nekosuimidori
2026-04-20 22:02:06
13128文字
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なみだなみだ不思議なるかな



(あの時、俺も『あちら』に一歩踏み出していたのだろうか)
 あの後、いつの間にやら運び込まれていたゼンチの診療所の布団の上で、まだ幼かった愛弟子の大きな泣き声によって目が覚めた。身体を支配していた感覚は消えていて、視界も聴覚も常と一切変わらない。あの感覚は、あの時一度きりだ。
「自然を相手にするってことは、この世とあの世のあわいにたつことと同義よ。海や森、火を噴く大地、そこに生きる獣達は儂らよりも遥かに隠世に近い在り方をしている。そしてお前さん達は直接命のやりとりをしてる分、俺らよりあちらに近いかもわからん」
……
……あの子はどうにも戻ってきとらんように思える。遠いところにずっと心をやったままだ」
 ぽつりと呟かれた言葉は、夜の闇に霧散する前に確かにウツシに届いた。
「重いもんを背負わせとるのはわかっとる。どれだけ心身の鍛錬を積んだとて、堪えられる重さには限度というものがあるのは皆知っている。まだ歳若いあの子にはその身が潰れる程だろうよ」
「それは……
……その上でこれを願うのは身勝手極まりないとも思うが、それでも俺達カムラの民はあの子が無事にこの里に帰ってきてくれることを願って仕様がない」
 潰れる程の願いを掛けて、それでもなお潰れてくれるなと。彼の言う通り、なんて身勝手な願いだろうか。
(でもそんなもの、俺も同じだ)
 ギィッと音が鳴るほど歯を噛み締めるウツシに、船頭は小さく笑いかけた。
「頼んだぞウツシ。今はまだお前さんの声でなきゃ戻らんだろうからよ、あの格好付けの怖がりは」