サブさぶれ
2026-05-09 19:03:58
18530文字
Public ワンドロワンライ
 

ワンドロワンライ②

ワンドロワンライまとめ②


大人になっても

お題「大人になったら」

 夕暮れ時を少し過ぎたあたりの購買は覚悟していたほど混雑していなかった。アオイは少しホッとしながら夕食のパンを物色した。

「あ、ついでにおやつも買っておこ」

 アオイ自身にお菓子をつまむ習慣はない。自主的にお菓子を買いだしたのはアカデミーでできた友達とシェアする喜びを知ってからだ。バトル終わりに試験前の勉強会、休日のピクニックやナイショの夜更かしパーティーなど、お菓子の出番は意外と多い。楽しいことがとにかく大好きなアオイはお菓子の買い溜めが癖になっていた。
 お菓子の買い溜め癖は学校がアカデミーからブルーベリー学園になっても続いている。メンバーと買えるお菓子のラインナップは変わったが、その分さまざまなお菓子と大好きな人たちの笑顔に出会えた。アオイは夕食を二つ籠に入れると、ルンルン鼻歌を口ずさんでお菓子コーナーへ足を向けた。

「あれ?」

 曲がったばかりの棚の影にサッと身を隠す。お目当ての場所に大好きな人——スグリが見えたからだ。いつものジャージではなくグレーのパーカーを羽織っている。部屋に戻ってから購買に降りてきたのだろう。抜き足差し足、ワナイダーになりきってスグリの背後に忍び寄る。そして、

「スーグリッ!」
「わぎゃっ!」

 お菓子選びに熱中していた人に思いっきり飛びついた。スグリの細い肩が大きく跳ね上がる。

「アオイ! もう、びっくりさせんで」

 振り返ったスグリはまんまるのほっぺたをプクリと膨らませてみせたが、目元はとても柔らかだった。

「ごめんごめん」

 ささやかなイタズラをスグリがニコニコ受け入れてくれるのが嬉しくてたまらない。アオイはニマニマ上向く口角を隠すことなく、スグリの肩に頬を寄せた。

「お菓子選んでたの?」
「うん。どれが一番それっぽいかなって」

 それっぽい、とは?
 よく分からない基準に頭をひねる。深刻そうに唇を引き結ぶ人が手にしていたのはビネガー味のポテトチップスとチーズクラッカーだった。

「何か、ゼイユの好きそうなお菓子ばっかりだね」
「だ、だよな! よかったぁ、やっぱこの辺りがねーちゃんっぽいよな」

 スグリの声がワントーン明るくなる。どうやら彼は姉・ゼイユが好みそうなお菓子を選んでいたようだ。アオイは頭上にいくつかのハテナマークを並べつつ、スグリの真横に移動した。

「これからゼイユと遊ぶの?」
「え? 別にそんな予定ねっけど」
「そうなの? ゼイユが食べそうなの選んでるから、てっきりそうかと思っちゃった」
「あー……、それは」

 途端、スグリのニコニコ顔が神妙なものに変わる。目の前の人の様子がガラリと変化したのに驚き、思わず唾を飲み込む。
 どうしたんだろう。もしかして何か深刻な理由があるのかも。まさかゼイユに何かあったとか?
 嫌な想像に籠を持つ手が震える。スグリは視線をうろうろ泳がせてから、への字に曲げていた口を重たく開いた。

「うちのねーちゃんってわやデッケェべ?」
「う、うん」

 確かにゼイユはアオイがこれまで出会ってきた同年代の友達の中でも一、二位を争うくらいに身長が高い。スグリが続ける。

「姉弟だから俺も大人さなったらあんくらいになるはずなんだ。けど」

 スグリは一度下唇を噛んだ後、おっとり眉毛をキッときつく吊り上げた。

「よくよく考えたら、ねーちゃん、今の俺と同じくらいの年のときからずっとデカかったなって。同じ家で同じご飯食べて育ったはずなのに俺だけ小せぇまんまなんておかしいべ!」
「う、うーん」

 同じ環境で生まれ育ったからといって身長まで同じになるものなんだろうか。ひとりっ子のアオイにはよく分からなかったが、真面目なスグリが熱を込めて言っているのだからきっと真実なのだろう。

「俺とねーちゃんの違いって何だろって考えたときに気ぃ付いたんだ。俺はチョコとか飴とか甘いやつよく食べてるけど、ねーちゃんはスナック菓子ばっか食べてたなって」
「確かに。ゼイユがシェアしてくれるお菓子もスナックが多いかも」
「だべ? つまりさ」

 金色の目がキラリと光る。アオイは自分の頬に灯ったほのかな熱を一旦無視して続きの言葉を待った。パーカーに包まれた薄い胸が膨らむ。

「ポテチとかいっぱい食べれば、俺もねーちゃんみたくデカくなれんだよ!」

 自信満々に言い切った人が小さく鼻を鳴らす。それって本当? とか、まさかそのポテチってお夕飯のつもりだったの? とか、頭上のハテナが一気に増えたが、アオイは一番気になる疑問を彼に投げかけた。

「身長高くなりたいの?」

 スグリが大きく頷いた。

「だって、身長ある方がかっこいいべ?」

 断定するかのような口調で訊ねられる。言葉には出していないが「アオイもそう思うでしょ?」と聞かれている気がした。

「身長高い方がかっこいいかどうかは分かんないけど」

 半歩にじり寄り、自分とほとんど同じ高さにある肩にもたれかかる。
 今のままでも十二分にかっこいいから、身長なんてアオイ的にはどうだっていい。けれど。

「あんまり大きくなっちゃうとキスしにくくなっちゃうから、できたら加減してほしいな」

 彼がゼイユ級の身長になった姿を思い浮かべる。きっと何をするにもアオイはいっぱい頭を上げなきゃならないし、スグリにもいっぱい屈んでもらわなきゃならなくなる。スグリがどんな身長になったとしてもずっと大好きでいる自信はあるけれど、毎秒目が合って、思い立った瞬間即座に内緒話して、そのついでにキスができる今の幸せができうる限り続いてほしい。
 ワガママだらけの目を大大大好きな恋人に向けると、ポカンとしていた顔が一気にオクタン色に染まった。

「そっ! そんなめんこいこと言われたら、お、俺……! で、でもねーちゃんにチビってからかわれ続ける人生も嫌だし……

 アオイだって、自分のワガママで彼の目標を諦めさせてしまうのは嫌だ。今の幸せを極力長く続けたい、同時にスグリの希望も叶えたい。どうしたものかと頭をひねっていると、スグリがにわかに腿を叩いた。

「そうだ! アオイも俺と同じくらいデッカくなればいいんだ!」
「確かに! それなら大人になってもキスしやすいね!」

 大好き同士がほぼ同じ身長のまま大人になればアオイの幸せもスグリの希望も同時に叶う。なんて最高なアイデアなんだろう。優しい上に機転まできいちゃうステキな恋人に感謝と大好きを伝えるべく、アオイはスグリを籠ごとギュウと抱き締めた。頬がしっとりした黒髪と「にへへ」と笑う声にくすぐられた。
 このままキスもしたかったがどうにか我慢してスグリから少しだけ身体を離す。

「そうと決まれば今から早速スナックパーティーしちゃお!」
「うん! んだ、アオイはどんなスナックさ好き? 俺は蜂蜜とバターの味のやつ!」
「私もそれ好き! あとね、アボカド&クリームサワーのスナックも好きだな」

 好きな味を言い合い、次々籠に放り込んでいく。二人の籠はスナック菓子と将来への希望で満ちあふれていた。