花筵シヂマ
2026-05-10 08:00:00
46806文字
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情痴の獄 序章~六(序章修正・六だけ新作)

吸血鬼三期父と父が水木をめぐり修羅場になる話



  水木がいない——傍らに。
 起きて、脳に浮かんだのはその単語だった。
 鼻につく薬品の香りは何度嗅いでも慣れない。見慣れた天井の梁には蜘蛛の巣がかかっている。
 ようやく動かせるようになった手を軽く左右に振った。今日は身体拘束が無いらしい。
 昨日まで長く縛られていたせいで、手首が赤紫になっていた。鬱屈とした心地でからだを起こし、窓枠にしがみついた。
 妖怪病院だということは、おそらくここは恐山近くだろう。この数日、あれこれと知らぬ点滴を打たれて処置をされたせいで、頭痛がひどい。
 重い頭を持ち上げて髪をかき上げた。窓ガラスに映るゲゲ郎は青白い顔をし、白い髪が生糸のように伸びて布団を埋め尽くしていた。
 妖力が抑えきれずに伸びっぱなしになったらしい。
「ふ……ケケケ……なんとも化け物らしい」
 痩せて骨ばった骸骨のような手で半を押さえた。指の隙間から覗くぬらぬらとした赤い目は怒りに濡れていた。
 若かりし頃は怒りに身を任せることもあった。しかし龍賀の元で起こった出来事を見ると、なお一層穏やかに生きる重要性を再確認した。子を持つようになり、それは益々増していった。
 だが、鬼太郎が巣立ってから、水木と二人の生活になって再び己の性格が変わっていくのを感じた。
 ———不安なのだ。ひとりになるのが、怖いのだ。
 この不安というのは厄介な存在で、ほんの少し安定したと思えば、また不意に足元からじわりと広がる。
 その広がりが最初は小さいものだったのに、次第に大きく増幅する。
 そうしていつの間にか、巨大な穴のように口を開けて足元を埋め尽くしていくのだ。
 そこへ落ちるのが恐ろしくて、爪を立てて水木に縋り付いている。その度に、確かに望まない行為をしたことも少なからずあったかもしれない。
 それは申し訳ない、だが。
 ーーー謝って埋め合わせをして日々を重ねて練り上げていけば縁は深まるはず。
 そう思って過ごしていたのに、水木はついにゲゲ郎に愛想を尽かして出て行ってしまった。
 鬼太郎を疑ったことが悪かったとは思えない。それだけではないのだ。積み重なりのせいだと思う。わかってる。
 だが、だけど、しかし。
 言い訳が重なって吹き飛ばすこともできない。
 許して欲しいと言っても水木は許さないのだ。
 そんなおとこなのだ。
 長く伸びた髪を乱暴に指で梳る。風呂にも入れなかったので不快でならない。誰か来ないかと戸を見ていると、まるで計ったように開いた。
 入ってきたのは看護師ではなく、背を曲げた薄汚いおとこだった。
「ネズミ男か。こんな金なしに何のようじゃ」
 半妖のこのネズミ男は息子鬼太郎とはなんと、腐れ縁である。親しいわけではないので奇縁であろう。
 ネズミ男は揉み手をしながら、ゲゲ郎に這い寄ってきた。
「いやあ、親父殿。儲かってるそうじゃないですか。著書の方……
 やはり、金である。
 ゲゲ郎は何の反応も示さず、淡々と髪の隙間に指を入れ続ける。
「そのう、この病院に閉じ込められていたら色々と不便でしょう? 俺でよけりゃ、なんだって」
「金ならいくらでも出そう。儂が欲するものぐらい、わかるじゃろうに」
 白い髪を横で束ね、ネズミ男を見据えた。
 答えを間違えてはいけないと思ったのか、ネズミ男は深呼吸をして引き攣った下手くそな笑みを浮かべた。
「み、水木の兄さんでしょう?」
「首の皮一枚、繋がったのう」
 嘲笑えば、怯えを隠すようになお一層、ネズミ男は笑った。
「相手は半妖で、俺も半妖! 見つけるなんかお安いご用意ですぜ!」
「それは楽しみじゃ。儂は気が短いのじゃ」
 指を口元に寄せ、煙草を吸う真似をすればネズミ男は懐を弄った。
 あらかじめ用意していたのか、水木の愛用する煙草を渡してくれる。唇に咥えるとご丁寧に火を点けてくれた。
「それに親父さんの匂いが染み付いた相手を囲うなんて妖怪じゃあり得ませんぜ。このネズミにおまかせあれ!」
 今すぐにでも水木を連れて来ん勢いでネズミ男はそう言った。難なく出ていったので、ゲゲ郎も出れるかと思い戸に手をかけた。しかし戸は開かない。
 諦めて踵を返し、せめて風呂ぐらいは許して欲しいなと思った。
 手持ち無沙汰になり、再びベッドに腰掛けた。軋む音を耳にすると水木の肌を思い出す。
 ——最初に交わった時、水木はひたすら顔を隠していた。
「がっかりするかも知れない、男の体に。だからあんまり見るな」
 震えた声でそう言うものだから、何と可愛いのだろうと思った。痛がると可哀想なので、時間をかけて散々解してやった。やがて顔を隠す気力もなくなり、顔を赤くして霰もない声で喘ぐようになった。
 水木は快楽に弱い。
 そう思ってから、からだを繋げるのが楽しくなってしまった。水木も満更でもなく、口では拒んでも最後には甘えて、ゲゲ郎の指を舐めながら感じてくれた。
 最初はよかったのだ、愛を確認する行為だった。
 だがゲゲ郎を食い散らかす不安は、この水木が誰かと話したり、出かけると余計に増幅するようになった。

 

「浮気なわけないだろ。商店街の店で立ち話くらい」
 水木はいつもこう言った。
 不安にさせて悪いーと言う風でもなく、ただ面倒そうだった。それが余計にゲゲ郎を不安に駆り立てた。
 だから伝えないといけない。どれほど不安なのかと、そして確認しなくてはならないのだ。
 ——本当に誰にも何にも赦していないのか。
 初めてそういう意味で抱いたのも、出先だった。
 水木の手を強く引いて公園に連れ込んだ。昼間と違う顔の暗い公園に人気はない。
「ゲゲ郎! どこに行くんだ!」
 より一層強く手首を絞める。水木が息を呑んだのがわかった。
 暗がりの草陰に飛び込み、木に水木のからだを押し付けた。顎を掴んで口を開かせると、無理に舌を捩じ込んだ。
 鼻を掴んで口腔を弄り、執拗に上顎をなぞった。
「んんっ、ふ……ぅっ……
 呼吸しづらいのか、苦しそうに眉を寄せて眦に涙が滲んでいる。頬が高揚している水木を見て、怒りと不安で混ぜこぜになっていた感情が情欲に全て傾く。
「は、ふ…………
 ゲゲ郎の癖が染み付いた肉体は呆気なく快楽を拾う。
 股間を押し付けると水木のそこは硬くなり、ゲゲ郎もまた同じだった。笑いが込み上げてきて、同時にこんなに淫乱ならやはり他のおとこに行くのでは——と不安が広がる。
 尻肉を鷲掴み、股間を擦り付けるだけで水木は甘い声をあげた。
 シャツを押し上げる肥大した乳頭に歯を立てた。
「う、ア、んんっ………
 びくん、と大きく震えた水木に我慢ならずに焦ったようにズボンに手をかけた。
「あっ、嘘だろ、お前ここ……外ッ」
 下着ごとずり下げて片足を抱えた。愛して割った卑猥な雌穴を指でなぞる。
「んっ………
 震えた息を吐く水木は緊張しているようだ。
 当然だろう、誰かに見られるかもしれないのだ。
「我慢するのか? 他の者に聞かせてやるが良い。誰のものかを」
「ッ、あ…………
 狭いそこに指を入れると粘膜が指に絡む。
 熱く濡れたそこに指を増やすうち、水木は手首を噛んで声を堪えている。
 面白くない。
 まるで誰かに操だてしてるみたいで腹が立つ。
 乱暴に前立腺を押し上げてやった。
「ンッ、うう、っ、んひいっ……!?」
 水木が胴震いし、びゅるっと精液を飛ばした。
「あっ、嫌だ……ッ」
 股間を隠そうとするので腕を束ねて掴んだ。襞の縁が赤くなったそこに、ゲゲ郎は己の欲望を布越しに擦り付けた。
「もう欲しくてびしょ濡れに漏らして、可愛いのう、水木は」
「はう、……ッ」
 尻肉を揉みながらゆっくりと擦り付けると、水木は強く目を閉じた。そして震える唇を噛み締めている。
 片手で着流しの前をくつろげ、器用に股間の布を取り払う。我慢汁が滲んだ雄を襞口に押し付ける。
「や、あ、ぁ、うぅ………ーーー〜〜ッ……
 悲鳴みたいな声をあげながらも拒むことなくねっとりした肉壁が欲望に絡む。
 唇を噛む水木の顎を掴んで口を開かせた。
「ちゃんと感じていることを教えておくれ……
「ふっ、う、あ、ァん、っ、あ、っッ……いきなり、ッ
 結腸口を亀頭でねじ開けようとする。水木の目から大粒の涙が流れ、頭を振って拒む。益々からだを木に押し付けた。
 下から乱暴に突き上げてやれば、水木が白目を剥きそうになっていた。
「ひぐっ……——〜〜!」
 膝を震わせ、軽く痙攣したかと思うとまた漏らしている。
 もはや突けば突くほど内壁が痙攣して果てていた。
 声を堪えることにまで気が回らないのか、ゲゲ郎に振り落とされないように霰もない声を出している。
「あっ、あ……っ、ふ……いく……またぃ゛ぐッ」
「教えた通りに言うんじゃ、水木……ッ」
 腰を打ちつけ、奥まで入り込む。衝撃でからだが上に押し上がり、水木は甘く鳴く。シャツ越しに勃起した乳首を指の間に挟んで擦り上げる、
「げげろの、でかいので、いぐぅうう…………
 眉を寄せて泣きながらそう言うと、すぐに水木の内壁がうねった。粘膜に精液を叩きつけると、余韻で「あ、あ、でてる……」と恍惚に顔を緩めて水木が言った。
 接吻したくなり唇を寄せると、草をかき分ける音がした。
 先程までの甘い余韻は立ち消え、水木の顔から血の気が引く。しかし反するように内壁は収縮していた。
「なんか声がしたんだけどな。全く、落とし物したなんて……こんな暗がりじゃわかんねーよ」
 年若い男性のような声だった。誰かの落とし物を探してるようだった。懐中電灯の淡い光が、地面を照らす。
「げげろ……もう、………
 普段の男らしい顔から程遠い、雌の顔でそう懇願された。
 ゲゲ郎は満面の笑みを浮かべると、あからさまに安堵していた。
 ずん、と肉付きのよい尻肉を掴んで抜けそうだった雄を咥え込ませた。
「ひい、あっ!」
 上擦った声が響き、懐中電灯の主が足を止めた。
 水木は真っ青になったまま、首を何度も振っている。
 まるであの懐中電灯男に見られたくないみたいで腹が立つ。
「ぉっ、ォおッ、ふぅっ」
 水木の片足を抱え上げた状態で木に手をつかせて背後から激しく突いた。先に出した精液がゲゲ郎の雄に絡み粘着性のある音を立てた。
 水木は震える手で口を押えているが、それでも直腸を突き上げるたびに手が離れて声が漏れている。
 淫らなこのおとこはゲゲ郎のものだ。急に征服欲が満たされ、口角が吊り上がった。
 懐中電灯男の気配は遠ざかったが、別の気配が近づいてくる。草むらを歩く小さな葉擦れの音に水木はからだを強張らせていく。
「く、ぁ、くるっ、だれかくるからっ……
 半狂乱でそういう水木が面白い。下腹部を抱き寄せ、結腸口を亀頭で愛撫した。
「んくぅうぅっ——!」
 顎を反らせて快感を逃そうとしてもぎゅうぎゅうと雄膣が締めてくる。射精を耐えようと奥歯を噛みしめる。
 草を掻き分けていた存在が、不意に足元に躍り出てきた。
 小さな犬である。
 野良犬というよりは、誰かの飼い犬なのか首輪をつけて毛並みも良い。
 水木は目を白黒させて混乱している。
 人間だと思っていたのだろう。
 はっはっ、と犬は舌を出して二人のおとこの交尾を観察している。
「これは良い観客じゃな。水木も同じく獣であると教えてやれば良い」
「け、獣っ?!んぐっ!」
 水木が隙を見せた瞬間に奥を穿った。小刻みに揺らせば肉づきの良い尻肉がゲゲ郎の腰に当たった。
 おんなのそれに似た丸い丘を鷲掴み、脈打つ欲望を何度も挿入する。襞がめくれ上がり精液があふれ出ていく。
「あ、あぅ、ん、げげろッ……出ちまうからぁ……!」
 水木は射精すると同時に放尿する癖がついてしまっている。
 知っているくせに知らないふりをして水木の下腹部を掌で押し込んだ。
「ぁ、あぁ、あぁぁ~~~———……
 情けなく泣きべそをかいて水木はおもらししてしまった。
 ぎゅうと内壁に抱きしめられ、ゲゲ郎も太い息を吐いて吐精してやった。
 草を叩く液体の音が沈黙を破っていく。水木は耳まで真っ赤になり、嗚咽を洩らしている。
 犬は尻尾を振ってしばらく二人を見ていたが、やがて片足をあげて木に尿を引っ掛けて走っていった。
 水木は呆然としてそれを見ている。
「くく、お主の真似かのう」
 煽るように言えば、水木は殺すような勢いで睨んできた。
「冗談じゃ」
 萎えた雄をみっちりした雌穴から引っこ抜けば、水木の腰が震えた。
 木に縋るように崩れ落ちた水木の肩が震えている。
「ああ、ズボンも下着も濡れてしもうたのう。これじゃ履けぬ」
 水木の尿で汚れた服を見下ろして言えば、水木は己のシャツで下半身を隠そうとしている。剥き出しの尻が薄暗い夜闇で柔い線を描いていた。
 縦に割れた赤い雌穴から精液がとろとろと涙のように溢れている。
「背負ってやろうか?」
 しゃがんで肘をついて言えば、水木は乱暴に手の甲で己の顔を拭いている。散々、泣き顔を見せた癖に嫌らしい。
「自分で歩く……
 よたつきながら立ち上がり、シャツで股間を隠しで足を引きずるように歩き出す。
 剛情なおとこだ。
 ゲゲ郎は己の唇の山脈を指でそっとなぞった。
 塩辛い、涙の味がした。



 ————そんなこともあったのう。
 水木のあの白い曲線を思い出し、淫蕩な性生活を思い出すうち、己の股間が熱くなっていた。
 掌で着流しの前に触れると既に勃起していた。布団に横になり、目を閉じる。
 濡れた陰茎を手で包み、ゆっくりと上下に扱く。
 ———水木のからだは肉厚が合って、特に尻が極上であった。
 掴めば奥まった秘部が露わになり、ゲゲ郎の剛直を包んで何度も搾ってくれた。
 吸いすぎて肥大して少しばかり垂れ下がった乳頭も、茶色くなった乳輪も水木は気にしていたがゲゲ郎は気にならない。
 シャツの上から透けるんじゃないかと言っていたが、それよりも勃ちあがった乳首の方が卑猥だった。
 突き上げる最中に左を縦断する傷を舐めれば、嬉しそうに目を細めていたものだ。
 あのおとこは極楽なのだ。
 極楽だから、皆欲しがるはずなのだ。
「っ、はぁっ、はぁっ……
 何度も精液を注いでも注いでも満足しない。
 不安が広がるのは水木が魅力的だからだ。
 なぜゲゲ郎の不安が分からないのだろう。
 涙が溢れ出し、泣きながらも欲望を刺激した。
 水木の狭く魅惑の肉筒が、ゲゲ郎を締めた気がした。
「っ、くぅ……
 胴が震えて手の中にぬるい粘液が溢れる。せっせと根元からしぼり、残精を出す。
 心地良い気だるさに支配されながら、ゲゲ郎は汚れた指を舐め上げた。
 どうせすぐに見つかる。
 そして帰ってくるはずだ。
 ゲゲ郎以上のおとこなど、いないはずだから。



 吸血鬼の城は空き部屋が多いためどこでも使ってくれていいと言われたものの、どの部屋もとても人が住めた状態ではなかった。
 埃っぽく掃除が行き届いていないのだ。
 おまけにカーテンも無い部屋もある。
 吸血鬼としてそれは構わないのかと思うほどだ。
 住み始めてすぐの仕事は掃除だった。得意なわけではないが、腕まくりをして城を少しずつ片付けた。明るいと吸血鬼は弱ると考えていたので、カーテンを閉めたままでいた。しかしそんな気遣いを雇い主は眦を下げて笑った。
「カーテンを開けても構わないよ。ここら辺は曇天だからね。太陽光はそこまで儂に影響はない」
 本当に吸血鬼なのかと思うくらい、彼は太陽光に抵抗はなかった。
 また、雇い主の名前を何と呼べば良いかと聞けば、これまた首を傾げて悩んでいた。今まで誰にも名前を呼ばれたことがないのだろうか。
「いや、あるにはあるが、妻にだけ教えた真名だからのう。好きにつけておくれ。周りには、親父殿と呼ばれている」
 水木の心臓は強く跳ね上がった。まるでゲゲ郎が他の妖怪たちにそう呼ばれてるのと同じではないか。
 吸血鬼は水木の異変には気づかない。
「子供がおるんじゃ。その影響でそう呼ばれておるが」
「子供がいるのか? この家に?」
「この家にはおらんよ。もう一人だちしてね。寂しい一人暮らしさ」
 ソファに腰を下ろし、机に乗ったティーカップの中身を啜り出す。水木が埃のかかった食器棚から出して磨いたカップだ。
「そうか……俺の知り合いにも、子持ちの妖怪がいる」
 脳裏にゲゲ郎が過ぎる。
 真っ赤に泣き腫らした目で水木を呼んでいた。
 ーーー合わなかった、と言ったのは本心だ。
 合わなかったのだ、俺たちは。
 憂鬱に唇を閉ざすと、足を組み替えた親父殿は肘をついた。
「その男は幽霊族で、お主の腹にべったりと所有の印を撒き散らす、嫉妬深いおとこ………名前はゲゲ郎ではないかな?」
 赤銅に似た赤の双眸を細めて言う。
 なぜわかったのだろう。
 所有印の話は他の妖怪からも言われるが、相手が幽霊族とまでは言われたことはない。
 言わずとも、わかるかもしれないからだが。
「不思議そうな顔をせずとも。鬼太郎に紹介されたんだ、全部知ってる」
 確かにそうか、と失念していたことを恥じた。
「問題はその体。妖力をゲゲ郎殿に貰っていたなら、儂も水木殿に与えなければならんだろう」
 確かにそうだ。
 ゲゲ郎の能力で半分妖怪になったものの、妖力は自家発電できない。親父殿はふう、と息を紅茶に吹きかけている。
「人助けだ。情などは案じることはない」
「それは助かる。まだ影響はないからまた今度でも」
 ソファから立ちあがろうとする水木の手首を掴まれた。おとこの唇が酔ってきたかと思うと、柔らかな体温が触れた。
 ゲゲ郎のものとは違う、別人の唇が、触れて離れていく。
「こんな感じかな?」
 柔らかな赤銅が細められ、茶色い髪が視界から離れていく。唇を拭うように指先をなぞる。
 からだのおんなの部分を、撫でられたようにからだが熱を持った。
「仕事がよくできるパートナーが見つかって嬉しいよ。美味しいお茶をありがとう」
 親父殿は少しの態度も変えず、飄々と去っていく。
 水木は無意識に己の腕を撫でてしまった。
 ゲゲ郎以外に触れられたのは、久しぶりだった。
 ゲゲ郎の前は商売女だった気がする。だがそれも、ゲゲ郎の手によって無茶苦茶に塗りつぶされてしまった。
 それが今、このおとこの手によって爪で剥がされていく気がした。