまで傷だらけだった脚をさする。揉んで、叩いて傷がなくなったことを理解したらしく「人間のくせにやるじゃないか」とかわいらしい憎まれ口を叩いてくれた。そんなセベクくんにシルバーさんはちょっぴり呆れた顔をしたけど、すぐに嬉しそうに頬を緩めた。
「手当て、ありがとうございます」
「どういたしまして」
「セベク」
シルバーさんがセベクくんの肩を叩く。セベクくんははっとして、気まずそうに唇を尖らせて、そして恥ずかしそうにぺこり、と頭を下げた。
「
……
ありがとうございます」
「どういたしまして、またケガしたらすぐ言ってね」
「
……
はい」
「俺たちはもう少し鍛錬をしてきます。お話中、すみませんでした」
「お邪魔しました」
二人はお行儀よくぺこり、と頭を下げると連れ立って家を出て行った。リリアさんとのお話は終わったから、外してくれなくてよかったんだけど、言いそびれてしまった。外は暑いし、もういいよって言いに行った方がいいかな? なんて思っているとリリアさんは「腹が減れば帰ってくるよ」なんて薬箱をテーブルの端に寄せた。
「それよりも、なんぞ面白い魔法じゃな」
「そですか?」
「未来のわしらはそれを知っておるのか?」
それ、はもちろん私のユニーク魔法のことだろう。当然知ってる。なんせ、私がユニーク魔法を発現した時、リリアさんは同じ寮で副寮長をしていたんだから。とはいえ、先のことは教えないで、知っているとだけ伝えた。
「はい」
「ふむ、なら聞かないでおくことにしよう」
楽しみはとっておかないとな、とリリアさんは含み笑いをした。そして部屋の時計を見る。時刻は十一時を回ったところだ。
「おぉ、ちぃと早いが食事支度でもするか」
「え!?」
「あやつらも腹を空かして帰ってくるだろうしな、お主もおるし、作り甲斐がありそうじゃ」
心の底からはりきっているようなリリアさんの顔に血の気が引いた。当然、お料理なんてさせるわけにはいかない。私が来た時代のリリアさんのお料理は、それはそれはとんでもないものだ。それが十六年前ならまともだろうかと考えれば、当然そんなわけがないと思う。私自身リリアさんのお料理なんて食べたくなければ、これから帰ってくるであろうセベクくんたちに食べさせるのも論外だ。健康にも成長にも悪い。ならいっそ、私が作ろうと提案することにした。
「いいですよ、私が作りますので!」
「そんな気を使わずとも良いよ、お主の腹の子のためにも精の付くものをこさえんとな!」
リリアさんのお料理(?)なんて食べたらそれどころじゃありません! と喉から出かかるのを押し込めて、お世話になるのだから、家事仕事は任せてくれと申し出ると、リリアさんはちょっとつまらなさそうに唇を尖らせて「そこまで言うなら」とため息を吐いた。
「仕方ないのぅ。しんどいようならすぐ言うのじゃよ?」
「あはは
……
」
リリアさんのお料理を食べるくらいなら、しんどい方がまだ身体にいいんだよねぇ
……
なんとかみんなの無事を確保できて、心の底から安心した。お料理をしないかわりに、リリアさんは私のお部屋を用意してくれるという。お礼を言って、私はみんなのお昼ごはんを作ることにした。
キッチンには普通の食材と、普通の調味料と、普通の調理道具が揃っていた。冷蔵庫もあるけれど、火周りはガスでもIHでもなく、元いた世界でも見慣れたかまどだった。薪をくべるタイプのオーブンもあって、とても充実している。
……
それなのに、あんなお料理しか作れないリリアさんって一体なんなんだろう。疑問に思う気持ちを胸の奥にそっとしまって、ご飯支度を始めた。
暑いからさっぱりしたのがいいよね、それにたくさん運動して帰ってくるだろうから、食べ応えがあるのがいいかな? そんなことを考えながらポテトサラダにお野菜のサンドイッチ、トウモロコシの冷製スープを作り、チキンをタレに漬けておいた。二人が帰ってきたらこれをソテーにして出そう。育ち盛りだからお肉も食べさせたいもんね。
ついでに大きな水差しにお水にレモンを絞って冷やしておいた。こういう日にはさっぱりした物を飲むと気持ちいいもんね。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさぁい」
リリアさんをキッチンに入る隙を与えないよう、あれこれと作っているうちに二人が帰ってきた。二人は私を見るとちょっと驚いたような顔をしたけど、すぐにいつもの様子に戻って、ちらちらと私を見ながら居間のソファに並んで座り込んだ。
漬けていたチキンを火にかけて、作った料理を盛り付ける。品数は多くなったけど、二人暮らしのおうちのわりに食器はたくさんあったから困らなかった。数こそあるけれど、全然揃っていないからリリアさんが旅先で買ってきたものなんだろう。色とりどりのお皿を見ていると、賑やかな食卓になりそうでわくわくしてきた。
作ったお料理を食卓に並べながら、ソファでお喋りをしている二人に声をかける。
「手は洗ったかな? お昼ご飯にしようね」
「
……
食事ですか?」
「いや、僕は
……
」
ご飯と言った途端に二人の顔が曇った。そりゃあ、普段からリリアさんのお料理を食べてたらこうもなるよね。分かるよ。
渋る二人を食卓に着かせて、作ったお料理を見せると、揃ってたいそう驚いた顔を見せた。そして食べるよう促すと、最初はおっかなびっくりで、けれど、一口食べると目を丸くしながら、それはもう美味しそうに食べてくれた。それを嬉しく思うのと同時に、普段リリアさんのお料理を食べているんだろうシルバーさんのことを思って、ちょっと泣いてしまったのは内緒だ。
セベクくんはこの頃から良く食べるようで、せっせとおかわりしてくれた。見ていて気持ちのいい食べっぷりだ、だからあんなに大きく育ったんだねぇ。対してシルバーさんは食が進まないのか、出した分にちょっと口を付けただけでじっと座っている。
「えと、おいしくなかったかなぁ?」
「いえ、とても美味しいです。ですが、親父殿が
……
」
「おぉ、わしがどうしたって?」
「親父殿!」
ドアの向こうからリリアさんの声がして、しょんぼりしていたシルバーさんの顔がふわっと晴れた。そして少し照れた様子で「親父殿にも食べてもらいたいのです」と私にだけ聞こえるように小さく呟いた。
そういうことか。シルバーさん、リリアさんのことをとても大切に思ってるもんね、美味しい物は大切な人と食べたいって気持ちはとてもよく分かる。それと同時に、そういうふうに思ってもらえたことがくすぐったくも嬉しかった。
私のお部屋を用意すると部屋を出てから今までの間、ずぅっと強い魔法の気配がリリアさんがいる方からしていた。まさか魔法でまるまる一部屋作る気なのかな? それだと、相当大掛かりな魔法になりそうだけど、リリアさんならやりかねないのが困る。
力の気配からして、強い魔法を使っているのは明白だった。そういう時は集中しなきゃいけない。そのせいもあって、お料理ができてもリリアさんのことは呼ぶに呼べなかった。でも、こうやってシルバーさんが一緒に食べたがっているとなると、そうも言い難い。呼んでいいのかな? でも、邪魔をするのも良くないよね。いやいや、かわいい我が子を優先させるべきでは? このままじゃ、シルバーさんの分もセベクくんが食べちゃいそうだし。
いやでも、邪魔をするのもなぁ、声をかけるくらいならいいかな? そう思って席を立とうとすると「はー、やれやれ」とそれはそれは大きなため息を吐きながらリリアさんが戻ってきた。
「さすがに一部屋こさえるとなると骨が折れるわ」
リリアさんはそう言って、嬉しそうに頬を緩めるシルバーさんの頭を撫でて席に着いた。
……
やっぱり、魔法でお部屋を作ってたのか。さすがリリアさんと思うと同時に、暢気に料理をしていた事に、ちょっとだけ失敗したような気持ちがついてきた。私のことなんだし、少しくらいお手伝いするべきだったかも。
「すまんな、食事支度を一人でさせてしもうて」
たいそう申し訳なさそうに肩を落としたリリアさんだけど、そんなことは全然ない。むしろキッチンから離れていてくれてありがとうございます、って気持ちなんだけど、さすがにそんなことは言えないから、曖昧に濁しておく。
「いいんですよ。お料理は好きなので、任せてください」
「遠慮はいらぬと言うに」
「遠慮なんてしてないですよ」
そうしてちょっぴりやいのやいのしながら四人でお食事をした。元居た時代では一人で食べることが多いから、こうやってみんなでお食事をするのはすごく楽しい。お腹の子供たちが生まれて、大きくなったらこうやって賑やかにお食事することになるのかな、なんて思ってつい笑ってしまう。そんな私にセベクくんはまた「何が面白いんだ?」と顔をしかめた。
お食事も終わり、後片付けをしようとすると、二人が片付けると言ってくれた。食器を洗ったり、拭いたりしている小さな後ろ姿を見ていると、なんともくすぐったい気持ちになる。二人とも本当にかわいいなぁ。あとでおやつも作ってあげようと思っていると、リリアさんが思い出したように顔を上げた。
「あぁ、お主の部屋を用意したからな。後で見ておいてくれ」
「ありがとうございます。すみません、わざわざ」
ダメで元々でリリアさんを頼ってきたのに、こうもあっさり受け入れてくれたことに、ちょっとだけ拍子抜けしてる。私の身の上を理解しているとはいえ、こんな簡単に自分の家に住まわせていいものなのかな? でも、捨て子だったっていうシルバーさんを拾って育てたというくらいだし、本当に面倒見がいいんだなぁ。感謝しないとなぁ
……
なんて思っていると、驚いた顔の二人と目が合った。
「どういう
……
」
「こんな怪しい人間を住まわせるのですか!?」
油断してたところにセベクくんの大声が耳をつんざく。ちょっと痛い。
……
まぁ普通はこんなリアクションだよね。話す暇がなかったとはいえ、驚かせてしまい、ちょっとだけ申し訳ない気持ちになった。
「これこれ、食事を馳走になっておいて怪しいはないじゃろ」
「
……
申し訳ありません、言い過ぎました」
「知らない人には気を付けるくらいがちょうどいいですよ。悪い大人って案外いますもん」
「そう言ってくれると助かるよ」
「あの!」
さっきからあまり喋らなかったシルバーさんがひと際大きな声を上げた。いつも物静かなシルバーさんにしては珍しいことで、私たちは思わず口を噤んで、心なしか震えるシルバーさんに注目した。
「貴女は親父殿の妻になるのですか?」
「えっ?」
「お?」
なかなかに破壊力のあるシルバーさんの言葉に皆きょとん顔だ。私も驚いた。でも、そう考えてしまうのはちょっと分かった。リリアさんは独り身だ、そんな人のところに、それなりの歳の女の人がきて、親しくしているように見えれば、そう思ってしまっても仕方がないのかもしれない。
そして、そんな人が現れたら血縁でもなんでもない自分はどうなるのか、不安になったんだろう。これはさっさと否定してシルバーさんを安心させないとね、そう思って答えようとするより先に、涙目のセベクくんが口を挟んできた。
「お、お前みたいな人間をリリア様が相手にするなんて!」
「うぇ?」
「お前が言うような男なんているかと思ったが、リリア様なら納得できる
……
」
「えっと、セベクくん?」
いけない、話がこじれてきた。
「リリア様はとてもお強く、物知りで
……
待てよ、お前結婚していると言っていたな」
「えと、たしかにリリアさんはすごい人だけど、私の旦那さんじゃないよ?」
「なんじゃ、わしフられてしもうたのか? しくしく」
「話をややこしくしないでください!」
というか、こんなこと言ってる場合じゃないんだよね。ないことないこと言って騒いでる二人はほっといて、とにかくシルバーさんの誤解を解かないと。急ぎ向き直ると、シルバーさんはそれはそれは悲しそうに目を伏せていた。
「あのね、シルバーさん。誤解してるみたいだけど、私はリリアさんと恋人とか、そういう関係じゃないんだ」
「
……
」
「セベクくんの言う通り、私は結婚してるの。もちろん、リリアさんじゃない人だよ」
「
……
。はい」
「それで、今事情があって家に帰れないから、ちょっとの間お世話になろうと思ってきたの。リリアさんには昔『困ったことがあれば訪ねてくるがよい』って言ってもらってたから、お言葉に甘えようと思って」
「
……
はい」
「帰れるようになったらすぐ出て行くし、リリアさんとシルバーさんの生活を邪魔しようなんて気はないの。
……
えと、分かってもらえるかな?」
シルバーさんはゆっくり顔を上げるとまっすぐな目で私をみつめ、「はい」と小さく頷いた。よかった、分かってくれたみたいだ。
……
セベクくんとリリアさんは相変わらず好き放題ないことを言っているみたいだけど、あっちはほっといていいかなぁ?
シルバーさんは納得してくれてたとはいえ、いきなり知らない人が家に住み着いても落ち着かないだろう。気だって使っちゃうし、あまり不安にさせるんじゃ悪いもんね。そのためにも早く帰る方法を見つけなきゃ。
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