しゅう as 猫田しゅうぞう
2021-11-23 12:55:58
28153文字
Public ソーロキ
 

九割不在

MP39発行 新書/46頁/600円 ドラマロキをベースにしたソーロキです。
どんなロキにもソーがいて、ロキの中にある欠落はいつもソーの形をしている…みたいな話。
ワイシャツ姿のロキ(2012年のロキ)が変異体ロキたちの過去を膨らませて勝手に語ります。
中身は全部ここで読めますので冊子は紙で欲しい人向け頒布です


水兄弟
鰐のロキ

ロキは卵から生まれた時のことを覚えていました。なんとか殻を破って、ぼんやりとした世界がはっきりとしてくるころ、覗き込んできた目があったからです。真っ白な頭に、黒くてまあるい大きな目。それはきっとソーだったに違いありませんが、とにかくその目の主は、まだ殻のかけらをくっつけていたに違いないロキを覗き込んで、細長く二股に分かれた舌をしゅうしゅう言わせて注意深く観察していたようでした。それがロキの一番古い記憶です。でも、これはロキの頭の中だけの秘密でもありました。だってそういうことをするのはなにかを探っているときだけです。ソーがロキを調べたり疑ったりするだなんて、ちょっと記憶のほうが疑わしい出来事だからです。
ロキはずっとソーと一緒でした。他の蛇のことは知りません。ロキがまだ狩りができないような小さい頃には、ソーはとぐろを巻いて囲ってくれましたし、水辺で暮らす中では時折くっついて、巻きついて、じゃれあって。兄弟よと呼びかけ、何もしらない弟に色んな事を教えてくれました。誇らしげに、それから時にはちょっと困った様子で。なにしろ彼はロキの兄で、兄というものはそういうものだとロキに教えたのだってもちろんソーでした。
でも今ではソーが長く眠ってしまう頃、かわりにロキが守ってやることができます。ロキはとても大きくなりました。水面に映さなくたって二人はすっかり違う生き物に見えるぐらいです。兄弟なのになにもかもが違っています。
ロキはとぐろを巻いたソーだって飲み込んでしまえるぐらいにすっかり平たく太ってしまって、ソーみたいにすらりと成長することはありませんでした。背中はなんだかあちこちごつごつして鱗だって硬くなっていきますし、目だってソーに比べたら大きくぎょろりと不気味です。口だってひっこむかと期待していたのとは裏腹に、どんどん長く大きく伸びてしまいました。
いろんなところが違っていたのは最初からですが、ソーにそれを言うたびに、まだお前は小さいからだと言いました。だからロキは大きくなればいつかはソーみたいになるのかと思っていたのに、ちっともそんな兆しは訪れませんでした。そうこうしているうちに、ソーとすっかり同じになるなんて夢見ることはできなくなっていまいました。
だって、ロキにはソーみたいに体に巻きついて獲物を絞め殺すことはできません。そのかわりにするどくて太い牙がたくさんあるので、獲物を咬み殺すことができます。ソーみたいに上品に獲物を丸呑みすることはできなくても、飢えることはありません。
それにソーはしゅうしゅう言うばかりでちっとも吠えたりしませんが、吠える声がロキには何通りだってあります。ソーがびっくりするのであんまり吠えたりしませんが、獲物を目の前にするとどうにもできずに漏れたりします。
そしてなによりも、ロキにはソーにはないものがありました。これはロキが最近知った言葉でしたが『脚』というものでした。なにしろロキはソーみたいに身体をくねらせて歩くことはできません。でも体を支えるその『脚』で歩くことができました。ソーは「そんなのそのうち取れるよ」「おれにも昔はあったんだ」なんて言っていましたが、絶対違うとロキにはもうわかっていました。だってこれは気がついたときからずっとあって、思った通りに動かせるし、触ったものだってわかります。大地も水の温度も、草の感触だってきちんとわかります。脱皮したって脚は逞しく育っていくばかりです。そうそう、その脱皮だってソーとはずいぶん違うのです。ロキの鱗はぽろぽろ剥げて、ソーみたいにひと繋ぎのきれいな形になったことなんか一度もありませんでした。ただぽろぽろ剥げるばかりで、ぜんぜんすてきなものじゃないのです。
だから、ロキだって薄々思ってはいたのです。
――僕と兄上、本当に「おなじ」なのかな?って。

最初に「鼠」が言いました。
つぎに「鶏」も言いました。
さらには「犬」も言いました。
なかでも「猫」なんて、こう言いました。
「きみ、どこからどうみたって鰐でしょう」
ロキがキョトンとしていると、猫は得意げににゃあにゃあ鳴いて笑いました。
「ばかだなあ! 鰐が蛇になったりするもんか! 蛇が鰐になることだって! そんなのあたりまえだろ。だって別の生き物じゃないか」
「でも、兄上は……
「きみ、何にも知らないんだねえ。ここいらじゃきみたち、有名だよ。はぐれものの蛇が鰐を育てててるって! でもまさか蛇のつもりで育ててたのかな? それなら蛇もずいぶんばかな蛇なんだね」
なんてひどいことを言うんでしょう!
ロキが思わず吠えると、猫は飛び上がって逃げていきました。それでもやもやしたままソーのところへ戻ったロキは、失礼なことを言われたのだと兄に言いつけてやりました。ソーは舌を出してシューシュー言いながら聞いていましたが、すっかり黙り込んだきり、ひどいとも侮辱だとも言いませんでした。そうして黙り込み続けるソーに耐えかねて、ロキは名前を呼びました。それがこれまでで一番しょんぼりして不安な声になった自覚はありました。
でもソーのほうも枝にうなだれて、ぽつりと言うのです。
……おまえが蛇ならいいなって、思ってたんだ」
ロキはすぐに、続きを聞いてはいけないのかもしれないと思いました。でも、そうじゃないかもしれないと期待もしてしまいました。だってソーはいつだってロキを弟よと呼びかけて、鱗をすり寄せあい、体温を分け与えてきたのです。何も知らないロキに一つ一つを教えてきたのです。
「ほんとは、ちょっと、大きいかもって思ってた。でも、大きいほうがいいだろ? だから、たいしたことじゃないって。でも、でも……殻が割れたら……おまえは違くて……おれもびっくりしたんだ」
ソーは残酷なことを言っている自覚なんかないのでしょう。でも、後ろめたさでロキからそっぽを向いたきりです。
もうそれ以上を聞きたくなくて、とうとうロキは逃げ出しました。ソーが今の自分に追いつくのがむずかしいことはもうすっかりわかっていました。
そして、みんなが言ったことが本当だということも。

嵐みたいに草をかき分けて、ロキはさっきの「鼠」を見つけると、ぱくりと丸呑みにしてやりました。
それがなんの意味もないことはすっかりよくわかっていましたが、「鰐だ」と言った相手をみんなお腹に納めて、なかったことにしていこうと思ったのです。
だってロキも、ソーの願ったとおり蛇がよかったのです。
暴れる「鶏」には口の中が羽根だらけになりましたし、口の中をひっかかれて、ずきずきするようになりました。
「犬」のときはまず噛み付いて、大人しくさせました。ぽろぽろ涙がこぼれましたが、噛み付いた牙に向けられた痛々しい鳴き声のせいなのか、血が口の中の傷にしみたせいだかはわかりません。
最後に「猫」のときには、一言だって声を聞きたくなくて、これ以上にないぐらい口を大きく開いて、これも兄がそうするみたいに丸呑みで飲み込んでやりました。ロキからしたらその「猫」は思っていたよりずいぶん小さかったので、あんぐりと口を開ければそれは簡単だったのです。
「ああなんてこと!」
でも尻尾を口に納めた頃、口の中にいるはずの猫とそっくりの毛並みの、ちょっと大きな猫が飛んできました。
きっと二匹は兄弟だったのでしょう。悲しいことに、ロキにはひとめでそれがわかってしまいました。
だってロキにもずっと兄弟がいたのですから。

ロキはぼろぼろ泣きながら、もう一匹の猫もお腹の中に押し込みました。涙はもう一生分溢れきってしまったに違いありません。
ロキはもう、ひとりぼっちでした。
ソーは追いかけてきません。追いつけないんじゃなく、たぶんもう二度と追いかけてこないのでしょう。水辺で身を寄せ合って暮らしてきた全てが間違いだったのです。
だってロキには蛇のように獲物を絞め殺すことも、丸呑みすることだって向いていません。小さな獲物ならともかく、噛み付いてちぎって、楽ですし、咄嗟にそうしてしまいます。なにしろロキには土を踏みしめる脚があり、肉を削ぐ牙があるのです。ソーとは違う生き物でした。やっぱりそれはどうしようもなく、そうなのでした。




――……寝てるって? それは残念だ。あんたが抱えてくれているものだから噛まれる心配もないと思って喋ったのに。