いまち
2022-05-30 01:21:50
69593文字
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過去への展望

マイアナスト2展示だった⚡🐣。調合失敗して16年の前の茨の谷にタイムスリップした🐣の話。
ちょっと長め(いまち比)

1話

 週明けの朝はいつも憂鬱だ。
 お仕事が始まるのは別にいい。お店の仕事は楽しいから、イヤだなって思う事はない。
 けど、またばらばらの生活で、家は私一人になるのだと思うと、それはそれは寂しく感じてしまうのだ。
 寂しいけど、寂しがってばかりじゃなにも楽しめない、楽しめないと幸せが逃げちゃう。それはイヤだから前向きにやっていこう。そう思って、毎週休み明けは一段と気合を入れていた。
 いつもはそうできていたものの、今日にかぎって、がんばろうという気持ちはすっかり削げてしまっていた。
 そんなわけで、元気が出せない今日はいつも以上に憂鬱だ。憂鬱すぎて、胸と頭がずっしり重たい。
 なんせ、ゆうべはあまり眠れなかったものだから、体調もいまいちだった。
 セベクくんから聞いたシルバーさんのお母さんのお話は、思った以上に私に突き刺さっていた。そんなものだから、寝入りばなについそのことを考えてしまい、なかなか寝付けなかったんだもん。
 ある日突然いなくなったという、シルバーさんのお母さん。セベクくんから見て、シルバーさんのお母さんは、子供を残していなくなるような人ではなかったらしい。
 それなのに、どうしてそんなことになったんだろ。もちろん私に知る由はない。当時まだ小さかったセベクくんも当然知らない。
 なんで? どうして? 考えているうちに、今の私と重なった。
 もしかしたらシルバーさんのお母さんは私のような異世界人で、ある日突然元の世界に呼び戻されてしまったのかも。
 それか、逆に私のように異世界へ放り出されちゃったんじゃないか――って、つい思いついてしまった。
 思いついてしまえば、私にも同じようなことが起きるかもしれない。
 実際、私がここにいるのもそんな理由だ。シルバーさんのお母さんがどうなのかはともかく、私にそういうことが起きる可能性は決してないものじゃない。
 ……なんてことをついつい考え付いててしまったのだ。
 考え付いてからは身体が芯から冷えて、夢心地の気分は消し飛んでしまった。
 今思えば夜中の妙なテンションで思い付いただけなんだけど。けども夜中の寝ぼけた頭はそれを事実と錯覚しちゃったものだから、すっかり目が冴えてしまった。
 いつかここからもいなくなるかもしれない。そんな、私の存在のあやふやさが気になって、心配になって、考え込んじゃって、結局ちゃんと眠れなかったのだ。

……はぁ」

 そんなわけで、今朝は寝不足の憂鬱で散々だ。
 寝不足のせいで重たい頭でどうにか起きて。また会えない日が続くなんてイヤだなぁと思いながら着替えて。もう一日休みにできないかと頭の中で無駄な抵抗をしながら、朝ごはんとお仕事中につまむおやつを作る。
 今日のおやつはメープルシロップを練り込んだショートブレッドだ。焼いて、包み紙に包んで、ポケットに入れておく。ちょっと多く焼いたから残りはセベクくんに持たせよう。頭を使うお仕事だから、きっと喜んでくれるよね。
 そして、近付くお別れにしょんぼりしながら、セベクくんと二人で朝ごはんを食べた。
 ベーコンと一緒に焼いた玉子焼きと、蒸し野菜と、ママ直伝の愛情たっぷりパン。なんてことないお話をしながら食べるけど、頭の中がごちゃごちゃしているせいで、いまいちお話に集中できない。
 食べ終わって、セベクくんに淹れてもらった食後のお茶を飲み終わったら、あっけなく二人の時間はおしまいだ。
 結婚して二年経つけど、毎週のことながら、この時間に空のカップを見た時はイヤになるほど気持ちが落ち込む。
 また一週間一人の食卓が待っているのだと思うと心底へこむ。今日は私自身の調子もいまいちだから、どこまでもヘコめそうだなってふざけたことまで思いついた。
 けど、へこんだ顔をしてるわけにはいかない。やっぱり見送る時は笑っていたいもんね。
 使った食器を片付けて、二人それぞれ身支度を済ます。お化粧して、髪を整える。
 鏡に映るセベクくんの後ろ姿を眺めながら寂しいなぁ、なんて念を送ってみたりするも、当然伝わるわけもない。髪を整えるセベクくんと鏡越しに目が合って、くすぐったい気持ちになるだけだ。……ちょっと嬉しい。
 そうして、お互い身支度が済んだらいよいよお別れの時間になる。

「では行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい。頑張ってねぇ」

 おやつを持たせて、ビシッと身支度を整えたセベクくんを見送る。
 きっちり撫でつけられた前髪はかっこいいけど、お休みの日のふわっと下りてる前髪の方が好きだなぁ、なんて、ちょっとだけ思いながら。
 だんだん遠ざかっていく後ろ姿を見ていると、胸がきゅうっと苦しくなる。またしばらくは一人で寝起きして、一人分の家事の日々だ。毎週のことで分っているとはいえ、がっかりするのには変わりない。
 がっかりしながら見上げた空は秋らしく、高くて、気持ちのいい青空だった。吹き抜けていく風は冷たくて、当たっていると、ゆうべのおふとんの温かさが恋しくなった。
 爽やかな空模様に少しだけ気分がよくなった……気がする。少しだけ前を向いてきた気持ちで、私は私でお店の支度をしようと工房へ向かった。

 週末は久しぶりに一緒にお出掛けできて楽しかったな、なんて思い出したり、行ってきますのちゅーをするの忘れてしょんぼり、なんて思ったり。
 楽しいことを考えながら開店までに在庫の補充をしようと、調合釜をぐるこんぐるこんかき混ぜた。
 すり潰した花の実をふるいにかけて、今日もかっこよかったなぁって思い出して。切った薬草を鍋に放りながら、セベクくんも寂しく思ってないかなぁって思いを馳せて。
 ……そんな上の空で調合をしていたら、気が散りすぎたのか手が滑ってしまい、入れようとした薬剤を瓶ごと釜の中に落としてしまった。

「あっ」

 しまったと声を上げると同時に、瓶を落とした衝撃に反応したのか、釜の中で薬液が激しく波打っている。これはとってもまずい。
 早く瓶を取り出そうと杓子を取り出すも、薬液からは火花が散り始め、あっという間に床を揺らしながら大爆発を起こしてしまった。

「みぎゃっ!」

 爆発の衝撃で思い切り尻もちをついてしまった。起き上がろうとするものの、身体に力が入らない。
 まず間違いなく作っていた薬の影響だ。……マズいかも、と気付いた時にはもう遅く、みるみる身動きが取れなくなる。目だけで釜を見上げると、あふれた煙が床に向かって下りている。どうやらその煙を吸ってしまったらしい。
 作っていたのは神経の働きを鎮めるタイプの痛み止めだったから、そのせいで動けなくなったんだ。
 本来であれば、害がなくなるまで薄めてから使うものだけれど、釜に入っていたのは薄める前の原液、お義父さんの病院で使う麻酔薬だってもっと薄めたものだ。

「ぁ……

 つまり、今私はものすごく濃い麻酔薬を吸った状態にある。すぐにどうにかなることはないけれど、このままでは最悪命を落とす。その前になんとかしないと、そうは思えど指の一本も動かせない。
 身動きがとれないまま焦っている間に、身体を起こすほどの力も保てなくなって、ついに床に倒れてしまった。頭が揺さぶられているようで気持ち悪い。
 さらに、倒れたせいで床に充満していた煙を吸ってしまい、意識が朦朧としてくる。指先が痺れて声も上がらない。これはほんとにマズい、さっきの爆発音を聞いて誰か来てくれればいいんだけど。
 焦りながら、祈りながらも瞼が重くなってきて、いよいよマズさに肝を冷やしていると、店のドアベルが鳴る音がした。
 どこか遠くに聞こえる気がするのは、私の意識が薄れているせいなんだろうなって、もやがかった頭でも分かった。それから床を踏む足音がした。
 あぁ、そうだ、今日はお義姉さんがお手伝いにきてくれるんだっけ。お義姉さんがきたのなら助かるかも。安心して少し気が抜けると、途端に意識が遠くなった。

――!」

 慌てた様子の足音が近付いてくる。蹴られた床が揺れるのを感じ、視界が真っ白く染まっていくのをどこか他人事に感じながら、そこで私の意識は途切れてしまった。