しゅう as 猫田しゅうぞう
2021-11-23 12:55:58
28153文字
Public ソーロキ
 

九割不在

MP39発行 新書/46頁/600円 ドラマロキをベースにしたソーロキです。
どんなロキにもソーがいて、ロキの中にある欠落はいつもソーの形をしている…みたいな話。
ワイシャツ姿のロキ(2012年のロキ)が変異体ロキたちの過去を膨らませて勝手に語ります。
中身は全部ここで読めますので冊子は紙で欲しい人向け頒布です


ここに記すのには割愛した物語もあったが――とにかくこれでおしまいだと言外に示すためか、ぱっと胸の前で手を開き、ワイシャツ姿のロキは満足げに瞼を下ろした。背中を小さな背もたれに預け、それから来るべく賞賛を受け止めるように両手を広げる。自分を疑うなんて考えつきもしないのだろう。その口角はぴかぴかの頬を上に押し上げていて、押し上げられた頬ときたら自惚れでうっすらと紅潮さえしていた。与えられるはずの賞賛をまるで疑っていないのは誰が見てもわかることで、その様子に何人かが項垂れ、顔を覆ったことなど彼はまるで気づかない。
確かに、その舌は一度だって絡れなかったし、自信に満ちたその語り口は人の意識を惹きつけるものだった。語り手としては適切なしゃべりだった。内容はともかくとして。思考が口の速度と比例することはなかなかなく、また比例したところで人に向けて語ることはまた別の技術を伴う。だが練習でもしたかのように言葉は途切れず続き、沈黙するべき間だって心得ていた。耳を傾けさせる話術というものを感じさせる点については、話を聞いていたその場の全員が認めてもよいことだろう。なにしろ実際にはワイシャツ姿のロキは髪だってそれなりに乱れ、汗や土埃でどろどろなのは間違いがないのだが、話をしているその時ばかりは上質な仕立てで糊の効いたシャツや、足をさらに長く見せるように計算されたスラックスにもきちんとセンタープレスがついているような気にさえさせたものだ。その堂々とした語り口はさながら優秀な商人のようだった。
何人かのロキは実際に母の襟元に何度も布地をひっぱっては机に反物を積み上げていく商人のことを思い出したほどだ。やれこの絹はどこの産地で染色はどう、仕立てはこれこれこうすると今風だの、細工品や宝飾品との相性を並べたてては、無限に底がないらしいトランクの中からあれやこれやと提案し、部屋中の机を埋め尽くさん勢いで色とりどりの布地を出し、説明を並べる有能なその手際を。それを眺めたり一緒になってあれやこれやと注文をつけたかつてを思い出した。
――つまり、きっと他人の物語ならよかったのだ。
どれもけっして喜劇ではなかったが、楽しむ余地は大いにあった。そう、完全な創作なら。あるいは他人の話として聞くのなら、それなりに。
だが全てが的外れだった。他のロキの人生をそれぞれが知っているわけではないが、少なくとも自分の人生とはまるで違う物語を『まあこんなところだろう』などと勝手に訳知り顔で語り出されたのだ。それを豊かな想像力と取るにしろ、愚かな妄想だと見下げるにしろ、他のロキのこれまでを語ったその銀の舌はたいそう滑らかなことは確かだが、その囀りに宿る信憑性については察してあまりあるというものだった。動物のロキたちなどは賢しくも皆すでに最初の話で見切りをつけたらしく、それぞれ眠ってしまっていた。結局のところ最初こそ前のめりになって話を聞いていたはずの少年だって今や肩を背もたれに預け、寝入ってしまった鰐が自分の膝からずり落ちないように腕を伸ばし、余ったもう片方の腕は膝置きから落とさないように神経を割くのに忙しい。
わざとらしい咳払いで苦い顔をした政治家のロキは胸の前で指を組み――メカニカルな義手の関節で黄金が指輪のようにきらきらとして意識を引いた――控えめに中立的なコメントを述べた。
「お前は悪戯ではなく創作の神のようだな」
「そう言うお前は気遣いの神か?」
だが皮肉げな声がフォローを茶化す。
「言えてるな」
それに批判ももちろんあった。
「妄想と空想は別だろ? だいたい、どれも陳腐だった」
「だが、堂々と語れるところはロキらしいんじゃないか?」
「それってロキの要素か?」
「さあ?」
「なんにせよ想像力が足りない。なんでそう雑なの?」
シルヴィは呆れを隠さず目をすがめていた。
「それでいいと言ったろ。今更何だ。聞き捨てならない」
「雑だから雑と言ってるの。そんなんだから記憶を読み違えるんじゃない?」
「それは――
「ラメンティスを忘れた? あれはひどかった」
「なんとかなっただろ!」
「私があの兵士を操らなきゃ捕まってた! そもそもその『なんとかなる』って何? あなたの哲学? おまじない? それとも経験則?」
畳みかけるように問いかける言葉に口角を下げ、ワイシャツ姿のロキは視線をそらした。
「それは……
「経験則だろう。兄上はそうだった」
老人が堪えきれない様子で笑みを零し、口を挟んだ。
「そんなことない。兄上の言う『なんとかなる』は何事か起こるという予言だった」
「だがいつもなんとかなった」
「そんなの……だいたい、皆そうでは? お前たちはロキだろう? 悪戯は計画だけでは成り立たない。運と度胸も必要だ」
「でもあんたのは計画じゃないって何回――
ふいに建物がみしみしと鳴り、地面がぐらりと揺れた。
カササギが羽ばたき、犬が吠え、猫は毛を逆立てる。
それから天井でランプが不安定に揺れながら急に灯り、視線を奪った。椅子に座っていたロキたちは皆それぞれに肘掛けか座面かテーブルを咄嗟に掴み、続く揺れに備えた。
――本当に倒した? あの雲を?」
鰐のロキをテーブルに乗せ、少年が訝しげな視線を向けた。シルヴィたちは顔を見つめ合ってほとんど同時に言い返した。
「倒した」
「復活しないかは知らない」
その答えを待っていたように、屋外から聞こえる音は一際大きく響いた。瓦礫となった建物が倒壊しているだろう音と、それを引き起こしているであろうアライオスの声が。
「一網打尽にされるまえに退散しよう。ほら皆逃げろ」
最初に扉を開けたのは少年だった。続いて自慢屋、それから動物たちを伴うように政治家のロキと続いていく。ロキたちは皆次々と立ち上がり、「次に会う時は結論を聞かせてほしいものだな」と足早に去りながらワイシャツ姿のロキへ言葉をかけていった。
「あなた残るの? 二人でアライオスとまた戦う?」
「いや、残らないし戦わない。逃げるついでに何か食べに行かないか」
「いいけど、好み合わなそう。あなたジャンクフード食べたことある?」
「それぐらいあるしそっちの好みに合わせるさ」
扉を片方だけそのまま開き、先に出るよう促しながら、ロキは背にしていた屋内を眺めた。まったくもって作為的で不自然なセッティングを。まるでロキたちを招いた誰かを見つめるように。
――次は食事も用意してくれ」
それからようやくほんの少しだけ微笑んで、扉を閉めた。
(了)
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