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nekosuimidori
2026-04-20 22:02:06
13128文字
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なみだなみだ不思議なるかな
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滝の上へあがると、小さく開けた空間が現れる。修練場と森林との狭間にあるここは、山々から清く澄んだ水が絶えることなく流れ込む外界への出入口だ。
ハンター見習いとなった時に見付けて以来、コルムはここに幾度となく訪れていた。人の手がほぼ入っていないように思えるここは、訪れる人も少ないのだろう。人の気配が全くしない、水と風と木々の囀りのみが鼓膜を優しく揺らすこの場所が、コルムは好きだった。
膝下程まである水の中を少し歩くと、見えてくるのは流れ込んでくる水が作る小さな滝壺と自分の背丈よりも大きな石版。周りには灯篭やガルクを模した像も置いてあり、何処か厳かな雰囲気を醸し出していた。
苔むし古ぼけた石版には、遥か遠い昔の百竜夜行を写しているような、自身がまだ見ぬモンスターを写しているような、どこか遠い世界の物語が彫られている。
これは記録なのだと、誰に教えられるでもなくそう思った。自分がまだ生まれてすらいない過去の記録、先人の遺物。忘れるものか、遺さねばと祈り願った記憶の遺産。
彫られた跡を指でなぞる。豊かな大地から滲む水やそれに群がる苔類は石をゆっくりと削り、分解し、そしていずれこの記憶を朽ちさせるだろう。現に周囲にある灯篭や像は崩れているものも多数あり、修復は到底間に合いそうにないものもある。
でも、それだけであることはあまりに平凡で、幸せなことであると思った。人の手にも、モンスターにも壊されることなくただ自然のままに朽ちるのだから。
五十年前の災禍で里が焼けた前からあるであろうこれがここに残り、長い年月を経て果てて往けるのは、諦めることなく里を護り続けた人々がいたから。それを成せた人々が過去のカムラにいて、今も在り、そしてこれから先の未来であってもきっといるだろう。
(
……
俺は、どうだろうか)
護れなかった訳では無いと一瞬考えた。一時でも雷神龍を退けることができたのだから、誇るべきだと。
しかし、もう戦わなくて済む、災禍に脅える日々は消えると里の人々をぬか喜びさせた挙句、今までを上回る天災を招いてしまった己は、本当に護れたと言えるのか。自分は、あの番の龍らを今度こそ斃せるのか。あれだけの死闘を繰り広げたにも関わらず、二体とも未だ尚生き長らえているというのに。
一度そう考えてしまえば、あとはもう泥沼だ。
「
……
俺があの時、骸をちゃんと確認していればよかったんだ」
石版に触れていた手を握り締める。傷に爪が食い込むが、その痛みを痛いと思うことすら傲慢に思えた。
もう立っているのもやっとな状態で、あの穴の中に踏み入るだけの力も気力も残されてはいなかった。きっと行けばここには戻れなかったと思う。
それでも自分は行くべきだったのだ。たとえあの大きな闇の底で力尽きようとも、あれを凌ぐほどの災禍を招いてしまうくらいであればと、今更辿り着くには遅すぎる結論が頭を占める。
「俺がいっていれば、」
思考を廻らす度、意識があの戦場に戻っていく。かの古龍の己を喰らわんとする鋭い眼光が、今も尚自身の体を貫いているような感覚に血の巡りが早くなる。
鋭く重く、そして雷のような猛々しさを持ったあの神の如き龍に叩き付けた刃の数々は、確かに命の綱を絶つには十分な威力だった。なのにこうなったのは全ては己の詰めの甘さが原因だ。
あの時、あの場所で、あともう一撃でも食らわせていれば、あともう一歩でも踏み出せていれば。
あの闇の中に、己の身を投げ入れていれば。
「全て終わらせられたはずだったのに」
「自惚れるなよ」
突如聞こえた自分以外の声は、思考の底に沈む意識を浮上させるには十分なものだった。 闇夜に響いたのは、聞き慣れた、しかしいつもより幾分も低い声。
「
……
いつからそこにいらしたんです?」
後ろを振り向けば、険しい顔をした自身の教官であり恋人
――
ウツシがそこに立っていた。
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