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ろく
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TOV/カプなし文
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【ダミュ+ユリ】騎士と少年
下町で出会った若い騎士と少年の話。
※虚空準拠
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7.
「
――
!」
呼ばれている気がする。壊れた
魔導器
ブラスティア
のように耳元で川が悲鳴を上げているから、誰が何を言っているのか、よく分からない。
「
――
!」
また、呼ばれた。
ユーリは、泥でへばり付いた瞼を押し開けた。依然激流に飲まれていることは変わらないが、自分の身体を温かい何かが包み込んでいることは理解できた。
なんだ、これは。誰だ。
「
――
リ!」
ああ、なんだ。あんたか。
ユーリは、驚きも喜びもしなかった。だって、たぶん、きっと、来るだろうなって思ってたから。そしてユーリは、そんな自分に心底驚いた。こんな風に大人を信じるだなんて、自分としてはかなりの快挙だと思う。ユーリは、水を含んだ隊服に顔を埋めて、目を閉じた。たぶん、あんたが、おれをたすけてくれるって、そう思ってたんだ。あのときみたいに。
ダミュロンは、ユーリを片腕に抱え込んで、岸からの救助を待った。
「今、浮輪を」
キャナリの声だ。かの小隊長の声は、こんな時でもよく響く。ダミュロンは土と雨と他諸々で重たくなった瞼を懸命に開いて、救難用浮輪をその手に捉え、咳き込みながら岸に這い上がった。吸って、吐いて、吸って、吐いて。必死に息を整えるダミュロンの横で、小隊の誰かが声を上げた。
「少年の呼吸が確認できません!」
キャナリがさっと青ざめるのが見えた。ダミュロンは、もはや立ち上がることも叶わない膝を這わせて、ユーリの傍へ寄った。急ぎ医療班が呼ばれた。ダミュロンはユーリの手を取った。
(脈が、とれない
――
)
ばくんばくんと耳元で喧しく鳴るのが、自分の心音かユーリの心音か、判別できなかった。ああ、畜生。こんな煩い心臓、ユーリに分けてやりたいくらいだよ。ダミュロンは口元を歪ませて、ユーリの胸に両手を添え、応急処置を始めた。素人の心臓マッサージにどこまで効果があるかなんて、勉強嫌いの自分には分からない。それでも今やれることがあるなら、片っ端からやるしかなかった。
「ユーリ!」
ダミュロンが呼んだのか、ハンクスが呼んだのか、それとも別の声だったかもしれない。どれだろうが構わない。ユーリが目を開けるなら、どれだって。
「ユーリ、この、馬鹿、お前、まだ、俺の、名前も、書けねぇ、くせにさ」
ダミュロンの両手首が、全身の重みを受けて軋んだ。代わろう、という声はダミュロンに届かない。ダミュロンは、ユーリに伝えたいことがあった。まだまだ、たくさんあった。
「寝て、るんじゃ、ねぇよ! ハッ、ユーリ、
……
っ、まだ、教えること、たくさん、あるんだからさ」
字が読めねぇんだ、と俯いた顔。
名を呼ばれて、逸らされた目。
花丸が嬉しくて、染まった頬。
まだ。まだ。
「ユーリ!」
お前さんの、心からの笑顔ってやつ、まだ見てねぇんだよ、俺は。
「起きろ! しゃんと生きやがれ、ユーリ!」
ごぼ。
ユーリの口から水が溢れ出た。慌てて手を離したダミュロンをゲアモンが押しのけ、ユーリを横向きに寝かせて残りの水を吐き出させた。
げほ、ごぼ。
大量の水を吐き出したユーリは、すぐさま毛布にくるまれ、背を撫でられた。脈がとられ、呼吸を確認され、「もう大丈夫だ」という声が、ダミュロンの鼓膜を遠く震わせた。
(
……
よかった)
ダミュロンは、どっと力が抜けるのを感じた。安堵と疲労が、ダミュロンの背に乗っかかって、瞼をゆっくりと降ろしていく。
もう大丈夫。
もう、大丈夫だ。
(よかっ、た)
ダミュロンは、意識を手放した。
「頑張ったわね、〝先生〟」
キャナリの声が聞こえた。ダミュロンは、霞む目を二、三度瞬いて、その姿を捉えた。まだぼんやりとしか像を結ばない両目に、「無理はしなくていいわ」と声を掛けられた。
ダミュロンは、視線を左へゆっくりと降ろしていった。背に地面の気配を感じるから、恐らく地べたに寝かされているのだろう。枕元にはキャナリが腰かけていた。その向こう、簡易天幕の下では、怪我人やその家族と思しき人々が集まり、声を掛け合っている。叩きつけるようだった雨音は勢いを落とし、ぱらぱらと金平糖のような粒音が頭上に響いていた。小型の
光照魔導器
ルクスブラスティア
が闇を照らしている。今は夜半過ぎ頃だろうか。
ダミュロンの視線に応えるように、枕元のキャナリが状況を説明した。
「下町に急遽天幕を張って、救護所にしたのよ。ここの医療施設だけじゃ病床が足りなくて。応急処置だけならうちの医療班だけでなんとか行き渡ったけど、近々騎士団から救護チームを派遣しないとね」
治癒術師、はさすがに上が動かないかしら。キャナリは肩を竦めてみせるものの、その表情は幾分か明るい。ダミュロンがすいと視線を足元に移すと、板状の伝言板に『軽傷 百二十二名/重傷 十五名/死者 〇名』と記されているのが見えた。ダミュロンは、肺に残っていた淀んだ空気を全部吐き出すように、「よかった」と呟いた。
「よくないわよ」
「あいだッ」
額をひっぱたかれてダミュロンは悶絶した。
「一人で突っ走って行っちゃうんだもの。私たちを信用しなさすぎじゃない?」
心当たりがありすぎる追及に、ダミュロンは、へへ、と緊張感なく笑ってみせた。
「逆だよ、小隊長」
「逆って、どういうことよ」
「信用
しすぎた
・・・・
んだよ、すまんかったね」
ダミュロンが歯を見せると、キャナリは頬を膨らませて、「もう!」ともう一度額をはたいた。小隊にはすまないことをしたと思っている。だけど、彼らは来てくれるという、絶対の信頼があった。そして、彼らは、彼女は、来てくれた。それがダミュロンには何より嬉しかった。
(しかし、まぁ、後で何を要求されるやら)
自身の判断が性急だったことは否めない。苦笑とともに視線をふと右側へ移したダミュロンは、その両目を大きく見開いた。
ダミュロンの右腕に、小さな体がすっぽりと収まっていた。頭や手首や、その他あらゆる箇所に包帯を巻かれたまますよすよと眠る少年の左手が、ダミュロンの隊服の裾を掴み、ぎゅっと固く握り締められている。
「ユー
……
」
「離さなかったのよ」
ダミュロンが尋ねるより早く、キャナリが応えた。
「この子。水を吐いたばかりで体力を消耗していたし、足も両方折れていて
――
とてもじゃないけど、喋れるような状態じゃなかったわ。でも、倒れ込んだあなたの服の裾を掴んだまま、首を横に振って、離さなかったの」
ダミュロンは思い出した。ユーリのことを語らう時、決まって宿屋の女将さんやハンクス爺さんは、「自分たちが親代わり、みたいなもんかね」と笑っていた。ユーリの親が今どこでどうしているのか、ダミュロンは知らない。今ここにないものを割り切って、諦めて、諦めることに慣れて、慣れようとして、全部を自分でどうにかしようと不器用に足掻いて、同情や慰めを気丈に突っぱねて生きてきた、僅か十そこらの野良犬少年。
ダミュロンは、空いた左手をユーリの頭に乗せた。ユーリは目覚めない。それでも生きていた。自分が行くまで生きていてくれた。それを思うと、ダミュロンは堪らない気持ちになった。自分の服を必死に掴んで離さなかった少年が、そこに僅かの罪悪感も抱かないことを願った。
ユーリ。いいんだよ。諦めなくていい。「行かないでほしい」って、泣き喚いて構わないんだ。失うことに慣れなくていい。もう、おまえから、何も失わせたくない。
ダミュロンは、ユーリの頭を撫でた。キャナリはそっと立ち上がり、天幕の外へ出ていった。ダミュロンは、何度も、何度も、ユーリの小さな頭を撫でた。
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