しゅう as 猫田しゅうぞう
2021-11-23 12:55:58
28153文字
Public ソーロキ
 

九割不在

MP39発行 新書/46頁/600円 ドラマロキをベースにしたソーロキです。
どんなロキにもソーがいて、ロキの中にある欠落はいつもソーの形をしている…みたいな話。
ワイシャツ姿のロキ(2012年のロキ)が変異体ロキたちの過去を膨らませて勝手に語ります。
中身は全部ここで読めますので冊子は紙で欲しい人向け頒布です


両開きの扉を開けた先を見て、かつて家族と囲んだダイニングルームを思いだす者も多かったはずだ。空間の大部分を占拠しているのは木製のディナーテーブルだった。
虚無の建物には珍しく、アライオスの被害を免れて完全な形を保った平家だ。その佇まいや正面に設けられた大きな両開きの扉から、それこそ断酒会でも行われるような小ホールが期待されたが、扉を開いてみればそうして大きなテーブルがまず目に入った。重厚な造りのテーブルを囲むのは白い床に白い壁。どれもどこか古ぼけた印象で、人の気配はまったく残っていなかった。それに部屋の照明は傘に埃を被った大きめのスポットライトが天井にひとつだけ。今は天井近くに明かり取りとして設けられた窓からぼんやりと光が差し込んでいるが、夜にもなれば部屋の隅々まで照らすような光量は期待できないだろう。奇妙なことに照明だけならガレージのようなのに、部屋の大部分を占めているテーブルときたら脚一つをとっても丁寧に揃えて装飾が掘り込まれている。磨かれたぶ厚い天板にしても、作業台と思うには豪奢すぎる机だった。それに食事こそ並べられていなかったが、その場に集まる二足歩行のロキたちが座るのに十分な数の椅子が並べられていた。歪にも家長の座るべき場所に椅子はなかったが、代わりにダイニングチェアとは限らずスツールさえあった。そしてひとつだって同じものはなく、どれもそれぞれのロキがひと目で争わずに選べるような椅子だった。
さらには控えめに壁へ寄せられたサイドボードの上と、その足元には、二足歩行をしないロキたちのためにも暖かでふわふわの毛布や、太い枝とよい香りの新鮮な葉っぱがきれいに敷き詰められた巣までが用意されている。
「少し不審すぎないか?」
「この虚無に秩序ある場所があると?」
「作為の話をしているんだ。あんたほどの慎重派が何も思わないのか?」
扉を開け放ったワイシャツ姿のロキは訝しい顔で古風なタイツ姿のロキを振り返り、言い返した。意見を向けられた老人は頭から爪先まで黄色の装いで、道化のようにも見えそうなものだったが、それにしては表情は堅すぎるぐらいに白けていた。彼はそのまま「それをやめたからここにいるのだろう」と冷ややかに答え、自分たちの足元を見た。
二人の脇を、細くて長い毛並みの大型犬と、すました様子の黒猫とが通り過ぎ、ついでとばかりに頭上をカササギが飛んで過ぎていく。それらを一通り視線で追ってから、あらためて年若いワイシャツ姿に言う。
「獣のロキは勇敢だな」
「無謀は勇気じゃない。兄上をみて学ばなかったとでも?」
「ねえ、いいから入って。さもなければどいて。邪魔だから」
「何をもめてる? 場を望んだのはお前だろう」
「いや、私は野原でもよかった」
「ロキならみんながそうだとでも? 私は屋根が欲しい」
「だが――
「まさか怯えてるのか?」
とうとう背後から鼻で笑うようにして少年のロキが言うと「ぜんぜん」と彼は口をへの字に曲げて、ようやく扉の向こうへ進んだ。先頭の彼に続いて、全員がそうした。
その場に集まった全てのロキは、そうして一つの屋根の下に集まった。それこそ時間変異取締局を恐れさせた変異体ことシルヴィをはじめとして、少年に抱き抱えられたままの鰐のロキも、彼に続いて年長者ぶる古風なロキも。それに鰐を警戒する政治家のロキに、飾り立てた自分が大好きな自慢屋のロキ、それからそれ以外のロキたちだってみんな。さまざまな世界の、さまざまな可能性の先であった変異体のロキたちは、その小さな建物に集まった。そして自分の腰をおろす場所を選んで、まるで告白しあう自助会のように視線と仕草で最初の話し手を探り、譲り合った。
やがて一人が口を開いた。
この建物の扉を開けたワイシャツ姿のロキだ。
「こうしてせっかくさまざまなロキが集まったんだ。それぞれの過去を知り合わないか? 調べるんだ」
なにを?と誰もが思って、話し手に視線を向けた。
「違いを。ささやかで、でも決定的な違いが私たちにはあるはずだ。そうでなきゃおかしいだろう。剪定後に私たちをここに送り込む意味は? 他の変異体みたいに記憶をいじってエージェントにしない理由は? 時間変異取締局がロキだらけになるから? そんなわけないだろう。だいたいそれならそんなものだと刷り込めばいいだけじゃないか。簡単だ。それに女性の姿をしているのがシルヴィだけなのは何故だ? 一体ここはいつからある? どれぐらいお前たちはここにいる? 気にならないのか? 私は気になる。例えばお前――そう、その立派な毛皮の肩当てのお前。手作りのハンマーを握りしめ、石をすべて集めたと自慢してきた自慢屋のロキ。お前のことだ。どんな風にここへきたのか。どんな風に育ったのか。お前があるべき時間軸とはどんなものだったのか――私は私のあるべき結果とやらを知ってるが、お前たちはどうだ? どうせ見ていないんだろ。興味もなく、探しもしなかったに違いない。さあ、どうだ。倒すと決めてアライオスを倒し、ここに戻ってきた私の言葉をお前たちはどう受け取る?」
かくして口火は切られた。
ワイシャツ姿のロキ、その銀の舌によって。