【ダミュ+ユリ】騎士と少年

下町で出会った若い騎士と少年の話。
※虚空準拠

1.

 ダミュロン・アトマイスが駆け付けた時、その場は既に収束しつつあった。人通りが多い時間帯にも関わらず、野次馬も疎らで、そこかしこから苦笑とも失笑ともとれる潜み笑いが聞こえてくる。少なくとも、一種の微笑ましさからくる憧憬や見守りの眼差しではなく、諦め、侮蔑――所謂〝下〟の立場にあるものを見下す類のそれであった。覚えがありすぎるそれらの目線を断ち切るように、ダミュロンは「帝国騎士団キャナリ小隊、ダミュロン・アトマイスです。事情をお聞かせ願えますか」と割って入った。
 当事者は2名、いずれもダミュロンには見覚えのある顔であった。市民街で果物を売り物に露天商を営むヴィリオ・ハッチが、その逞しい右手に、十かそこらの年頃の少年の左腕をひねあげている。肩ほどまで伸ばされた黒糸の髪をふり乱して、「離せよ、おっさん」と喚いているその少年は、名をユーリ・ローウェルという。下町巡視の際によく見かける小僧で、憎たらしいほどに整った顔立ちと、それに輪をかけて憎たらしい口のきき方が、キャナリ小隊でも噂の的となっていた。眼の前で繰り広げられている光景を目にした瞬間、ダミュロンの頭に浮かんだ一言は(またかよ……)であった。そしてなんの躊躇いもなく「またかよ」と口にした。少年に言ったつもりであったが、露天商のヴィリオが先に口を開いた。
「ダミュロンさんよ、もう今月に入って三度目だ。いくら年少者猶予の規約があるからって、盗みはれっきとした犯罪だぜ。もういい加減、然るべきお仕置きってやつが必要なんじゃないのかね」
 ヴィリオは普段穏やかで人のいい店主だが、売り物を粗末にされたことで静かな憤りを立ち昇らせていた。下町の小僧が、市民街の露店からりんごをいくつか拝借した――正確には途中でとっ捕まったわけだが――という、まあまあよくある光景である。正確に言うと、今月に入って三度目くらいの光景である。
「よお、クソガキ」
 ダミュロンが溜息とともにそう呼ぶと、クソガキと呼ばれたユーリ少年が
「見世物じゃねぇ」
 と応えた。当たり前だ。見世物で盗みを働かれたんじゃ帝国騎士団の名が根っこから折れる。
 ダミュロンはなんとかその場を収め、ユーリの右腕をぐいと引いた。ユーリが顔を顰めるのも構わず、下町から最も近い(と言っても、下町に続く坂すら見えないような位置ではあるが)騎士団の詰所にユーリを連れ込んだ。大テーブルを2つも配置すればいっぱいになるような小さな詰所である。入口付近で足を踏ん張る少年を、「往生際って言葉を教えてやる、よっ」と肩に担ぎあげての登場だったため、詰所内で寛いでいた数名の騎士たちの注目を一手に集めた。ダミュロンは全く構わない。ユーリはほんの少し、おとなにバレない程度(と本人は思っている)に目を逸らして、やれ下ろせだのオーボーだのぎゃんぎゃん喚いていた。
 ご要望通り手近な椅子に座らせてやると、ユーリは意外にもしんと大人しくなった。しかし、小さな右手でぎゅっと握られた左の腕にダミュロンが触れようとすると、野良犬のようにギッと睨まれた。おー、こわい。溜息ひとつ、ダミュロンはユーリの左腕をちょいちょいとつついてみせた。
「腫れてるだろ」
……
「見せてみ」
……
「手、はがすぜ。……あーほら痛そう。とりあえず冷やすから」
……
「ほら。痛いの痛いのとんでけ~、ってね。……何その目。捕って喰いやしねぇっての」
 小さな野良犬は、その眼光こそ鋭いものの、ダミュロンの手当てを甘んじて受け入れた。『痛いの痛いの……』の下りで若干目を眇めたのは、『ガキ扱いすんな』の意思表示だろうとダミュロンは推察した。推察した上できっちり無視した。ガキをガキ扱いするのが仕事なのだから致し方あるまい。
「で? ご聡明なおぼっちゃんは、俺の知る限り三回に渡っておんなじことをやらかしたわけだけれども」
 何か言うことある? と促すも、ユーリは黙したまま目も合わさない。こりゃあ根競べかな、とダミュロンが椅子に座り直すと、背後から歩み寄ってくる気配を感じた。詰所内で寛いでいた騎士のひとりで、どこかで見た事のある若木色の隊服を身に着けていた。そういえば、かつてつるんでいたナントカいう貴族部隊の奴がこんな色の隊服だったな、等と思い出したところで、若木色の貴族騎士が口を開いた。
「下町のガキか」
 ダミュロンは僅かに眉根を寄せた。これは良くない。
「お里が知れるねぇ、おぼっちゃん」
 下卑た笑いを聞くや否や、よせ、と言う間もなくユーリが若木色の騎士に飛びついた。殴りかかったといって差し支えない。現にユーリの目にもとまらぬアッパーは、若木色の騎士の股間部分に見事命中し、その男を無言の内に悶絶させた。心の中で拍手喝さいを浴びせたダミュロンは、しかしそれをおくびにも出さずに「こら、お前、よせ」と形ばかりユーリを叱り、その小さな体を抑えた。ユーリの勢いは止まらない。今にも二発目をお見舞いせんと両の足をいっぱいに踏ん張っている。若木色の騎士はたまったものではない。よりによって下町の、前科もちの、年端もいかないガキに、膝をつかされた。貴族としてあるまじき失態であり、彼の父に知れたら破門は免れまい。騎士は真っ赤に腫らした目をユーリに向け、
「見ろよ、これが下町のなってなさ ・・・・・だ」
 と、凡そ豊かとは言えない語彙で追い打ちをかけてきた。
「金がねぇ、仕事にもありつけねぇ。なぜか? 躾がなってねぇからさ。見ろよ、このガキを。まともな服も持っちゃいねえ。靴に穴が開いてやがるぜ。あぁ? 今日は何を盗んだ。りんごか? 果物の一つも買えねぇとは」
……まれよ」
おかわいそう ・・・・・・に」
「黙れよ!」
 ユーリがダミュロンの腕からすり抜けた。いや、すり抜けようと上に伸びあがった。そのまま彼の小さな額が、若木色の騎士の鼻面に思い切り打ちつけられた。うぎゃあ、血が、鼻血が、と喚き散らす騎士に、ユーリはこれまでの無言の時間が嘘のように言葉を浴びせかけた。
「お前らに何が分かる。下町の何が分かる。オレたちは全部自分たちでやってきた。お前たちがやらない分も、全部自分たちで。貴族の躾なんざクソくらえだ。そんなもんのために小さいガキが飢えて死ぬくらいなら、オレは一生破落戸で構わねぇ」
 ダミュロンは思い出した。ヴィリオの店からさほど遠くない距離、大人の足で十歩分ほど向こうから、姉と弟と思しき小さな目が四つ、騒動を見つめていた。不安のような、心配のような、心苦しさのような、ああ、あの目は。
(罪悪感……
 ユーリがヴィリオの店で果物に手をかけたのは、今月に入って三度目である。正確には、ヴィリオが気付いたとき、果物を手にしていたのはユーリだった。このすばしこく、聡明で、恐ろしく口と頭のまわる少年が、店主の前に三度に渡り姿を見せている。
 この少年は、何かを守ろうとしていたのだ。ダミュロンは、唐突に確信した。
 竦む足。罪悪感。覚えがありすぎて眩暈がしそうだ。あの小さなきょうだいは、ユーリの背中の広さを生涯忘れないだろう。
 ダミュロンは、興奮のあまりフーフーと荒い呼吸を繰り返すユーリを抱え、尚も言い足りなさそうな若木の騎士に「これ以上はまずいっしょ、お互い」と声をかけてその場を去った。離せ、クソ騎士、離せよ。肩の上からユーリが言うが、酸欠になっているのか、言葉にも体にも力は残っていなかった。クソ騎士ってどっちのことだよ、と尋ねる気にもなれなくて、ダミュロンは詰所の外の日陰に腰かけた。そして、暫しの逡巡ののちに、ユーリの背をゆっくりと、ゆっくりと、撫でてみた。
 ユーリは、泣くでも逃げるでもなく、ただ力なく、離せよとか、クソ野郎とか、畜生とか、そんなことを呟いていた。