サブさぶれ
2026-05-09 19:03:58
18530文字
Public ワンドロワンライ
 

ワンドロワンライ②

ワンドロワンライまとめ②


誕生石

お題「誕生石」 ※前編→番外編終了直後

 林間学校なんてちっとも興味なかった。むしろ知らない人と話さなきゃならないっての自体苦痛でしかなくて、何でおれなんかが選ばれたんだろうって校長先生のこと恨んでたくらいだった。
 鬱屈とした気持ちは、ある瞬間から完全に消え失せた。——アオイに出会った瞬間から。
 ピカピカに眩しくて一瞬たりとも目が離せなくて、誰が見ても『特別』な存在だと分かる人。アオイと目があったとき、頭の中にバチバチッて激しい火花が舞ったのを覚えてる。
 バトルしてるとこ見るのも、バトルの相手っこさしてもらうのも、鬼さまの話するのも全部楽しい。都会の人だからきっとお祭りなんて行き慣れてるはずなのに、オモテ祭も「楽しそう! 行きたい!」って笑ってくれて、その上——おれのこと、友達って言ってくれた。人生の中でこんなに嬉しくて最高って思う日が来るなんて予想だにしなかった。おれのこと選んでくれてありがとうって、心の中でこっそり校長先生に感謝したほどだった。
 生まれて初めてできた友達と一緒に行く祭りを絶対楽しいものにしたくて、おれは必死に頭を回した。キタカミの美味しいもの知ってほしくてりんご飴渡して、お祭りいろいろ見て回って。そんな好きじゃない鬼退治フェスもアオイのために一生懸命応援した。
 けれどもまだ足りない気がする。もっともっと楽しませなきゃアオイはきっとつまんないはずだ。
 悩んだ俺は、ねーちゃんに強要された鬼退治フェスをテキトーにこなした後、一人で屋台が並ぶ方へ戻っていた。残り少ない小遣いの中で一体アオイに何ができるんだろう。何をすればもっと仲良くなれるんだろう。一生懸命考えた。

「おーう、スグリ!」

 突然名前を呼ばれて振り返る。声をかけてきたのは近所に住むおっちゃんだった。

「こ、こんばんは……
「最近見ないと思ったら、お姉ちゃんとなんとか地方の学校に行ってんだってなぁ。いやぁ、あのお騒がせ姉弟が大きくなったもんだ」

 この場にアオイがいなくてよかった、と心底ホッとした。お騒がせ姉弟だなんて印象最悪すぎる。せっかく友達って言ってくれたのにアオイに嫌われちまったら意味ない。
 おれは話を逸らそうとして商品を眺めた。去年とさして代わり映えしないラインナップの中、見覚えのないアクセサリーが目についた。

「これ、何?」

 十二個に分かれた四角い仕切りの中に、一色だけの石がついた簡素なブレスレットが垂れ下がっている。赤、紫、薄い水色、メレシーみたいな宝石。それぞれのブレスレットの上にはなぜか『一月』『二月』と書かれたシールが貼られていた。
 首をひねるおれに、おっちゃんは得意げな笑みを向けてきた。

「そりゃ誕生石のブレスレットだよ。一月生まれならガーネット、二月生まれならアメジストって感じで、生まれた月によって宝石が割り当てられてんだ。早い話がお守りみてぇなもんなんだと」
「おまもり……
「若い子に人気なんだって孫に教えられてなぁ、今年から入荷してみたわけよ。どうだい、お一つ。自分用でもいいし、なんだったらさっき一緒に歩いてた女の子へのプレゼントにいいんじゃねぇか」

 おっちゃんの言葉を受けて想像してみる。簡素すぎるブレスレットを受け取ったアオイの姿、表情、弾む声。自分でもよく分かんないけど、身体の芯の方がキュウッと熱くなった。
 確かに、アクセサリーの方が食べ物より喜んでもらえるかも。宝石のキラキラとアオイのキラキラが合わさって、とてもきれいになるに違いない。
 早速買おうと決意した途端気がつく。

……おれ、アオイが何月生まれなのか知らない」

 誕生日だけじゃない。パルデアから来て、強くてかっこよくて、サンドウィッチが大好きな怪獣みたいなポケモンっこを連れてることしか知らない。何月生まれの何歳で、好きな食べ物は何なのかさえ聞いてない。これじゃ友達失格だ。
 肩をガクリと落とすと、おっちゃんのローブシンそっくりな手に優しく叩かれた。

「その子が何月生まれでもいいように一個ずつ在庫残しとくからよ、確認できたらまたおいで」
「ほ、本当? おっちゃんありがと!」
「なんも。恋はアタックしたもん勝ちってな! けっぱれよ!」
「べッ! 別にそんなんじゃねっから!」

 恋なんて考えたこともない。おれなんかに恋なんてできっこない。
 ——でも、もし。少しのきっかけさえあれば。
 渡したりんご飴を見つめるキラキラの瞳を思い出す。祭提灯のぼんやりした灯りに照らされた丸いほっぺを、淡いピンク色を。

「もし、アオイと恋ができたら……

 アオイと合流したら何月生まれなのか聞こう。それだけじゃなくて、アオイのことをもっと沢山聞こう。そして明日、またお祭りに誘って、もう一度おれのためだけに笑ってもらえたなら——
 ワクワクする気持ちをスキップで発散させながらアオイたちを探しに戻った。二人はなぜか山道の入り口に佇んでいた。



 モモワロウ事件が収束した翌晩は雲ひとつなく、一面に美しい星々が瞬いていた。遠くから祭囃子が響いてくる。人気のない場所を求めてテキトーに歩いた末に辿りついたキタカミセンターの裏手。誰もいないのはありがたいけど、ゴーストポケモンの気配すらないのは予想外だった。
 ——これじゃ逆に緊張しちゃうよ!
 ドクンドクンと騒がしい心臓を落ち着かせるため、アオイは静かに深呼吸した。目を横に流す。艶やかなすみれ色が風に揺られているのが見えた。しっとりしたキレイな髪の毛。思わず手を伸ばしかけて、寸前で我に返る。彼がどんなに優しい人だからって、いきなり髪を触るのはさすがに馴れ馴れしすぎる。アオイは撫でるのを我慢した代わりに声をかけた。

「髪、伸びたね」
「あー、うん。後回しでいっかって思ってたら、こんなさなっちまった」

 じんべえから伸びた腕が垂れた前髪に向かう。細い指が黒と紫を乱雑に混ぜた。

「切った方がいいって分かってんだけど、今の髪形も慣れると結構楽でさ。それに」
「うん」
「前より視界さ広がった感じして、そこそこ気に入ってんだ」

 そう言ってスグリは笑った。胸の奥がキュウと痛くなるほど晴々とした笑顔だった。
 初めて出会ったあの日からほんの半年足らず。アオイとスグリの間にはたくさんのことがあった。明るくて楽しいステキなことはもちろん、思い出しただけで目の前が滲みそうな苦しいことも。
 林間学校が終わったあの日以降、彼の心に深い傷をつけてしまった自分はもう二度とスグリの隣に立てないと、ほわほわでぽかぽかで太陽より明るく照らしてくれた笑顔に会えないのだと思っていた。ベッドの中でこっそり涙を流した日もあった。
 しかし、強い人は自らの力で立ち上がり、もう一度正面から向きあってくれた。「会いたい」と手紙を書いてくれた。一緒に戦ってくれた。そして今、隣に座るのを許してくれている。
 それがどんなに幸運なことなのか、アオイはよく理解していた。
 ——だからこそ。
 ときめきに痛む胸を押さえ、もう一度肺を膨らませようとした瞬間。

「アオイはどう思う?」
「え?」
「この髪型。変じゃねっかな。も、もし似合ってねとかかっこ悪いとかだったら変えた方がいいべかなって思って……。ど、どう……かな?」

 金ぴかの目が怖々と訊ねてくる。出会った頃より幾分か背筋が伸びるようになってきているが、慣れない分野はまだ自信がないのだろう。

「かっこ悪くなんてないよ! 前の髪形もよかったけど、今のもすごく似合ってると思う!」
「ほ、本当? よかったぁー……

 アオイの前のめりな返答を聞いた途端、スグリの表情が穏やかにほどけた。あまりの眩しさにアオイはサッと視線を下げた。
 前の髪型も今の髪型も似合ってる。紛れもない本心だ。けれどももっと奥底に秘めた気持ち——どんな髪型にしたとしても絶対にかっこいい——までは言えなかった。
 仲直りできたら伝えたい言葉があった。はじめて出会ったあの日からずっと胸の中に灯り続けていたひそかな想い。スグリにだけ感じる特別な輝き。ありったけの気持ちを渡したくて、わざわざ誰もいない所にやってきたのだ。
 ゼイユにこっそりお願いして作ってもらった時間はほんの僅かだけ。もうそろそろみんなの所に戻らなくちゃならない。
 ——言わなくちゃ。でも、もしまた傷つけてしまったら。せっかく仲直りできたのに、またお話できなくなったら。
 ぐるぐるたくさん考える。迷う。悩む。いきなり感情をぶつけていいものか、もう二、三個別の話題を挟むべきか、今日は諦めるべきか。
 長い沈黙は不意に破られた。

「話変わんだけどさ、」
「う、うんっ!」

 覚悟を決めるための深呼吸をしてる最中に切り出されたから変な声が出てしまった。急いでスグリに向き直る。とても真剣な面持ちをした人はごくりと慎重に息を呑み込んだ。

「アオイって、何月生まれ?」

 スグリが振ってきたのは本当に何の脈略もない話題だった。どうして急にそんなこと、と思ったが、同時にはたと気が付いた。そういえば自分も彼の誕生日を知らないと。甘いお菓子とポケモンとバトルが好きで、優しくて真面目で強い人だってことしか知らない。誕生日も、好きなサンドウィッチの具や好きな勉強も、何ひとつ知らない。
 もう一度彼に向きあう。彼を見る。スグリの丸いほっぺはりんご飴のように赤く照っている。真摯な色を宿した瞳が熱く揺らぐ。薄い胸板は何度も何度も上下していた。
 ——もしかして、君も。
 甘い期待が、片想いにあえぐ恋心をくすぐった。

……私の誕生日はね、」

 大きく息を吸って静かに口を開く。今さら初対面時の自己紹介みたいなことをするなんてちょっとおかしいけれど、ゼロからやり直した自分たちには逆にちょうどいいのかもしれない。
 ゆっくり、じっくり。ときどき遠回りもして、自分たちらしい速度で進んでいけたら、それでいいのかも。それがいいのかも。

「ねぇ、スグリの誕生日も教えて」

 アオイはほんの数センチだけスグリに近づいて、我慢し続けるつもりだった手を伸ばした。はじまったばかりの恋は、カミッチュの飴の香りがしていた。