——もう、選んでしまっていた。
青海さんの心を守ること。
彼が壊れずに済むよう、現実の方を少しずつ歪めてきた。
人魚の物語を与えたのも、そのためだった。
風呂場と呼べない部屋を風呂場と呼び、水のない場所に水の気配を足し、人ではない何かとして生きられるようにした。
ならば最後まで、そうするべきなんだろう。
水の中で、青海さんの身体を抱え込む。
腕の中の重みが、少しずつ曖昧になっていく。
自分の指先も、もううまく感覚を返してこなかった。
これでいいんだと、繰り返し思おうとした。
あの人が人魚のまま終われるなら。
最後に見ているものが絶望ではなく、物語の続きであるなら。
それでいいのだと。
耳の奥で鼓動が鈍くなる。
肺が苦しい。
喉の内側が焼けるように熱い。
それでも、腕は緩めなかった。
青海さんの額が、まだ自分の肩口にある。
口許から漏れていた微かな息が、自分の首を伝って上って消えていく。
その泡も、いつの間にか途切れていた。それきり、腕の中の気配は返ってこなかった。
ああ
——きっとこれでよかった。これで、青海さんの物語は終わったんだ。
その確認だけを最後に、自分の意識もそこで途切れた。
*
「あーあ、こんなにしちゃって。折角掃除を頼んだのに」
「まあ、気持ちは分かるよ大崎くん。ひとりぼっちは寂しいもんな」
【エンド:泡沫】
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