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ろく
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TOV/カプなし文
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【ダミュ+ユリ】騎士と少年
下町で出会った若い騎士と少年の話。
※虚空準拠
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下町へとユーリを送る道すがら、ダミュロンはヴィリオの露店へ立ち寄った。さしものユーリも一瞬足を竦ませたが、「大人を信用しろって」とダミュロンがその背を押してやると、呆気ないほどすんなりと足を進ませた。
ダミュロンとユーリの姿を認めると、案の定ヴィリオは、笑ったものやら怒ったものやら、複雑な顔をしてみせた。そりゃあそうだろうな、とダミュロンが口を開くより先に、ユーリがヴィリオの前にすっと一歩歩み出た。そして、頭を下げた。
「悪かった。もうしねぇ」
これにはダミュロンが驚いた。ヴィリオが、(こりゃどういう風の吹き回しだ)と口をぱくぱくさせてダミュロンに訴えてきているが、問われたダミュロンも(知らん知らん、俺は何も知りません)と首をぶんぶん横に振るしかない。市場の喧騒に包まれてこの店だけが時間を止められたようだった。数瞬の沈黙をわざとらしい咳払いで払ったヴィリオは、「しかしね、」と口を開いた。
「三回だからね。いくらなんでも、謝って信じてくれっつったって、そりゃ」
そりゃあそうだろうな、とダミュロンは再び思う。盗みの常習犯が言う「ごめんなさい、もうしません」ほど信じられないものはない。ダミュロンも短い騎士生活の中でよくよく実感していた。そして同時に、本気の言葉と上辺の言葉を聞き分ける耳も、上辺十割を占めていた騎士団入隊前に比べて、遙かに鍛えられていた。
「俺が見とく」
ダミュロンは、ユーリの頭に手をぽすんと乗せた。そのままぽすん、ぽすんと二、三度手を弾ませる。自分を奮い立たせるおまじないの様に。
「俺がもうさせない。この少年にも、
――
あー、まあいいや、ともかく、この少年がバカやらないように、俺が見てるからさ」
ダミュロンは言いながら、簡単に言ってくれるぜ、と自分で自分に失笑していた。ほら、少年が目を皿のようにまん丸くして見上げている。驚きか、猜疑か、はたまた、その感情は何だろう。
「ダミュロンさん、しかし」
ヴィリオは人のいい男だ。もしまた次
――
があった場合
――
ユーリ少年が同じことをやらかした際は、ダミュロンを怒らなくてはならなくなった。ヴィリオはそのことに心を痛めているに違いなかった。ダミュロンは少し申し訳なくなって、心の中でヴィリオに詫びた。ヴィリオはそんなことは露知らず、遠慮がちに、至極真っ当な懸念をダミュロンに訴えた。
「しかしね、もし、次、また、この子が
――
」
「騎士をやめるよ」
今度こそ少年が息を飲んだ。この少年がこうも分かりやすく驚いてくれると、かえってしてやったりな気分になる。
「この少年が次、また〝盗み〟を働いたときは、俺は騎士をやめる」
簡単に言ってくれるぜ。小隊長の許可も得ないまま、騎士の誓いをこんなところで反故にするつもりか。ダミュロンは自分で自分が可笑しい。ユーリ少年が口をあんぐりあけて見上げている。ダミュロンは、この少年がもう二度と、この店の不利益になることはしないと信じたのだった。根拠はないが、方策と、そして、正体不明の自信があった。
「だからさ、ヴィリオの旦那」
ユーリ少年と同じ顔でダミュロンをじっと見つめていたヴィリオに、ダミュロンは片頬をにっと上げて、ユーリに聞こえないよう耳打ちした。
「ちょーっと、力、貸してくんない? 俺が騎士団やめなくて済むように」
下町に着いて開口一番、「どうしてあんなこと言った」ときた。
「お前さん一人で抱え込めるもんじゃないだろ」
「オレがしでかしたことだろうが。オレがケツを
――
」
「ケツもつっつったって限界があんの。お前さん、まだ子どもなんだから」
ユーリの地雷だと分かっていて、あえて踏み抜くのがこのダミュロンという男である。ユーリは子ども扱いをされるのが嫌いだった。守れるものも守れなくなるから。
「かと言ってお前さん、ハンクス爺さんや宿屋の女将さんの世話になるのも嫌だろ」
「あの人たちは関係ねぇだろ」
「それ、絶対あの人らの前で言わん方がいいぜ。泣いちゃうから。まあ、それは置いとくとして
――
そういうわけだから」
ダミュロンは、しゃがみこんで、ユーリに右手を差し出した。
「俺はまだ騎士団やめたくないんで、お互い頑張ろうや」
ユーリはその手をとらない。拳を二つ、真下に握りこんでいる。この少年は迷っている。そして惑っている。自分のような人間に、職をも賭けてしまう大人がいるということを、少年はさっぱり理解できない。
一度誓いを立てたら、絶対にやらないという自信がユーリにはあった。しかし、それを他人が信じるかどうかは別の話であった。少なくとも、自分のことを、下町の人間を、下町の小僧一人を、こんな能天気に「信じるよ」などと抜かす馬鹿は他にいなかった。
「
…………
字、が」
ユーリが口を開いた。ダミュロンの右手は空中でやんわりと留まっている。
「字が、読めねぇんだ」
三秒。ダミュロンは、その言葉を咀嚼した。それから理解した。これはユーリが、ユーリ・ローウェルという少年が、他人を相手に吐き出す、もしかしたら初めての、弱音なのではないか。
「アンタ、多分、気付いてただろ。あいつら
――
ティラとヒューゴも、字が読めねぇ。ヒューゴは金の数え方も知らなくて」
「
――
で、盗るしかなかった?」
「
……
」
「下町にも店はあるだろう。顔なじみの」
「ここんとこ、品がおりてこねぇんだよ」
仲介、という名の搾取だった。下町には偶にあること、らしい。
「下町で商売をしようと思ったら、まず自分で、銭勘定を覚えなきゃならねぇ。あと、字が満足に読めねぇと、すぐ騙される、からさ、それも勉強するんだけど、詳しいやつがなかなかいねぇし、生きるのに精いっぱいで、時間もなくて
――
学校、とかもねぇし
――
別に言い訳とかじゃねぇ、けど」
ユーリの言葉は、つっかえつっかえ、立ち止まっては俯き、思い出したようにまた言葉を発するといった具合で、凡そ普段の彼からは想像もつかない有様であった。それでもダミュロンにとっては、普段のユーリの言葉も今目の前で俯くユーリの言葉も、等しくユーリの言葉であった。ダミュロンは、差し出していた右手を一旦引っ込めて、「うん」と頷いた。
「だから」
「うん」
「
……
ああ、くそ、何が言いたかったか忘れた」
「うん」
「馬鹿にしてんのか」
「いや逆。よく見てるな。現状を。俺なんかよりずっと」
ダミュロンは本心からそう思った。ダミュロンは心の中で、数時間前に別れた若木色の騎士に、そしてかつての自分自身に唾棄していた。下町の識字率は恐らく六割にも満たないだろう。教育施設の未整備、知らぬ内に搾取される人々、最低限の生活もままならない程の困窮。若木色の騎士は、『躾がなってない』と言った。現実はどうだ。目に見えるものを疎かにしてきた結果が、目に見えない部分の摩耗なんじゃないか。これまで目もくれなかった癖に、いざ手を伸ばせば弾かれる。その現状を、こんな幼い少年さえもが憂いている。
お前にできることは何だ、ダミュロン・アトマイス。
ダミュロンは、両の手で己の頬を張った。そして、「よし」と呟くと、先ほど思い描いていた〝方策〟をユーリに打ち明け始めた。
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