望月 鏡翠
2026-05-07 00:39:39
30378文字
Public 庭師は何を口遊む 霊山班
 

儀式的ニトロ その6

#庭師何を口遊む_霊山班/二次創作


 翌日、電源車両の中で揺られながら、比叡は既に仕事に取り掛かっていた。仲間に持たせる装備の動作確認。終われば、会社の調査にも手をつける。
 車酔いするという感覚は、ずいぶん昔に無くなった。警察というのは時間が惜しい仕事だ。特に比叡のように情報収集や機械いじりを専門にしていると、移動時間すら惜しい。車内で済むことは車内で片付ける癖がついている。
 唯一、件の会社で不審な点があるとすれば、登記簿に名前が記されて所有者となっている社長は、ほとんど事業所に来ないということだ。
 だが、これ自体は珍しいことであない。流通系に分野を絞ってはいるが、幾つかの事業を展開していて、それぞれ拠点がある。融資の相談や商談、あるいは同業他社との情報交換など、一つの事業所に腰を落ち着けている社長の方が珍しいだろう。
 だが、犯罪者が潜り込む隙にはなる。滅多に現場に来なければ実態を知る機会も少なくなる。
 もし彼が何の問題もない堅気の人間だったとして、現場を統括する人間に犯罪者が紛れ込んでいる可能性は否定できない。その場合、書類仕事だけでは罪は、露見しにくいだろう。
 経理業務は外部のコンサル会社に委託しているようで、そういうところも堅気らしい。もしこの場所で行われている罪が、横領や粉飾決済といったような内容だったら、帳簿は絶対に手放さない。
 流石にここは、誤魔化しはしていないはずだ。セキュリティレベルを鑑みて財務コンサル会社に侵入することはできないし、したら絶対に露見して大問題になる。黒幕の用心深さから考えても、外部の企業を巻き込んだ誤魔化しは、やりにくいはずだ。
 現場近くに到着した。
 訪問が物々しくなりすぎないように、少し離れたところに車を停めてから、敷地内に入る面々が移動する。
 無線が通じていることを確認し、点呼に答える。互いの装備をチェックする。
 比叡は、自分の戦場であるパソコンの前に陣取った。
 情報記憶媒体を、それぞれ仲間に手渡す。
 前回の捜査で使ったものとほぼ同じ機能を持っているが、更にその前の潜入操作で使用したものの改良版だ。
 もしパソコンなどに差し込んだとき、それがインターネットと繋がっていれば、比叡の使っている端末から侵入できる。マーキングのようなものだ。端末がオフラインなら、中に入っているデータを吸い出して内部に蓄積する。
「最初のときみたいに相手の端末にバックドアを仕掛けて、勝手に僕のパソコンに情報を流し込むところまでやってくれれば理想なんですけど、流石にそこまですると端末自体の容量が足りなくて、情報を吸い出すという機能の方が疎かになってしまうんです。なので、今回のものはマーキングだけであとは僕が手動で叩きます。目印があるだけでずいぶん……とこの辺りの話は省略しますね。ともかく怪しい端末を見つけたら、電源を入れてこれを突っ込んでくれればいいです」
 自分が直接現場に入らない分、どんな状態であっても情報を逃したくないし、前回のような不手際で仲間を危険に晒すことは最も避けたい。
 緊張をほぐすように揉みほぐした手に、じんわりと緊張の汗が滲んでいた。
 出陣前という言葉が相応しい空気の中で、霊山が車内の比叡を振り返る。
「お前の読みでは社長はシロか?」
「僕の読みなんて、当てにしないでください。ただ、社長までグルならもう少し閉じた環境を作って、規模を拡大してやると思っただけです」
 あの数のゾンビを作り出すことができ、場合によっては任意に行動させられるというのは、如何様にも悪用できる。爆発は派手だが、場合によってはもっと大規模に破壊を行うこともできるはずだ。
 臓器売買一つとっても、もっと規模を拡大できたはずだ。
 何というか、逃げと誤魔化しに終始しそこに多大な労力をかけているというのが、比叡の感じている印象だ。だからこそ捕まらないし、労力をかけてでも隠しておきたい何かがある。そうしてまた地下に潜って、春になったら種が芽吹くように忘れたころに目を覚ます。
 事件は繰り返すのだろう。
 その連鎖を今度こそ止めたい。
「証拠を見つけたら、オレたちの勝ちってことですよね」
 ぐるぐると腕を回す巩心に薙ぎ倒されないように、比叡はそっと道具を避けた。乗り慣れた車両も今日は普段と違う配置になっている。感覚で体を動かすと見誤るのだろう。
「そう。見つけられなければ、僕の負け。手がかりに気づくのが遅すぎたということです」
 任意という範囲で行う調査だ。向こうが何かおかしいと思って拒否をしたら、警察は全てを手放して大人しく出ていかなければならない。
「やる前から不安になってたってしょうがないじゃないっスか。明治サンが防犯カメラに張り付いて頑張ってくれた分、オレらでちゃんと見つけてきますよ」
「それはありがたいけど、深追いはしないで。何かあったらすぐに連絡。班長の指示を待って。僕もここからすぐに駆けつけるから」
「カホゴ」
 どこかで聞いた言い回しだ。
 過保護になったつもりはない。命が危険に晒されうる仕事をしているのだから、当然の心配だ。
「心配せんでも首輪はわしらで握っとるけぇ」
「お願いします。この子も無理をしがちなので」
「お前もじゃけぇの」
「僕!?」
 突然矛先を向けられて、比叡は自分を指差す。無理をすると言えば、巩心の専売特許ではなかったのか。仲間の顔を見ると認識は違っているらしい。
「最近はどっちかっていうとオレより明治サンの方が無理してますよ」
「それはデスクワークのことですよね」
「デスクワークだけじゃなかろう」
 呆れた顔から逃げるように、比叡はパソコンに向き直った。画面には視線がなくていい。
 中に入ったら、三人はそれぞれ単独行動になる。
 霊山は防犯カメラの映像取得と施設管理者への聴取。井伏は現場近くを通行していたはずのトラックの確認。巩心は他の従業員とトラックの運転手へ聞き取りをする。
 並行して比叡は電子的な手段で、証拠を探す。
 仲間を前線に押しやって、待つしかない仕事だ。
 ややあって、無線に通信が入る。
 霊山の声だ。
『例のルートの担当者は、退職しているらしい』
「事由は?」
『家族が急に倒れたため、介護のため急ぎで地元に戻った。有給を取得中だが、復帰は難しいと申し出ている』
 もっともらしいが、タイミングが良すぎる。やはり、徒の所有の施設が警察に鍵つけられた時点で、察知して逃げる算段をつけていたのだろうか。
「従業員の名前、教えてください。こちらで追跡調査します」
 パソコンに侵入する。最近は履歴書や職務経歴書なども電子で管理しているから、覗きやすい。件の従業員の住所は都内。出身の高校は長野県の山中ということになっている。
 一応警察のデータベースの方でも検索をかける。少なくとも起訴まで行くような逮捕歴はないようだ。
 もしここで証拠が見つけられなければ、突然姿を消した従業員は唯一の手がかりということになる。担当者が休職を申し出たのは数日前だ。まだ荷物を纏めて逃げ出すにしても、まだ自宅にいる可能性はある。
 人員に余裕があれば、この隙に履歴書の住所を調査に向かわせることができるのだ。手を打たないよりはいいと、神童に連絡を入れておく。
「逃げ足が早いですね、こちらもまだ有力な手がかりは見つけられていません」
 不審なやり取りや資材の購入の形跡、人の出入り、金銭の動き、あるいは車両の改造の依頼、そういった記録は一つも見つからない。従業員の経歴や動きを一つ一つ辿っていかねばならないとなると、かなり時間がかかり会社へのハッキングだけでは調べきれない。
 当初予定していたような、情報的な支援が全く与えられていない。
『でも明治サンの読み、当たってたってことじゃないですか』
 近くに案内役の社員がいるからだろう。無線に入ってきた巩心の声は、周囲を憚る声色だった。
 読みが当たっていても、証拠がなければ敵の背中はどんどんと遠ざかる。もうこちらは姿を見せてしまった。このままではウサギは必ず穴蔵に逃げ込む。
『こっちの担当のやつが渋い顔しとる。疑われとるんかもしれんな』
 何も後ろ暗いところがなかったとして、警察に自分の職場や所持品を調べられるというのは心地がいい経験ではない。ドライバーをしていると、交通の取り締まりで警察官そのものにマイナスイメージを持っているものも多い。その反感もあるだろう。
『あとは、まぁ社長がご立腹だな』
「社長、いるんですか?」
 確か拠点にはほとんどいないのではなかったか。
『いや、今こっちに向かっているらしい』
 任意の調査でそこまで見られる筋合いはない、と言われてしまえばその通りだ。内部の情報を勝手にのぞいているのが気取られたわけではないだろうが、経営者であれば多少法周りには詳しい。面倒な警察の追及を逃れる言い回しくらいは心得ているだろう。
 防犯カメラの映像は提供するが、それ以上は渡す筋合いはない。令状をもってこいと言われてしまうだろう。その言い分は、市民としては当然のものだ。
 あと数十分で、比叡たちはここから追い出される。
『ちなみに、なんとか足止めして追い出される時間を引き延ばすことってできそうですか?』
 無線の向こうで、そう尋ねたのは巩心だ。
『努力はしよう』
「何かあったの?」
『なーんかちょっと気になるものが』
「僕もいく?」
『明治サンは今、そっちの調査で手一杯でしょ』
『お前が証拠見つけてくれりゃあ、わしらも動けるんじゃ。自分の仕事に集中しんさい。わしも社長が来て追い出されるまでに、指紋でも毛髪でもなんでも回収してきちゃる』
 井伏はトラックの方を確認している。霊山も取り込み中だ。動くことができる人間は、巩心しかいない。
『そういうことだ。自分の仕事に集中しろ、明治』
……はい」
『一応、確認なんですけど、この辺りって地下はないはず……なんですよね』
「そのはず。というか構造上、無理。何かあったの?」
 構造上、難しいはずだ。あったとして、その地下室は間違いなく水没している。
『変なものがあるってことがわかれば、捜査できる。そうっすよね』
 変なものとは漠然とした言い方だが、その通りだ。直接の犯罪の証拠でなくてもいい。所持に許可が必要な備品や、違法な改造、業務と関係のない機械。逆転が一つでもあれば、そこから崩す。
「そうだけど、巩心君くれぐれも無理はしないでね」
『ちょーーっとだけです。ちらっと覗いてすぐ戻りますって』
 思わず仲間の持っているスマホの位置情報を確かめる。
 その精度では、半径数メートルの範囲でしかわからない。現場にいる班員の点が三つ重なっているのが見えるだけだった。