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あつき
2026-04-11 21:00:00
31863文字
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我は吸血鬼ハッピーエンド大好き
往生際の悪いロくんがループ&ループするお話。
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体重に合わせて地面が沈み込む。湾曲にしなったかと思えば、浮遊する感覚。直後、地面が戻ってきて気付けば何処かへ座り込んでいて、それまで霧がかったように判然としなかった視界をじわじわと取り戻す。
そこは薄ぼんやりとした予備室で、ロナルドはマットレスの上に居る。直近でここを使った日は、あの日しか無い。
「ウギャア!!おまっっ!!!よりによってなんでここなんだよ!?」
ふたりきりの夜を思い出し、ロナルドは羞恥につんざく悲鳴を上げた。しかし急激に上がった熱は、ここはドラルクがやり直したい場所だと気付いてしまえば、冷水を浴びせられた様に急降下で冷えていった。
「あ
……
お前、やっぱり俺を抱いたこと後悔して
……
」
「ストップ!すぐマイナス思考に走るな自己肯定感ゼロルド!!ああ、私は君を抱いたことを後悔しているさ!でも、それは君が良くなかったとか、嫌いになったとかでは一切ないからな!!正したいのは、欲求に負けて君を安易に抱いた私自身だ。やり直しをしたいんだ」
「はああぁぁ!?そんなの過去に戻らなくても、さっきの俺でやり直ししろや!!」
「公衆の面前でそう言ってよかったのなら?」
「いい訳あるかバカヤローーッッ!!!」
真っ赤になって掴みかかってくるロナルドに落ち着けと制しながら、ドラルクは口の端を吊り上げる。
「幸いにも私たちはまだ服も着ているし冷静だ。若造、まずは答え合わせをしようじゃないか」
*
ドラルクはロナルドに事のあらましを語った。
ロナルドに振られた日、ドラルクはもう事務所に居られないと悟った。
思いを伝えることを我慢できなかった愚かな自分ごとすぐにでもここを引き払ってしまいたかったが、ドラルクは荷物をごっそり持ち出せるような体力も筋力も、生まれた時から持ち合わせてはいない。
一族に頼る気まずさより、事務所に居座る気まずさが勝った。祖父に電話をすれば、すぐに駆けつけてくれた。荷物を運ぶより、モノだけ過去に戻したほうが早いからそうするねと告げ、ドラルク単体をひっ掴み、祖父は夜の空を駆けた。
可愛いジョンを落とさないために何とか死ぬことを耐えながら夜半のジェット飛行を切り抜け(すこし爪の先くらいは落っことしたかも知れない)降ろされた先は、伊奈架街にある懐かしの城の前だった。跡地であったはずの城は当たり前のように堂々とした佇まいで、見上げながら唖然とした。
「これは、
……
再建したのではないのですね」
「うん。ポール君の事務所とお城だけ、過去に戻した。城の中も壊れる前の状態。これなら住むところにも困らないし」
過去に戻すより絶対に荷物だけ運ぶ方が楽、というより常人ならその方法しかないのだが、恐ろしさに口をつぐんだ。
「このほうが、彼にもいいと思うよ」
「え?」
身を引くのなら徹底的に、痕跡など一切残さない方がいいと、祖父は穏やかに語った。
心機一転、ひとりと一匹に戻って再会した暮らしは余計な音も声もなく、しんとしていてゆるやかに時は過ぎ、どこまでも静かだった。ロナルドに会う前までずっとこうやって暮らしていた筈なのに、耳が痛いほどの静けさは気が狂いそうだった。このままではいけないと、慌てて担当編集者に頼み込み、執筆の依頼を増やした。何かに熱中していれば気が紛れる。
そうして三ヶ月ほどの月日を過ごしたが、寂しさは一向に消えてはくれなかった。それどころか増々募る苛立ちを無意識に解消しようとしたのか、気付けば大量の料理を拵えてしまっていた。ジョンだけで消費が難しいことは野菜を切った時から薄々分かっていたが、料理に慣れた腕を無心で完成まで動かし続けた。結果、湯気が上がるキッチンで呆然とするハメになった。作り過ぎたから差し入れだと、古巣へひょっこり顔を見せるくらいは許されてもいいんじゃないか。いや怖いよな、振った相手から手料理を渡されるなんて。
ならギルドでいいから持っていけば、仕事で腹をすかした若い連中が歓喜して食うだろう。あわよくば、栄養をちゃんと摂っているのか気に掛け続けている元同居人も少しは口にするかも知れないなんて卑しい下心を持ちながら、日頃使わない保存容器を探す為に吊り戸棚を開ける。ごそごそと奥に手を伸ばしてまさぐれば、小さく硬質な何かが突如すこん、と頭に落ちてきて、ドラルクはあっけなく塵と崩れ去る。
「ヌァー!」
予想外の主人の死にジョンが転がる。ドラルクも予期せぬ衝撃に混乱してはいたが、まず使い魔をなだめてから再生すると、戸棚にしまった覚えのない金色の塊が視界に入る。
「オルゴール?はて、これはどこかで見覚えがあるな」
「ヌー?」
記憶の糸を手繰れば、そういえばまだ幼い齢、といっても我慢を覚えたくらいには分別のついた年齢の頃、祖父の珍妙なコレクションの数々の中で見たことがあると思い出す。見つけた時、胸を期待に膨らませ、どんな音が流れるか聞きたくてゼンマイに手をかけたところで、祖父に背後からひょいと回収された。これが巻くのは音楽ではなく時間の流れだから不用意に回してはいけないと諌められ、代わりにじいちゃんが遊んでやろうと、しこたま盤上遊戯に付き合わされた。
祖父は手を動かしながら悠々と会話を続け「ドラルクが、将来やり直したいくらい悲しいことがあったら回していいよ」と、孫へ語りかけた。何手も先を読んでいるのか淀みなく駒を進める手は、異様なほど早かった。約束は寛容だったが、ゲームは容赦なく何度も負かされた。勝てたことが一度でもあっただろうか。なのに悔しさは覚えていても泣いた記憶がないのは、祖父が対戦してくれるようになったのはドラルクの情緒が泣かないくらいに成長したことを見極めてからだったのではと、今では思う。
記憶はあやふやだが、輝く金色の美しさは鮮明に思い出せて、目の前にある実像と重なった。
「ヌヌヌヌヌヌヌ?」
「うん、そうなんだよジョン。しかし何で今、これがここにあるんだろうか」
「ヌー
……
」
真相は闇の中だが、祖父の提示した使用の条件は満たしている。
後悔していた。告白なんて馬鹿な真似をしなければ、今頃はあのウサギ小屋で平穏に暮らし、手加減無しで無計画な料理をごまんと用意したって、作り過ぎだと文句をたれながらも美味そうに食べる笑顔を特等席で眺めていた。
「ジョン、ついてきてくれるね」
「ヌッ!!」
いつでもヌンはドラルクさまのお側にと、愛しの使い魔は勇ましく心強い返事を返してくれる。躊躇わず取っ手を回した。
気付けばそこはかつてのリビングで、見慣れても見飽きることのない、中身は五歳児でも見てくれは美しい青年が食卓に着いている。
つと顔を上げた彼と目が合った。
「ド
……
」
何故か何もしていないのに怯えたような顔を向けられる。
「あぁん?なんだ、仕事に出た間にまさか私の名前まで忘れるほどに脳みそが退化したか?」
暫く見ない間に、とは言わなかった。それはこちらの話。ロナルドにとっての日常は、途切れなく続いている筈だ。
「ドラ公
……
」
久々に名前を呼ばれ、聞き慣れた声に安堵する。しかしこの不自然なまでの態度はなんだろう。問いただしたくとも、余計なことは言わないほうが吉だ。このまま平穏な1日を終えれば、地続きの日常に戻れるのだから。
「
………
俺さ、お前のこと、好き、
……
かも知れない」
これは夢かと耳を疑った。過去に戻ったらあちらから告白されるなんて。
それからも、性急に事を進めすぎたと後悔して過去に戻るたびにロナルドから迫られるので、オルゴールはやり直しのチャンスではなく願い事を叶える竜の宝だったのかと、狐につままれたような気持ちだった。
*
「なんて私に都合のいい夢だろうと思ったよ。棚ぼたラッキーじゃ済まんだろ。はい、私の回想終わり」
「こ、後悔するたびにってのは」
「君に告白した時、君にキスを迫って拒否された時、君を押し倒した時」
ドラルクはおもむろに指を増やして数えながら、君と一緒のループを除いて三回だねと、ご丁寧に突きつけてきた。
「押し倒されてねえ。押し倒されてやったんだ」
「今論点そこじゃないだろ!?で、君はどうなんだ?予想だと同じタイミングでループしていたんじゃないか?」
「あ!?そうだよ!お前が!!毎回黙って何もかも徹底的に持っていって消えやがるから!!腹立つから殴ってやろうと思ってたのに忘れてたわ」
「ヴァー!?突然の暴力やめろ!!オルゴールを手に入れるには、ループ後もお祖父様に頼んで城を過去に戻して貰うしか方法が無くてだなッッ!!」
旧ドラルク城が復活していたことに、ロナルドは合点がいった。オルゴールの在り処、つまりはループへの拠点は同じだったということだ。
「オーブンまで無くなって洗濯機も縦型に戻っていたのは、事務所もお前が来る前に戻っていたんだな」
ロナルドがひとりごちていると、眼下の塵から神妙な声がした。
「君も記憶を引き継いでいるなんて知らなかったから、そのたびに苦しい思いをさせてしまったのは謝ろう、すまなかった」
復活していく塵に、先ほど下ろした拳を包まれる。ふわりと優しく手を握られて素直に謝られると、ロナルドは何もかも許してしまいそうになるから、勘弁して欲しかった。
「今度は君の話も、聞かせてくれるかい?」
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