花筵シヂマ
2026-05-10 08:00:00
46806文字
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情痴の獄 序章~六(序章修正・六だけ新作)

吸血鬼三期父と父が水木をめぐり修羅場になる話





 壱

 

 傘を叩く雨は昨夜から降り続いている。
 傘で守りきれなかった雨が水木のジャケットの肩を濡らしていた。
 自宅の玄関先を覗いて、水木はあからさまに灰色の吐息を吐いた。
「お前、何時から待っていたんだ」
 水に濡れて色が濃くなった着流し姿の白髪のおとこは、猫背で恨めしげに水木を見下ろしている。
 水木は手にした買い物籠をおとこの胸に押し付けた。
「買い物に行くだけだって言ってただろう。何をそんなに心配するんだ」
「信じられぬ」
 地の底から這いあがるような、沈んだ声が響く。
 随分と声がかすれている。季節は冬ではないが、夏だからと言ってからだが冷えないわけではない。
 おとこの絡む視線を無視し、戸を開けて玄関に腰を下ろした。
 濡れた革靴を脱ぎ捨てると、色が濃くなった靴下が顔を出す。
「年々、酷くなっているぞ。お前のその変な疑り癖のせいで、鬼太郎も辟易しているだろう。疑心暗鬼にもほどがある」
 靴下を脱ぎ捨て、濡れた足をハンカチで拭う。濡れた足で廊下を歩くのは気が進まない。
「酷くなどなっておらぬ、儂は心配なのじゃ」
「酷くなっている。お前は奥さんのことも、こんな風に束縛していたのか?」
「しておらぬが……
 水木は大げさなほど肩でため息をついた。
「だろうな。してたら、お前は嫌われている」
「水木は儂が嫌いなのか」
 急に早合点して泣きべそをかき始める。面倒くさいな、と頭を掻きながら水木は再び息を吐く。
「そんなことは言っていない。だがここ数年のお前は酷い。どこへ行くにも心配し、浮気を疑い、考えてもみろ。俺がなんで他のおとこと寝なきゃならん。お前の思考回路はどうなってるんだ」
 矢継ぎ早にそう言いながら、家の壁までゲゲ郎を追い詰めていく。
 ゲゲ郎は怯えたように視線をさ迷わせるだけだった。
「いい加減にしてくれ」
 そう言えば、ゲゲ郎の大きな片目から涙が溢れてきた。
 まただ。
 水木は踵を返して洗面所に向かった。
 手を洗っていると、背後から濡れた肉体が絡みついて来た。大型犬が甘えるように額を首筋に擦りつけられる。
「ゲゲ郎……
 苛立ちを滲ませて名前を呼ぶ。
 それでも返事はない。ただ冷えた手がシャツの中に入り込んでくるだけだ。
「ゲゲ郎! そんな気になれない。止めてくれ」
「儂はその気じゃ」
 大きな手が肉厚のある尻を鷲掴む。
 長い間、そういう関係であり続けているゆえにからだが素直に反応を示す。
「っ、帰ってきたばかりだろうが……ッ」
「確かめたいんじゃ。何もかも不安で、確認せねば」
 器用にズボンを下げられ、下着の隙間から双丘を撫でられる。
「あ、ン………
首筋に吸い付かれ、そのまま項を舐められた。こうやってなし崩しに性行為をするのも、いつもの流れだ。
 尻肉を割開かれ、剥き出しになった窄まりに舌を這わされた。片足を掴み上げられ、ぱっくりと割れた窄まりに指が沈む。
「あっ、あ……っ、………ぁ、っめ………っ」
 粘膜を擦り上げた指が膨らみを掠める。器用に豆粒をつまみ、擦り上げられる。それだけで前後不覚になり、尻を突き出してひんひんと泣くしかできない。
「げげろ、してない、うわき……ぃい……ッ」
 熱くなった粘膜を熱の塊が擦り上げた。
 いつの間にかゲゲ郎が己の陰茎を取り出して何度も突き上げてくる。
 激しい突き上げに堪えながら洗面台にしがみつく。
「ひ、ぎっ、う、うんっ、ひ、……っ」
 ゲゲ郎の腕が水木の腰に絡み、突き上げられる度に髪を振り乱して身悶える。もうおんなに挿れられない、水木のおとこの象徴が股間で揺れ動く。
「それはよかった……そうじゃのう、水木の胎は儂の匂いが染み付いておる……よかった……安心したぞ……
 水木の頸を吸い込みながら、太い息を吐くゲゲ郎に水木は唇を噛んだ。
 またいつものようになし崩しだ。
 叩きつけられ、欲望を吐かれる。
 ーーー最近特にひどい。
 粘膜に熱い欲望を吐かれるのを感じながら、水木は何度目かのため息を吐いた。


 ゲゲ郎との出会いはもう何十年も前になる。その時は水木は人間で、銀行員だった。
 取引先の社長の義父であり龍賀一族の当主の龍賀時貞が亡くなり、水木はその後の跡取りを知るために山深い村へ足を運んだ。
 ゲゲ郎は時同じくして、失踪した妻を探して村を訪れていた。紆余曲折あり、その村で二人は親しくなり、そして親友になった。
 結論として龍賀一族は、ゲゲ郎たち幽霊族の血を奪い肥太る化け物だった。龍賀一族に血を奪われたゲゲ郎の妻は瀕死になりながらもその身に宿した子供鬼太郎を守り、そして産んで亡くなった。
 水木はその子鬼太郎を、ゲゲ郎との記憶を失いながらも育てたのだ。
 一方で、鬼太郎たちを守るため、龍賀を恨む同族の憎しみをその身に受けたゲゲ郎はからだを失って死んだ。
 一時的に目玉の姿になっていたゲゲ郎は、時間と共にその肉体を取り戻した。一人息子の鬼太郎はやがて独り立ちし、水木とゲゲ郎だけが残された。
 時間をかけて二人の関係は濃厚な関係になり、肉体の関係になるのも時間の問題だった。
 ゲゲ郎は水木を妻と同じほどに愛し、そして仲間の妖怪にも息子鬼太郎にも認めてもらうほど深く繋がった。
 やがて水木は半妖になり、ゲゲ郎から妖力をもらい、老いることのないからだを手にした。
 しかし問題はここからだった。
 ゲゲ郎も妖怪とは言え、老いていく。
 日に日に、ゲゲ郎は水木が若い人間や妖怪に鞍替えするかと心配するようになった。その束縛は激しく、水木が買い物に行くと不倫しにいくのかと不安がり、風呂でも手洗いでもついて来る。
「父さんは心配なんです。水木さんが好きすぎていなくなるのが怖いんです。その……人間は老いると性格が変わっていくと聞きます。父さんの場合は、依存的な性格になっていくんですね……
 人ごとのように言う鬼太郎は、いつか自分も疑念の目を父に向けられると困ると出ていってしまった。
 そしてその、解決策を見出せないまま何年も経過した。
 
 
 
 気怠い肉体を起こして壁掛け時計をみた。
 帰ってきたのは夜の八時だったはずなのに、もう昼の十三時だ。頭の奥が痛い。
 立ち上がると、体内に出された粘液が太ももを滑る。
「ぅ、………っん……
 腰が痛み、歩く時もまだなかにゲゲ郎がいるようで歩きにくい。足を引き摺るようにして、歩きながら玄関に置きっぱなしの荷物を取りに向かう。籠の中の野菜は無事だが、肉は駄目そうだ。
「水木、おいで」
 部屋から伸びてきた髪の毛が水木のからだを絡めとる。
「はなせ、もう充分しただろう!」
 身悶えてもからだを締め上げる白い髪は緩まない。
 廊下に爪を立てて抵抗してもあっけなく引きずり戻され、あぐらをかいたゲゲ郎の上に連れ戻される。
 長く滑って生温かい舌が、水木の首筋を舐める。
 肌を這う手が胸を揉み、昨夜繋がっていた熱い窄まりを指がなぞる。
「ゲゲ郎っ、もう、……っ」
 ゲゲ郎の欲望は萎えておらず、すり、と水木の窄まりに押し当てられる。
「水木はまだ欲しがっておるぞ?」
 亀頭を押し付けられ、襞口に引っ掛けられた。
 肉体はとっくに限界である。なのに、淫らな下の口は開いてゲゲ郎を欲しがる。
 入ってきた欲望に耐えきれず顎をそらして、つま先まで足を伸ばした。
「ちが、ア、んんーーー〜〜ッ!」
容赦なく結腸口を突き上げられ、短く息を吐く。擦られるたび、からだに電流が走るように感じてしまう。
 息つく間もないほどに揺さぶられ、爪を立ててられ、吸われる。体中、ゲゲ郎の妖力と欲望で浸された肉体は並の妖怪でも寄ってこない。
「この家から出んでおくれ。ずっと共にいようぞ」
「はっ、はう、ぅう……ッ」
 下腹部を押さえられながら腰を回され、泡だった白濁が雌穴から溢れる。ゲゲ郎により剃られた股間で剥き出しの陰茎が精を飛ばす。
「い、いぐ、ぅ……あ、……っ、ゲゲろ、っ」
「聞こえぬなあ、何じゃと?」
「は、んっ、んく……ッ」
 舌を吸われて歯を立てられた。刺すような痛みに、噛まれたと知る。
 注がれた粘液が逆流して布団を濡らす。
 ーーー毎回これでは身が持たない。死んでしまう。
 浮かんだ選択肢は、別れるという選択肢しかない。
 別れる方法がわからない。
 どこまでも、果てまでも追いかけてくるほど愛されているのだ。
 嬉しい。しかし苦しい。
 これは傲慢な悩みなのだろうか。
 ゲゲ郎の長い舌が喉奥に入り、息を止めるほど深くを犯される。思考がそこで止まり、ただ喘ぐことしか許されなくなった。


 ゲゲ郎が出かけて来ると声をかけてから、ようやく布団から起き上がれた。倦怠感は相変わらずで、廊下に出していた買い物籠の中は空っぽになっていた。ゴミ箱を見ると萎びた野菜が捨てられてる。
 洗面台で自分の顔を見ると、瞼が腫れ上がり、声を出そうにもかすれている。
 よろめきながら冷蔵庫からお茶を出して布団に戻った。
 少し横になろうかとぼんやりしていると、玄関が開く気配がした。
「水木さん、父さん?」
 足音は寝室前で止まり、がらりと戸が開いた。
 背の伸びた大人の姿になった鬼太郎が、水木を見るなり気まずそうに目を伏せた。
「大丈夫ですか? 手首、ひどいあざですね……
 一瞬でそこまでみられたかと思うと恥ずかしい。慌てて浴衣の袖に手を隠した。
「父さんの束縛はやはり異常です。方々に聞いて、精神的に安定する薬を取り寄せたので持ってきたんですが……
 鬼太郎も父親の異常な依存性に悩んでいたのだろう。申し訳ない気持ちで胸を埋め尽くされる。
「俺、考えたんだ。……少し、ゲゲ郎と距離をおこうと思う……
 そういえば、鬼太郎は一瞬、青ざめた。
 名案ではないのだろう。
「駄目だろうか。少しだけ距離を置いたら、また前みたいに」
「水木さん、それは……あまり得策とは思いませんよ」
「だが俺はもう」
「水木さん……
 鬼太郎は膝をついて、水木の手首を観察している。
 赤紫に染まった手首に、鬼太郎は顔を歪めた。
「手の薬も買ってきますよ。折れていませんよね?」
「ああ、それは大丈夫……
 顔をあげた水木はぎょっとして戸口を見た。
 表情を消したゲゲ郎が戸口で仁王立ちしている。その手には買い物籠が握られている。ゲゲ郎が手を離すと、中身が転がり落ちていく。林檎や葉物野菜が床に叩きつけられた。
「と、父さん」
 鬼の形相をしたゲゲ郎は鬼太郎の黄色と黒の縞模様のシャツの胸ぐらを掴む。
 明らかに何かを勘違いしている。
「儂のおんなに手を出すとは、良い度胸じゃ………
 鬼太郎は冷静に、首を振って否定した。
「そんなことしてません、僕が水木さんに手を出すはずがないじゃないですか……ッ」
 犬歯を剥き出しにし、鬼太郎を締め上げるゲゲ郎に迷いはない。水木は慌ててゲゲ郎の胴にしがみついた。
「やめろ!俺が自分の息子とそんな関係になるはずないだろう!……
 いつもよりも赤い、宝玉のような片目が怒りで燃えている。水木の腕力ではゲゲ郎を引き離せない。
「鬼太郎!」
 玄関から聞こえたのはおんなの声だった。声の主は飛び込んでくるなり、その長い爪で鬼太郎を掴むゲゲ郎の腕を裂いた。
 床に尻餅をつき咳き込んだ鬼太郎に爪の主が駆け寄る。
「ね、猫娘………
「鬼太郎がなかなか出てこないから……! 大丈夫?!」
 ゲゲ郎は片腕を押さえて後退し、自らの行いに気づいたらしい。青い顔で鬼太郎を見ていた。
 水木は鬼太郎を守るように立ち塞がり、その拳をゲゲ郎の頬に叩き落とした。ふらついてゲゲ郎は倒れ込んでしまった。
「自分の子供に手ェあげるなんてお前は正気じゃない。俺は、家族を大事にするお前が好きだったんだ。……金輪際、俺に……近づかないでくれ」
 ゲゲ郎は何度も首を振る。泣きそうな子供みたいな、そんな顔だった。ぐしゃぐしゃになった顔で肩を震わせるゲゲ郎を突き飛ばして、カバンの中に衣服を詰め込む。
 ゲゲ郎が大股で歩いてくる気配がした。
「水木、たのむ、出て行かんでくれ!儂が、儂が悪かった……っ」
「離せ」
 足にまとわりつくゲゲ郎を蹴り飛ばし、荷作りをやめない。
「いい機会だ。俺とお前は離れるべきなんだ。元々……
 ちら、と横目でゲゲ郎を見た。
「合わなかったのかもな」
 鼻先で笑うと、ゲゲ郎はついに泣きじゃくりながら髪の毛で水木を縛ろうとしてきた。遅れながら追いかけてきた鬼太郎がそんなゲゲ郎にしがみつく。
「水木さん、早く……ッ!」
 水木の提案が得策だと思ってくれたのかもしれない。
 うなづいて荷物を抱きしめ、シャツとズボンに着替えて転がるように飛び出した。

 途中まで全速力で走っていたが、駅まで辿り着くと急に足が止まった。
 顔を赤くし涙で頬を濡らし、子供みたいに縋ってきたゲゲ郎を置いてきてしまった。
 とんでもないことを、したんじゃないか。
 後悔が駆け巡り、手汗が手のひらに滲んだ。
 鼻の奥が痛くなり、涙が止まらない。
 我慢すればよかったのかもしれない。水木が耐えれば。
「水木さん、待って!」
 ハイヒールを鳴らして駆けてきた猫娘は、額に汗をびっしょりかいていた。髪の毛をかき上げて、一息吐いてから水木に向き直った。
「これ……鬼太郎が知り合いのとこに行って欲しいって。もしもの時のために、避難する場所を探していたからって」
 渡されたメモには、とある住所が記されていた。
 ここから電車で行ける距離だ。
「ゲゲ郎を、置いてきてしまった………
「そんなこと考えなくて良いんです。親父さんのは駄々。水木さんは人間なんだから、体がもたないわ」
 年下なのか年上なのかわからないが、堂々とした猫娘に慰められて罪悪感が和らいだ。
 鬼太郎には似合いの女性だ。
「ありがとう。猫娘さん。早く鬼太郎のとこに戻ってやってくれ」
 メモを握りしめ、水木は駅に足を踏み出した。


 電車を乗り継いで目的地に着く頃には、すでに日は落ち、電灯一つもない薄暗い駅に着いた。
 無人駅なのか駅員はおらず、降りるのと水木だけであった。木製のベンチを横目に改札を潜ると、黒いインバネスコートを着た、黒髪に赤銅が混じったような髪色のおとこが立っていた。その肩には、蝙蝠が一匹止まっている。
 血のように濡れた赤い双眸はゲゲ郎を思わせた。
「どうも。あなたが、水木さん?」
 おとこは静かに手を差し出してきた。
 仕事の癖で水木も手を差し出す。
「はい。あなたは……
 おとこは首を傾け、赤い目を細めた。
「そうですね。儂は……吸血鬼、かな」
 そう笑ったおとこの口元には、鋭い犬歯が輝いていた。

 おとこの案内で夜道を歩いていく。
 やがて住宅地を抜け、森の中に入り、崖の上に聳える洋風の古城が見えた。まるで童話の中の城のような建物だ。テレビの撮影が来ても良いほどだが話題にならないのは、この吸血鬼がなんらかの術で見えなくしているからだろうか。
「妖怪と親しい人間を探していてね。それで君を教えてもらったって訳だ。まさに渡りに船だったよ」
 古城の前の鉄柵を開け、水木を中に案内してくれた。
 おとこが、ドアを開けると薄暗い部屋が一気に明るくなった。緋羅紗のカーペットを照らす燭台が左右にずらりと並びその火がゆらゆらと揺れていた。
「空き部屋はいくらでもあるから使っても良いよ」
 インバネスコートの下は、ゲゲ郎のような色合いの着流しだった。水木と目が合うなり、眦を下げて笑う。
「儂は吸血鬼だが、人を襲うことはない。儂の妻も、人であったしな」
「奥様もここに?」
 おとこは首を振った。
 申し訳ないことを聞いてしまったらしい。
 口籠る水木に「随分前のことだ」と告げた。