サブさぶれ
2026-05-09 09:43:57
12889文字
Public 成長if
 

成長if SS置き場①

成長ifのSS・短編置き場①です。
ページリンクから作品に飛べます。
話の繋がりは無し。それぞれ単独のお話です。


旦那様はジムリーダー


 アカデミーに入学して半年。多くの生徒がそうであるように、僕も『宝探し』としてジム巡りを選んでいた。
 バトルが得意ってわけじゃないけれど、何とかここまで勝ち進んできた。そして遂に五つ目のジム、チャンプルジムに辿り着いた。多くのチャレンジャーは、ここか一つ前のカラフジムで挫折するらしい。つまりは、折り返し地点。
 足が震える。『辛勝』という言葉の例文に使われるのが相応しいくらいギリギリだった、あのハイダイさんより強いというジム。バトル学は熱を入れて勉強してきたけど、それでも不安だ。だって、ここのジムリーダー、『鬼』って呼ばれてるんだ。しかも悪タイプ使い。鬼で悪。裏の世界の人が出てきたっておかしくない。
 僕はスマホロトムを取り出した。待ち受け画面に設定している写真、僕の好きな人の顔を見る。バトルが怖いと思った時、僕は何度も彼女の写真を見てきた。ニッコリ笑って「頑張って!」って言ってくれるところを想像すると、自然と勇気が湧いてきた。
 全身を使って大きく深呼吸する。ジムテストが終わったことを受付の人に言いに行こう。そして……鬼に勝つんだ!
 ウィーン、と自動ドアの開く音がする。三歩ほど進んだところで、聞き慣れた可愛らしい声が僕の方に飛んできた。

「あ、〇〇くん! おーっす!」
「ア、アオイ先生!?」
「君もついにチャンプルかー。ここのジムリーダー、わや強いから頑張って!」

 アカデミーのバトル学担当のアオイ先生。若くて美人で、なのに可愛さ満点。ちょっと独特なイントネーションで話すお茶目なところもあって、チャンピオンランク保持という実力者でもある。……僕の好きな人。
 先生は握った両手を胸の前でブンブン振って僕に激励を送ってくれた。相変わらず太陽より眩しい笑顔だ。わや? とかって聞き慣れない言葉もあったけど、噛んだだけかもしれないから無視した。

「悪タイプ使い、ですよね。格闘とフェアリーが弱点って授業で習ったから、対策バッチリ取ってきました!」
「んふふ、授業ちゃんと聞いてくれてて嬉しい。この前のテストも百点だったもんね」
「はい!」
「せっかくだし、試合観て行こうかな。それじゃ頑張って!」

 わざわざチャンプルまで来てくれるなんて。もしかして、僕が思ってる以上に期待してくれてるのかな。そう思うとやる気がみなぎって来た。

 今の僕ならやれる気がする。相手が鬼だろうが悪魔だろうが勝てる!そして、先生に「つよーい♡」って言って褒めてもらうんだ!

「えっと……。きみがチャレンジャーさん?」
「あ! は、……い」

 穏やかな声に振り向くと、入り口に背の高い男の人が立っていた。ところどころ何かの塗料が飛び散った白い作務衣を着て、紫と黒が混じった独特な髪の毛を緩く後ろでまとめている。スラリと伸びた手足と整いすぎてる顔。
 身体中に引っ付いてる木屑らしき物をパッパッと払ってから、超絶イケメンは僕に頭を下げた。

「お待たせしました。ジムリーダーのスグリです。チャンプルジムへようこそ。んだば宝食堂さ行こっか」

 ジムリーダーと名乗ったその人は、甘くにこやかに笑いかけてくれた。
 バトルコートがある宝食堂までの道中も、アカデミーの生徒なのかとか、好きな科目とか聞いてくれて、すごく優しくて。どこかで聞いたことあるような独特なイントネーションでのんびり話す声は低く、柔らかく。——とても『鬼』には見えなかった。コートで対面してる今でさえ、彼は仏にしか見えない。

「そった緊張しねぇで。まずはバトル楽しもうな」
「は、はい!」
「俺も、ジムリーダーとしてちゃんと出来るようにけっぱるな。……本気で来て。そんで、本気、出させてな」

 スッと目の光が消える。

「悪タイプがわやかっけーだけじゃない、一筋縄じゃいかねえタイプだって、しっかり味わってくれな!」

 柔和な笑みを浮かべていたジムリーダーの顔が一気に引き締まる。瞬間、空気がナッペ山の頂上に来たみたいに冷え切った。……わや? どっかで聞いた言葉だ。いやいや、そんなこと気にしてる場合じゃない。先生だって見てるんだ。絶対勝たなきゃ!
 ジムリーダーのスグリが勝負をしかけてきた!

*

 はい、惨敗でした。一体目のオーロンゲ撃破に手持ち半分持ってかれたし、オーロンゲが張ったバリアのせいで二体目のドンカラスには攻撃が全然通らなかった。そもそもどっちもタイプ相性的に格闘じゃ無理だったから、負けるのが当然って感じだった。
 落ち込みながらポケセンを後にすると、さっきのジムリーダーが立っていた。なぜか、アオイ先生と一緒に。

「もう! 何あのバトル! 手加減しなさいって毎回言ってるでしょ!」
「ご、ごめん……。バトル学好きだって聞いたから、つい……
「せ、せんせい……?」

 思わず声が出た。だって、二人の距離感が、近すぎて……。まるで、まるで……

「あ! 〇〇くん! ごめんね、この人すぐ本気出しちゃう人で。でも一体目と二体目分かったから次からは対策できるね。一緒に考えようね!」
「アオイ……。俺に負けて欲しそう」
「ジムリーダーの務め果たしなさいって言ってるだけ! ……本気出すのは私だけでいいでしょ?」

 先生はそう言って、ジムリーダーの腕をチョン、と突いた。学校では見たこともない、とんでもなく甘い乙女の顔で。

「にへへ……。んだな」
「そうだ! はい、お弁当! 忘れ物取りに帰ったらキッチンにあったんだもん。ビックリしちゃった。……保育園の送り、ギリギリだったの?」
「うん。洗濯したばっかのプリンの服さ着たいって駄々こねて。何とかピッピワンピースで落ち着いてくれたけど、保育園遅刻しちまった……。ごめんな」
「あー、それは……。お疲れ様。こっちこそ、いっつもお迎えまでお願いしちゃってごめんね」
「なんも。全部好きでやってることだから。んだ、帰る時、メッセージ送ってくれな? ご飯あっためとくから」
「いつもありがとう」
「弁当届けてくれてありがとな。午後も頑張って」

 ふんわり笑ったジムリーダーは、先生の両肩をやわらかな手つきで包み、ピンク色の頬に口づけをした。先生もそのお返しでジムリーダーの頬にぷるぷるの唇をくっつけた。
 僕の目の前で。
 黄色の弁当袋を持ったジムリーダーが見えなくなるまで僕は茫然と立ち尽くしていた。ラブラブな様子をまるで隠す気がないのか、ジムリーダーは時々振り返っては先生に手を振っていた。先生も、いつまでも手を振り続けていた。

……先生とジムリーダーって……
「うん。あの人、私の旦那さん」
「ぁ、」
「カッコいいでしょー? しかも優しくて家族思いで、私が仕事頑張れるようにって色々調整してくれたり、でも自分の夢も追いかけたりして、本当すごいの! 昔から頑張り屋さんで強くて、何もかも最高にカッコいいの。だけど金曜の夜だけはちょっと甘えたさんになって……。あ、これは内緒の話なんだけどね! とにかくね! 世界一、ううん、宇宙一の夫なんだー」
「そ、なんですね……

 先生、結婚してたんだ……。いつも手袋してるから指輪してるの見えなかったなぁ。あの超絶イケメンとワッカネズミよりラブラブだったなぁ。あ、保育園って言ってたからイッカネズミか……

「さて! スグリ対策考えよっか。顔覚えたと思うから、今の手持ちだと次行った時対抗策打たれてると思う。だから別のチーム構築しようね!」
「ぼ、ぼく……。ジム巡り、やめます……
「ええ!? なんで? ここまで来たのにもったいないよ!」
「か、勝てません……

 ポケモン勝負も、人としても、何もかも。
 こうして僕の初恋は終わりを告げた。



 あの後、先生に慰められまくった上にスグリさんからも「しっかり対策取ってたし、落ち着いて指示出せれば大丈夫」と励まされた僕はジム巡りを再開した。スグリさんには三回負けた。四回目で遂にカミツオロチのテラスタルジュエルを砕くことができた。
 スグリさんは自分のことのように喜んでくれた。……ますます勝てない、と思い、僕の初恋は二度死んだ。さすがに待ち受け画面も変えた。
 僕にもいつか、あの二人並にラブラブな恋人ができますように。