【ダミュ+ユリ】騎士と少年

下町で出会った若い騎士と少年の話。
※虚空準拠



5.

 だみゆろんさま せんせえ ゆうり ろーうえる

 ソムラスが持ってきてくれた手紙には、たどたどしくそんな文字が書かれていた。裏返してみても続きはない。要するに宛名だけの手紙だったわけだが、ダミュロンにとっては充分だった。
 下町の住民にとって、紙の類は貴重品だ。ダミュロンは下町へ足を運ぶ際、筆記具と紙と葉書をいくらか寄付することにしていた。ダミュロンが下町に足を運べるのは数日に一度。気持ちの上では毎日だって構わないのだが、本来の巡回経路に下町が組み込まれていない以上、どうしても他業務に押されて時間の捻出が難しくなる。それでも週に何度かは顔を見せ、子どもたちに文字を教え、住民たちの〝何でも相談役〟を受け入れるダミュロンは、もともと下町と距離の近いキャナリ小隊の一員にして一際身近な『ダミュロン先生』として、その存在が定着しつつあった。
「随分なつかれたみたいだね、ダミュロン」
 ソムラスが微笑ましそうに言うので、ダミュロンは少々気恥ずかしくなって「どうだかね」と肩を竦めてみせた。お互い素直じゃないのだ、自分たちは。
「返事書くでしょ?」
「いやいや、今度行くとき直接……って速ッ」
 ソムラスは、絵葉書を何枚か選んでダミュロンの前に並べてみせた。ソムラスの方が心なしか浮足立っていやしないか。「これなんか子ども受けしそうですよ」と、黄地にプリンやパフェが描かれたポップな葉書を手に取るソムラスに、「あの野良犬少年がプリンってタマかね」とダミュロンは笑ってしまった。
「いいね、乗った」
 ダミュロンは、そのプリン葉書を受け取った。そして、こう書き記した。

 ダミュロン・アトマイス
 △せんせえ → 〇せんせい
 ユーリ・ローウェル
  
 そして表書きに『下町 箒星二階 ユーリさま』と記し、切手を貼ってソムラスに渡した。ソムラスはぱっと顔を綻ばせて、「投函してくる!」と外へ飛び出していった。自分よりも楽しんでいるその様子が可笑しくて、ダミュロンは「自分で入れるって」と言うのを忘れてしまった。
 二日後、返事が届いた。しとしとと雨が降りしきる午後で、葉書は少々滲んでいたものの、何とか読めそうな具合だった。ソムラスは、今度はゲアモンまで連れてきて、そわそわと目を輝かせている。ダミュロンはご期待通り、葉書をずいと二人に掲げてみせた。

 だむゅろん・わとまいす
 ゆーり・ろーうぇる
 ぷりん
 けーき
 くれいぷ

「ちゃんと名前書けてるよ!」
 ソムラスとゲアモンがやんやと拍手をしている。ダミュロンは「いや俺の名前よりおやつの方が正しく書けてるってどういうことだよ」等、言いたいことが山のようにあったのだが、二人が喜びの余り昼間から酒盛りも辞さない勢いだったので、
「がんばったな」
 と小さく呟くに止めておいた。すると、ソムラスとハイタッチをしていたゲアモンが、その大きな手のひらを今度はダミュロンに向けてきた。そして
「おつかれさん、先生」
 と笑うものだから、うっかり涙腺が緩むところだった。この小隊はこういうところがあるから困る。ダミュロンはゲアモンの分厚い手のひらに自分の手をパン、と当ててから、もう一度「がんばったなぁ」と言葉にしてみた。
「ダミュロン、そういうのは本人に言ってあげないと」
 ソムラスがわざとらしく眉を寄せて、腕組みをした。ゲアモンもその横で、うんうんとしきりに頷いている。ここは教職課程学習院か何かか。御貴族時代に見かけた優美な建物を思い出してげんなりしたダミュロンだったが、次の日、まだ小雨が降りしきる下町に足を運ぶまで、この二人とのやりとりをしっかり覚えていたのだった。
「ユーリ」
「あん?」
……あー、えー、ゴホン」
「何だよ、気味悪ィな」
 口の減らない少年に、ダミュロンは頬を掻いた。正面きって人を褒めるというのはなかなかに照れくさい。逸らした目線の先で、二人の頭上を覆うミゾレヤナギの葉が、さらさらと降り続く雨を受けとめてしとりと濡れていた。ダミュロンはぐっと奥歯を噛んでから、昨日届いた葉書を懐から取り出して、ユーリに掲げてみせた。ユーリがみるみるうちに真っ赤に染まっていく。
「おま、手紙を送り主に見せにくるか、フツー?」
「普通って言葉は嫌いなんだ、俺」
「知らねぇよ」
「ユーリ」
 ダミュロンが葉書をユーリに手渡した。ユーリはしぶしぶそれを受け取ると、目をまん丸く見開いて、葉書とダミュロンを交互に見始めた。葉書には、朱色で大きな花丸が描かれていた。『だむゅろん・わとまいす』の傍に『ダミュロン・アトマイス』の訂正をきっちり入れて、それでも花丸は花丸であった。
「がんばったな、ユーリ」
 『ゆーり・ろーうぇる』の横には、それとは別に小さな花丸が描かれている。がんばったな。ユーリは葉書を握り締めた。努力を認められるというのは、こんなにもくすぐったくて温かい。こういう時は何て言うのが正解なのか、ユーリは知らなかった。どうして自分の唇や指先が震えているのかも。
 ユーリは、花丸の部分をそっと撫でて、
「がんばったのはアンタだろ。ダミュロン」
 と、負け惜しみのようなものを口にした。ダミュロンは、ふは、と柔らかく笑いながら、
「じゃあ、俺たち二人とも、ってことだ」
 と言って、ユーリの頭をわしわしと撫でた。