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望月 鏡翠
2026-05-07 00:39:39
30378文字
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庭師は何を口遊む 霊山班
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儀式的ニトロ その6
#庭師何を口遊む_霊山班/二次創作
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体の大きさが与える威圧感を除けば、人懐こい笑顔で話す巩心は人の懐に入り込むのに向いている。聞き込みのような営業活動向きの人員だ。
私服勤務の刑事たちは申し合わせたようにスーツをきていることが多いが、彼はもっとラフで動きやすい活動している。それに眉を顰めるか、治安維持に携わる公務員というお固い職業らしからぬ姿に、思ったよりも親しみやすそうだと安堵するのかは、人それぞれだ。
幸い、案内を請け負った人間の表情は和らいだ。
心を許してくれただけならば、いい。しかし巩心はそこに別の意図を感じてもいた。何度か言葉を交わし、巩心の態度を確認したあとに、態度を軟化させる。
外から観察していただけでは、わからない温度だ。同僚と話している時は、全員堅気の人間に見える。しかし、警察という立場を明かしながら近づいたときに態度の変化が見えた。
彼は巩心を見て、無害という判断を下した。
ここにいるのが霊山や井伏あるいは比叡だったら、対応は変わっただろうか。これと言語化できるほどではないが、嫌な空気だった。それはもしかしたらこの人がそうなのではないかという手応えでもあった。
警察に事情を聞かれるというイベントに対する反応は様々だった。
非日常に対する高揚や不安、嫌悪や怒り。もちろん快く提供してくれる人もいる。だが相手が何者なのかという目つきを向けられることはあまりない。
倉庫内は危ないからと言いながら同行してくれたのだが巩心から、視線を外すことはなかった。内部は整然と片付いている。フォークリフトが入るスペースも確保されているので、広く何かを隠したり隠れたりするスペースはないように思える。
内部を見てまわっていた巩心は、ふと手を止めた。
「あれは、壊れてるんスか?」
貨物用エレベーターらしき扉が赤いテープで塞いであり、黒と黄色の危険表示で使用禁止と書いてある。
「ああ。もっとここが小規模だったときに使っていた貨物用エレベーターなんです。建物を増設していて。ほら、質感もあそこだけ違うでしょう」
コンクリートの無骨な内装は、実用一辺倒でなんの飾り気もない。ただ可視性や清掃のしやすさから、床や壁には塗装が施されている。言われてよく見れば、確かに色合いが少し違っているようだった。
「今はフォークリフトを載せられる大きいやつがありますから、わざわざ使うこともないんですよね」
「へ〜」
そこには降りのボタンがついている。
上の階にあるエレベーターを呼ぶだけのものなのか。決まった規格のパネルを使っているから設置のときにわざわざ変えなかっただけなのか。その頭の中に浮かぶのは爆発した施設の中にあった業務用エレベーターだ。あれよりも積載重量は多い。人一人くらいは、簡単に載せられる。
無線に霊山たちからの連絡が入ったのは、そのタイミングだった。担当者が逃げている可能性がある。それを聞いて、そのエレベーターについて深追いするのはやめた。
担当者も携帯を見た。連絡が届いたのだろう。
疑われ警戒されたら、社長が来るまで事務所でおまちくだないなどと言われて、ここからすぐに追い出されてしまう可能性がある。
「確認は、終わりましたか? 広い倉庫でもないので、あまり見るものもないでしょう」
「そっすね〜。事務所戻りましょうか」
「ええ」
「あっ、おトイレ借りてもいっすか。あそこですよね」
「はい。ああでもそっちは、ドライバーが使うところで、あんまり綺麗じゃないのでよければ事務所の方に
……
」
「いいっすいいっす。交番も似たようなものですよ」
担当者が離れた。流石にトイレの中まではついてこない。案内役が先に事務所に戻るのを見て、巩心は無線の通話ボタンを押した。
「ちなみに、なんとか足止めして追い出される時間を引き延ばすことってできそうですか?」
トイレに行ったという言い訳で誤魔化せる時間は五分くらいだろうか。十分も居座ったら流石に不審がられるだろう。
その一瞬で、あの怪しいエレベーターの近くを少し覗く。仮に地下施設があったらそれだけで、比叡の予測と異なっていることになる。届出にない地下設備は、十分に捜査の対象になるだろう。
耳元でやいやいという同僚の心配性はさておき、身の安全だけ守ってじっとしていたら、刑事は務まらない。今、証拠を掴まなければ今度こそ、逃げられてしまう。
罪を犯したと確信があっても、証拠がなければ罪に問えない。自白をさせるという手もないではないが、警察への態度の揺るがなさを見るこの事件の関係者たちを相手にするのは、かなりタフな取調になるだろう。
業務用エレベーターを確かめる。
使っていないと行ったその割には、ボタンなどに埃も積もっていない。以前、比叡が施設の門の金属の摩耗具合から使用感を確かめていたが、ここも錆がついておらず金属光沢が確認できる。定期的に稼働をしている証拠だ。それに、扉を跨ぐように貼られた赤いテープも、裏側の粘着面がまだ新しい。
倉庫は埃っぽい。数ヶ月でもすぐに粘着力は衰えているはずだ。
もし、下に荷物を運ぶのであれば、人が降りる場所もあるはずだ。施設の隠蔽を思い出す。フォークリフトで動かさねば入れないところなら打つ手はないが、商品を置く大型ラックそのものは簡単に動かすことができるようなものではない。
ぐるりと近くを見て回る。事務所の方を覗くが案内の社員はまだ疑問を抱いた風ではない。隠すように設置してある床の跳ね上げ式の扉を見つけるのに時間は掛からなかった。
不自然に配線があり、それを辿れば見つけられた。配線が蓋の穴から、下に引き込まれている。一つは電源コードだろうか。もう一本は回線のケーブルのようにも見えるが、比叡ではないので細かい判断は難しかった。
ひとまず写真を撮っておく。この会社の設備の一部であることは疑いようがなく、下に何かがあるはずだ。
扉には鍵がかかっているが、巩心の力ならばどうとでもなるタイプの錠だ。今までは、捜査する場所が廃墟だったりガサ入れの現場だったりして、中に入ることを躊躇う必要はなかった。
そして近くに霊山もいて、行けと指示を出してくれた。
口が減らない悪い眼鏡の男がここにいたのなら、そういうときは偶然足がぶつかってしまいました、申し訳ありませんと言えばいいと悪知恵を授けただろう。
迷っている時間はなかった。
「失礼します」
力を入れて蹴り飛ばすと、錠は金具が折れて弾け飛んだ。
蓋を持ち上げると、黴臭い湿った匂いが湧き上がってきて、巩心は鼻を塞いだ。
マンホールのような円形の穴に、梯子が続いている。見ただけで施設にあった地下室よりも深いことがわかる。風が上がってくるのを感じるから、一応空気は通っていそうだった。
「一応、確認なんですけど、この辺りって地下はないはず
……
なんですよね」
『そのはず。というか構造上、無理。何かあったの?』
今目の前に、地下がある。
チームとして、比叡の知識と調査能力には信頼をおいている。構造上無理というのは、会社としてこの施設を運用する上でその設備を作ることが法令上難しいということでもある。
この穴が本当に地下室につながっているのなら、一課に要請をかけて調査に入ることができる。
「ちょーーっとだけです。ちらっと覗いてすぐ戻りますって」
やはりその梯子も摩耗して金属光沢が見えており、使用感が残っている。
『こっちが終わったらすぐ応援に行くけぇ。獄はしばらくそっちを止めとってくれ』
『ああ、わかってる』
「了解です」
ライトは手持ちのタイプしかない。腰にぶら下げたままにしておくと、足元を見るのにちょうどよかった。奥の方に、ライトの光を反射する光沢がある。水があるのかと思ったが、ブルーシートが被せてある。
『本当に、そっちは大丈夫?』
巩心は途中で梯子を降りる手を止めて、降りる先にゾンビや敵の姿がないことを確認した。物音はしない。巩心が梯子を降りる音に反応する様子もない。
やがて、地面に足が届いた。
耳を澄ませながら内部を照らす。
足元は湿っているが、水没してはいなかった。そこは部屋というよりも、どこかに向かう通路の途中のようで、奥に道が続いている。その先に広い空間がありそうだったが、今はそちらに向かうつもりはなかった。行くなら、仲間と合流してからだ。
振り返ると、貨物エレベーターの扉があった。やはり、ここにつながっていた。入り口も塞がれていなかった。地下に置いてあるブルーシートなどは、これで運んできたものなのだろう。
スマホで写真を撮った。画面を確認すると、穴の直下だからかこのあたりはかろうじて電波が入るらしい。
ともかくこの隘路にいれば、後ろからいきなり襲われたりだとか、周囲を囲まれるだとかいう心配はない。
配線の行方を辿る。簡易の折りたたみ机とアウトドア用の照明が置いてあるのが見えた。急拵えの野営地のような趣だ。そこに無造作にラップトップパソコンも設置してあるのを見つけて、巩心は思わず前のめりに近づいた。
電話線がつながっているということは、回線にもつながっているはずだ。
急に動いたからと言って大きな音がなるわけでもないのに、そっと電源を入れていた。情報記憶媒体を差し込む。
「明治さん、これ今見えてますか?」
無線に呼びかける。まだ問題なく通じている。建前だけのはずだったが、中継機は図らずも役に立っていた。
『何?
……
ああ、パソコン。
……
待ってください。君今どこまで降りてるの』
「もう戻りますって。怪しい地下施設発見です」
画面が明るくなると、ライトがいらないくらい周囲が明るくなった。起動する最中、通路の先を気にするがやはり他のものの気配はない。
パソコンに目を戻すと、ログイン画面が表示されていた。
「明治サン、パスワード」
『明治さんはパスワードじゃないよ』
画面が動く。勝手に入力欄に*マークが並び、パスワードを間違えたようで、横に震えるようなエフェクトが出る。
あと何回間違えたらアカウントがロックされますというシステムメッセージのあと、ディスプレイが読み込み画面に移動した。
『開いた?』
「開きました」
これで比叡が中を確認できるようになったはずだ。
そろそろ戻ろうとしたところで、巩心はパソコンに取り付けられているカメラに気がついた。WEB会議などで使用する市販品だ。最近はオフィス機器なら標準装備になりつつある。
そこに小さく緑色のランプが点っている。
動作中のサインだ。
怖気がそっと肌を撫でて、鳥肌を立てた。
『待って、巩心くん』
予感を裏付けるように無線の向こうで、比叡が焦った声を出した。
『そのパソコン、僕以外の誰かが覗いてる』
咄嗟に、回線コードを引きちぎる。
『戻って!』
声を聞く前に、巩心は梯子に手をかけていた。
階段を登り、地上に戻る。仲間と合流をする。
その耳に、電子音が届く。着信音。巩心のスマホはマナーモードだ。何より音は頭上からしていた。
一瞬の判断だった。音は内部で反響している。誰も入ってきている気配はない。
梯子から手を離して、後方に飛ぶ。比叡から聞いた言葉を思い出していた。爆風に耐えるときには鼓膜が破れないように、口を軽く開けておく。体を低くして地面に伏せる。
机の裏側に。そう思いながら飛んだ瞬間に、体を衝撃が襲った。
音が遠ざかる。もう何度目かになる爆発の衝撃だ。
離れたところの爆発だったからか、それとも威力が小さかったのか、気を失うほどの威力ではなかった。飛んできた瓦礫がバラバラと体に当たる。
爆音が過ぎてからそっと顔を上げる。まだパソコンは生きている。電源供給は途切れていそうだが、バッテリーで駆動しているのだろう。
腰に手をやりライトを点灯して、顔の横に構える。
名前を呼ぶ声がする。耳鳴りはするが、鼓膜はまだ生きている。返事をしている余裕がない。息を吸うと埃で咳き込みそうだ。
梯子があった方を振り返り、そこがもう出口にはならないことを確かめればあとは十分だった。
逃げ道は後ろにしかない。
だが。
回線は切れている。
だが、パソコンが生きているなら、データの吸い出しはしているはずだ。
情報記録媒体に手を伸ばす。耳に、また電子音が届いた。まだ完全に聴力は回復しておらずくぐもっていたが、それでもわかった。今度はもっと近い場所だ。
つかめたのかどうか。
爆音。衝撃。暗闇。
巩心の意識はそこで途切れた。
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