いまち
2022-05-30 01:21:50
69593文字
Public
 

過去への展望

マイアナスト2展示だった⚡🐣。調合失敗して16年の前の茨の谷にタイムスリップした🐣の話。
ちょっと長め(いまち比)

2話

……えぅ?」

 土の匂いに気が付いて目が覚めると、私はなぜだか森の中に倒れてた。なにがどうしてこうなったんだろう。まさかここは天国? なんて一瞬思ったけど、ちゃんと足はあるし感覚はある。身体も、薬が抜けたのか、ちゃんと動くようだ。
 わけが分からないながらも、なんとなく辺りを見回した。前を見る、草がもうもうに生えている。左を見る、木がいっぱい生えている。右を見る、木々の向こうで何かが光ってる。ついでに後ろも見る、鬱蒼と茂る森がそこにあった。

「え? えぇー!?」

 あまりに想定外な事態に思わず叫んでしまった。叫んだせいか喉がちょっと痛くなる。痛みを感じるということは、夢ではなことも分かった。分ったところで、わけが分からないことには変わりないんだけど。

「えと……

 わけがわからないが過ぎる事態に、頭がいっぱいを通り越して逆に、変に冷えた頭で、自分の状況を顧みる。覚えている限りでは私は自分のお店で、調合に失敗してヘンな煙を吸って倒れた、ということは記憶してる。
 それで、いよいよ危ないという瞬間、店に誰かが入ってきた。その入ってきたのは今日来る予定だったお義姉さんだと思っていた。お義姉さんが来て、助けてもらったと思った。
 思ったけれど、もしあの時入って来たのがお義姉さんや他の知り合いとかだったら、私はこんな森の中で倒れているだろうか? そんなわけがない。そういう人が来たのであれば、今私は病院なり私の部屋なりで寝かされているはずだ。
 なのに、私はどうしてこんなところで倒れてたんだろう? そう疑問に思い、はっとした。
 ――まさか、あの時入ってきたのはドロボウかなんかで、お店を荒らして私のことは適当にポイ捨てにしたとかそういうこと!?
 考えてゾッとした。それなら大変だ、急いでお店に戻らないといけない。お金はそんなにないけれど、あの自宅兼お店には大切なものがたくさんあるんだ。

 そう思うと居ても立っても居られない。すぐに戻ろうと立ち上がった。薬の効果はすっかりなくなっていて、痺れも目眩もなにもない。強いて言うなら尻もちをついたせいかお尻がちょっとズキズキするくらい。怪我なんかもないみたいだし、これならすぐに帰れそう。

 身体は問題ないけど、そもそもここはどこなんだろう。ここがどこか分からなければ帰るに帰れない。見回すとなんとなく見覚えがあるような、ないような微妙な森だ。こういう所ってどこでも似たような光景だから見分けがつきにくい。でも、ゆるい傾斜があるから、それなりに高さのある森……もしかして山かな? となれば、飛んで、木立を越えて見てみれば、ここがどこなのか分かるかもしれない。
 そうは思ったものの、飛ぶためのホウキや、ホウキ代わりになりそうな木の枝なんかは落ちてない。森のくせに。でも、まだ慌てる必要はない。お行儀は良くないけど、杖に乗って飛べばいいのだ。そう思って杖を取り出そうと意識を集中させる。習っててよかった召喚術。カウンターに飾ってる私の杖、手元においで、と。

「あ、あれぇ?」

 集中せども杖は手元に現れない。まさか、杖もなくなった? それはとても困る、にわかに気持ちが焦り始めた。
 こういう、山とか、森の深いところで道に迷った時って下手にあちこち歩き回らない方がいいんだっけ。遭難(じゃないけど)した時はあまり動かないで、その場で助けを待つようにと教わった。そうするものだとは分かっていても、状況が状況だけに、助けを期待できるものとは思えない。
 幸いといっていいのか、ポケットに入れていたマジカルペンはとられていないようだから、魔法を使う分には問題ない。ホウキのように乗れる大きさには変形させられないし、マレウスさんみたいに身体ひとつで森を超えるほどの高さを飛ぶのは難しいけど、こうしているよりはずっとマシだ。
 よし、飛んでみよう。そう思ってマジカルペンを取り出すと右の方からガサガサと草をかき分ける音がした。ひと気なんて全然なかったから驚いてつい悲鳴を上げてしまった。

「うえぇっ!?」
「うわっ!!」
「へ?」

 魔物か獣かなんかかと思ってマジカルペンを向けてみれば、そこには白いハンカチを持った男の子が、驚いた顔で私を見ていた。七歳くらいかな? ぱりっとした半袖のシャツにサスペンダーの付いた半ズボン、靴下留めがついた靴下、と、高そうないでたちのわりに、靴は軍靴のような丈夫そうなブーツで、上等な服と比べてなんだかちぐはぐに思えた。
 こんなちっちゃい子がなんでこんなところにいるんだろう。理由はともあれ、こんな小さい子を脅かすのは良くないとマジカルペンをポケットに戻してその子に向き直る。

「あはは、ごめんね」

 驚かせちゃったね、そう言おうとして、改めて見たその子の容貌に目を奪われて、つい言葉が詰まった。
 その子は色の白い、とてもキレイな顔立ちの子だった。ツンツン跳ねてる淡いグリーンの髪、妖精族らしい細い瞳孔の緑がかった黄色い目。……そして、丸い耳。

「え、えぇ!?」
「な、なんなんだお前は!!」
「ご、ごめん。驚かせるつもりじゃないの、えと、えへへ……

 男の子はハンカチを握りしめながら、アヤシイ人でも見るような目で私を睨んでいる。そりゃあ、いきなり大声を上げる人なんて不審者以外の何者でもないもんね。……私のことなんだけど。
 驚きのあまり、ばくばくする心臓を抑えて、さりげなく男の子を見てみる。ミントグリーンの爽やかな色味と稲妻のようにツンツンした髪と眉毛、目の色……どう見ても、ジグボルト家の人たちの特徴だ。でも、お義兄さんもお義姉さんも結婚はしていなければ子供もいない。そして、お義母さんの子供は三人だけだ。私が知らないだけで他にも親戚の子がいるのかもしれないけれど、この子の目と耳を見るに、人間と妖精族との間に産まれた子のように見える。ジグボルト家でそんな話があれば、(一応は)親戚である私の耳にも入るはずだ。じゃあこの子は? そう思うより先に口からこぼれる。

……セベクくん?」
「っ!!」

 男の子はさらに驚いたようで、私を睨みつけてきた。あ、これマズいかも。そう思うと同時に、男の子はお稽古用らしい木製の短剣を私の喉元に突きつけた。なんとなくそんな気はしてたけど、こんなちっちゃい時からここまで動けるのか。リリアさんの育て方はすごいなぁ……なんて思ってる場合じゃないね、一旦落ち着いてもらおう。剣先、喉に食い込んでちょっと痛いし。

「怪しい奴め!」
「待って待って! 私そういうんじゃ――
「不審者はそう言うものだとお爺様が仰っていたぞ!」
「違うのに……

 さすがセベクくん(仮)、こんな小さい頃からなんて頑固なんだ。いやいや、感心してる場合じゃないね。誤解を解かないと。刺激しないように、言葉を選んで……なんて言えばいいかな。私は見るからに人間だから、茨の谷の住人です、なんて言ってもかえって怪しまれそうだし、セベクくん(仮)の親戚なんて言おうものならすぐバレる。いや、そもそも誰かの身内なんて言ったらそれこそすぐにバレちゃうか。
 セベクくん(仮)のことを知ってる人で、うまく事を収められそうな人は……と、思っていると、リリアさんの顔がちらついた。そうだ、リリアさんの知り合いということにしよう。ウソではないし、リリアさんは顔が広いから、セベクくんの知らない人間関係もあるだろうし。

「えと、私セベクくんの事はリリアさんから聞いてるの。とっても優秀な子だって。だから、そんな危ないのは仕舞ってね?」
「リリア様の……?」

 セベクくん(仮)の手が弱まる。よかった、これで喋れる。けれど、セベクくん(仮)はまだ納得していないような顔を見せた。疑り深いというか、なんというか。セベクくん(仮)らしいといえばそうなんだけど。

「お話を聞いたことがあるだけだから。その、間違ってたらごめんね?」
……信じられるわけないだろう」
「えぇと、じゃあリリアさんたちについて知ってる事とか、お話したら信じてもらえる、かなぁ?」

 セベクくん(仮)はいまいち納得していないような顔で頷いた。うんうん、なんだかんだで素直なんだよね。そう思うと、すごくかわいいなぁ。……まぁ、そう言ったらものすごく怒るんだろうけど。
 そうして、私が知ってるリリアさんのことをお話した。名前とか、長く生き過ぎて誕生日を忘れちゃってることとか、昔は近衛兵をしていてセベクくんのお爺さんと面識があるとか、兵士をやめたあとはマレウスさんのお世話をするようになったとか(マレウスさんの名前を出したら「気安く呼ぶな」と怒られた)、シルバーさんのこととか、それとお料理がとても個性的なこと、とか。お料理の話は特に信じてもらえたようで、昔リリアさんのお料理を食べて気絶したことを話したらびっくりするほどあっさり信じてもらえた。……ちょっと複雑かも。ともあれ、信じてもらえたからいいかな?
 納得したらしいセベクくん(仮)はようやく木剣を引っ込めてくれた。

「そういう事なら先に言えばいいんだ」
「あはは……

 そうはぶちぶち言ってるけど、セベクくん(仮)が聞いてくれなかったからなんだけどなぁ。こういうせっかちな所は今もあまり変わってないから、セベクくん(仮)はセベクくんなんだと、なんだか微笑ましく思っちゃう。なんとなく、あったまったところで今度はセベクくん(仮)について聞いてみた。

「ところで、セベクくんはセベクくんで合ってる?」
「変な言い方をする奴だな。……そうだ」
「そうなんだ。えへへ、よかったぁ」

 やっぱりセベクくんで合っていたようだ。となると、どういう事だろう。調合に失敗してこうなったとなると、考えられるパターンとしては……

 1.セベクくんが小さくなって私もここに飛ばされた
 2.私が昔の茨の谷のどこかに飛ばされた

 ……どう考えても2だよね。そもそも、調合していたのはセベクくんが家を出てからだもん。事故に巻き込んだなんて、まずありえないよね。そっかそっか、私、昔の茨の谷にいるのか。少しだけ今の状況が整理できたことで、改めて辺りを見回す。少し落ち着いた気持ちで見てみると、覚えのある森だということが分かる。私の記憶違いでなければ、セベクくんが来た方向には小さな泉があって。その泉の近くに通り道があって、その道を上って行くと、小さな一軒家があるはずだ。考えて理解した。

 そう、ここはリリアさんたちの家がある森だ。

 それなら、こんなひと気のない森の中にセベクくんがいるのも頷ける。小さい頃はよくリリアさんの家で、シルバーさんとお稽古していたという話をよく聞いていたから。
 時間は分からないけど、まだ明るい時間だし、これからシルバーさんとのお稽古なんだろう。だから、持っている木剣もそういうことだ。分かってくるにつれ安心してきた。
 状況が分かったのであれば、この後どうするかだ。とりあえず、リリアさんを頼ってみようかな。ここが昔の茨の谷だとしたら、当然私の工房はなく、元の時代に帰る手段を用意できそうにない。
 セベクくんが子供の頃となると当然私たちは出会う前だ。けど、八年前に初めてこの世界に来た時と違い、今の私には身分を証明できる手段があるから、きっと大丈夫だろう。そうと決まれば善は急げだ。リリアさんの家に向かおう。

「それじゃあ私行くね。びっくりさせてごめんね?」
「な、待て!」
「なぁに?」

 立ち上がろうとするとセベクくんは握りしめていたハンカチを私に差し出した。びしゃびしゃに濡れているし、私のハンカチではない。なんだろうと不思議に思って見ていると、セベクくんは「倒れていたから」と小さく呟いた。

「ぶつけて腫れたりしたら冷やせとリリア様から教わったんだ」
「え?」
「人間は弱いんだろ! 黙って手当てを受ければいいんだ!」

 そう言ってセベクくんは私のほっぺにハンカチを押し当てた。ひんやりしてて気持ちいいけど、どこかが腫れてるって感覚はないんだよね。なんでかなぁ……と、考えて気付いた。腫れてると思うってことは、赤くなってるからなわけで……

「ちょ、セベクくん!?」
「なっ!」

 私が声を上げるのと、セベクくんがハンカチを見て驚いたのは同時だった。真っ白なハンカチはほんのりピンクに染まっていて、セベクくんは悔しそうに歯を噛みしめた。そう、セベクくんが腫れだと勘違いしたのは私の頬紅だ、今日はちょっとぼうっとしながらお化粧したものだから、塗りすぎてしまっていたんだろう。それをセベクくんが腫れていると勘違いした、ということなんだろう。

「ご、ごめん。それ、お化粧なの……
「まぎらわしいぞ!!」
「う、ごめん……
「お爺様からいただいたハンカチなんだぞ……

 セベクくんは泣きそうになりながら、ピンクに染まったハンカチを握り締めている。セベクくんお爺ちゃんっ子だもんね、そんな大事なハンカチを、見ず知らずの人の手当に使うなんて本当にイイ子だなぁ。つい和んじゃったけど、和んでる場合じゃないか。私のためにしたことでこうなったんだから、知らんぷりをするわけにはいかないもんね。

「大丈夫だよ、キレイにするから貸してもらえるかな?」
……

 そう言ってみると、セベクくんはものすごく嫌そうな顔をしてハンカチを渡してくれた。嫌なら渡さなくてもいいんだけど、聞いちゃうあたり本当に素直というか、育ちがいいのだと改めて思った。そういうところ、本当に好き。

「ありがと」

 ハンカチを受け取って、ポケットのマジカルペンを取り出す。そして弱めの洗浄魔法をかけると、ハンカチは元通りの真っ白に、ついでに火と風の魔法をかけ合わせてふんわり仕上げておいた。

「はい、これでどうかな?」
「お前、魔法が使えるのか?」

 キレイになったハンカチをまじまじみつめながら、セベクくんは遠慮がちに口を開いた。

「うん。これでも魔法士だからね」
……人間のくせに」
「人間だって魔法は使えるよ」
……

 セベクくんは悔しそうな目でじぃっと私を睨む。この感じからすると、この頃のセベクくんはまだ魔法は使えないのかな。そういえば、セベクくんは魔法の発現が遅かったって聞いた覚えがある。
 妖精族って生まれつき魔法が使える人がほとんどだそうだから、セベクくん自身、魔法が使えないことで焦ってるのかもしれない。お父さんが魔法を使えない人間だから、余計に不安に思っちゃうのかも。そして、そう悩んでるところに、ただの人間が魔法を使っているのだから、思うものがあるんだろう。
 私はセベクくんが将来どうなるかを知っているから、心配はいらないって分かってるんだけど、さすがにそれを言うわけにはいかないよね。下手なことを言って未来が変わったりしたら困るし。だから代わりに頭を撫でた。大丈夫だよって気持ちを込めて。

「なっ、なんなんだ」
「なんとなく?」
「変な人間だな」
「よく言われるよー。それじゃ、そろそろ行くね。手当してくれてありがとう」
「ふん。勝手にしろ!」

 そう言ってセベクくんはぷいっと顔をそらした。澄ましちゃってかわいいなぁ。今度こそリリアさんの家へ向かおうと立ち上がると、セベクくんは「あの」とごくごく小さい声をかけてきた。

「その、洗ってくれてありがとう、ございます」
「どういたしまして。セベクくんも心配してくれてありがとね」

 ちっちゃいセベクくんがあまりにもかわいいから、もっと構いたい気持ちは重々にあるけど、それこそうっかり何かして未来を変えちゃったら困るもんね。本当に、本当に名残惜しいけど「じゃあねぇ」と手を振ってリリアさんの家へ向かった。家までは一本道だから迷うことはないはずだ。

 やっぱり十年以上前のせいか、なにかと見慣れない、けれど慣れた道を行く。変わらないのはこのゆるい傾斜くらいのものだ。セベクくんがあんなにちっちゃいなら、ちっちゃいシルバーさんもいるのかな? リリアさんはきっと変わらないんだろうな。そんなことを想像しながら歩いていると、なにかが後を付いてくる気配に気が付いた。
 といっても、セベクくんだろう。見たわけじゃないけど、子供みたいな足音だしこんな森の奥にくる人なんて限られてる。さっきも思った通り、セベクくんはリリアさんの家にお稽古に向かうところだったのかな?
 そうだ。よく考えたら、お稽古に向かってるところだったのに、私がいたから足止めしちゃったことになるよね。悪い事しちゃった。もう一度ちゃんと謝った方がいいかな? でも、さっきも思った通り、うっかり余計なことを言ったりして。未来を変えることになったら困るから、気付かないフリをして先に進んだ。
 ……でもなぁ、ちっちゃいセベクくんかわいいんだよね。どうせ同じところに行くなら一緒に行った方が絶対楽しい。でもでも、余計なことをしない自信がない。何が余計なことなのかは分からないけど。
(がまんがまん)
 ちっちゃいセベクくんに構いたい。そんな誘惑に抗いながら進んでいると、少しずつ気配が遠ざかっていくのに気が付いた。どうしたんだろ? まさか道を間違えちゃったのかな? この先にはリリアさんの家しかないはずだから、間違えようがないと思うんだけど。でも、昔と私がいた頃だと違うところって結構あるみたいだし、もし道に迷って遭難とかしたらそれこそマズいよね。ここ、くまとか出るらしいから。
 私はともかく、通い慣れてるだろうセベクくんが道を間違えるなんてないはずだ。ちっちゃい子を頼るというのも情けない気がするけど、リリアさんの家に行かなきゃいけないし、そうも言っていられない。そうっと後ろを振り返ると、セベクくんはちゃんと私の後ろにいた。ただし、ずいぶんと遠くの方に。そっか、いくらセベクくんっていっても、ちっちゃい時は普通の子供と変わらないのか。一応は大人の私と比べて歩くのが遅くても全然不思議じゃないよね。
 そう思っていたら、急に心配になってきた。慣れてるだろうけどこんな所をちっちゃい子一人で歩かせるのは気が引ける。一人の大人として子供が危ないかもしれない所に一人にするわけにはいかない。決して、シタゴコロなんかじゃありません。誰にともなく言い訳をして来た道を戻ると、セベクくんは少し疲れたような顔をしていた。

「セベクくん」
……何の用だ」
「リリアさんのおうちに行くんでしょ? 一緒に行こうかなーって思って」
「断る」

 ぴしゃりと言い切られた。まさにとりつく島もないという感じ。でもなぁ、セベクくんは見た感じ、ずいぶん疲れてるみたいだからちょっと心配。息は上がってるし足元は覚束ない。通い慣れた道だから、なんてことはないはずだけど、今のこの天気が良くないのかもしれない。茨の谷にしては珍しく、日差しが眩しい。かわいいかわいくないは別として、こんなフラフラしてる子供を放っておくのは大人としてどうなの? と思うところだ。

「ダメだよ。セベクくん、疲れてるでしょ? 無理なんてしたら身体に毒だよ」
「無理なものか!」
「もー、しょうがないなぁ……

 セベクくんらしいものすごい大声だ。思わず感心しそうになったけど、こうムキになっているということは図星なんだろうね。私は未来の奥さんだから、セベクくんのそういうところはよーく知ってるんだよ! ……なんてもちろん言えるわけがないから、怒った顔をするセベクくんを抱き上げて、日陰のちょうどいい所に転がっていた岩に座らせた。抵抗されるかと思ったけど、案外大人しくしてくれて助かった。ついでに私も隣に座る。

……お前、熊か何かか?」
「なんでそうなるのよぅ。どう見ても人間でしょ」

 素直に大人しくしてくれたんじゃなくて、驚いて言葉を失っていただけだったようだ。なんか「軟弱な人間のくせに」とかぶちぶち言ってるから、本当に甘く見られてるんだと感じた。……悪気はないからいいんだけどね。確かに女だし力は強くないけど……でも、一応大人なんだから、子供を抱き上げるくらいはできるんだよね。
 憎まれ口は叩くけど、やっぱり疲れているみたいで顔色はあまり良くない。夜行性の種族の血筋だから強い日差しの下は苦手なんだろう。ちょっと心配だけど、同時に無理をさせないでよかったとほっとした。
 結構汗もかいたみたいだしお水も飲ませようと、木の魔法を編んでコップを作って、その中に魔法で生成したお水を注ぐ。セベクくんはやっぱり、複雑そうな顔で私の魔法を見ていた。

「はい、お水」
……ありがとうございます」

 やっぱり喉も渇いていたみたいで、ごくごくとお水を飲みほした。あっという間に空になったコップにもう一度水を注ぐ。この季節は茨の谷にしては珍しく陽の出ている時間が長くて高い、いつの間にか暑くなってきたようだ。さっきまでは涼しかったから気付かなかったけど、今って夏なんだね。だったらなおのこと、お水はたくさん飲まないとね。そういえば、暑い日にお水だけ飲むっていうのもあまり身体には良くないんだよね。お砂糖とかお塩とかを摂って、汗と一緒に流れていったものも補充しないといけないんだっけ。そんなことを思い出してポケットに入れてたおやつ用のショートブレッドの包みをセベクくんに差し出した。

「これも食べる?」
「た……知らない人間の物なんか食べられるか!」

 セベクくんは包みを物欲しそうに見つめたものの、ぷいっと顔を逸らしてしまった。ちょっとは食べたいらしい。でも知らない人間の物だと拒否されてしまった。仲良くなったつもりだっただけに、ちょっと悲しい。いや、でもこれは正しい反応だ。知らない人から貰った物を簡単に食べてはいけない、言ってしまえば常識だ。……まぁ、私はこれくらいの時は知らない人からもらったものでも平気で食べてたけどね。自慢じゃないけど。

「知らない人じゃないでしょ?」
「僕はお前のことなんか知らない」
「うっ」

 はっきり言われてしまった。セベクくん、こんなにちっちゃい頃からしっかりしてたんだなぁ。私、これくらいの歳の頃なんて知らない人から平気で物をもらってはママに怒られていたのに。

「それもそっか。じゃあ自己紹介するね。私は――

 言いかけて止まる。正直に答えたら未来に影響が出るかもしれない。そんな考えが脳裏をよぎって、違う名前で通すことにした。

「ビオラっていうの。ここから遠いところでお店屋さんをしてるんだぁ」

 遠いって言っても時間がだけどね。大丈夫、ウソはついてない。咄嗟に出た名前はママのものだけど、私の血の半分はママだから、そんなに間違ってない。ウソを吐いたような罪悪感にそう言い訳をしておいた。

「そんなにぼんやりしてて店が務まるのか」
「おかげさまで繁盛してるよー。ほら、食べて食べて」

 ショートブレッドの包みごとセベクくんに押し付ける。未来のセベクくんもよく食べてくれてるから、口に合わない、なんてことはないと思うんだよね。セベクくんは警戒するみたいにショートブレッドと私とを見比べると、恐る恐るといった様子で一口齧った。

「どう? お口に合うかなぁ?」

 セベクくんは答えないままひとつ。そしてもうひとつと食べ続けた。食べるってことは口に合わないわけじゃないんだよね? 警戒していたような顔だったけど、食べるうちにほころんできた。一生懸命食べる姿をかわいいなぁって眺めていたらあっという間に四つあったうちの三つを食べてしまった。口に合ったようでなによりだ。

「全部食べていいからね。あ、喉渇くよね? お水飲む?」
「もういい! その、ごちそうさま、でした」
「そーお? お粗末様」

 返された残りを包み直してポケットにしまう。休んで水分補給もしっかりしたおかげか、セベクくんの顔色もよくなってきたようで安心した。

「食べたばかりだから、もうちょっと休んだらリリアさんのところに行こうね」
「子供扱いするな!」
「子供でしょー。今いくつなの?」
……八歳」

 セベクくんは私のひとつ上で、私は今二十三歳だから……そうか、ここは十六年前の茨の谷か。それなら、辺りの違和感も分かる、十年もあれば森の様子って結構変わっちゃうもんね。

「なんだ、急にぼーっとして」
「え? あ、えへへ」
「本当に変な人間だな。そんなんじゃ嫁のもらい手がないぞ」

 呆れ顔でなかなか鋭い言葉を使うセベクくんにちょっとびっくりした。これが八歳児の言葉なのか。どこで覚えたんだろ。セベクくん、本を読むのが好きだっていうし、そこで覚えたのかな? 覚えたての言葉を使いたい子供心だと思うと、生意気な口もとってもかわいく見えるから困っちゃうね。とはいえ、せっかくのご心配だけど、私にはいらないんだよね。思わず口元がにやけてしまう。

「なくていいよ。私にはとーっても素敵な旦那さまがいるからねぇ」
「そいつ、大丈夫なのか?」
……。まぁ、私には過ぎた旦那様だと思うよ」
「ふん、お前みたいな女を娶るなんて、どうせ大しむぐっ」

 悪さをしそうなお口をすぐさま塞ぐ。セベクくんの悪口を言われるのはイヤだけど、それ以上にこのセベクくんが悪い事を口にするのもイヤだった。イイ子だから、そういう事は言って欲しくないもんね。

「私のことを悪く言うのはいいけど、旦那さまのことは、だめ」
……む」
「本当に素敵な人なんだよ。カッコよくて、努力家で、勉強熱心で、魔法も体術も剣術も強くて、頭も良くて、それでいてカワイイところもあって……
「そんな人間がいるか!」

 いるんだよねぇ、目の前に。まぁ、人間ではないけど。
 もちろん、そうは言えないから「いるよー」とだけ答える。それでもセベクくんは納得していないような顔をして「そんな人間がお前みたいな変な女を相手にするのか?」なんて憎まれ口を叩いてくれた。
 するんだよねぇ、不思議なことに。

「えへへ、私もそう思うよー」
……お前、騙されてるんじゃないか?」
「そんな人じゃないもん。真面目で誠実で、人を騙すなんてできない人なんだから」

 セベクくんはいよいよ疑うような目……を通り越してなんだか憐れむような目を向けてきた。さては信じてくれてないな。でもまぁ、たしかに私には過ぎた旦那さまだと思う。マレウスさんの事となると暴走しちゃうのはタマに傷だけど、そうでない時はなんでもできる、ただただカッコいい人なのだ。このちっちゃい子がいずれそうなるんだと思うと実に感慨深い。本当、あぁなるまでどれ程努力してきたんだろう。
 それなのに、私なんかがお嫁さんで本当にいいのかなってたまに思う。私は学園での成績も取り立てていいわけではなかった。人一倍お料理が上手いわけでも、目を惹くような美人というわけでもない。唯一、人と違うところがあるとしたら、パパ譲りの錬金術士の血だ。それだってちょっと妖精族と仲良くなりやすいってだけでその実はただの人間。そう、ただの人間だから妖精族の血を引くセベクくんとずっと一緒にいられるわけじゃない。それを思うと、本当に、ふさわしくないんじゃないかと悲観的な気持ちになってしまう。
 もしこのまま元の時代に帰れなかったら、セベクくんはいなくなった私の事をどう思うんだろう。心配してくれるのかな? それとも、いなくなってせいせいするのかな? ネガティブな発想に引きずられて、どんどん気持ちが落ち込んできた。

「急に黙ってどうしたんだ」
「え? あはは……ほんと、なんで私と結婚してくれたのかなーって考えたら、分からなくなっちゃった」
「はぁ?」

 セベクくんは訳の分からないような顔をした。それもそうだ、子供にする話じゃない。なんだか調子が狂ってしまった。そうだ、それにこんな所で好きの好きのの話をしている場合じゃないんだ、そんなことは帰ってからじっくり本人に確認すればいいのだ。そのために、帰る方法を探すためにもリリアさんの家へ向かおう。

「それじゃ、そろそろ行こっか」
「なんなんだ、お前は……
「えへへー」
「本当に変な女だな」

 思う事は色々あるけれど、日も高くなってきたみたいだし、これ以上暑くなっては森の中とはいえちょっと辛い。呆れたようなセベクくんの手を引いて、リリアさんの家へ向かった。