●六、五年生の船遊び
夜半を過ぎて、早朝が近くなっている。
まだ暗い夜の入り江で、煌々とたいまつを燃やして、四人の山賊どもが小舟に乗り込んだ。
そのままこぎ出すと、停泊している二隻の船の片方に近づいていく。
「おーい! おーい!」
山賊が大声で呼ばわった。船にいた者たちが応え、たいまつの光で、顔見知りの山賊であるとみとめると、縄ばしごを下ろす。山賊たちが船に乗り込んでいく。
「なんなんだ、こんな時間に」
ひどく迷惑そうに、寝起きらしい水夫(かこ」)が言う。その横に、偉そうな態度の商人のような着物の男が出てきた。
不機嫌を隠しもしない偉そうな男が、甲板までのこのこ上がってきていた牢番らしき男に向かって「何やってるんだ、持ち場に戻れ」と凄む。八つ当たりじみているが、その声が迫力に満ちていたので、牢番は震え上がって戻っていった。
それを横目に、山賊たちが甲板の者たちに向かって口々に言う。
「おい、気づかれたぞ」
「海賊が来るぞ」
「兵庫水軍が来るぞ」
「えっ?」
えらそうな男が振り向く。確かに、暗闇の海に兵庫水軍の軍船が見えている。
「なに!? ど、どうして
……船に気づかれてもこんなおんぼろなら幽霊船と間違われるだろうからって
……だからわざわざ夜に入港したんだぞ」
明らかに慌てふためいている。みんな起きろ起きろと呼び回って、船の人数を起こしはじめた。
「おまえら慌てるんじゃないぞ。水軍が来たからって、いっとき休憩している商船ですってことにしておけばいいんだ。船の中まで見せるいわれはないんだからな」
そう言うが、さすがにやや声が震えている。
そのとき、山賊が
「おい、『船主』はどこだ」
と声をかける。
「なんだよおまえたち、俺の顔を見忘れたのか、おれが頭だよ」
えらそうな男が怪訝そうに答える。
「そうか」
山賊たちが、にやりと顔を見合わせた。
「
……ん? そういえば、どうして山賊が兵庫水軍のことをわかってたんだ」
船主がそう声に出したとき、四人の山賊のうち二人が消えた。
次の瞬間には、船主の周囲にいた手下が全員船の床に伏して動けなくなっていた。
「え?」
と声に出した船主も、次の瞬間には鉄の鎖に後ろ手に縛られ、首元に冷たいものを当てられている。そのまますぐに縄で縛りなおされた彼は、左右を見、縛られたり気絶したりしている手下たちの姿に気づいてあっけにとられた。
実際は、最初に消えたように見えた二人の山賊が、印地打ちや鏢刀で周囲の手下の動きを封じてしまい、素早く縛ったり気絶させたりしたのと同時に、残った二人が船主の首に寸鉄を突きつけ微塵を腕に絡ませて動きを奪ったのだ。が、目の前にいるのが山賊だと思っている船主たちにとってはそれは思いもよらない動きすぎて、奇術のようにみえてしまっている。いかにも、粗野な、力づくの戦いをしそうな見た目の山賊が、技術で戦う方の想像ができないのだ。
想像できないことに、人はついていけない。従って、船主とまだ意識のある手下は、目の前の山賊が不思議な力を使ったかのような錯覚に陥った。
隣でもう一隻の船に兵庫水軍の船がぶつかっていった音がして、隣も騒がしくなる。それが更に混乱を加速させる。
「な、な、な、なんなんだおまえたちは」
声が震えている。
山賊の一人がにやっと笑って、他の三人の顔を撫でながら言った。
「おまえたち、俺たちや裏々山の山賊に、人さらいをやらせたよな」
撫でられた山賊の顔が変わっている。彼らはげっそりと痩せ細った姿になっていた。
「船に乗ってる手下どもは普段は行商人のかっこうをして人買いをしてるよな」
痩せ細った顔で、続きをしゃべる。
「えっ」
幻をみたように、船主は絶句した。
「そしてウシロタケにまとめて人を売ろうとしている」
また山賊が仲間たちの顔を撫でた。皆の顔が今度は死人のように青白くなる。
「えっ、えっ
……」
「ウシロタケは増えた領地の管理を、おまえたちから買い込んだ人で補おうとしている」
また顔が変わる。こんどは、全員の顔がガイコツになった。
「ひ
……」
恐怖のあまり横にいた手下が気絶した。意識のあるのはすでに船主だけである。
「どうして人を売ったり買ったりするんだ、ひどいじゃないか
……」
「えっ、だってその、お、お、おまえら、い、い、一体
……」
「ぼくたち、人さらいや山賊なんてしてたから
……」
「地獄に墜ちて、こんな風になっちゃったんだ」
「助けてくれよ
……」
「そうだ、一緒に地獄へ行こう」
ガイコツたちが船主に近づいていく。一歩、一歩。
目を回しかけた船主の後ろから、どん、と男が寄りかかった
「俺たちのことも、ウシロタケへ連れてくつもりだったの
……?」
男の長い髪が船主の前に垂れ下がる。恐怖に包まれた船主はゆっくり視線を動かして、寄りかかってきた男の顔を見る。
見覚えのある男だった。こいつは昨日だか一昨日だか捕まえて牢屋に入れてあったやつだ。今檻の中にいるはずだ。なんでここにいるんだ。どうして自由に動いてるんだ。おばけだったのか
……。
とうとう、船主は気絶した。
すっかり目を回した船主のいましめがしっかりしているのを確認してから、山賊のガイコツに扮していた三郎が、全員の顔を元に戻していった。言うまでもないが、四人の山賊は、兵助、雷蔵、三郎、八左ヱ門の化けたものである。当然、瞬時に顔を変えていく早業は三郎の手によるものだ。
そして、脱出を済ませていた勘右衛門が、四人の芝居の最後に乗っかったというわけである。
元の顔に戻った八左ヱ門が、
「お帰り、勘右衛門」
といった。
「ただいま。ごめんごめん、連絡できなくて」
「ごめんじゃない。心配したんだぞ」
兵助が本気で怒っている顔で答えたので、勘右衛門はちょっと小さくなった。
「怪我はない?」
とは雷蔵。
「怪我はないよ。おなかがすいたけどね。こいつら食事をケチるから」
言いながら勘右衛門がおなかをさする。それから、
「おまえたちは?」
と訊き返した。
「怪我はないよ」
返ってきた兵助の答えがややそっけない。やっぱり怒っている。
「あっちも大丈夫そうだな」
三郎がもう片方の船を見る。神速で近づいた兵庫水軍の軍船から乗り移った男たちは、驚異的な手際で船を制圧し、そちらももう終わっていた。
先頭の
鉤役、
義丸がこちらに気づき、手を振っている。手を振り返した八左ヱ門が、「ありがとうございまーす!」と大声を上げた。
「あとでちゃんとお礼しなきゃな」
と言いながら、他の四人も頭を下げる。
勘右衛門が、後ろを振り返った。
「捕まった人たちを起こして、家に帰してあげないと」
「それも結構大変だよな。何カ所からさらってきたんだろう」
と八左ヱ門が答える。それから、
「
……あ、こいつらはどうする?」
そう言いながらぞんざいに船主を指さした。三郎がやや悪い笑顔で答える。
「ほっといて良いんじゃないか? これだけ怖がらせれば、もう人買いはしばらくできないだろうと思うよ。それに
……」
言いながら三郎が雷蔵に視線を向ける。
「うん。人買いの道筋さえ潰してしまえば、ウシロタケは自滅すると思う。継続的にみておく必要はあるけどね」
言いながら雷蔵が視線を転じた先に、木下鉄丸先生と、山田伝蔵先生がいた。
「うわあ!」
「け、気配を消して現れないでください!」
さすがにびっくりした五人に、教師たちは笑い声を上げる。
「五年生、実習は全員合格だ」
木下先生は良い笑顔だった。
「捕まってた人たちを、帰る地域ごとに分けて送り届けにゃならんだろう。さすがに人手が足りないだろうからと、私も手伝いに来たのだ」
そういう山田先生も顔がほころんでいる。
「さ、捕まった人たちを連れて、急いでここから離れるぞ」
木下先生が続ける。
意図はみなすぐにわかった。この演出なら、船主が目を覚ましたとき、自分たち以外誰もいなくなっていた方が、不気味さが増すというものだ。
兵庫水軍にも手伝ってもらって、捕まっていた人々を船から解放し、船に乗っていた保存食を運び出す。移動して、人々の帰る先を訊いて班分けを行った。保存食は簡易の朝食として、全員に配る。その後改めて五年生と先生二人で兵庫水軍にお礼を言って分かれた。
「ところで、勘右衛門」
移動中、振り返った兵助に名前を呼ばれ、勘右衛門が「ん?」と聞き返した。
「牢屋から自力で脱出してたんだな」
「ああ、さっきね。鍵をスっといたんだよ。舳丸さんが来たから、そろそろこうなると思って」
「へえ」
相づちが平坦だ。勘右衛門はいよいよ本格的に謝る覚悟を決めた。
「あの、兵助」
「
……」
「ええと
……ちょっと短慮でした。心配かけてごめん」
三秒ほどの沈黙の後、兵助が「いいよ」と言ったので、勘右衛門はほっとした。
「じゃあ、帰ったら、来る前に完成した新作のお豆腐、たくさん作るから。味見してくれよな」
笑顔の兵助が言う。
勘右衛門は急に、おなかがいっぱいのような気がした。
●終章
学園に全員戻ってきた頃には夕方になっていたので、みんなで風呂に浸かることにした。
さすがに疲れていたらしく、おのおの緩みきった顔をして湯船でくつろぐ。
ふと思い出したように勘右衛門が言った。
「そういえば、西の山の山賊はどうしたんだ? お前たち、あの山賊に化けてたよな。顔がわかってたということは、もしかして
……」
視線を向けた勘右衛門に、三郎が、
「みんなで、西の山で山狩りしてから行ったんだよ」
と事もなげに言う。
無茶するなあ、と言いかけた勘右衛門は、自分が人のことを言えないのを思い出して、すんでの所で口をつぐんだ。代わりに別のことを言う。
「確か裏々山にも山賊がいるんだっけ。明日あたり、そっちも追い払いに行く?」
「ああ、それなんだけど」
と今度は八左ヱ門が話を引き取った。
「昨日、実習から帰られた六年の先輩方が暴れ足りないようだったから、お得情報として『裏々山に山賊がいますよ』って教えて差し上げたんだ」
「うわあ」
「ニヤッとした潮江先輩が『お前、俺たちを利用するつもりか?』とおっしゃられて」
「うわあ」
「食満先輩が『まあいいだろう。文次、どっちが多く山賊を仕留められるか勝負だ』とおっしゃり」
「うわあ」
「走り去っていく食満先輩と潮江先輩の後ろから『私もー!』と叫びながら七松先輩が走って行かれた」
「うわあ
……」
まことに戦力過剰である。
五年生は自分たちを棚に上げて、気の毒な山賊にしばし手を合わせた。
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