望月 鏡翠
2026-05-07 00:39:39
30378文字
Public 庭師は何を口遊む 霊山班
 

儀式的ニトロ その6

#庭師何を口遊む_霊山班/二次創作

 特殊犯罪捜査零課には特務課の性質が内包されている。それゆえに捜査員の各々が刑事という専門職の中においてもさらに特別な専門性を有している。そして法のグレーゾーンを攻めるような活動や、通常の捜査員の範疇を越えた装備や権限を与えられている。これが、他の課に煙たがられている原因だろう。
 警察署内のルールであればいかようにも曲げられるが、それでも守らねばならぬ法というものはある。たとえ犯罪者であれ、人権はある。警察の職務は、正義の名の下に個人の財産や活動を制限し、干渉することができるものである。憲法において保障された国民の基本的な人権を侵害しうる。
 その行動に、法の監視と制約が課せられるというのは、ある意味では当然といえた。
 霊山はその制限の中で、比叡の要望に最大限答えてくれた。
 比叡が求めたのは、無線の中継機と車内で通信環境を確保できるアンテナ付きの電源車両だ。
 今回は任意の聞き込みに過ぎない。つまりは施設管理者の許す範囲で会社の中を捜索し、話を聞く。相手の協力の元に成り立つそれは、実際的には職務質問と同等のことをしているに過ぎない。
 通常なら、そこまで大掛かりな設備は許可が降りなかっただろう。
 もちろん、根回しだけで成し遂げられることではない。現場近辺を不自然に往復していたトラックが怪しいと思ってくれた人間が、警察署内にもいたということなのだろう。
 今回の立ち入りで法的に根拠があるものでなくとも、刑事の勘をくすぐるような何かを掴むことができれば、捜査本部は再び動かせる。
 充実した装備は、その期待の裏返しだ。
 実際のところ、任意というのは便利な言葉だ。応じた時点で、同意があったということになる。職務質問においても、市民はいつだってその場を離れていいし、所持品を警察に見せる筋合いもない……ということになっている。
 しかし〝警察〟という立場で質問を投げかけたとき、インターネットで余計な知識を得た若者か、法律の専門家以外で、その理屈を掲げて逃げる人間などいない。警察に呼び止められたときに無視して逃げ去ったり手荷物を隠したりした場合、自分には正義に憚るような事情がありますという態度になってしまうからだ。
 だから大抵の善良な市民は、警察にちょっといいですかと声をかけられれば、面倒だと思いながら応じてくれる。
 企業においても、同じことだ。事件に関係があるかもしれないのでカメラの映像を見せてくれませんかなどと言えば、断ることができるわけがない。
 施設内部の映像であれば、取り扱っている機密によっては令状がなければ見せられないということもあるだろう。
 しかし今回求めているのは、公道を運転している車両のドライブレコーダーだ。どうしても嫌ですなどとはいってこないだろう。
 動かすことができるのは、ゼロのメンバー四人のみ。それでも向こうからすればいきなり刑事が大人数で尋ねてきたという認識になるだろう。
 欲しいのは物証だ。あるいは、物証が残っていそうな場所の確信が欲しい。
 比叡は今回、車両の中からサポート役に徹する。その気になれば、施設内部のインターネットにつながっている端末は全て確かめることができるが、令状が降りていない以上その手段で情報を得ても、証拠にならない。
 だが存在が確認が出来たのなら、証拠がある場所と内容を現場の捜査官に共有し「今ここで初めて発見した」という形で、法的に許可された手順で確保する。
 当然そのためには比叡が刑事としての職務で現場にアクセスしていたことが知られてはならない。
 無線の中継機が必要というのは、アンテナと電源車両を持ち込むために必要な建前でもある。
 前回の現場で建物の倒壊に巻き込まれて、捜査員と一時的に連絡が取れなくなるという事故が起こった。また施設内に、想定していなかった地下室があったことも、現場の分断をより深刻にした。
 そのため今回の捜査においても、爆発事件との関連性を鑑みて、万が一にも捜査員と連絡が途絶えることがないように、中継機を設置する必要がある。
 というのが、霊山の用意した口車だ。
 直近で捜査員が爆発に巻き込まれて死にかけているというのは、上の人間を臆病にするに十分な理由である。警察署内の設備であるのなら融通を聞かせるくらいは、ということで許可が降りた。
「実際のところ、どうなんスか?」
 車両の中に通信設備を運び込むのを手伝っている巩心が、比叡の背中に言葉を投げる。
「何が?」
 内部はただのワゴン車よりはましという広さで、十分なスペースがあるわけではない。排熱の問題もある。設営に関して、メカニックである比叡の領分でこの車両は現場で彼の城になる。
 巩心は機材の運搬やラック類の固定に呼ばれていて、必要でないときは大人しく扉を押さえて待機していた。
「地下室。ほら、この前のところも明治サンの読みが当たってるなら、施設に出入りする人にはわからないように、地下に色々隠してたっぽいじゃないですか。そんな感じであの会社も倉庫の地下に〜的な」
「ないない。大丈夫だよ」
「なんでわかるんすかぁ」
 比叡の即答は、深く考えていないように見えたのだろう。巩心は疑わしそうなジト目になっていた。
「いや、根拠のない憶測とかじゃなくてね」
 否定は手を止めて、車両から一度降りた。
 動作確認をゆっくりしている暇はない。ミスがないように慎重に進めるためにも、適度な休息は必要だ。自動販売機で缶コーヒーを買うと、巩心の方に放り投げた。思った通りに場所に落ちなかったが、巩心は器用にそれをキャッチした。
 比叡がプルタブを爪で引っ掻いている間に、片手で器用に開けている。スチール缶の硬さを全く意識したことがなさそうだ。
 タブレットを使って工場近くの、地図を表示する。
「この辺りって、川沿いでしょ。元々湿地だったところ。だからそもそも地下室とか作るのに向いていないんだ」
「雨の日とかに、水がながれ込んでくる?」
「正解」
 冠水のリスクというのもあるが、外から流れてくる水だけが問題ではない。
 河川の近くというのはそもそも水が染み込まない層があるからそこに水が溜まっているわけで、地下水面が極々浅い場所にある。少し掘ったらすぐに湧水し始める。壁全体からジワジワと水が染み出してくるのだ。どうしても地下設備を作るというのなら、そこを掘り抜かないように半地下のような極々浅いところに止めるか、大掛かりな排水設備や耐水圧設備をつける必要がある。ただ地下室を作るのとはわけが違う。そうでなくとも、雨の日は常に水没してることになる。
 流石に外から見て誤魔化せはしないし、大掛かりな工事が必要になる。
「じゃ、地下はなし。……てことは、別に明治サン現場に来なくてもいいってことですか」
「悪いところに気がついたね」
 サポートの役割だけを考えるなら、その通りだ。
 無線の中継機が欲しいというのは電源車両を用意させるための方便で、比叡が現場に行く必要はない。ハッキングはオフィスからでもでき、遠隔で指示ができる。
「寂しいから一緒に連れて行ってよ。っていうのは、冗談」
 理由はいくつかある。
 ただでさえ四人しかいないチームだ。現場のフォローを考えたときに、すぐに駆けつけられない場所に捜査員を置いておくことはできない。
 黒幕は少なくともゾンビを操れる程度の力を有した魔術師であるし、爆発物は無くなったがいきなり襲われるという展開だってありえるのだ。
 もう一つの理由は証拠として提出しないまでも、ハッキングで情報を抜くこと自体は紛れもなく違法行為にあたるからだ。発信元が警視庁でしたなんて知られたら、もちろんまずい。間にいくつか中継点を噛ませれば誤魔化せるが、露見するリスクがないわけではない。
 そもそも警視庁というのが、悪い人間の目を集めやすい集団なわけで、比叡の足跡を追跡されて警察が行った悪事として暴露されないとも限らない。であれば、非合法な活動は移動式の通信拠点から行った方が安全だ。
 あとは、チーム四人それぞれ得意なことも人を前にしたときに見ている場所も違う。証拠を見つけるなら、現場に多くの目があった方がいい。
 というわけで、比叡も現場に同行する。
 張り込みをしたときの印象から言えば、そこは極々普通の会社だ。
 他の業者も含めて、人の出入りが多い。ハローワークに求人応募も出していて、実際に応募者や採用者もいるようだ。登記簿からわかる事業者に前科はない。
 繁華街のような不特定多数が入り乱れている現場ならともかく、それなりの関係と信用のある人間を出入りさせる場所は、犯罪の隠蔽には向いていない。同業他社との取引があるようなところを自分の会社に入れると、どうやらこの会社は何か他と違うところがあるようだと鍵つけられてしまう可能性があがる。従業員についても同じことだ。
 他で経験があってこの会社に来れば、その人物は比叡が気がついたように、配送ルートの訪問頻度がおかしいということに気がついてしまうかもしれない。
 配送拠点の倉庫という構造上、トラックをいくつかつけられるように倉庫の開口部は広く取られてる。中は見通しやすく、その気になれば路上から作業の内容も確認できてしまうだろう。
 しかしこれらは全て、陽が高い間のことである。河川沿いの倉庫外というのは朝早く稼働を始めるが、夜間になるとめっきり人通りは減るものだ。
 人のいない倉庫で、設備を使ってということは考えられる。洗脳なり記憶操作なりすれば、見つかったとしてもなかったことにできてしまう。あるいは所持しているトラックの一台だけが、通常と違う行動をしていても気づかれないのかもしれない。
 だが、いずれにしろそれは人員や業務や資産をコントロールする管理職クラスの人間の協力もしくは隠蔽がなければ、成り立たないものだ。
 明日の聞き込みでは、そのあたりの肌感覚も霊山に確かめてもらうつもりだ。
「よし、それじゃ明日はよろしくね。巩心くん」
 缶コーヒーを飲み終わると、巩心がそれを回収して行った。
 休憩は終わりだ。比叡はセッティグの続きと装備を整える。
 任意での聞き込みとなっている以上、非常識な時間に押しかけていくわけにはいかない。出発は明日の早朝となる。施設の管理者に対してカメラの映像の提出を求めたあと、配送から戻ってきたドライバーにも話を聞く。
 その間に井伏や巩心が施設内を確認、配送トラックも確認し、融解する人を運んだ形跡がないか確かめる。もし改造した形跡があれば、それを理由に正式に捜査に入ることができる。
 パソコンの設営を終え自分の城を築き上げると、比叡も明日に備えて眠りについた。