花筵シヂマ
2026-05-10 08:00:00
46806文字
Public
 

情痴の獄 序章~六(序章修正・六だけ新作)

吸血鬼三期父と父が水木をめぐり修羅場になる話




黒雲が隠していた月が、肌を見せるように青白く輝いて出てきた。どの妖怪かはわからないが、太鼓を叩く妖怪のリズムに合わせて小さな鬼が跳ね回る。
「いや、めでたい。まさか親父さんが、水木さんの兄さんを後妻に取るとは!」
 ねずみ男が揉み手で近づいてきて、酒を注ぐ。当の水木はと言うと、用意した着物など身に纏わず、スーツ姿で正座している。妙齢のおんな妖怪に背中を叩かれては喝を入れられていた。
「儂も妻も鬼太郎も、水木以外はおらぬと言うぞ」
「いやそうじゃねえよ、水木の兄さんさ」
 ゲゲ郎は手にしていた酒を飲む手を止めた。
「水木の兄さんが、嫁って立場なんか嫌がると思ってたんだ。だって兄さんは、女にモテるだろう?」
 それはそうだ。
 深く考えてこなかったが、そう言われると謎が深まる。
 なぜ水木は、ゲゲ郎と結ばれてくれる気になったのだろう。
 不意に、水木の眼差しがゲゲ郎に向けられた。虚無のように力無い眼差しだった。
 酔っ払っていないのか、水木はしっかりした足取りで近づいてきた。そしてゲゲ郎の肩を軽く叩いた。
「前にお前と酒を飲んだ時は、炭坑節を歌ったな。今はとてもそんな状況じゃないよな」
 ただの酒宴ではないのだ。
 水木は胡座をかいて座り、ねずみ男の手からとっくりを奪い取った。
「俺はお前の、唯一にはなれねえよ。女みたいになれやしない」
「それはそうじゃろう、水木は妻とは違う」
「はは、そういうわけじゃないさ」
 水木はお猪口を覗き込み、飲むのを躊躇っているようだった。
「俺は、臆病なんだ。どうやったって……
 水木は口を閉ざし、それ以降何も紡がなかった。
 ちびちびと酒を飲み、そして踊り狂う妖怪を見ていた。
 水木の輪郭が細くなり、そしてぼやけていく。
 酒のせいかわからない。
 水木に触れることができなかった指先が、お猪口から溢れた雫で濡れていた。


 まるでその時の水滴が、今のゲゲ郎の己の眼球に落ちたかのようだ。
 眼球に張った水の膜が割れて流れていく。拭うことも忘れて戸の隙間に顔を張り付けていた。
「ぁ、あ」
 漏れ零れる掠れたおとこの生々しい息遣い。舌が柔肌を滑る水音が鼓膜を叩く。胸が張り裂けたように痛むくせに心臓は止まらず強情に動いている。ほぼ不死の肉体が今日ほど憎いことはない。
 水木は男のからだに馬乗りになり、頸からの吸血を許しきっている。
 あの吸血を名乗る眉目秀麗で寡黙なおとこ。
 どうにも解せない。只者ではないと、視線を交わした折に互いが理解していた。それなのに、あの男はゲゲ郎を屋敷に迎え入れた。人間だと嘘までついていた。あれは、宣戦布告と同意義に違いない。
 ゲゲ郎は握りしめた拳を静かに扉に叩きつけた。
 それは二人には聞こえないだろう。
 ーーーー吸血鬼だというあのおとこを、探らねばなるまい。
 無体を許している水木の、細く白い頸の曲線美だけが瞼の裏に焼きついていた。


 そもそも、水木の足跡はまるで誰かに丁寧に消されたように辿れなかった。
 しかし妖怪から聞いた妙な吸血鬼の話から、水木の姿を辿ることができたのだ。まるで水のようにつかみどころがない水木を追いかけて、その吸血鬼のことを探った。
「森がおかしいんだ、親父さん。異物が中に入っている」
 ゲゲ郎を恐れるより居住地の森が侵食されていることを恐れていた森の妖怪が、そう言ってきたのもまさしく好機だった。
「人間がトラックで何かを運んでくるんだ。ひどく臭い、人間の血と肉の匂いがする」
 鬼太郎が人間の味方になり、妖怪がらみの事件を解決していたならこんな事件はさっさと終結していただろう。
 しかし今の鬼太郎は、ゲゲ郎と揉めて手負いだ。
 ならば十中八九、その妙な吸血鬼が出張ってくるはずだ。
 ねずみ男にはついてこないように言い、病院を出たゲゲ郎は森の中に足を踏み入れた。
 薄暗い森のなかは確かに、不浄の妖気で満たされていた。妖力が半分しかないとはいえ、妖怪に悟られてはたまらない。ゲゲ郎は無害な人間のふりをして、森の奥へと進んだのだ。
 そして例の木を見つけた。百舌の早贄のように串刺しにされた夥しいほどの死体を横目で見、草陰に隠れた。
「樹木子か……
 大方、そのトラックの人間がここに人間を運んで餌を与えるようにと言われていたのだろう。
「樹木子が己でやるとは思えぬな」
 首をひねっている間に、別の気配が森の中に入ってくるのを感じた。
 人間の魂ではない、何かが交じり合った不可思議な魂の気配だ。
 ————甘美な、鼓動が聞こえる。
 ゲゲ郎は身を乗り出してその存在を待った。
 別離した折と変わらぬ姿の水木が草陰から姿を見せた。
 汗を拭い、歩いていく姿が哭倉村の禁域で見た姿と重なる。頬を伝う汗を拭う水木は、青白い顔をしていた。
 前のように、駆け寄って助けてやりたい。無意識にからだが動いた。
「み……
 名前を呼ぼうとした唇は動くのをやめた。
 水木の傍らに、インバネスコートを纏った知らないおとこが立っていたのだ。
 全身の毛が総毛立ち、頭の中が燃えたぎる。嫉妬だという生易しいものではない。
 この存在を、許してはならない。それだけが脳のなかで煌々と輝く。
 見る間におとこは水木を庇って懐に入り込んでいく。まるで以前から傍らにいたのは自分だと言わんばかりだ。
 重苦しいものが胃から競り上がり喉からあふれ出しそうになった。
 水木は何を考えているのだ。
 ゲゲ郎のことなどまるでどうでもいいのか。
 探らなくてはいけない、入り込んで、隅々まで。
 ゲゲ郎は影に隠れて移動し、まるでさっきからいたとばかりに伏せて待った。
 そうしてこの屋敷に潜入できたのだ。
 
 数日、この屋敷で生活してわかったことがある。
 おとこは水木に、「親父殿」と呼ばれ、ほとんど屋敷を不在にしていた。
 和装に洒落た外套など纏い、西洋風を吹かせている。
 水木は思いの外、あの忌々しいおとこにご執心だった。
 まるで生娘かのように恥じらい、おとこに気遣い、掃除をし、茶を淹れている。ゲゲ郎との婚姻の最中ではあり得ないほど、楚々としていた。
 気に食わない、何もかもが。
 ————やはり水木は、ゲゲ郎の知らぬ場所で不義を働いていたのでは。
 そんな疑念の色が徐々に濃さを増していっていた。
 こんな、子供の身でなければ、水木を組み敷いて誰が夫であるかとくとその肉体に教え込むのに。
 人間らしく化けるために丸めた爪に歯を立てた。
 もういっそのこと、こんな馬鹿らしい潜入などやめてしまうか。
 そしてあの邪魔な吸血鬼を消して水木を拐かしてしまえばよい。
 薄暗い妄想が、ゲゲ郎の脳を支配していく。
「君もあの妖怪に攫われてきたのかい?」
 ぽん、と軽く背を叩かれてゲゲ郎は飛び上がった。
 水木が不思議そうにゲゲ郎を覗き込んでいる。
 そうだった、水木から妖怪のことを聞かれていたのだった。
 円卓の上に、水木が持って来たのだろう焼き菓子と紅茶が並んでいる。共に暮らしていた時はこんな洒落た飲み物は用意された覚えがない。
 ————そもそも、この部屋は落ち着かない。
 天蓋に覆われた西洋の寝具。天井に描かれた西洋の生き物。合わない型に無理に押し込められているようだ。
 まるで、水木がゲゲ郎と婚姻などしていなかった世界へ一人、投げだされたようだ。
「タナカくん……答えにくいならいいんだ。辛いことを聞いてしまったね」
 善人らしくそういう水木に、余計な勘違いをさせたようだ。
「そうじゃないのじゃ……水木はどうしてそんなことを調べているんじゃ?」
 子供らしく上目遣いで聞いてやれば、水木はペンを握る手を止める。
「あの木は悪い妖怪なんだが、あの木を操っているものがいるはずなんだ。見つけなければまた同じことが起きるかもしれない」
「水木はそんな悪い妖怪を倒せるのか?」
「俺にそんな力はないさ。もう一人いただろう、あの人はすごいんだ」
 ほんのりと水木の頬が高揚していく。
 そうして熱弁をふるいだす水木をみていると胃の奥が再び騒めき、ゲゲ郎の中に波紋を残し始めていく。
「儂も手伝いたい」
「何言っているんだ、子供にそんな真似はできないさ」
「儂の母上を探すのじゃ……!」
 癇癪を起した子供らしく、水木の腕にしがみついた。水木は動揺したが、迷っているようだった。
 水木が情に弱い、優しいおとこだということぐらい知っている。
「でも」
「無茶はせぬ、じゃが子供を連れているほうが何か調べるのも簡単になるかもしれぬじゃろう」
 水木は迷いながらも、しぶしぶと折れてくれた。
 事件の話を聞きながら水木の胸ポケットの眼鏡が気にかかった。ほんの少し妖気が漏れているのも見落とせない。
「水木は眼鏡をかけるのか?」
「ああ、これは変装用さ」
 それ以上話そうとしないことから、ゲゲ郎の手を逃れてきたのはあの眼鏡が邪魔をしていたのだと悟った。
 事件の話を聞き終えるころに、水木はもう遅いからと部屋を出ていってしまった。
 あの吸血鬼の気配はない。
 音を立てずにドアを開けて水木の後を追うことにした。
 気配を消すなど妖力が弱くてもできることだった。水木の部屋はゲゲ郎の部屋から近かった。戸が閉まるのを確認してから、姿を消す妖力を使った。
 まるで透明人間のようにドアを通り抜けて、部屋の中に入った。
 水木は疲れたように深いため息を吐き、椅子に腰をかけていた。
 やがてシャツを脱ぎ始め、軽装でベッドに向かう。しばらくしてランプシェードのなかの明かりが消え、部屋は暗闇に支配された。
 天蓋の下で寝息が聞こえた。音をたてないように近づき、水木の頬に触れた。
 柔い肌も、色づいた唇も、触れてきた感覚と変わりがない。それなのに、首筋に残る忌々しい二点の噛み跡に再び口の中に苦いものが広がる。
「儂との契りを忘れたつもりでおるか」
 白い髪を伸ばし、水木の首に絡める。締め上げるのは簡単だ。
 恨みつらみを言い連ねてただ、感情に任せるのは楽だろう。
 髪を首から離し、肌に滑らせた。
 柔らかかった毛先を尖らせて、こめかみに這わす。
「随分と都合が良いな、水木。儂は過去のおとこではないぞ」
 ずぶずぶとこめかみに触手のような髪を埋め込んでいく。
 穏やかに眠っていた水木の顔は眉根が寄せられ、苦悶に満ちたものへ変わっていく。
 やがてその頬が高揚し、身じろぎする。
 三角山のように膨らんだ布団がゲゲ郎を誘った。この布団の下に、何があるかゲゲ郎は知っている。
 汗ばんだ小さな掌で布団を剥いだ。
「いやらしい肉体め」
 膝頭を擦り合わせながら落ち着きなくからだを動かし、胸を撫でまわしている。その白いシャツを押し上げる乳頭や、ズボンの前を押し上げる昂ぶりは全身で快感を求めていると教えてくれていた。
「ぁ、あ、あ……
 譫言をつぶやく水木に、ゲゲ郎も己の内側から沸き起こる熱を感じ取っていた。
「忘れたふりをしていただけで、しっかりと根付いておるではないか……
 髪を使って水木の記憶を掘り起こしてやったのだ。 
 あのまるでゲゲ郎を忘れたような振る舞いは、所詮、誤魔化しだ。揺さぶれば、簡単に快楽に溺れていた日々を思い出すはずだ。
 ずる、ずると髪を指のように動かして頭のなかを弄る。
「ぁ、ゥぅッ……
 水木の肉体に馬乗りになり、シャツをめくり上げて肌に触れる。
 数か月ぶりの水木の柔肌は、掌に吸い付いてくるようだった。
 ————全部が見たい。
 ふう、ふう、と興奮しきった声を上げてシャツを引きちぎった。
 むき出しになったおとこの胸板に、生唾を飲み込んでしまう。
 大人の折とは違い、水木の胸板が広く感じる。小さな手では触れきれない。
「みずき……儂との蜜月を思い出してくれておるのか……
 涙声になりながら、水木の胸肉に顔をうずめた。ぷっくりと熟れた乳頭に、子供のように吸い付く。
 母の胸を吸い上げた記憶などもう無い。それなのに、甘えることを許されているような、妙な安堵感が沸き起こる。
 あの邪魔な吸血鬼は今ここにいない。
 ならばもう少し妖力を使って、おとなに戻るくらいいいのではないか。
 自らの服を脱いだゲゲ郎は、少しずつ己のからだを縛る術を解いていった。徐々にその幼い肉体の手足が伸び、水木にかかる小さな影は長く棚引く。
 元通りに戻った大きな掌で、ようやく水木の頬を包めた。薄く開いた唇を親指で押さえて、堪り兼ねたとばかりに舌をいれた。
「ん、ぅ、う……
 眉根を寄せて息苦しそうな水木に、角度を変えて唾液を流し込む。小さな手では触れられなかった水木の慎ましく閉じた窄まりに指を這わせた。
「ん、ん、ン……
 ずぶずぶと容易くおとこの指を飲み込んでいくのは、他との経験を疑った。だが第二関節まで埋めると急に狭くなってきた。
 じわりと指を動かして内壁を擦り上げてやると、躾けられた足が開き、従順に腰を上下に動かし始める。
「ぁ、は、ぁ、ア、ンッ~~———!」
 硬くなった前立腺をいつも通り押し上げる。自慰はしていないのか、水木の陰茎は簡単に射精する。
「ひ、ぅ、う……
 濃さのある粘液がとろとろと糸を引いて陰茎から垂れているのを見、ゲゲ郎もまた己の下半身が芯を持つのを感じていた。
「可哀そうに。こんな場所で、こんなに欲望を我慢しておったとは……
「ん、は……ッ」
 指で肉襞を広げれば糸を引いて閉じようとする雌穴が見えた。膨らんだ縁も、広がりの良い雌穴も、ゲゲ郎の帰還に悦んでいる。
「すねておっただけなのじゃろう? 儂があまりに束縛するものじゃから、逆らってみたかっただけなのじゃろう?」
「ぁ、ぉっ、お……ッ」
 覆いかぶさり、シーツを握る水木の手指を離してやる。
 お前が掴むのは、こんな布地ではないというように丁寧に。
 そして滑り込ませた手で強く握り込んでやった。
「いじらしいおとこめ……
 愛するおとこの肉体のなかに、欲望を飲み込ませていく。
 水木は硬く目を閉じて開かない。それなのに従順な雌穴は媚びるようにゲゲ郎の陰茎を咥え込んでいく。
「ぁ、は、ぅぅ……ッ」
ゆさゆさと激しくおとこのからだを突き上げる。
布団とは違い、簡単にシーツがずれたりはしない。
軋むスプリング音がゲゲ郎の耳に、もっと激しくして、と急かすように聞こえた。
「ぁ、ぅ、あ、ァぁっ! は、あ、アッ、ぁあぁっ!」
 頭を弄る髪はうねるように波打ち、水木の開け放された口のなかからだらしなく出た舌を長い舌で擦り上げた。
 水木の足が無意識だろう、ゲゲ郎の柳腰に絡む。まるで馬の腹を締めるように内腿でしがみついてくる。
 眦を伝う涙がシーツに染み込み濃い色を残す。
 胸の奥で波打つ感情が押し寄せて、岩壁に激しく叩きつけられた。
 感情任せに振り上げた拳で、シーツを叩いていた。
「どうやって愛せばお主は満足するのじゃ……お主の本心は前から……ッ!」
 脳裏に過るのはやはり、婚礼の日の夜だった。
 思えばあの日から、亀裂は入っていたのかもしれない。誰もが気付かないふりをしていただけで。
 あの日着なかったあの白無垢はどうなったのだったか。
 衣桁掛けにかかった真っ白なあの着物は———
「ぅ、ぐぅっ……~~———!」
 からだを壊すほどに激しく突き上げた。
 行き止まりの結腸口をえぐり上げて、己の遺伝子を注ぎ込む。水木の下腹部が痙攣し、全身のちからが抜けていく。
 まるで人形のようだ。
 人形を抱いている。
 水木の手から離した手は震えている。あまりに強くつかんでいたのか、水木の手首は赤紫に染まっていた。
……痴れ者め……」 
 震える手で己の顔を押さえる。
 と、全身の毛が急に総毛立った。
 何かがいる。
 振り向いた先にある扉が開いている。
 いつの間に開いていたのか少しも気づかなかった。
「お茶でもどうかな、幽霊族」
 懐手のおとこは煙管を取り出して器用に半回転させた。
 そのおとこの眼差しはまるで憐れなる獣を見るように慈愛に満ちていた。