いまち
2022-05-30 01:21:50
69593文字
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過去への展望

マイアナスト2展示だった⚡🐣。調合失敗して16年の前の茨の谷にタイムスリップした🐣の話。
ちょっと長め(いまち比)

4話

 そうして十六年前の茨の谷で「リリアさんの友人のビオラ」としての生活が始まった。バングルを見たからリリアさんは私のほんとうの名前は知っている。けど、セベクくんたちと十年後に出会うことを考えると、違う名前で過ごした方がいいかもしれない、と二人で考えてこの名前で通すことにした。私が時間を超えてしまったことで、物事の因果関係がどうずれてしまうのか不安になったものの、リリアさんは「大抵うまく収まるようになるものよ」とあまり気にしていない様子だった。そう軽く考えていいものなのかな?

 リリアさんの言葉になんとなく釈然としないものを覚えながら、三人での生活が始まる。どうなるんだろうと一抹の不安はあったけれど、茨の谷はいつだってのんびりしていて、時間の流れはゆっくりだ。変わっている物はあまりない。いざ過ごしてみると、お店の仕事がない以外は元の時代とあまり変わらなくて、あっさり受け入れてしまっていた。
 リリアさんが用意してくれたお部屋は、調合用の釜がある以外は普通のお部屋で、それなりに快適に過ごさせてもらっている。住まわせてもらってるから、家事仕事は私がすることにしたけれど、何かとシルバーさんが手伝ってくれた。こんなにちっちゃい頃からしっかりしてたんだなぁ、私、これくらいの歳の頃って、一日中遊んでた気がするよ。
 一生懸命家のことをしてくれるシルバーさんはセベクくんと同じくらいかわいくて、いじらしくてこっちも構いたくて仕方がなくなる。けれど、未来を変えるわけにはいかない。きちんと元の時代に帰るためにも、余計なことはしないでつかず離れずの距離を保とう。

 そう思っていた矢先、シルバーさんが熱を出した。折も悪く、リリアさんが泊りがけで出かける、と、家を空けたタイミングでだ。リリアさんが家を出た途端、それまで普通にしていたシルバーさんは急に顔を真っ赤にして、ぐったりしてしまった。
 少し驚いたけれど、症状を見る限りでは季節外れの風邪のようだった。危ない病気ではないようでひとまず安心した。そうはいっても、こじらせて肺炎にでもなったらそれこそ大変だから、まずは休ませることにする。平気だと言い張るシルバーさんをパジャマに着替えさせてベッドに寝かせた。

「えっと、かかりつけのお医者さんはいるかな?」

 念のため聞いてみるとシルバーさんは弱々しくかぶりを振った。なんとなくそんな気はしていたけど、悔しい気持ちになった。
 茨の谷に住んでいるのはほとんどが妖精族で、人間を診られるお医者さんは少ない。私が住んでいるところだと人間のことも勉強したっていう先生はいた。そのお医者さんはこの時代でもいるんだろうけど、ここからその病院までは少し距離がありすぎた。弱って体力が落ちている子を移動させていいとはいえない距離だ。ホウキで飛んで行くにしても、身体を冷やしてしまうから避けたい。
 となると、ここで看病する他なかった。幸い、食料もお薬を作る材料もある。あまり気は進まないけれど、ちょっとの間は様子見しておこう。もし危ないようならお医者さんを呼べばいいかな。でもなぁ、呼んでる間はシルバーさんが一人になるからそれはそれでどうなんだろう。せめて近くに人がいたら動きようもあったんだけど。ここ、人里から離れてるからねぇ。
 ……なんて考えてたら、シルバーさんは何を思ったのか、うっすら涙を浮かべながらぽつり、と呟いた。

「俺は平気です。寝ていれば治ります」
「へ?」
「あなたの邪魔はしません」

 そう言うとシルバーさんは小さく咳きこんだ。いけない、一人でぼーっと考え事をしていたせいで、私が迷惑がっていると勘違いをさせてしまったようだ。病気になると気持ちもしぼんじゃうもんね。まずは安心させなきゃだ。
 心配をかけないよう、屈んでシルバーさんと目線を合わせる。シルバーさんは気まずそうに目を逸らしたけど、構わないで頭を撫でた。

「なんか勘違いしてないかなぁ? 邪魔だなんて全然思ってないよ」
「ですが……

 気丈に見せようとしても、やっぱり病気の子供だ。ちょっと撫でると不安げに目を泳がせた。

「病気なんだから、遠慮しないで。大人を頼っていいんだよ」
……。はい」

 分かってくれたみたいだ。やることは多いけど、取り急ぎ濡れタオルで頭を冷やすようにして、すぐにお水を飲めるように、少しだけレモンを絞ったお水を入れた水差しとコップを置いておいた。

「ちょっとお薬とかの支度をするから、ちゃーんとベッドで寝ててね? 喉が渇いたらお水を飲むんだよ?」
「はい……

 シルバーさんのことだ、勝手にベッドから抜け出すなんてことはしないだろう。だからってのんびりしていいわけもなく、私は急いで風邪薬とおかゆの用意をした。飲みやすいようにハチミツで甘いシロップのように仕立てて、とりあえず朝昼晩の三回分。
 おかゆは早く元気になるように卵を落として、おいしく食べられるように、ちょっとだけコンソメとチーズを入れて作った。キノコも入れたら喜ぶだろうけど、あまりお腹には優しくないから却下。元気になったらキノコのリゾットでも作ろうかな。未来のシルバーさんの好物だし、きっと喜んで食べてくれるよね。

 お皿に少しだけ盛ったおかゆとお薬をトレイに載せて、シルバーさんの部屋に持って行った。シルバーさんは大人しく横になっていたものの、まだ寝付いてはいなかったようで、入ってきた私をじっと見つめていた。水差しのお水は減ってない。

「お薬とおかゆ作ったんだけど、食べられるかな?」
「少しなら……
「じゃあ、ちょっとだけ食べよっか」

 シルバーさんを起こして、ヤケドしないようおかゆを氷の魔法で少し冷ます。スプーンですくって、シルバーさんの口元に持っていく。いわゆる「あーん」だ。これ、一度やってみたかったんだよねぇ。

「はい、あーんして」
「一人で食べられます」
「遠慮しなくていいよ。はい、あーん」
「結構です!」

 ……怒られてしまった。ふざけてるつもりはなかったんだけど。
 名残惜しく思いながらお皿とスプーンを渡すと、シルバーさんはそれをゆっくり口にした。

「無理に全部食べなくていいからね」

 そう言うと小さく頷いた。少し、と言っていたわりには食欲はあったらしく、ゆっくりながらも用意した器一杯ぶんを食べきった。おかわりはいるか聞いてみたけど、遠慮されてしまった。残念。

「はい、じゃあお薬も飲もうね」
……はい」

 シロップを渡すとちょっとだけイヤそうに顔をしかめた。その気持ちはよく分かる、お薬って苦いもんね、特に子供の舌って大人よりもずっと敏感だから、お薬と聞くとそれはもう痺れるくらい苦いイメージがついてしまうものだ。
 けれど、そこはさすがのシルバーさん、イヤな顔をしながらも素直に飲んだ。そしてひとくち口にしただけで、驚いたような顔を見せた。そうだろうねぇ、苦いものだと思って口にしたら甘かった、なんてなればこんな顔にもなるでしょう。
 イタズラが成功したような気持ちってこんな感じかな。不思議そうな顔をしながらも、シロップを飲んだシルバーさんにお水を一杯飲ませた。苦くないのはいいんだけど、しばらく口に残る甘さなんだよね。飲みやすくするためにも、要改良かな。

「えらいえらい。じゃあ、あとはゆっくり寝ようね」

 シルバーさんの頭を撫でたら、後はゆっくり休ませるだけだ。やっぱりね、知らない人が側にいたんじゃ落ち着いて休めないもんね。枕元に鈴を置いて、何かあったら鳴らすように伝えてお部屋を出よう――としたら、シルバーさんが私のエプロンの端を握りしめていた。

「なぁに?」

 聞いてみるも、シルバーさんは何も言わずそっと目を伏せるだけだった。何も言わないけど、言わんとしてることはなんとなく分かった。心細いんだろう。人間、大人だろうと身体が弱ると不安になるものだ、それが小さい子供ならばなおさらだ。
 本当はリリアさんがいればよかったんだろうけど、帰ってくるのは早くても明後日だと言っていたもんね。シルバーさんにとって私は赤の他人だけど、それでもいいのかな?

「んと、一緒にいた方がいいかなぁ?」

 念のために聞いてみると、シルバーさんは小さく頷いた。やっぱり心細いんだね、それなら側にいよう。本当は元の時代に帰る方法を調べたかったけど、こんなになってる子を放っておくなんてできないもんね。
 そう決めて、頭を撫でて「一緒にいよっか」と言ってみれば、シルバーさんの表情が僅かに緩んだ。……こう懐かれちゃうと、ちょっと弱いかも。
 窓を開けて、適当な椅子にかけながら、横になるシルバーさんを眺める。寝付くまでお話でもした方がいいのかな? でも、こういう時って疲れちゃうから、頭に情報とか入れない方がいいって、昔言われたんだよね。でもなぁ、こう黙ってばかりだと子供相手とはいえ、なんとなく気まずい感じ。
 シルバーさんはシルバーさんで、何を言うでもなく私の顔をじぃっと見たり、かと思えば目を逸らしたりしてるものだから、どうしたものか悩んでしまう。
 手持ちぶさたにシルバーさんの頭を撫でたり、お布団越しにぽんぽんしてみるも、なかなか寝付いてくれない。シルバーさんはちっちゃい頃からしょっちゅう居眠りしてたって聞いてたし、お薬の副作用に眠くなるのもあったはずなんだけど、どうしてこうも眠ってくれないのか。
 もしかして、知らない人が側にいるから緊張して寝られないとか、そういうことかな? やっぱり離れた方が安心して休めるのかも……そんなことを思っていると、シルバーさんが遠慮がちに口を開いた。

……話を聞かせてくれませんか?」
「お話? んと、なんのお話がいいかなぁ?」

 童話とかすればいいのかな? でも、いくらちっちゃいって言っても、絵本って歳じゃないよね。シルバーさんが喜ぶような話ってなんだろ? 下手なお話をして未来が変わったら困るかもだからちょっと悩む。それなのにシルバーさんはシルバーさんで、妙に期待を込めた目を向けてくるし。困っているとシルバーさんが何か言いたげにもじもじし始めた。

「どうかした? あ、お手洗いに行きたいのかな?」
「違います! その……

 シルバーさんは口ごもるだけでなにも言えないようだった。なんだろ? 言いにくいようなヘンな話をさせたいとか? いやいや、シルバーさんに限ってそれはないか。

「なにかなぁ? 遠慮なく言っていいからね?」
……の話を」
「ん?」
「あなたの夫という人の、話が聞きたいです」
「私の旦那さん?」

 聞き返すとシルバーさんはそれはそれは遠慮がちに頷いた。何を言われるのかと思ったらそんなことか、心配して損したかも。

「セベクから聞きました、素晴らしい夫をお持ちだと」

 いけませんか? とシルバーさんはどことなく、すがるような目を向けてきた。その様子に少し驚いた。恋のお話に興味があるんだなって。
 私の知ってるシルバーさんは、恋愛なんかよりもお勤めやリリアさんへの恩返しって感じだけど、この頃には恋愛に興味があったのかな? すごく意外かも。もちろん、ダメなわけはない。とはいえ、セベクくんのことは未来のシルバーさんにも関わることだ、特定できそうなところは伏せた方がいいよね。

「いいよー、でも、そんなお話でいいの?」
「その話がいいんです」
「そっかぁ、じゃあ、何から話そうかなぁ」

 シルバーさんのいやに食いついてくる様子がなんだか新鮮で、それが面白くて少し笑ってしまった。

「どんな仕事をされてる方なんですか?」
「お城にお勤めしてるの。えと、ここからちょっと遠いとこなんだけどね」

 具体的にはここから十六年先の茨の谷だ。大丈夫、ウソは言ってない。

「兵士ですか?」
「んーん、お役人さんみたいなお仕事だねぇ」
「セベクから腕が立つような事を聞かされました」
「そうだねぇ、魔法も、武術もすっごく強いよ。でも、頭もいいからそういうお仕事をしてるんだ」

 言い終わってからしくじってしまったと気付いた。こんな言い方したら、未来で近衛兵をしてるシルバーさんの頭が悪いみたいだ。もちろん、全然そんなことはなくて、向き不向きの話でしかないんだけど。

「だから、シルバーさんもとっても賢いんだよ」
……そうですか」

 言葉を間違えた。「同じリリアさんに鍛えられた」って意味なんだけど、未来に関わることだからうまい言い方が思いつかなかった。けど、シルバーさんは気にしてないようだからいいかな? こういう大らかなところって昔からなんだなと思えて、ちょっと嬉しい。でも、気付いた手前、後ろめたい気持ちになっちゃったから、気持ちを誤魔化すようにシルバーさんの頭を撫でる。額はじっとり汗ばんでいて、当然だけど、熱が引きそうな気配もない。

「旦那さんまだまだ新米さんだから、お城から出られなくてあまり会えないけどね」
……。そうやって会えなくても愛せるものなのですか?」
「もちろん。それくらいで嫌いになってたら家族になんてなれないもん。シルバーさんは、リリアさんがおうちを空けたら嫌いになる?」
……なりません」

 シルバーさんはそう言ってかぶりを振ると、けほけほと咳きこんだ。喋らせすぎちゃったかな。シルバーさんにしては珍しくおしゃべりするものだから、私もつい喋りすぎてしまった。そのせいで無理させちゃったかも。反省しつつ、水差しからお水を注いでシルバーさんに飲ませた。

「ありがとうございます」
「ごめんね、お喋りしすぎちゃったね?」
……もっと聞きたいです」
「またお咳が出ちゃうからだめ」
「平気です」
「だーめ、代わりにお歌でも歌おうか?」

 いくらなんでも子守唄はないでしょう。さすがに子ども扱いが過ぎたかな? と言ってから気付いてしまったものの、シルバーさんは「聞きたいです」と頷いた。いいんだ。
 なんだかくすぐったく思いつつ、リリアさんのお部屋からギターを借りてきて歌った。元いた世界で教わった歌だ。ゆっくりしたリズムの、大切な人の側にいたいと願う歌。これを教えてくれたおじいちゃんは、今頃どうしてるのかと思うとちょっとだけ、寂しくなった。
 いつの間にか窓の外にはシルバーさんのお見舞いにか、果物やお花を咥えた動物が集まってきて、しまいには私の歌に合わせて鳴き始めた。シルバーさんのこの動物に好かれる体質って昔からなんだなぁ。微笑ましく思いながら、早く元気になるよう気持ちを込めて歌った。

 そうしていると、二曲目の途中でシルバーさんはまた眠りに就いた。やっぱり、シルバーさんのわりに寝つきが悪い気がして、また心配になった。
 とはいえ、私にできることは限られている。寝苦しくなるだろうから枕元やお布団に集まっている動物たちには丁重にお引き取りいただいて、持ってきてもらったお花と果物はありがたく頂いた。窓の外にいる子たちはそのままでいいかな、いるだけだから寝るのに支障はないだろうし。
 シルバーさんも寝付いたことだし、元の時代に戻る研究でもしようかな? そう思ったけど、シルバーさんの人恋しそうな様子を思うと、ここを離れるのは憚られた。あの様子では起きたら誰もいなかった、なんてことになったら寂しがりそうだ。さすがにそれは可哀そうな気がする。

「しょうがないなぁ」

 リリアさんが帰ってくるのは明日だそうだから、今日一日はずっと側にいようかな。あまりのんびりするつもりはないけど、たまにはいいよね。とはいえ、本を取りに席を外すくらいはいいでしょう。静かな寝息を立てるシルバーさんの頭を撫でてから、部屋を出た。

 研究用の参考書と、果物ナイフとお皿、それとお花を飾る花瓶を用意して、シルバーさんの部屋に戻った。
 本を読みながら、おでこに乗せたタオルを替えて、汗をかいたら拭きとって……そんなことをしながらゆっくり過ごしていると、家のドアをノックする音が聞こえてきた。お客さんかな? でもシルバーさんは寝てるし、だからといって居候の私が出るわけにもいかない。居留守を使うのは気が引けるけど、音を立てないように窓とカーテンを閉めて、息をひそめた。
 けれど、なかなか止まない。よりにもよってリリアさんがいない時にお客さんが来るなんて、困ったなぁ。

「シルバー! いないのか!」

 ノックの主はセベクくんだったらしい。困る必要はなかったようだ。気にしちゃって損したかも。セベクくんなら私のことも知ってるし出ていいよね、と思って出てみると、私が出るとは思っていなかったのか、驚いた顔のセベクくんと目が合った。うん、今日も元気でかわいい。つい頬が緩んでしまう。
 そんな私とは裏腹にセベクくんは怒ったように顔を赤くした。

「いるならさっさと出たらどうだ!」
「あはは、ごめんねぇ。えっと、どうしたのかな?」
「鍛錬だ! いつまで経っても来ないから迎えに来たんだ!」

 怒鳴りながら、ぷりぷり怒った顔を見せるセベクくん。そういえば、毎日一緒にお稽古してたんだっけ。シルバーさんのお世話に夢中になってすっかり忘れていた。いつから待ってたんだろ? 知らなかったとはいえ、悪いことしちゃった。

「ごめんね。今日シルバーさん、お熱が出たから休んでるの」
「はぁ!? 弛んでるぞ!」
「そう言わないであげてほしいなぁ。あ、ご飯食べてく?」

 セベクくんがいつから待っていたのか分からないけど、今はお昼を過ぎた頃だ。お弁当とか持ってる感じはないから、お昼ごはんは食べてないのかも。そう思って誘ってみたけど、セベクくんはさらに顔を赤くして「いらない!」と踵を返してしまった。怒らせちゃったかな? 一瞬追いかけようと思ったものの、シルバーさんを一人にしたまま家を離れるわけにはいかなくて、私はその後ろ姿を見送る事しかできなかった。
 ……やっぱり、怒らせちゃったよねぇ。そりゃあ、暑い中ずっと待ってたのに、待ちぼうけじゃ怒りもするよね。今度会った時のためにお詫びでも用意しておこうかな。セベクくんの好きなお菓子とか、カルパッチョとか……なんて考えてたらさっぱりした物が食べたくなってきた。そういえば、私もお昼ごはんは食べてないんだよね。セベクくんには明日謝ることにして、まずは今日のお昼ごはんの用意をすることにした。
 シルバーさんのお部屋で食べようとサーモン……はなかったからトラウトと玉ねぎのマリネのサンドイッチを作った。こういう暑い日にはさっぱりした物が一番だよね。多めに作って後でちょこちょこつまもう。
 作ったサンドイッチを部屋に持って行こうとすると、またドアノックの音がした。今度はちょっと乱暴な感じ。ちょっとだけ、セベクくんが戻ってきたのかと思ったけど、さっきの様子だと家に帰ってしまったのだろうし……うん、居留守しとこ。

「僕だ!」

 物音を立てないようにそうっと身を潜めると、途端に響くセベクくんの声。戻ってきたんだ。それなら出ていいね。
 今のさっきでどうしたんだろうと思いながら出てみると、セベクくんは赤い沁みが付いたハンカチを丸めた包みと、どこかで摘んできたのだろう色とりどりのスミレの花を抱えて、不貞腐れたような顔でドアを見上げていた。私と目が合うと、頬を膨らませながらその二つを私に突き出してきた。

「セベクくん?」
……
「えと、くれるのかなぁ?」

 聞くとセベクくんはむつけ顔のまま小さく頷いた。なんで急に、と一瞬疑問がよぎるも、すぐに思いついた。さっきシルバーさんが熱を出した事を教えたから、お見舞いのつもりなんだろう。なんだかんだ言っても、セベクくんは優しい子で、シルバーさんのことが大好きなんだなぁ。微笑ましく思いながら受け取ると、セベクくんは気まずそうに俯いた。
 変なところで素直じゃないのがまたかわいい。お見舞い、こっちの包みはなんなんだろう。ハンカチが真っ赤に染まっているのだから、なんとなく想像がついたけれど、一応開いてみる。
 ハンカチに包まれていたのは少し潰れた木苺だった。大小さまざまな赤い実と黒っぽい実が混ざっていた。よく見たらセベクくんの指先もかわいらしく赤に染まっている。ちっちゃい手で一生懸命集めるところを想像すると、本当にかわいくてつい撫でたくなっちゃう。そんな私の下心をよそに、セベクくんは思い出したように顔を上げ、今度はいやに得意げな顔を見せながら「さっさと治してもらわないと困るからな!」なんて元気な声を上げた。

「えへへ、ありがとう」
「なんでお前が礼を言うんだ?」
「ヘンかな?」
……お前は変だが」
「そうかなぁ?」

 相変わらずの憎まれ口を微笑ましく思っていると、ぐるぐると低く唸るような音が聞こえてきた。もしやと思ってセベクくんを見ると、気まずそうに顔をそらされた。そんな気はしたけど、セベクくんのお腹の虫のようだ。お腹を空かせているみたいだし、もう一度、一緒にお昼にしないか誘ってみることにした。

「ご飯、食べてくよね?」
……いただきます」

 セベクくんを家に通して、食卓についてもらう。寝ているシルバーさんを一人でさせておくのはちょっとだけ心配だから、何かあってもすぐ分かるように部屋のドアを開けておいた。寝ている様子を見る限り、いつも通りすやすや眠り込んでいるようだったけど。いつ起きるかなんてわからないもんね。
 なんとなく落ち着かない様子のセベクくんに、さっき作ったサンドイッチとミルクを出すと、嬉しそうに目を輝かせて、それはもう気持ちいい食べっぷりを見せてくれた。私の分も食べられちゃったけど、こうも美味しそうに食べてくれたらあげたくもなるというものだ。
 セベクくんが食べている間に、木苺を包んでいたハンカチを洗っておく。木苺の果汁はハンカチにたっぷり沁みついていたけど、洗浄魔法をかければ簡単に落とすことができた。……やっぱりというか、セベクくんは何か言いたそうに私の魔法を見てたけど。

「はい、ハンカチ」
「ありがとう、ございます」

 二回目なのもあって素直に受け取ってくれた。
 食事を済ませたセベクくんには、さっき動物さんから貰った果物を切って出して、私は自分のお昼を摂った。やっぱり、一人じゃない食卓はいいなぁなんて思いながら。
 それから「明日は迎えにくる」と言って帰るセベクくんを見送って、お食事の後片付けをして、シルバーさんの部屋に戻った。
 と、案の定というかまたも小動物がシルバーさんのベッドに潜り込んでいたから、再度お引き取り頂いた。ベッドの周りにも、窓辺にも、果物やお花がたくさん並べられていた。果物は適当に日陰に移して、お花はセベクくんの持ってきたお花と一緒に花瓶に生けてサイドテーブルに飾った。お薬の材料になるお花もあったから、後で調合する時にでもありがたく使わせてもらおう。

「ありがとう」

 窓の外の動物たちにお礼を言って、持ってきた次元学の本を開いた。
 やっぱり時間軸の移動は難しいようで、理論はあるものの、それを行うとなると大規模な設備か魔力が必要になるらしい。ここ茨の谷でそんな設備を用意するのはまず無理だ、だとすると魔力だけでどうにかしないといけない。
 けど、十六年先への移動となると、私とリリアさんの魔力では到底足りない。マレウスさんがいればまだ可能性はありそうだけど、リリアさんの口ぶりでは頼るのは無理そうだ。未来から持ってきた身分証があるとはいえ、それを見せたところで謁見が叶うとは思えない。せめてお守り――無尽蔵に生命力と魔力を引き出せる、私が元いた世界から持ってきた魔法道具――があればあるいは、できたかもしれない。けれど、たらればを考えてもしょうがないんだよね。使えるものしか使えないし、できることしかできないんだから。

 だから、まずはどうしてこうなったのか考えることにした。ここに来たのは調合を失敗しての事故なんだと思う。でも、あの時作っていたのはただの痛み止めで、次元干渉できるようなものではない。うっかり瓶ごと入れた薬剤もただの清涼剤だ。それがこんなことになってしまうなんて、ため息ばかりが出てきてしまう。